13個目 おしまい2

 おしまい


 なんてことはない。死ぬまで。

 いつか必ず死んで終わるのに、自分から死ななくてよかった。また京ちゃんと遊べて本当に楽しい。生きていてよかった。自分がそう思えることが、嬉しい。


 私の名前は阿部 優香。今私はお金を借りて大学に通っている。つまりは大学生。名前の他にも自分のことを指す言葉がある。すごい。廃止になった学校が次々と復活していて、もっと学ぶべきだと大人たちはいう。大人というのは未成年とかそんなくくりじゃない、それも教えてもらった。高校はまだ復活していない。今は移り変わる時期だから、いろんな決め事があって大変だとなおさんもあんさんも言う。そのうちに大学だけじゃ入りきらなくなるだろうから高校もつくるみたい。今は回復していない人もたくさんいるから人がまだ足りない。代わりに働くロボット達も立派な労働者だ。みんなが誰しもどこかにいる。名前がついてる。くくりがあって分けられてて、それがすごいことだと思う。学生証もすごく嬉しくて、その話をなおさんにしたら笑われた。



「全然嬉しくなかったなあ、私は。写真写り悪くてさあ、今みたいにみんな綺麗に撮れるやつじゃないから、人が撮るから」


「ええ!?写真家さんが?」


「そうは言っても今みたいに有名な人じゃなくて街のさ、あんちゃんの家の近所だったよね?」


「そうそう、七五三の子たちとか可愛かったなあ」



 なおさんもあんさんも楽しそう。わからない単語を聞くたびに2人は丁寧に教えてくれる。シチゴサンってなんだろう。



「シチゴサン、って方のお子さんですか?」


「わかんないよねー、いつのまにかなくなってたんだけど。3歳と5歳と7歳と成長の記録を写真に撮るの、おめかしして」



 なおさんは全部が映りが悪くて気に入ってないそうだ。あんさんの家の近所にあったという写真屋さんはいったいどれくらいの人を撮ったんだろう。今も写真を撮っているんだろうか。それでもその人が撮った写真は形に残るものだ。わたしの課題を相談したら、なおさんから少し大きなカメラをもらった。こんなの目立ってしょうがないと思ったけど、その当時はそれが流行ったのよとあんさんから教えてもらった。それに最近また写真も人気らしいよ、と。


 この間雑誌の中の秋さんを見た。文章を書いたのは鈴木店長だった。2人の対談、だって。文章も形に残る。今はほとんどデータになって動画を買うけど。それでも雑誌がまだある。いらなくなった敷地に紙媒体も永久保存できるように実験が進んでいるらしい。どうしても本を残したい人たち。いったいどんな意味があるんだろう。紙である必要も、保存する必要もあるだろうか?どうせ人類は滅びるのに、自分の歴史を残すことにどれだけの意味があるんだろうか。私は大学で進化学を学んでいる。人気のある学科だけどその名前とは違って将来性がないとされている。研究所で働く道は今は危ないから、政府が監視しているから、何より先生が少ないから。一応給料はいいんだけどね。ほとんどの授業が未来を想像してみよう創造してみよう、とまるで夢を語りあうサークルのような内容。または過去の人たちの進化の過程を勉強する。そして先週、形に残るものとは未来に繋がるものは何か、それを探すという課題が出たのだ。



「それでね、お母さん。シチゴサンの話をしてね」


「懐かしいわね。今は動くものの方が人気だからねえ。止まって動かない写真は少なくなって」


「なんかまた人気らしいよ?カメラもらったの」



 お母さんはまだ入院している。入院前は私にいつも美味しい料理を作ってくれていた。それは私を励ます、そしてそれがお母さんのチャージだったそうだ。わたしが満足になって笑ってる顔、それを見るのが1番だという。なんかご飯だけ食べてれば幸せなやつと言われてるみたいで、ちょっとだけ納得がいかない。だけど味は舌に残り、形には残らないけどお腹がふくれて、幸せな気分になる。そうして私の身体になる。お母さんの気持ちが入ってくる気がする。そんなお母さんがまだ退院できないのは、わたしのせいじゃないかと思う。安定した職業につかないで大学に行っているから、お母さんは不安なんじゃないかな。


 このカメラは撮るとすぐ写真がべーっと出て来るタイプ。だいぶ旧式で大きい。撮るよーと合図をしてお母さんを撮る。いつもの頬笑みがレンズの中にある、ステキな音が鳴って、べーっと小さなお母さんが手のひらに落ちる。



「あ、貸して」


「撮らないで」


「なんでよ」


「あんまりいっぱい撮れないんだって、もう廃止になった種類だから」


「なおさら撮らせて。ハイチーズ」



 パシャ

 お母さんの手のひらにも小さな私がべーっと出てきて落ちる。なんでチーズ?美味しいから?お母さんは笑うだけで教えてくれなかった。お母さんは病室の棚のところにくっつけた。キョトンととした私がそこにいた。笑ったやつもう一回撮ろうよ、そう言ってもこれがいいのよと笑う。そんなお母さんに会いに、大学帰りにいつもここに来る。そしてそのまま病院や施設でアルバイトをして帰る。今もあの集合住宅にいる。私の家はここだ。


