14個目 おしまい3

 おしまい。


 それでもよかったんだけど。

 俺はユキチ隊を引退することにした。音楽業界に専念するため、京子ともっと一緒にいるためだ。引退とはいっても俺は元からたいして働いていない。ユキチ隊というのも仮の名前で、別に軍隊を作りたかったわけじゃない。力仕事はスポーツ馬鹿達に任せ、俺は案を出したり、佐藤の相談役をしながらずっと変わっていく世の中を見てきた。


 一応ほとんど実戦がなかったとはいえ犯罪も多く、治安は乱れていた。そのためユキチ隊は警察まがいのこともしている。取り締まる側も熱血な奴ら以外は好きなことをしていたのだ。犯罪も様々で小さな強盗から空き巣、銃をぶっ放して楽しんでいた奴や、戦車を好きに使っていた奴、それも全てロボットが街に被害が及ばないよう工夫をこらしていた。ただやっぱりあいつは完全に止めたり、そういう奴らを殺したりしなかった。好きに、させていた。まあつまりは犯罪ほう助と同じなんだけれど。真意はどうあれ、被害が最小限で済んだのはあいつのおかげ。あいつとロボットとその才能のおかげだ。


 言い方を変えればロボットに支配されていた。人がどんどんと休んでいる。寿命が長くなって簡単には死ななくなってから、こんなに街に人間が少ないのは初めてだろう。今ではロボットもオシャレをして街を歩いたりしている。ロボットの数はこれ以上増えていないらしい。あれから新たなロボット、薬品開発等の規制が一段と厳しくなり、佐藤が忙しそうにバタバタとしている。なおさんとあんさんも新政府で忙しそうに動いている。なおさんの暗躍ぶりは噂だけにとどまらない。あいつと繋がっているから、いいや元からの性格ゆえだろう。こういう人たちが少なからずいたからこそ、今この世界がある。ほんとうの意味で好きなことをやりやすい世界。好きにしなよ、そうあいつの声が聞こえてくる気がする。



「あ、秋さん!」


「あんさん、こんな男臭いところにようこそ」


「はははっ、でも最近女性の部隊ができるって聞いて取材に」



 よく見ると記者もいる。あんさんは新政府の広報担当。ユキチ隊にも時々来てはいろんな方法で宣伝をしていく。



「あ、俺もう辞めるんです。詳しくは聞いてないなあ」


「え、秋さんユキチ隊から脱隊するんですか?ニュースだわ!」



 というわけで報道されることになる俺の脱隊。家に帰ると京子が迎えてくれた。



「おかえりなさい」


「ただいま、京子」


「ねえ辞めるの初めて知ったんだけど」


「俺も不本意。女子部隊の取材を取り次ぎしてたあんさんと」


「あんさん?」


「そう、その会話から拾われちゃってね」



 いつ決めてたの?と聞く京子。多分心配しているのは俺がもう一度歌うかどうかなんだろう。



「「歌わないの?」「よ」



 俺に聞いたのか。改めて返す。



「歌わないよ」


「そうなの」


「歌は作るし演奏する。歌の上手い子を見つけたりしたら楽しいかな、と」


「いいと思う。だけど、ねえ少しくらい歌ってもいいんじゃないかな?」


「少しくらい?」


「本当はもっともっと歌を聞きたい」


「また中毒になるよ?」


「その言い方はずるい」



 冗談交じりに言ったんだけどなあ。少しすねてしまった京子に言う。



「中毒になるのが怖くて好きなことができないとか、我慢するのなんて馬鹿らしいよ」


「じゃあ歌えばいいのに」


「歌に携われるのが好きなことなんだよ」


「そう?我慢するのなんて馬鹿らしいんでしょ?」



 それさっき言った。それに本当に我慢はしてない。



「じゃあ京子も我慢するなよ?」


「な、何を?」


「さあね」


「なに、その態度!」



 俺たちは半同棲中だ。お互いの一人暮らしの部屋に行き来している。そろそろ結婚を考えている。ただ京子がやんわりと拒否している。一緒に住めないのも断られたからだ。今プロポーズして断られたら俺は死ねる。小心者の俺は自分の歌詞のように強くない。だけどそれでも俺から言いたい。今は時期を見計らっている。この間なおさんに相談したらあっという間にあんさんにも、優香ちゃんにも知られていた。


 時々ふと施設にいた頃を思い出す。施設を出て俺は長い坂道を降りていった。上を見上げると今までいた建物がある。俺はその中の一部だった。今は違う。やっと戻れたんだ。俺はユキチ隊のやつらと革命を起こした。革命というほどに大きいものではない。世代交代だ。中身がスカスカになっていく様を見てきた。未来にはもしかしたらもっとガラガラかもしれない。ロボットもきっと増えていくだろうけど。必死でもがいている人が1人でもいるなら、それでいいんだと今なら思える。



「なあ京子、今度の休み出かけないか?」


「いいけど、どこに?」


「夢の国!」


「うーん、そうだね!行こう!やったーデートだ」



 小躍りしながらはしゃぐ姿は幼く見える。だけど普段彼女は少し大人びている。以前の社会が大人をたくさん作りたくて始めたいろんなものの低年齢化にもよるが、ほとんど彼女の家庭環境によるものだ。まだ全て話を聞いたわけではないが大人の役割を押し付けられていたようだ。



