6個目

 あなたのチャージャーなんですか?


 なぜかって眠るのが好きだからです。より癒されるものを探していたら、お兄ちゃんの友だちがチャージャーのアイマスクをくれました。え?はい。別に怪しいとも怖いとも思わなかったです。そのアイマスクをつけるとよく眠れました。いつも途中で起こされるとイライラしてムカムカしてもっと眠っていたくて、不機嫌になる私にとってこのチャージャーは本当に癒されます。眠りにつくといろんな夢を見ます。私はよく友だちといろんなことをを妄想するのが好きでした。猫になりたい、お金持ちになりたい、カラオケをずっとしていたい、彼氏が欲しい、学校なんてなくなればいい、空を飛べるようになりたい、そして気持ちよく眠っていたい。そんな友だちと話したくだらない夢物語がほとんど、はい!楽しい夢ばかりですよ、悪夢は一度も見ませんでした。今の方がかえって夢みたいです。カメラもあるし、これは放送されるんですか?何チャンネル?テレビ、録画しないと…テレビはもうないんですか?へー、これが今のスマホ?かっこいい、あれ今って何年なんですか?私、いくつになりましたか?そうですか、もうおばさんですね。 そんなに寝たんですねどうりで体が痛いはずだ、病院にいるのはそのせいなんですね。何も知らないんですよ?当たり前です…だってしょうがないじゃないですか、時間は戻らないんですよ?とりあえず1人にしてくれませんか、あ、やっぱり友だち呼んできてください。謝らないと、起こしてくれてたのに私、わたしずっと、ずっと、ずっと…眠っていたから。




 〇〇〇〇〇〇





「本日〇〇病院に入院されていた〇〇〇〇さんがおよそ10年ぶりに目を覚まされました。命に別状はありませんが精神的ショックからしばらく療養されるとのことです。彼女はチャージャー害の最初の被害者とされ…」



 スーツを着たサラリーマンはもう空を飛ばない。いや会社に行かないのだ。今はお金を稼ぐ必要がなくなった。まず国はお金を稼ぐことが好きな人たちの財産が国にも回る仕組みを作り出した。反対意見もそこそこに実行に移され、貧富の差を縮めていった。それにより貧しさから進化できずにいた人たちを集合住宅に住まわせ、進化ライフを送らせることができた。そのうち進化した人たちがそれぞれ好きなことをやることで給料受け取らない、つまり給料を払う必要がなくなった。多くの人件費が削減されたおかげでかえって国は豊かになり、国から衣食住の保証ができるようになっていった。やりたいことを仕事にする、さらには仕事という概念がなくなり、やりたいことをして生きていくようになった。進化することで人々の考え方はだいぶ変化した。考え方というより考えるということがだいぶ歪んだものとなった。思考することで消費するエネルギーをなくすには思考停止をさせる、簡単なようで自分の力だけではうまくできない。日頃意識的にも無意識にも行う現実逃避やストレス解消法を進化させる形で人の思考を止めた。例外はチャージャー害、進化害を受けて施設で療養中の者たち、チャージャー害から進化の注射と研究を重ねていた者たちや進化を拒否していた人、効果が効きにくい人である。それ以外の多くの人たちがゆるやかに思考を止めて、好きなことをする生活を送っていった。伴って次第に国は機能しなくなり、人手は足りなくなった。かねてから開発が進められていたロボットたちが仕事をするようになった、ロボットたちは自分で自分を量産していく。残った人間たちとロボットは仲良くやれていた、また進化した人たちはロボットを特に気にしてすらいなかった。ロボットはサポートをした、コンビニの店員や家事用、レストランの厨房、カメラマン、事務、介護、愛人等、さまざまだ。そんな世界のとある日の朝方、速報ニュースは人間の彼が熱弁をふるっていた。とある彼女のことを紹介し、そのあと隣のロボットが事務的に天気予報を読み上げていく。モニターの中のニュースは遠い国のオリンピックからすぐ我が国の彼女でいっぱいになった。


 彼女は病院にいた。この時代の病院は3つタイプがあり、以前と変わらぬ怪我と病気を治療するところが1つ、チャージャー害治療の施設の病院が1つ、そしてもう1つが秘密裏の研究施設の病院である。彼女は各タイプの病院をたらい回しにされ、最後に行き着いたこのチャージャー害専門病院でゆっくりと長いこと眠り続け、今朝目覚めた。研究施設で彼女に行われた治療、もとい実験により、進化の注射や人型のチャージャーが完成したのだ。そして公的サービスとして多くの者が進化接種を受けた。彼女はその実験の影響からその後眠り続けていた。その彼女が目覚めたことをすぐ報道できているのはスクープが好きな記者が数人で病院を張っていたから、『最初の人』は有名人だったから。そして記者達は次に元犯罪者であるチャージャーの生みの親を改めて探している。




 〇〇〇〇〇〇




 俺は猫の飼い主に一目惚れをしてしまった。なんで久しぶりに感じた気持ちだろう。そんな恥ずかしいことは知られてはならない、俺は猫を彼女に返した。あまり彼女に懐いていないようで心配して尋ねてみると、なんと彼女は猫が嫌いだという。思わず猫の魅力を伝えてしまい、痛いやつになってしまった。どうして好きな犬を飼わないのかと聞いた。実は犬派な彼女は笑顔でこう答えた。



