7個目

 そして彼らはめぐりあう。終わる世界、こんな時代でも彼らは出会う。人に出会って変化していく。または自分1人で変わっていく。または変わらなくても時が解決する。結局のところ時間の波がただ打ち寄せは引いていく。終わっていく世界の中でもがいている人たちがいる。たくさんいる。





 〇〇〇



 なお



 私の中の黒いところは大学卒業後大いに生かされ、お偉いさんのそばにいてお世話をすればお金が入るようになった。そんな国のトップの男も今ではすっかり外側だけだ、この世界はただ外側だけで中は空っぽ。埋めるだけの人がいなくてロボットで埋めていく。今私はこの男たちを使ってこのふざけた世界をどうにかできないか考えている。


 高校時代の友だちに誘われて同窓会に出るまではどこか冷めていた。久しぶりにみんなの顔を見て昔の話をして、そのうちあんちゃんの話になった。そして私ははっきりと思い出した。あんな想いをどうして忘れられたんだろう。私はずっと探していたんだ、そのきっかけを見つけた気がした。そして私は同窓会のあと彼女を探した、そして彼に会った。私は彼に怒りをぶつけたがあまり効果はなかった。あんちゃんのいた施設はひどいところだった。機械から力ずくで外すと一瞬起きて彼に何か呟き、あんちゃんはまた眠った。私には聞こえなかった。彼と一緒に彼女を連れ出した。車いすを押すのは私だった、全力疾走なんて久しぶりで。彼はどこに行くか、何をするか全部決まっているのに私には何も言わず、聞いても答えない。しかたなくただ黙ってあとをついていった。とあるマンション全部が彼の家だという。ロボットが掃除しているそこはとても綺麗で人間味がなかった。あんちゃんを寝かせたベットの端に座っていると、彼は私に口を聞いた。



「君はあんのチャージャーかい?」


「あんちゃんのチャージャーはアイマスクでしょ?」



 そう答えて、すぐ付け足した。



「高校時代の私はあんちゃんをチャージャーにとられたの、それもあんたのせい」


「君のチャージャーはあんちゃんなんだね」


「…そうかもしれない」



 彼は寝室のドアからこちらを見ている。その立ち姿が気に入らなくて、私はさっきあんちゃんがなんと言っていたかを聞いた。彼はなんでもないようにさらっと答えながら私の方へ近づいてくる。少し怖かった。



「今も昔も変わらなかったよ。眠らせて欲しいと。しばらくうるさかったから今度は静かにと」



 私は後ずさろうとして立ち上がるが、そこはベットの端で迫る彼を前にもう一度座ってしまった。



「俺はそんな彼女たちの安らげるところを作りたい」



 私が下から見上げているのにだいぶ頼りない人だった。泣きそうにも見えた。この人も進化してないことに驚く。私はそれから彼の手助けをするようになった。療養施設の運営もチャージャー害の被害者の救出も他の手伝ってくれる人も探しながら。彼もだいぶ暗躍しているようで救世主とか管理人と呼ばれている。中毒性の低い昔のスマホの中でブログの管理人や療養施設の管理人をしている。おかしな話だ、チャージャーを作った張本人がまるでヒーローだ。私もだいぶヒロイン気取りで今日も隣の男に小声で会議の発言を耳打ちする。オリンピックの話、ロボットの話、療養施設の増加の話、療養者の復帰の職場提供の話と順調に進んでいく。さて次はどうすればいい、安らげるところを作るためには、彼女みたいな人を作らないためには。





 〇〇〇



 京子



 私は招かれたこの笑顔の女性に友だちではなく、帰ってきた娘だと思われている。テーブルと床に敷き詰められた皿には手料理がずらっと並んでいた。懐かしい思い出が一瞬で吹き飛んだ気がした。私は友だちのお母さんに挨拶せずに、すぐにそこを飛び出した。彼女はどこに行ったのか、そればかりが気になった。私は連絡先を消去した自分を殴りたくて仕方なかった。階段をかけおりてそのまま走った、どこに向かうでもなくあてもなく頭の中に彼女の行きそうな場所を浮かべてみるが、どれもこれも今では変わってしまっていて全然わからない。どうしたらいいのかわからない、涙があふれるのを止められなくて、感じるままに手足を動かした。ねえ、どこにいけばいい?どこにいるの?



「優香!」





 〇〇〇



 なお



「償いのつもり?」



 いつだったか彼に聞いた。彼は違うと答えただけで逆に私の理由を聞いた。質問してるのはこっちだからと彼の飲んでいたジュースを取り上げる。



「同じだけ埋めようと頑張ることを償いっていうんじゃないか?俺のやった罪を償うなんてそんなことできるはずない。ロボットだって人の代わりにはならない。人間だって他の人間の代わりにはならない。それでも何もせずにはいられないってだけで、償いたいわけじゃない。空いた穴を埋める何かを俺には用意できない。だけどその人自身なら探せるだろ、その気になれば。どちらかというと俺はただ今自分の生きる理由を探してるんだ」



