8個目



優香



 終わらない世界。終わるとはどうなることを言うのかな、やっぱり隕石とか自然災害とか人間じゃ防げないことが起きた時。ああでも今はだいぶ強くて硬い素材の家もできたし…それがだめでも世界は広いから誰か生き残るよね、それに人じゃなくてもネコとかサボテンとか、たとえ星が死んでも宇宙は終わらない。ずっと続いていくんだ、そんな大きなものと比べたらこんなことだって全然なんともないんだ。今まで起きたことだってこれから起きることだって全然なんともないんだ。


 私はこの丘までチャリンコをこいでいた日を思い出す、汗だくになりながら仕事をしにきていた。職場はあるけど今はもう人はだいぶ減ってロボットが働いている。私は仕事をしにきたわけではない、正反対のことをしにきた。歩いて行くのはだいぶ辛くて、ここしばらく家でダラダラしていたのが地味にきている。少し先に男の人の後ろ姿。立ち止まっていて歩く私は近づいていく、少し建物の方へ戻ったけどまたくるっとこっちを向いて走ってきた、泣きながら私とすれ違う、



「すいません」



 涙声で何があったのか聞きたいけれど、今からのことを考えると聞きたくなかった。坂道を登り終えると正面玄関。そこにロボットがぽつんと立っていた。新しい案内役かと思ったが挨拶をしても返してくれないロボットだった。そのまま私はぐるっと建物の裏手へ行く。林を抜けて崖がある、その下には街並みがずーっと広がっている。そして空を飛ぶ人たちが見える。少ない、今は夕暮れどきになっているから、夕日が綺麗で眩しかった。私は座り込む。このまま夜になるのを待とうかな。そのほうがいい、今はいろんなものが見えるから。






 〇〇〇



鈴木



 施設に戻った俺は彼女のことが忘れられなかった。どこからか誰かの歌声が聞こえた。別棟だな、いい声だ。彼女のことが忘れられずに施設をウロウロしていると、そのうちにキョロキョロ誰かを探している彼女を見つける。もしかして俺か、と思ったが声はかけなかった。なんだか険しい顔をして何かを探していて、ロボットと話してまた出て行った。ロボットに何を聞かれたか聞いたら守秘義務だからと断られた。俺は気になりはしたもののストーキングはしなかった。しばらく俺は悩んだけれど。その末に退所の手続きをした。俺はやりたいことを見つけたがしていいのか必死で考え続けて今も悩んでいる。とにかく施設にいてはできないことだ。長い間世話になったロボットと別れる時には涙がこぼれた、ロボットが驚いてハンカチを渡してくれた、俺は惚れっぽくなっているようだ。抱きしめたロボットは硬くて冷たかったが、俺の背中をポンポンとしてくれた。この窓から見える景色はとてもよかったと伝えて手を振り別れ坂道を下りていく。ふと振り返るとまだロボットはいて、彼でも彼女でもないその人を呼ぶ名前がないことに今更ながら気づいた。






 〇〇〇



なお



 私はまず退院した彼女を探した。ロボットを使って友だちの家に行ったという、職権乱用で友だちの住所を探る。そうして私は近辺を歩いているとおそらく友だちであろう子と出会った。年相応の印象で進化していない私を見て驚いたのか向こうから声をかけてきた。それなのに別れるときなにか諦めた笑顔を見せていた。気になって彼女のことを調べる。国のデータベースへアクセス、やっぱり私が防げなかった低所得者向けの進化の一斉注射を受けている。それでもそのままということは、どうやら彼女は進化の成分が効きづらい子のようだ。私は彼女に、〇〇〇〇ちゃんに希望を抱く、もしかしたら彼女の協力が得られればこの世界をなんとかできるかもしれない。私のこの真っ黒い何かをなんとかできるかもしれない。散歩という名の家出も、少女の足では範囲は限られている。別れたあとカフェもどきで調べ物をし終わって、また私は特に急ぐこともなく街を散策しながら彼女を探した。





 〇〇〇



鈴木



 俺は未だ悩んでいた。彼女の言葉が頭に残っているからだ。好きなものは離れていく、だから嘘をつき続けるという。そんなの、どうかしている。我慢していたらいつか爆発してしまう、壊れてしまう。だけど好きなものの怖さもよく知っている。今この世界ではあまりにあの中毒性の高い物質が溢れすぎている。それこそウヨウヨしている。だからこそ俺は悩んで考え続けている。どうしたらこの世界を変えられるか、彼女を助けられるか、そんなに大きなことじゃない。彼女に何と言えばよかったのか、俺は言葉を探し続けた。俺は今やりたいと思ったことをやることにした、一度中毒になったんだ、またなったとしてもあの施設に行けばいい、そしたらまた彼女にもあのロボットにも会えるかもしれない。失敗してもいいや、いつか成功するまでやり続けることにしよう、諦めても怒られないし悲しまれない。彼女には悪いが俺は好きにする、我慢はするが好きなことを嫌いになることはできない。そうだ、彼女にまた会ったらこう伝えよう。嫌っていたものもいつか好きになるかもしれない。好きなものもいつか嫌いになるかもしれない。それを見越して嫌いだなんて、離れてしまう前に離れるなんて、バカだ。バカやろうだと彼女に伝えたい。やろうじゃないけど。