「大好きなものは離れていってしまうから」




 〇〇〇〇〇〇




 私はある日突然進化の注射を打った。一応国の人というスーツの人が来て説明をしてくれて、看護師さんが来て打ってくれた。集合住宅のほぼ全員が注射を打った。ただおばあちゃんたちは注射を打つと救急車で運ばれていった、ついていこうとすると断られた。そしてみんな変わってしまった。3つ隣のホームレスのおじさんも上の階のお兄さんも一階のみちこちゃん親子も、そしてお母さんも。ちょっとずつ変わっていく。私は置いていかれる、みんなどこにいこうとしてるの?なんで私にはチャージャーも進化の注射も効かないのだろう。私はご飯量産機になってしまったお母さんが作り続ける美味しい料理をお弁当に詰めて、家出をした。お母さんに説明して出て行ったから家出とは言わないのかもしれないけど、お母さんは笑顔だけど何も言ってはくれなかった。





 〇〇〇〇〇〇





 俺は久しぶりに歌いたいという気持ちを思い出した。少し怖かった、でも不思議と少しだけだった。俺は歌を歌った、管理人とかご飯を運んでくれる世話係の人に怒られるかとも思ったがそんなことはなかった。マイクもギターもない、アカペラで歌う。何人か集まってくれた、終わると拍手をしてくれた、たまらなく嬉しかった。俺はありがとうと言った。モニターに映る選手の姿が光って見えた、それを眺める彼らも光って見えた。ふと管理人の顔を思い出し、俺は彼に会いに行った。久しぶりに走ったら転んでしまった。手を貸してくれた人はロボットだった、そういえば今朝食事を持ってきてくれたのもこのロボットだった。驚いて固まっていると、ロボットが微笑んだような気がした。お礼を言って管理人室に行こうとするとロボットが言った。



「私に何か用事ですか、管理人は私です。彼から引き継ぎをしましたので」



 それはいつか尋ねると今朝だったという。その頃オリンピックの映像が目覚めた彼女のニュースへ速報として次々に変わっていった。





 〇〇〇〇〇〇






 私の療養期間は短かった。施設を出てすぐ彼女の家へ行ったけどロボットがせっせとビルを建てていた。ロボットの1人がここの人はみんな集合住宅に行ったこと、その住所を教えてくれた。ありがとうとお礼を言いそこに向かう、彼女の母親の名前を見つけて階段を駆け上がった。お昼が近いせいかどこからかいいにおいがする、あった。ドキドキしながらチャイムを押すと友だちのお母さんが出てきた。懐かしい笑顔で私を見るなりおかえりなさいと、



「ご飯できてるから食べなさい」





 〇〇〇〇〇〇




 あんちゃんに会いに行った。あんちゃん、起きて、いつものように枕元で声をかける。反応なし。昨日猫好きの変わったお兄さんに会って私は少しむしゃくしゃしていた。あんちゃんの肩をつかむ、起きろ!いつまで寝てるつもり!!あんちゃん!だいぶ大きい声でびっくりした看護師さんのロボットが駆けつけた。その間高校の昼休みみたいにあんちゃんを起こしにかかった。



「何?あと5分って言ってるじゃん」



 10年ぶりに聞いたあんちゃんの不機嫌な声だった。





 〇〇〇〇〇〇





 彼女が起きたらしい、ニュースを見てロボットに早口に引き継ぎをして俺は施設を飛び出した。なんでもいい彼女に一目会いたかった、俺は面会できないに決まってる。だけど目と鼻の先にいるんだ。施設と病院をつなぐ重い扉を押した。俺はあんの友だちを探して病院の廊下を走った。病室の前で泣いていた彼女は俺を見るなり走ってきた。



「あんちゃんが!あんちゃんが起きたの!それより記者の人たちが張ってたんだ、今あんちゃんに取材してるからあんたは来ちゃダメ!落ち着いたらまた連絡するから、ロボットに隠してもらいな」



 すごいまくし立てて俺をナースステーションの隅に追いやった。程なくして、あんに病室に呼ばれたらしい彼女と看護師はあっという間に記者たちを追い払った。病室に消えていく彼女はもう泣いていなかった。いったい中でどんな話をしているのか、俺には想像することも許されない。俺は彼女に会って何をする?何を言ってどんな顔をすればいい。チャージャーを作ったことを俺は悪いと思わない。ただ実験として彼女を選んだこともそのあとあの研究施設に連れていかれてしまったのも俺のせいだ。俺はどこで終わっていればよかったのだろうか、ロボットを完成させた時か、チャージャーの試作品ができた時か、友だちから妹の話を聞いた時か、逮捕された時か牢屋から出された時か、実験所で彼女を見つけた時か、彼女の友だちと会い怒鳴られた時か、それとも今朝のニュースを見た時か。



「あんたに会ってもいいって、あんちゃん」


「ああ」



 それとも今このドアを開ける瞬間か、彼女と目があう瞬間か、友だちのなおは後ろから俺に声をかけた。



「私のことは言わないで」



 俺はうなづいた。なおはあんに対して秘密がある。実はあんもなおに対して秘密がある。俺はそんなこと伝えない、伝えられるか、俺にそんな勇気があると思うな。1人でいる方が得意なんだよ、その俺が会いたいのがお前なんだ。顔を見せろ、声を聞かせろ、動け、と俺はなおと同じように祈り続けた。そうだ俺は嬉しいんだ。だからこんなに会いたいんだ、そして困っているんだ、会って顔を見て声を聞いたら泣いてしまいそうだから。扉を開けるとあんがいた。目を開けて俺を見るなりこう言った。



「おはよう、よく眠れたよ」


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