 家も壊されてしまうから形には残らない。いくら進化しても人は家に囲まれて生活している。どんなお金持ちが広い家や敷地に住んでいようと、どんな貧乏が狭い納屋に住んでいても。家であり囲われていることに変わりはない。進化しても変わらない。空と地面。少しばかりどちらも進化につれて科学的に細工をされてはいるけど。そのせいで人は自然災害でも滅多に死ななくなった。要するに人は数を減らさなくなった。それから戦争がより増えて、チャージャーが出たり、危ない薬が増えた。限りのある敷地に対して生き物は増えていくばかりだ。寿命は伸び餓死などしない。より高みを目指してそして、自ら滅びの道を進む。


 次の日、偶然にあの人に会った。



「久しぶり、優香さん」


「ああ、久しぶりですね。〇〇〇さん」


「君は大学生だろ?なんでここに?」


「母がまだここにいるんです」


「そうか。あ、あの時は協力ありがとう」


「?ああ、あの健康診断ですね?」


「一応、人体実験なんだけどね」


「またまたあ、同意だし検診と変わらないのに」


「まあね。噂で君が研究者になると聞いたよ、ほんと?」


「はい先生!」


「やめて、そう呼ばないで恥ずかしい」


「じゃあ師匠?」


「却下!」


「コーチ!カントク!」


「テキトーになってきたな」


「やっぱり先生がいいなあ」


「それはダメ」


「じゃあなんとお呼びしたらいいですか?」


「〇〇〇先輩と」


「先輩!」


「なんだ後輩よ、これでよし」



なおさんの彼氏さんというのもすごいけど、チャージャーもロボットもこの人が作った。私も何か作りたい、いやでも手先は器用じゃないから先輩に先生に、師匠に弟子入りする。何もものづくりをしたいというよりも世の中のためになることがしたい。



「そうだ後輩、歌がうまいって聞いたよ」


「な!そんなことないです。京ちゃんから?」


「いいや、秋くんが。もしかしてあまり好きじゃないの?」


「好きですよ。ただ私、これが1番好き!ってものがないんですよ」


「なるほど。じゃあこれを言ったら困ったちゃう?」


「なんですか?」


「好きにしていいよ」


「意地悪ですね。先輩はものづくりが好きなんですよね、自分で作ったものが」


「そうだよ、好きだ。でもいつもどっかに行っちゃうけどね」


「なおさんも?」


「あはは、君には敵わないなあ。彼女は縛らないよ」


「縛れないんじゃなくて?」


「そうともいう。まあとにかく、大学で好きなことを見つけたらいいよ、だから研究者になる道しかないわけじゃない。君が研究の道を行くと聞いて少し嬉しかったけど、君には君だけの道があるから」


「はい。けっこう普通なこともいうんですね」


「そうだよ、好きなことを探すのも自分の好きにしたらいい」


「そこじゃなくて、少し嬉しかったってところですよ、〇〇〇さん。やっぱり先生だなあ。課題の答えが見つかりました。ありがとうございます」


「え?何、どういうこと?」


「先生こそ、大学の先生やってくれたら助かりますよー」



 キョトンとしたままの先生を置いて、私は足早にお母さんのところへ行った。



「お母さん!」



 病室でベットに座ってるお母さん。施設じゃなくて病院なのは少しだけ、他の人より夜も寝つけないから。暴れてしまうから。薬も飲んでるし今はだいぶ落ち着いてきたけれど。だからそろそろ施設に移る。



「あれ、どうしたの」


「お母さん、形に残るものって何かなあ?」


「そうだねえ、形っていっても今はみんな頑丈にできてるからだいたいは残るんじゃない?」


「お母さんらしいね」


「私はあんたみたいに難しい勉強してないからね、たくさん教えてもらってる?」


「うん。いっぱい」


「よかったよかった。子どもを産んだことが私にとってもお父さんにとっても1番だよ。こんなにしっかり変わっていくものってないからね」


「それって」



 大きくなっていくのを見るのが1番だよ、とそういってくれた。お母さんはお父さんのことを話す時いつも苦しそうだけど、今日は楽しそうだった。


 休日、京ちゃんと一緒にお出かけして帰ってきた。一人暮らしの部屋に初めて招く。一応掃除はしたんだけど。



「あんた」


「きょ、京ちゃん?」


「本当にあのお母さんの子どもなの?」


「どういう意味よ!」



 そういえばお母さんも性格はお父さん似だって言ってたっけ。



「こっちの方が取りやすいし」


「だから、それだと見た目にも悪いでしょうが」


「すいません」


「お母さん帰ってきたらビックリするでしょ!そんなんじゃ彼氏に嫌われるよ!」


「はい!」


「もうこんな古いの使わないって普通」


「ああ、ダメダメお母さんのだから!」



 今日ちゃんは佐藤くんの誕生日プレゼントも一緒に探してくれて、家の片づけも一緒にしてくれた。本当にいろいろと助けられてるなあ。


 みんながみんなめまぐるしく起こされて、世界が回りはじめている。いいや、人間がちょっと混乱したくらいじゃなにも変わらずに地球は回っている。植物も動物も成長して、進化している。そんな大きな規模ではなく自分の世界も進化していく。私の世界は広がって、名前以外の自分の証明もできる。たくさんの人に会っていろんな話を聞いて、私の世界に形として残っていれば、別に触らなくたっていいんだ。写真もご飯も雑誌も映画も形を残したいんじゃない。誰かの世界の一部になりたいんだ。ほんの少しだけでも。




めでたしめでたし

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