第四章  ⅩⅤ


 一番街の隅にある、今は使用されていない大型の降動機クレーンの天辺にカノンは二本脚で堂々と立っていた。地上からの高さ、怒涛の八十メルター。アディリシア達が戦っている位置まで、直線距離で約五百メルターある。機械的補助なしで弾丸を当てるには、相当な腕を要求される距離だ。十年前の『クリザリア防衛戦』で彼は幾度となく狙撃を成功させた。

 当時を思い出せば、多分、フランカと出会っていたような気がする。リザイアに命令されて狙撃ばかりしていたせいで、イマイチ、仲間の顔が思い出せない。圧倒的に、独りで行動していた時の方が多かったからだ。

 風はなく、気温高めの乾いた空気。両手に構えるのは全長一二〇〇ミリット・メルターの狙撃専用小銃『レイビィン』。銃口から弾丸を込めるのではなく、後方の薬室が撃鉄と連動して上に跳ね上がる仕組みを採用している。これにより、紙薬包を用意するだけで一分間に二十から三十の発砲が可能となる。また、込められた術式は着弾と同時に赤い茨を発生させ、敵を拘束、攻撃する『赤華鎖抗煉撃セルベルダー・ザイングル』。精度、速度、威力、全てを兼ね揃えている自信作だ。しかし、左手の指に一発の紙薬包を挟んだまま、カノンは動きを止めてしまった。小銃に装着されている単眼鏡で、アディリシアの姿ははっきり見えている。そして、ミーシャの姿も、顔も、その表情も。

 その笑みを、彼は知っていた。悪意ある笑み。含みがある笑み。何かを隠している笑み。自暴自棄ではない。あれは、一発逆転の切り札を残している人間の笑みだ。学園に就任するよりも前。アディリシアと出会うよりも昔。カノンは数多くの戦場を渡り歩いて来た。

 時には肉眼、時には今のように小銃に装着した単眼鏡で。多くの人間を観察してきた。確証などない。それでも、脳内で最大限の警報が鳴っていた。今すぐ、彼女を助けろと。

「ったく、勘弁してくれ。ここから、何百メルターあると思ってんだ?」

 小銃を平らな場所に置き、カノンは右手で新しい拳銃を引き抜いた。

 それは、アディリシアと同じく自己完結型輪転式拳銃だった。いや、少女の拳銃を設計し、製作したのは彼だ。ならば、彼が同じ拳銃を持っていない道理などない。操作棒を少しだけ、心棒をズラし、弾倉を外す。そして、懐から取り出した別の弾丸装填済み弾倉と交換。全ての部品を元の位置に戻し、自然と銃用革鞘ホルスターへ収めた。

 撃つのを躊躇ったのではない。真面目に撃つために、拳銃を収めたのだ。カノンの身体から余計な力が抜ける。あくまで、立ち方は自然体。風に身を任せるかのように。とてもではないが、惚れた女を助けようとする男の様子には見えなかった。だが、もしも、此処に銃器に精通した人間がいれば、驚愕していただろう。両足を両肩の幅まで広げ、両腕はだらりと下がってる。されど、その視線は真っ直ぐと一点を見詰める。

「アディリシア、お前はもう、俺の〝世界〟を知っているのか?」

 そして、カノンは人間の限界に喧嘩を売った。


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