15個目 おしまい4

 おしまい。


 ってあれ?つづく?

 そりゃあ生きてるからね。

 私はとにかく何かを決めるのが苦手で、いつも流され流されてここまできた。広くて浅い人付き合い。そんな私の性格を嫌う人も多い。



「おはようございます」


「おはよう、京子さん、秋の嫁さん!」


「もう、そればっかり。差し入れです」


「ありがとう、みんなで食べるよ。秋呼ぼうか?」


「いえ、ここで座って待ってます」


「そっか」



 ここは秋のスタジオ。あの人はすぐ稼いだお金を施設やら病院に寄付してしまうから、たまには自分のためのものに使ったらどうかと言った。そしたらスタジオを作った。作ったのはもちろんあの人、なおさんの彼氏さんの全面協力のもと行われた。だいぶ旧式なが好きな秋のイメージと違い、最先端のスタジオが完成。まあ普通に使っている。もう音の遊園地みたいなところだけど。



「京子!!」


「秋、走ってこなくても」



 今はちょっと急ぎたい時とか、乗れる乗り物もある。こうスーッと。足を使って急いでくる旦那様に顔がにやけてしまう。



「そんな、こんな遠い所まで来て大丈夫か?1人で、どこかで具合悪くなったら」


「大丈夫だって、遠い所だけどいい運動になるよー、具合悪くなったらお医者さんにわかるようになってるし、自然がいいって決めたでしょ?2人で」


「ああ、そうだけどさ…気になってしょうがない」


「そんなに仕事に集中できなくなるならもう来ないから」


「いや!あ、ああ、うん、その方がいいか。いやいや、やっぱり俺も休む!」


「いや、働いてください」


「…はい」


「じゃ、待ってるから今日は一緒に帰ろ?」


「うん!もう一踏ん張りしてくるか!」



 私のお腹に赤ちゃんがいるのがわかってから、彼は急に劣化ガラスみたいに扱うようになった。それが少し面白くて、少し寂しくて、少しイラっとして、少しうれしい。伝わる気持ちがとてもあったかい。だけどそれでも、やっぱり少し怖いのは私なんかがお母さんになれるかってところだ。相談できるお母さんは私にはいない。そう思っていた。そしたら優香のお母さんが退院して、私のことを自分の娘のように喜んでくれて、本当にいろんな相談に乗ってくれるようになった。秋の態度の変化について言ったらあなたにワレモノ注意のシール貼ったみたいね、って言われた。昔の郵便といって誰かに何かを送る時の目印。劣化ガラスやお皿なんかの壊れやすいものをクッションで包んで、ダンボールという箱に入れて、そこに外からわかるようにシールを貼って大事に届けたそう。秋はまるでその通り。みんなにもわかるように私を大事に扱ってくれる。


 なによりも2人で悩んで決めた自然にお産すること。進化した世界においてだいぶ数を減らしている。人工授精に妊娠、出産まで遺伝子さえあればと全てをよそに任せる人すらいる。安心と安全、もちろん絶対はないけれど、大幅にリスクが減る。自然なお産にはお医者さんが全面協力してくれる。こちらももちろん絶対はない。私は今、芸能人の妻で妊婦でその中でもだいぶ目立つことをしている。こんな大胆なことができるようになったのは秋の公開プロポーズのせいもある。あれからだいぶ吹っ切れるようになって来た。


 だけどそれでも私が迷っているのは、迷っていたのは何も怖いからじゃない。ただ単に嫌だったから。決めて何かが変わるのが嫌。変わるのは怖いことじゃないと、この前嫌と言う程学んだ。だから本当は両手を上げて歓迎しなくてはいけないんだ。でもやっぱりちょっと待って。ドキドキが心と体がバラバラで、同じ私の心なのに心の中がバラバラで。


 私はいつまで迷っていたらいいんだろう。

 迷っていられるんだろう。


 この子が産まれたら、ううん、この子のせいにしてはいけない。私は迷って痛いんだ、ずっと。




「あれ、京ちゃんさん」


「〇〇〇さん!どうして病院にいるんですか?」


「ロボットたちの様子を見に定期的に来てるんだよ、いいナースっぷりだった。どこも異常はなかった」


「これからの時代、みんな看護師さんはロボットになるんですか?」


「いや、前から勤めてるロボットたちだよ。僕はもうロボットは作ってないし。今はだいぶ厳しいからね、後に続く研究者が出れば、わかんないかな」


「そうなんですね。うちはどっちでもいいけど、たしか嫌がってる妊婦さんいたなあ」


「君はどっちがいい?」


「どっちでもいいです」


「そっか。僕は人間がいいな」



 驚いた。なおさんからの話だと家にもロボットがいて、家事をやってしまうから少し嫉妬すると言っていた。それに自分の作った性能のいいロボットを信じていないんだろうか。



「だってあまり怪我とか病気に縁のないロボットに診てもらうより痛みのわかる方がいいだろう?それに」


「それに?」


「今はなおがいるからね。けっこう嫉妬するんだ、なお。ロボットといっても鈴木くんのやこみたいに感化された奇跡のではないただのロボットなんだけどね?」


「あー」



 それはだって、そうなる可能性がなきにしもあらずだし、この人のロボットの性能じゃ、自分が霞んでしまうからでしょうが。



「それとさ、京子さんのお腹、もしよかったら触ってみたいんだ。ダメなら全然いい、旦那さんがいるし。ただお腹に宿した命が、あったかいだろうなあ、と」



 急にそんなことを言い出す天才科学者。



「あ、あの、触ります?」


「いいのかい!?」



 秋、気にするかなあ?まあいいか。



「どう頑張ったって僕ら男にはできないものだから、とはいっても男に妊娠させるのどうかだしね。それに僕にもロボットしか作れない、人間は作れない。すごいことだよ」



 すごい、すごいといいながら優しく触る。タイミングよく蹴ったりはしなかったけど、とってもはしゃいでいる。なんとなく今、なおさんのことを考えているんじゃないかと思う。そんな、顔だった。