 〇〇〇〇〇〇



優香



 お母さんのお弁当を食べた。冷たくてもおいしい。卵焼きが沈みかけの太陽で輝く、早く落ちていけ、暗くなれ、そうしたら私も落ちるから。







 〇〇〇





 俺は何をする気にもなれずに時々歌を歌っては拍手をもらってそれだけで満足していた。最近はよく人を見る。窓の外を眺め飛んでいく人たちを眺め、療養中の彼らを眺め、せっせと世話を焼いてくれるロボットたちを眺めていた。管理人はロボットになった、いや前の管理人のあの人を俺は覚えていた。心の中でいつからかユキチと呼んでいた若い彼に、犯罪者に、俺はいつか会いたいと思う。会って何を話すでもないけど、彼の前でまた歌を歌いたいと思う。いつだったかここにいるやつらとやりたいことを話していた。人それぞれ様々で本当に面白かった。俺は歌いたいと思ったがそれだけをする気にはなれなかった、他にも何かしないと、という気になっていた。きっと俺は歌一本で今までいたから、他のことにも目を向けなくてはいけないと思った。とりあえず始めたのがいろんな人やものを眺めることだ。そして今日俺は1人の少女を見つける。林の中でちらっと服が見えた気がして俺は窓際に立った。女の子がお弁当を食べていた。俺は迷わず管理人に外出届けを出して彼女に会いに行った。俺は彼女に会って何を話すつもりなんだろう、俺は後ろから声をかける、



「すいません」



 彼女は飛び上がって驚いて俺を振り返った。そして目をみはる。



「あなたは、歌手の…友たちがあなたのファンなんです、あ、サイン…どこかにサイン頂けませんか?」


「え、あ、うん。いいけど」


「じゃあ、これに」



 ガサガサとリュックを探し、渡されたのはボールペンとノートだった。俺は迷わず書き慣れたサインを書いて渡す。俺は無邪気に喜ぶ彼女と場所と行動がちぐはぐで耐えきれずに聞いた。



「君はどうしてここにいるんだ?」



 彼女は見つめていたサインから顔を上げて俺をじっと見つめた。



「私はここでやることがあります。だからここにいます。あなたこそどうしてここに、病院にいるんですか?」



 彼女ははっきりと俺に言った。俺はなんとも返せずぽつりと苦しまぎれに言った。



「俺はここで歌を歌ってる」


「いいですね、聴きたかったです」


「今歌おうか?」


「え?」



 俺は歌を2、3曲選んでサビだけ歌いだす。彼女は戸惑いながらも体育座りして聴いてくれた。拍手がとても丁寧で最後の歌は友だちという人と歌ったのか一緒に歌ってくれた。とてもいい声で心の端に残る声で、



「歌上手いね、それにいい声だ」


「いえいえ、生歌ってすごいです、やっぱりプロは違いますね!友だちとカラオケで歌ってたの思い出します」


「歌うのも好きなんだ、本当に歌手目指したらいいと思うよ」


「歌手かあ、それもいいかもしれない」



 俺は結局また施設に戻ってきた。彼女のしたいことをどんなことでも応援しようと思った。窓際に立っているとそこから見える彼女がまた体育座りしていた。ここから彼女が見えることがすごく俺を安心させた。だからふと同室のやつと話している隙に彼女が見えなくなって、俺はなんといったらいいのかわからない不安に襲われた。もう外は暗くて、外出届けが下りなくて外泊届けを出して俺は施設の玄関を飛び出した。勢いよく走って案内役のロボットにぶつかってしまった。よく見たらいつも世話をしてくれているロボットで、いつかと反対に俺が手を差し出す。手を握って起き上がるとロボットは小さな声で言った。



「ありがとう。先ほど退院された方とお別れしました。別れがこんなに辛いものだと思いませんでした。手を貸してくれてありがとうございます、傷心でぼーっと立っていてすいません」



 そう言ってまた職場である建物内へとゆっくりとした調子で歩いて行った。俺は不思議に思いながらも目的の彼女へと走って行った。彼女はどこにもいなかった。いや彼女の置いていったノートとペンとリュックがそこにあった。ノートには一言『ごめんなさい』と小さくて可愛い字で書いてあって、俺はゆっくりと崖のはじのほうへ向かう。変に頭が真っ白だった、ただ胸の音とその下をのぞかなくてはいけないという思いだけが俺を動かしていた。



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