16個目 おしまい5

 おしまい。


 になんかさせてたまるか。

 私は小説を書いている。ファンタジーだ。こんなに世界が変わってしまっても変わらずに本があって、お話が楽しめることが本当にうれしい。機械がお話を自動で作るようになったりしてるけど。本の形は変わっても、本と呼ばなくなっても、読む人が少なくても、書く人が少なくてもそれでもいい。そのうちにほんとうになくなってしまっても、私は書き続ける。私は時代遅れの女になる。その話をあいつにしたら爆笑された。そしてあいつは、じゃあ僕は最先端の男になるよとそう言った。そしてそれはその通りだった。だったというより現在進行形で天才で、いつの時代でも最先端だ。だってあいつが流行を作る。



「なおさん、いらっしゃいませ」


「はーい、あいつは?」


「今お風呂に入っています」


「…なんで開けたの?」


「命令です、中でお待ちください」



 いつもどおり結構派手な空間にロボットが何人かいる。多分見えない部屋や、奥の方にも眠ってるだろうから正確な人数は分からない。



「お茶です」


「サンキュ。いつも大変だね、あいつの世話は」


「そうですね、インプットされている常識とは離れています。今も風呂とリビングをリンクさせろと言われて断りました」


「め、命令じゃないの?」


「強制命令は二回言われた時です。それ以外はよく断りますよ。彼はわがままです」


「そうだったんだ。あ、聞きたいことがあったんだ!」


「私に、ですか?」


「そう!いっつもそばにいる君はなんていうの?」


「?」


「名前だよ、まさかあいつ全員をロボットって呼ぶの?」


「ゼロ、です」



 少し安心した。



「あっちがワン、その子がアル、スリ、スー、フィフ、ここにいる子をみんな紹介しますか?」


「いいえ。ナンバーをもじってるのね」


「はい、レイもいたのですが彼女は売られていきました」



 そこで私はハッとする。



「性別とか年齢は?」


「私たちは彼とともに生きる目的で作られたナンバーズなので、彼がテキトーにある日突然つけます。私は男でさっきのレイは女。年齢はなんとなくキャラクターですかね?はっきりとは定まっておりませんが、主が決めます。歳はとりません」



 知らなかった。まずは敵を知らねば!

 私は嫉妬している。紛れもなくロボットに。それを分かっているのはあいつだけでなくこのロボットたちも同じ。



「なおさん、主はいつも」


「いいの!言わないで。あいつは楽しんでるのよ、私をからかって遊んでる。あいつのした話はあいつの口から聞きたい」


「僕の一部みたいなもんだから聞けばいいのに」


「ああもうびっくりした!」


「僕に家なのに僕が来たら驚くんだ。お酒飲む?」


「うるさい。飲む」



 さっきのゼロが準備する。わざわざ私が旧式が好きなのを知っているから手間をかけて準備してくれる。



「そんなのいいからすぐ持ってきてよ」


「ダメです」


「ケチー」


「本当に逆らうんだ」


「なおさんが来てるんですから、ゆっくりしましょう?」


「うん。それもそうだね。なお?この年代のロボットはチャージャーの影響をもろに受けてるからね。やこちゃんほどのハチャメチャさは全然ないけど。あの辺りは奇跡やら魔法やら科学で証明できないようなことが、ごく自然と起きてた。僕はそれに乗っかっただけさ」


「それ政府でも話題になってる。あの辺りの歴史を説明するのは困難だから、神風ってことにでもしようかって。てかやこちゃんほどじゃなくても、ここの子達もそうとう奇跡だよ…あんたのことを神様にしようかって話も出て、却下した」