「なおさんならきっといいお母さんになりますよ」


「そうかな。君もいいお母さんになるだろうよ」


「私はダメダメですよ。悩んでばっかりで」


「悩んでいいんだよ、考えて悩んで迷ってそれで間違ってたっていい。なにもできなくてもいいよ。ちゃんと考えて悩んだんだ。いい加減にやるよりずっといい」



 特別な言葉でもない。ありきたりなのに。なぜこんなにも心に響くんだろうか。やっぱりだいぶ弱ってるんだろうなあ。



「ありがとうございます」


「あとね、みんな弱いんだよ?別に強くなくていい、だからみんなそばにいる、よってたかって集まる」


「でもだって私、」


「大丈夫だよ、なおも君も強くなろうとして弱くなって、可愛くなってる。あいつは弱ってないと来てくれない。そんな時僕がそばにいれる。だから弱いのはとてもいいことだ」


「…それちゃんとなおさんに言ってあげてくださいよ」


「う、うん」



 歯切れの悪い天才に産まれたらいろんなベビーグッズ開発して、とお願いした。よし任せた!と急に元気になる彼が面白い。



「じゃ、グッズ取りに行く頃にはなおさんにさっきのこと伝えたかどうか聞きますから!」


「え、や、ちょっと待ってよー!」



 スーッと乗り物を乗りこなし、その場から立ち去った私の耳に、病院内で大声を出さないで、とナースロボの怒る声が聞こえた。


 ふふ、あなたは本当に世の中を引っかき回した割には普通の人で。加害者で救世主で、犯人で管理人で、今は天才科学者としていろんなことをしている。前のような大きなことはほとんどせず、様々なグッズ展開をしている。そしてこの間自作ロボットを止めた。生産ストップと停止命令を出したとメディアに報告してトップニュースになっていた。それでも動いて君らのために働いている僕のロボットがいれば、それは自分の意思で動いている。人のあたたかみのなせる奇跡だ。僕はそのロボット達のメンテナンスに行くよ。タダでどこへでも行くから異常があったら知らせてほしい。そういった内容だった。そして、別途オプション機能を付けたい方は有料です、と宣伝したのだった。


 秋に今日のできごとを話したらやっぱりちょっとだけ嫉妬してた。でもお腹の中に命があることを彼が驚くのも無理はない、男にはできないから、とすごいことだとはしゃいでいた。



「自然に結びついて子どもがすくすく育つのだって一種の奇跡だろ?」


「まだまだ自然でやってる人たちいるよ?」


「いやでもさ、人工でいろいろできるようになって、負担も痛みも減るのに」


「バカみたい?」


「違うって、すごいことだって言いたいんだ。天才のアイツだって言ってたろ?俺らはそうしてお腹に入ってたんだなって」



 ここ最近だろ?人工が主流になったのは、そう続ける。



「あったかいし、時々蹴るし、どんな顔してんだろうなあ」


「秋は、さあ」



 あーなんか、ほんと最近自分が嫌い。



「秋はかっこいいからいいよ、うちは可愛くないし、顔も手足も、もしかしたら障害だってあるかもしれない、無事産まれてくるかもわからない、産まれても育てられるかわからない、秋には、わかんない、すごくなんて全然ない。全然ないよ」



 秋は、こんなあたしなんて嫌いになるだろうなあ。そう思ってたのに。



「アイツも言ったんだろ?弱ってると可愛いって、外に出したりするの本当にやめようかなあ。そうやって俺にもっといっぱい言ってくれ。大丈夫とか、お医者さんがいるからとかじゃなく。俺だって見てわかる通り不安だし、京子は俺よりずっと不安だと思う。でもそうやって悩んでるのも可愛いし大事にしたいと思う。アイツが作るのもいいけど、俺も編み物、やって、やろうかなあと思っててさ」



 話が、急に飛ぶ。秋が見せてきたモニターには編み物の話がのってる。うたい文句が流れている。手間と時間はかかるがあなたの思いと温かみのあるものになる。1つ1つゆっくりと形が出来ていく。たしかに最近こういうの流行ってるけど。



「実はもうちょっとだけど編み進めてるの、アイツのグッズばっか使ったら怒るぞ」



 ほんとバカバカしくなってくるぐらい好きだ。ギターも歌も作曲も作詞もする。ユキチ隊にもいたし、未だに隊長から国の運営で相談受けるし、本当にすごい。私には釣り合わないと思う。でも彼が好きだ。同じ好きをもらった自分も好きにならなくちゃ。





 優香から大学の話を聞いて、妊娠中の話をする。大好きな友だちとだべる私の好きな時間。



「なおさんからね、習い事させるならダンスがいいよって、まだ産まれてないのに!」


「あんさんのスクール!あ、それなら鈴木店長も教育のために犬飼ったらって」


「まだ産まれてないって!」




 めでたしめでたし

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