第四章 ⅩⅣ
――予想以上だと、ミーシャ・ドランケは頬に焦燥として汗を滲ませた。アディリシアと初めて会った日、彼女は言った。『私様は、組織の中では、それほど強くない。だからさぁ。色々と力を貰ったっていうか、そんなところ? 普通に戦えば、強いのは君だよ。うんうん。誇っていい。これは誇るべきことだ。ここまで成熟した〝銃使い〟は滅多にいない。…………うん。だから、残念』。それは、嘘偽りない言葉だった。古き神を契約した分の異能が、銃士を上回っている。それだけの話だった。ならば今、どうしてここまで追い込まれている? 眼前を無数の弾丸が飛来する。まるで、鉢の群れのように。理解する。あれは、散弾の魔石だ。極小の針が意思を以って襲い掛かってくるようなもの。
ミーシャは眼球を保護するかのように両腕を交差させて頭部を守る。腕どころか、身体中に激痛が駆け廻った。まるで、炎の中に落ちてしまったかのように。強い。アディリシア、そしてカノン。リザイアから聞いていた。『極点を穿った九人』の戦闘能力は、一人一人が単一で指定駆逐種に数えられる魔物を討伐出来る程だと。
(世界でも数少ない魔導鍛冶師。まさか、銃士としての腕も相当だとは、ね……)
気配さえ読めむ距離から、よく当てる。雷撃の槍が、炎の刃が、氷の五月雨がことごとくミーシャを阻害するのだ。そして、全くアディリシアの戦闘を邪魔しない。意思の疎通が可能だというのか、この距離で。あるいは、もっともっと、深い所で繋がっているとでもいうのか。
「どうして、私様の邪魔をするのかなぁ。この世界に、魔術なんていらないんだよっ!」
アディリシアへと接近、眼前で宙へ跳ぶ。身体を地面と垂直に旋回。遠心力を乗せた右脚の踵が銃士の腹部へと突き刺さる。まるで、綿に包まれたように感触がない。あの一瞬で、後ろへと跳んで威力を殺したのだ。お返しとばかりに三連続の発砲。喉元、腹部、右足へと弾丸が突き刺さる。駆け巡るのは激情の雷火。『
「この世界は、もう駄目だ。何度でも、同じことを繰り返す! 魔術が発展して数百年。戦争は過激化するだけだ! ……三十年前だって、そうだ。私様達の国は、魔術に頼らない生活を続けてきたのに、王国の使者が現れて、私様達の国を統合しようとした。表では上品ぶって、裏では兵力をちらつかせてね。遅かれ早かれ、戦争になっていただろうさ」
ミーシャの叫びに、アディリシアは眉根を寄せ、左手に握った四二口径の輪転式拳銃の撃鉄を起こした。お互い、大きく距離を開けず、至近距離で生死を交錯させる。
「教科書では『ザナン・グラン海峡攻略戦』は小国側が攻撃したと記されていますが」
「はん。歴史なんて、勝利者の欲で都合が良いように変わるものだろう? 私様達は、売られた喧嘩を買っただけさ。それの何処が悪い!?」
吠える女は大段に距離を詰めた。その右肩が大きく削られる。遠くから、カノンの咆哮が届くのだ。
「断言しよう。これから十年、いや、五年以内に大きな戦争が始まる。帝国や共和国、そして王国を巻き込んだ戦争が。蒸気戦車、魔導具、銃士、正道騎士、傭兵、軍隊。この世全ての武装、集団、宗教、全てを巻き込んだ戦争が! その時、どうするんだ、若き銃士。君達は一体、何を目指す? 何と戦う? 巨大な敵に勝つために力を得れば、そらに巨大な力に押し潰されるだけだ。それでも、戦うのか? それは愚かだよ。世界を変えられるのは人間じゃない、神様だ。もう一度、審判が下されるべきなんだよ!!」
絶叫、悲鳴、激痛。祖国は滅び、それでも、戦う者だけに許された叫びだった。しかし、
「うるせえですわね」
アディリシアは真っ向から一蹴する。ミーシャがポカンと目を点にする。金髪の銃士は引き金を絞ると同時に、左手を撃鉄へと叩きつける。轟音。飛び散るは緋色と濃い橙色の閃光。集約、増幅、解放。生まれ落ちるは火炎の大剣。溶岩から形成された灼熱の刃。少女は躊躇なく掴み取った。空気はこんなにも沸騰しているというのに、剣の所持者は涼しい顔を崩さない。武器召喚の魔術など初めて見たミーシャは驚愕に息を飲んだ。
「カノンは面白い工夫を沢山考え出します。これは、そんな物の一つ」
全長一メルターを軽く超える剣は重さを知らなのか。アディリシアが軽く振っただけで流麗な軌道を描く。王国の未来を担う人材、それも軍人を育てる学園だ。剣術を教えないわけがない。そして、貴族の娘とは幼いころから家庭教師を付けて鍛練に励むと相場が決まっている。ミーシャは身を低くし、両手を軽く振るう。――腹の底に、黒い笑みを滲ませて。
「いやー。やっぱり、切り札は残しておくべきだよね」
気配の変化を感じ取ったアディリシアが隙さえ与えぬと疾走。ミーシャへ迫る。
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