「お、デートか。いいねぇ」



 デート中のなおさんとあいつに出くわした。必死でデートじゃないからね!というなおさんがかわいいけれど、どう見たってデートだ。



「あー、今なおさん見てたでしょ?」


「てことは俺を見てたの?」


「ごまかされないよ!」



 この天然タラシ!と怒られた。なおさんから大変だね2人も、と言われる。



「そうだユキチ隊を抜けたあと、君は歌うのかい?」


「歌うよりいろんな歌を作りたい」


「へー、でももったいなくない?」


「そんなことないですよ」


「もー、なおさんも彼氏さんももっと言ってやってくださいよー」


「だからー彼氏じゃないんだって」


「はいはい」



 嫌いになったわけではないが好きが少し落ち着いた。周りをよく見るようになって、より自分のことを考えられるようになった。京子との未来も考えて、歌うだけでなく歌に関わるいろんな仕事ができるようになろうとも思った。京子は俺の彼女だと公表していない。それでもどこからか嗅ぎつけた以前のファンや、未治療の中毒者が俺や京子に嫌がらせをする。京子が結婚を渋る理由もそこにある。周りの人たちの姿は刺激的だけども決して俺は流されるのではなく、自分で決めたい。仕事のことも京子のことも。



「有名人は辛いね、何人かに気づかれたみたいだよ?」



 変装していたがあいつがそう言ってきた。自分たちがつけていたサングラスを渡される。なんだろう普通のサングラスに見えるけど。



「え、アキじゃないじゃん。あの犯罪者じゃん!」


「違うよ!救世主!開発のプロだよ!隣にいるのは政府の秘書さん、ああやって行動を見張ってるらしいよー?」



 いろんなこと言ってるなあ、



「そうなのよ、彼氏じゃないの」



 なおさんの呟き。あいつはなおさんを抱き寄せてにキスをした。ギャラリーは大勢いて、またそれがニュースになって報道されていく。なおさんが激怒してその場から逃げ人が少なめの路地裏へ。もう流れ始めた動画、すぐ後ろに俺らいるけど全然別人に見える。すごいなこれ。



「チェンジラスだよ!目元だけじゃなくて、髪や口元、鼻の形も他の人から見ると曖昧に見えるようにできてる。特殊な電磁波も流してるから電話の内容もハッキングされなくなる。ちょっと自分の存在をぼかしたい時に使う」



 さすがだ。騒動を抜けてきて、サングラスを返却する。この騒ぎなら俺らは大丈夫だろう。目立つのでダブルデートはおしまい。去り際あいつがまた俺に言う。



「歌おうが何しようが、好きにしなよ。好きな気持ちを大切にね!」


「ほら!いいから行くよ!もうあんたはいろいろ急に!大きな声出して目立ってしょうがない!」


「はは、大変だなああの2人も」


「ねー、でもお互い楽しそうだね」


「ね」



 なんて2人でいるところをパシャリ。



「今日はすげーな、まだまだいるんじゃねえか?」



 嬉しそうな声で去って行くカメラマン。お金の稼ぎ方はいろいろある。何しようが好きにさせてくれよ。心底そう思って、さっきの言葉を思い出す。



「京子、こっちきて。嫌だったら悲鳴でもなんでもあげろよ?」


「へ?え、何?」



 サングラスを外して、京子と2人で手を繋いで歩く。騒ぎ出すから少し走って、有名なデートスポットの前でキスをした。目を見開いて口をパクパクしている京子はどう見ても、かわいい俺の年下の恋人だ。この光景もどこかの誰かがどこかに流す。それでもかまうもんか、だからあいつはあんなこと言ったのか。ほんとに敵わない。



「あ、あき、なんでこんなとこで」


「嫌か?」


「嫌だよ。だって秋がいなくなったら」


「なんと言われてもいい。言われても気にすんな。そんなやつらに言われて離れるほどの気持ちじゃない」


「うん」


「君が俺を好きで前の俺を変えてくれた。その前からファンでいてくれた。俺のことを見ててくれた」


「うん」


「それからも俺のことをずっと考えてるだろう?」


「当たり前でしょ、好きなんだもん」


「そういうこと、好きだから離さない。だから、俺と結婚してくれますか?」


「は、はい」



 こうして公開プロポーズをした俺らは世間からいろんなことを言われながらも、無事に夫婦となった。


 めでた、


 めでたいけどそれで終わらないのが人生ってもんだ。あ、いい曲できそう。そして俺は結局時々歌いながら曲を作っては世に出している。いつもできた曲は京子に真っ先に聞いてもらうのだが、今日は優香ちゃんも遊びに来ていた。



「いいね!」


「すごくいいです!それにいい声、癒されるー」



 そして優香ちゃんは鼻歌を、最後の大サビは歌ってくれた。くうう、歌手になったらいいのに。彼女を口説くにはどうしたらいいのか、そう思う日々だ。みんなそれぞれ才能があっていろんな可能性を秘めている。そしてそれは何も好きなこととは限らない。まだ出会ってないのかもしれないし、嫌っているものかもしれないのだ。



「そうだ、今度鈴木店長にも聞かせましょうよ。結婚について悩んでたみたいだし」


「店長ってこの間の雑誌のライターさん?」


「ロボットのやこさんと付き合ってて、結婚迷ってるの」


「ほんとに!?」


「あ、秋のファンだよ。歌うまいよ!やっぱりロボットだから音程外さないし、可愛いし」


「ほんとに?会ってみたいな」


「落とさないでよ?」


「ロボットのアイドルもいいかも」


「もう、あきー!」



 俺はまだまだ好きなことをする。



 めでたしめでたし

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