第四章  Ⅸ


「カノン。どこへ行こうというのですか?」

 外へと戻り、石炭が轟々と燃える蒸気二輪車スチーム・バイクへと跨ったカノンへとアディリシアが言う。他の生徒及びフランカは魔物が最も集中している二番街へとすでに出発している。残されたのは、二人だけだ。どちらも、尋常ならざる魔導具を武装している。まるで、これから戦争にでも出かけるかのように。いや、本当に戦争なのだ。今日は王国の歴史に刻まれるべき一戦だった。時刻は午後の五時を回ろうとしている。後二時間弱の間に決着をつけなければ夜闇は魔物の味方をするだろう。泥沼の内戦となれば、人間側の負けは必至だ。

 アディリシアもカノンも、二番街へ行くのが〝普通〟だろう。

「……俺は、別の場所で戦ってくるよ。だから、アディリシアはついてこないでいい」

「愚問ですわね。この私は、貴方の飼い主なのですのよ。着いて行くのが当然ですわ」

 アディリシアは退かない。だから、カノンは一番言いたくない言葉を使った。

「ここで暴れている魔物は人工物だ。本当の意味で、人から造り出した紛い物だ」

 風が吹いた。夕焼けを過ぎた夏の風が時に肌寒い。汗を掻き過ぎたカノンは、肌寒さを覚えた。今、アディリシアの目を真っ直ぐ見られる自分がないから、薄暗くなった空を見上げる。秘想金碧石トゥルー・アレキサンドライトを想わせる切れ長の瞳は、だんだんと冷たい蒼に染まっていく。

「昨日、『沈黙した古き神々アルバンス・サーバー』と契約した『破滅を選ぶ偽神アルバルト・セーバー』の末路を話しただろう? 一般には語られない神話がある。この世界に住みついた魔物は元々、何者だったのか。それは曰く、罪人だと。裁かれるべき害悪へと身を落とし、何年かかろうが殺されるのを待つのだと。この街に、どうやって大量の魔物が侵入したのか? 簡単だ。魔物が侵入したんじゃない。元から住んでいた人間が魔物に変化したんだ」

 忌ま忌ましそうに、カノンは奥歯を噛み締めた。姿形が変わろうが、人間同士の戦いほど、醜いものはない。そして、さらに胸が締め付けられる苦しみを彼は知っている。

「そして、これらの事件には、過去の事例がある。世界救済連合は、生贄さえあれば無尽蔵に魔物が生み出せるのさ。……俺は、大本を断ってくる。アディリシア、お前は――」

 だが、彼の制止も待たず、アディリシアは蒸気二輪車スチーム・バイクへと跨った。そうして、彼の腹部に両腕を回す。ぎゅっとしがみつく姿は、まるで甘える幼子のよう。

「私に指図する権限が、貴方にあるとでも? パトリシー・メイスンの歌にもこんな一節があります。『主人が犬に命令することは珍しくねえよ。けど、その逆っていうのは有り得ない。犬が犬で、人が人である限り』とね。貴方が最高の舞台に立つというのなら、私も傍に立ちましょう。そう、約束したでしょう。カノン・レミントン。貴方こそ、思い出しなさい。貴方は一体〝何者〟ですか?」

 強情な少女だった。カノンは嘆息一つを零し、加速輪アクセルを回す。蒸気機関スチーム・エンジンがけたたましい音を奏で、一足。鋼鉄の巨体に風を与えた。ぐんぐん加速し、大気を切り裂きながら進む。

「足手纏いを守る余裕はないぞ。手前の身は手前で守れ」

 声が乱れるのを嫌ってか。アディリシアが返事変わりに、ぎゅっと両腕に力を入れたのだった。

「この大馬鹿が……」

 苦味の濃い笑みを浮かべるカノンの横顔は、泣きそうな程、歪んでいた。彼はアディリシアの前で、正義の味方ではいられない。彼には彼の目的があるからだ。ゆえに、見せたくはなかったのだ。――鬼になる光景など。

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