第三十六話 それぞれの心情

 幸隆ゆきたか千代女ちよめとの密談のあと、なんとなく自分の部屋の外にでた。

 すると、長野業正ながのなりまさが部屋の扉の横で棒立ちしていた。そして、業正は「幸隆君は、さっき誰と話してたんですか?笑い声が聞こえましたが。しかも、水でスブ濡れですけど。......なんかありました???」と幸隆に恐る恐る尋ねた。

 幸隆はニコッと笑い「業正様、驚かせないでくださいよ。独り言ですよ、佐太夫の奴が独房に入れられてから、俺精神病んでるんで。気晴らしに水をかぶりました」と嘘をついた。

 業正は「......そうですか。」と神妙な面持ちでと言うのであった。

 幸隆も幸隆で真剣な顔をして「そうなんです。」と言った。そのあと、付け加えるように「一つ聞いていいですか。」に聞いた。

 業正は「なんでしょう?」と首をかしげた。

「業正様は、なんで関東管領かんとうかんれい上杉憲政うえすぎのりまさ様にこだわるんですか?」


「......」


「理由も言えないほどの事情でもあるんですか?」


「いえいえ。僕は、あの方が好きなんですよ。......残念なほどに。ただそれだけです。」


「それだけで、関東管領のために命を賭けられるって正気じゃないな。ボケすぎますわ。」


「じゃあ、君こそ佐太夫さだゆう君のことを思い出してください。」


「......」


「覚えておいてください。人は好きな者に狂わされて一生を終えるんです。それは僕だけに限ってことじゃないですよ。」


「......なるほど。」


そのあと、幸隆は再び、自身の部屋で仰向けになり、布団にくるまって物思いにふけっていた。

 すると、幸隆の部屋の外から「幸隆、アタイだ、いるんだろ?」という大声が聞こえてくるのであった。

 その声のヌシがトラだと一発で気づいた幸隆は「でけぇ声した六歳児かと思ったらトラじゃねぇか。」と憎まれ口を叩いた。

 トラはムッとした口調で「黙れ、ぶっ殺すぞ。」と言うと、扉を開けて幸隆の部屋の中へ勢いよく入っていった。

 トラが部屋に入ってきた瞬間、幸隆は踊って「ヘイヘイ、ボケナスぴー。」と踊り狂って出迎えの舞を披露した。

 トラは怒りを抑えながら「相変わらずだな。これでアタイとオサラバかもしれないってのに。」と言った。

 幸隆は悪い目つきをキョトンとさせたあと「あ、どういうことだよ?」と言うのであった。

 トラは普段にまして凛々しい顔になり「アタイは越後えちごに帰る。ちなみに景持かげもちも連れていく予定だ?お前はどうする?」と幸隆に尋ねた。


「わるいが、俺はいかねぇ。佐太夫が気がかかりだ。」


「......そうか、お前らはこんなとこで絶対くたばらねぇし、終わらねぇよ。」


「なんだ、そりゃ。オマジナイかよ。」


「そうだな。ただ確かなことは、それだけアタイは、お前らのことが好きだった。また、会いたいと思ってるぜ。どうせ、お前のことだから佐太夫と逃げるテハズが既にあるんだろ?違うか???。」


 「まあな。」


 「期待してるぞ。」

 

 「偉そうに、俺もテメェに期待してる。越後に戻ってテッペンとれよ。」

 

 「アタイの力をもってすればテッペンなんか余裕だぜ。ただアタイは、病弱な兄の力になりたいだけだ。それだけだ。」


1543年。トラ越後に戻り、元服して長尾景虎ながおかげとらを名乗るようになる。後に上杉謙信うえすぎけんしんを名乗ることになるトラの無敗伝説がここより始まることになる。

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