「そう」


「てか誰も許可取ろうとしないしさ」


「許可!?あっはははは!!」



 爆笑される。何がそんなに面白いのか。こいつのツボが未だによくわからない。



「だって生きてるのに」


「そう思ってるのはなおとなおの友達くらいだよ?僕の存在はボヤーっとしてる」


「まああんたが表にあんまり出なくなったせいもあるんだろうけど」


「許可って…普通カミサマにしようとしてる人に許可取る?ほんとになおは面白い」


「だってあんた天才なんでしょ?」


「天才だけど神じゃないよ?カミサマってのは人が都合よく作り上げた身代わりのこと。それか本当にカミサマか災害か、カミサマのような人か」



 僕はそのどれにもなる気はないよ。そう早口で言って運ばれたお酒に口をつける。私の知らないお酒。私は梅酒ロック。



「なおは本当にそれ、好きだねえ」


「私は時代遅れでいいの」


「うん、そんななおが好きだよ」


「わ、私はあんたなんか」



 そこでいつもと同じになってしまうことに気づいて言い直す。



「あんたが言う好きと私の思ってる気持ちは一緒じゃないんだから」


「なお?」


「からかって遊んでばっかり」


「ふふ」



 その笑い方がいつもの感じと少し違くて、なんだか照れているみたい。少しは本当に意識してくれてるのかな。



「で?どんな好きなのかは教えてくれないの?」



 前言撤回。こいつは私で遊んでる。



「頭いいんでしょ?考えてみればいい」


「僕にはさっぱりだ。言葉にしてくれなきゃわからないよ」


「嘘つき」


「本当のことさ」


「嘘発見器作って」


「ふふふ、もうあるんだなあ」


「あんたの言葉って全部嘘っぽいんだよね」



 あ、なんか傷ついたみたい。最近やっといろんな顔をしてくれるようになった。怒ったり悲しんだり、それが私にもわかるようになってきた。お互いに冗談もよく言う。



 私はあんちゃんと暮らしていた。最近までルームシェアをしていたけど、一人暮らしがしたいと出て行った。あんちゃんは変わっていく。ベッドでずっと眠っていた頃のあんちやはどこにもいない。ユキチ隊の広報として走り回る一方で、ダンサーとしても活躍している。そうは言っても元重度のチャージャー被害者が今こうして元気にしている、という評価が多い。納得いかないが、あんちゃんは自分の実力不足だから、と練習を重ねている。ダンスを始めたきっかけは筋力アップのリハビリからだ。元々カラオケも歌いながら踊っていたあんちゃん。楽しそうに踊る彼女は本当に可愛い。

 時々あいつとあんちゃんは2人きりで話をする。最初の被害者と加害者だ。どんな話をしているか気になるけれど、彼が言うまでは私は聞かないことに決めた。2人とも楽しそうだから、大丈夫。別に嫉妬とかじゃない、大丈夫。


 鈴木の店でこのあいだまた、女子会をした。楽しい、楽しいことを純粋に楽しいと思えることが最近すごいなあと思う。そんな話を女子会中にちょろっとした。みんなうなずきながらきっと大切な人のことを考えているんだろうなと思うとうれしい。私の犬好きも猫嫌いもみんな知っている。まあでも猫も好きになりかけている。飼っている猫の相談をしによく鈴木の店に行く。そういえば鈴木に告白された時は本当に嫌いでも好きでもなかった。バカヤロウと言ってくれた彼に感謝している。そうじゃなきゃあいつに告白なんてできなかったなあ。好きな気持ちが最近あふれそうで、憎んでたときの方が思いが強くて。今の気持ちはなんというか弱い。いや弱気な自分の淡い思いが溢れてる?自分で言ってて気持ち悪い。いつもの強気な自分でいられない、弱っていく気がする。時々あいつを好きな自分が嫌いになっていく。周りのみんなは強い、そう見える。


 そうして弱るとたいていあいつの家を訪ねてしまう。この足を呪う。別に話し相手になってくれないときもある。忙しくてこっちを見向きもしない時だって未だにある。はじめは悪いやつだと思っていた。いったいどんなバカヤロウがこんなもの発明して大笑いしているのかと思った。この世界をどうにかしようとして、悪の根源みたいなやつを想像していた。

 悪にも善にもならない。好きなことだけして生きているやつで。その好きなことが行き過ぎている、生きすぎているだけで、反省も後悔も責任も持っているとは思わなかった。悪いということの意味ですら簡単に変わる世の中で、彼の熱意や集中は強い。彼をほめると調子に乗ることが多かったけど、最近は私の顔を覗き込む。その顔が、近いのも。時々手を繋ぐのも、ほめられて嬉しいのと、話せなくなるのと、なおのこともほめたいんだけど、恥ずかしくなる、らしい。正直に話してくれているのに、嘘くさいのは


「僕を信じろ」

「珍し」

「…嘘くさいかな?」

「信じてないわけじゃない、結局私が素直に正直になれないだけ」

「それは、どうして?」

「きょうどしたの?」

「どうもしないよ、うん」

「ロボットたちがみえるとこにいないの久しぶりじゃない?」

「…ちょっと休暇をあげたんだよ」

「へぇ~ホワイト企業ね」

「僕を、君はどうしたいんだい?」

「え?なんの話だっけ?」

「な、なお。僕と、僕と」

「な、に?」

 吸い込まれそうな真っ黒な瞳。私を見てすきだと言った口。唇の隙間から綺麗な歯が並んでいて、泊まった日の歯磨き?の長さを思い出す。あれは機械が口の中を暴れてように見えた。


「僕とずっと一緒にいてほしいんだ」

 関係のないことを考えながら彼の声が耳に届く。当たり前のことすぎて、なにを伝えようとしているかわからない。


「なお聞いてる?」

 彼の身長がないくせに大きめの手が私の肩をつかむ。また顔を覗き込まれる。顔を覗き込まれている時、私も見る。見つめる。考えを読もうとしてるの?何かの発明グッズを使っているの?私の心は私のもの。あんたも例外じゃない。だけどそれでも

 ちゅ

「な、お?」

「すき、私はあんたの何倍もあんたのことが大好き。だからこちらこそ、よろしくお願いします。あんたの家、居心地いいからここに、いてもいい?」


 私のからだはどこにいてもいい。


「もちろん、僕が言うのが遅いくらいだ、」

「私が意地っ張りなだけで、」

「「…」」

 私たちはしばらく笑った。


めでたしめでたし

おわり

おしまい

つづく

お話の世界の最後のページ、これ以上先は裏表紙しかない。めくれない。つづかない。

いつかほんとうの終わりのページが来るまで、私はめくっていたい。紙の質感を楽しんで、年老いてかさつく指をあたためながら。忙しい私たちだから、きっとからだがうまく動かなくなるまでは好きなことをして働いているだろう。言うほど一緒にいなくて、喧嘩ばかりの未来になるだろう。だけど時々素直になれれば慣れればそれでいい。


おしまいになんかさせない

めでたしめでたし

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君のチャージャーは何かな? 新吉 @bottiti

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