 彼にしては長い話で、私は最後の言葉に思わず笑ってしまった。



「お偉い発明者さんでもそんなこと考えるんだね、理由がなくても生きられるのに」



 彼は笑っているのかなんなのか口元を少し曲げて私が離したジュースを飲む。君の方はどうなんだ、と聞くから笑いながら言ってやった。



「世界平和のため、あ、やっぱり世界征服のためにしとこうかな」



 今度は彼は笑ってくれた。






 〇〇〇



 京子



 私は1つの場所を思い出した。そこから見る眺めはとてもきれいで、星を眺めたり夕陽に押されたりしたこのへんで1番高くなっている丘だ。自転車は降りないと大変なのに彼女のことだからかっ飛ばしてるに違いない。丘に向かって私は飛んだ。驚いたことに飛べた、てっきり進化の治療が終わったら飛べなくなるしまた風邪もひきやすくなるとばかり思っていたけど。久しぶりで感覚を取り戻すのにしばらくかかったが落ち着いて飛べた。ただ以前と違うのは体がすごく痛くてきしむこと、きっとこの痛みも消していたんだ、そりゃ人が飛ぶんだ、負担をかけているんだろう。私は思った。今後飛べるのはこの一回だけだと、もし丘にいなかったらあとは歩くしかない。羽ばたくわけでもないのに腕がもげそう、だけど丘までは飛ばなくちゃ。きっといる、会えるはず。





 〇〇〇



 なお



 あんちゃんが目覚めても別に世界は変わらない。いや確実に私の世界と彼の世界とあんちゃんの世界は変わった。私の世界の変化はまず、この世界が偽物なんかではなく現実世界であることをはっきりと疑う余地もなくわかってしまったこと。あたりまえだけど心のどこかで信じたくなくて私はあんちゃんにすがっていた。このことを彼に話したとき苦笑いして、そうだったらいいのにねと言ってくれた。その本出たら買うよと冗談まで言ってくれた。私の夢が小説家で夢物語が好きなことを私はこの彼にしか言っていない。そして私は今好きなことをしない生活を送っているから、書きたくもない日記を書いてリアルな日常の出来事を重ねている。あんちゃんに世界が変わるかもしれない希望を抱いていた、という秘密を彼に隠してもらっている。でも逆にあんちゃんが彼とどんな話をしたのか私にはわからない。それこそ秘密だ。いろんなあんちゃんが見られるのが今はうれしい。しかし油断せず浮かれすぎず好きになりすぎない、が基本の生き方になっていた私は、あんちゃんの目覚めすらその一部になった。だいぶひどいな、と自分でも思う。だけどあんちゃんはだいぶ安らいでいる。私は別の希望を探すことにした。なんとなく思い出した休憩室で会ったあの子を探して施設の中を歩いていた。ロボットとすれ違う、私の目を探して合わせて発声。どうされました、私は彼女の特徴を言って探して欲しいと伝える。ロボットはしばらくして退院しましたと教えてくれた。私はなぜか彼女にもう一度会いたかった。彼女と、私に似ているという友だちに会いたかった。




 〇〇〇



 優香



 私はとりあえず歩いた、もといた家の近くに行くとビルを建てていた。自転車を捨ててきたところに行くと他のゴミの中に私のチャリンコもあった。それがなんだかやけにうれしかった。だけどまたがったらタイヤの空気が抜けてて、またそこに捨てていった。歩いているとロボットにしか会えなくて寂しかった。上を向くと人もいるのに上の人たちは下を見ない。寂しさは埋まらない、どうしたらいいんだろう。上を見ながら歩いていたら首が疲れて、お腹も空いた。あんなに美味しいお母さんの料理だけど食べたくなかった。水筒のお茶だけ飲んで歩く、まるで遠足みたいだ。行けなかった学校の旅行でもお土産をくれたなあとか変装して遊んだとか小さい頃のカン蹴りとかなんだか小さなことを思い出す。ふと前を見ると女の人が歩いていた。思わず声をかけてしまった。



「あの、」


「はい、どうしたの?」


「あ、いえなんでも、あの、久しぶりに人を見たからつい、」



 素敵にその人は笑って、私の目をまっすぐ見てくれた。



「ロボットだらけだもんね、ところでどこかに行くの?」


「はい、どこに行くかは決めてないんですけど散歩してるんです」


「そうなの」



 お姉さんは私のことを変だと思ったみたいだけど、特に何も言われなかった。私も何も言うつもりはなかった。話ができてよかったと伝えて別れる、お姉さんは進化してない人だ、どうして進化していないのか聞きたかったけど、やめた。私と同じ理由だったらいいけど違ったら嫌だ。そこで私は行く先とやることを決めた。どうにかなるさと言い聞かせながら、変わってしまった町を練り歩く。あ、飛行教習所だって行ってみたいな、あのロボットかっこいいな、なんか他のと違う、今飛んで行ったの似てるけどきっと違う人だな、なんて。そのうちに涙でぼやけて色がにじんでいって、一歩一歩歩くごとに私は行く先とやることを確実に計画していく。目をつむって、雫を振り落としてもう一度目を開ける。足が地面についているようでいないような変な感覚だった。不思議な気持ちだな、そう思うと気が楽になって私はまたキョロキョロと町を見ながら歩いていった。あ、ネコ!かわいい、撫でたい、でもやめよう。あーあお金があったらネコも飼うのにな。

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