第四章  ⅩⅡ


「二日ぶりですわね。御機嫌はいかがでしょうか?」

「うーん。頭がすっごく爽やかだよ。まるで、頭が丸々一個、交換された気分」

 刹那の後、アディリシアが自己完結型輪転式拳銃『レイン』を引き抜き、容赦なしに二発をほぼ同時に放つ。

 綺麗に撃ち抜かれたミーシャの両膝から血が飛び散った。続け、赤い閃光が弾ける。瞬く間に深紅の輝きを秘めた鎖が発生し、女の身体を拘束していく。まるで、獲物を食らわんとする毒蛇のように。それは、二日前にカノンが使った束縛用の魔術を展開させる術式の完成系だった。物理的、魔術的、一切の暴力を封じる堅固な牢獄。だが、黒髪の魔女は薄く笑っただけだった。濃密な殺意を前に、アディリシアは咄嗟に後方へと跳んだ。

 距離を開けたはずだというのに、眼前へと槍のように伸びる手刀が走った。アディリシアは首を捻って避け、そのまま左手で短剣を抜いて一閃。ミーシャは手刀の軌道をほぼ直角に変化させて迎え撃つ。硬い金属同士の激突音に、少女は歯を食い縛る。この衝撃はなんだ? 今、何とぶつかった? 金属の塊か? 明らかに、肉と当たった感触ではない。

 此処に来るまで、カノンが語った内容を脳内で反芻し、アディリシアは憎たらしげな笑みを浮かべる。躊躇なく短剣をミーシャへ投げつけた。相手が虫でも払うかのように手を軽く振るって刃を叩き落とす。重躁剛黒鉄アイン・クロオメテオの刃は地面に落ちた衝撃だけで、真っ二つに砕け散る。たった一合でこの被害。全く以って、戦うのが愉快でたまらない。

「一つ問いましょう。貴女は一体、どんな神様と契約したというのですか?」

 アディリシアの問い掛けに、ミーシャは至極真面目な顔で答える。

「私様が契約した『沈黙した古き神々アルバンス・サーバー』の名は『茂られる宝杖・パルセルナ』。かつて、神様の国で魂の価値を計り、神罰を下した神の一柱。私様は、人間を魔物に変換出来る。そして、私様の肉体はとうの昔に、人間を止めた!!」

 ミーシャが咆哮。アディリシアは咄嗟に新しく小口径の輪転式拳銃を抜いて一発撃つ。展開された術式は汎用防御魔術『光甲装陣アルミダー・レイズ』。だが、蒼い光を纏う障壁が飴細工のように砕け散った。前髪に死が触れる直前、敵の動きが不自然に停止する。後方から音速超過の弾丸が飛来、着弾、術式の解放。炎を押し固めた緋色の槍が数条、黒髪魔女の身体を問答無用に穿ち、地面に縫い止める。彼女は、一人で戦っているのではない。

「惚れた男に背中を守られているなんて、格別に愉快ですわね」

「ふーん。でも、表舞台に立たないで女を戦わせる男ってどうよ?」

 ミーシャが体中から血を垂れ流しながら愚痴も零す。だが、アディリシアは僻みとばかりに鼻で笑ったのだ。

「適材適所ですわ。私は堂々と表の舞台に。彼は、役者を影で支えるのが得意な男です。ああ、パトリシー・メイスンの歌にもこんな一節があります。『包丁が上手い奴を戦場に連れて行くわけないよ。黙って厨房で今晩の飯を作ってくれれば良い』ってね! 私と彼は何千、何万、何億メルター離れていても、繋がっているのですから」

 アディリシアは一秒先の未来も知らぬ世界であえて、笑うのだ。

「ミーシャ・ドランケ! 貴女が、どんな理想、夢想、希望で戦っているのか、私には関係ありません。だからこそ、あえて言いましょう。目的を達成させたいのなら、私を殺しなさい。この私、アディリシア・W・D・レミントンこそが貴女の〝敵〟です」

 アディリシアが拳銃『レイン』の弾倉を入れ替える。そして、天空から魔風が降り注ぐ。


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