第四章  Ⅷ


 地下の武器保管庫には、カノンが作った魔導具である魔銃が大量に並べられていた。壁の一面を様々な種類、形状の拳銃や小銃が飾り、手の平に隠せる暗殺用の拳銃から、全長二メルターを超える小銃まであった。中には、花のように銃身を広げる物から、どう見ても鉄棒にしか見えない奇妙な武器まで鎮座している。それら全てに、狂おしい冷気が宿っていた。単なる地下という空間が齎す冷気だけではない。それは、魔物や人間を確実に殺すために生み出された武器だからこその剣呑極まる寒々しさだった。だから、その場に集まった全員が声を失ったのかもしれない。場所を知っていたアディリシアでさえ、呆れたように嘆息を零した。

「貴方は、これから戦争でも起こすつもりなのですか?」

「……だって、お前の母ちゃんがいくらでも作って良いって」

 子供の理屈だった。カノンは、自分の腕を磨くのに鍛練を怠らない。そして、腕を磨くには作り続けるしかない。アマンデールには、レミントン家と懇意な鍛冶場が数多くある。個人で作業する何倍も早く部品が完成する環境が、良い意味でも悪い意味でも彼の製作活動を後押ししてしまったのだ。

「先生って、女の子に自分の拳銃を握らせるために教師になったんですね!」

 エミリーの一言は、聞きようによってはとんでもない発言に聞こえる。この場で一番の潔癖症だろうクロムウェルが露骨にカノンから距離を置いた。

「ってか、どうしてフランカせんこ……フランカ先生がいやがるんですか? それに、アリス御姉様まで」

 場の空気をいまいち飲み込めず、レビィが怯えていた。そんな背が高い三年生を、五年生の姉が優しく後ろから抱き締める。『ひゃぁ!?』と随分可愛い声。アマンダとクロムウェルがさり気なくエミリーの視界を自らの身体で遮った。道徳として正解だった。アリスが口元を緩めて妹を愛でるのに夢中でいると、フランカ先生が微塵の躊躇もなく言う。

「私はカノンが学園に来た意味を知っている。そして、アディリシア。君の立ち位置も理解しているつもりだ。……レミントン家は一体、何を考えている? この時代に法的権限から外れた武装組織を新設する意味を、聡明な君が理解出来ないはずはないだろう?」

 フランカの声には、非難する成分が含まれていた。だというのに、アディリシアは髪を掻き上げ、余裕たっぷりに〝苛立った〟声を先生へとぶつけたのだ。

「どうして貴女がカノンの隣に立っているのです? 不愉快ですから、即刻離れなさい。パトリシー・メイスンの歌にもこんな一節があります。『手前の獲物を横取りする奴はどんな貧乏人だろうと聖人だろうと訳あり人だろうと、糞溜めと変わりはしない』ってね」

 アリスと一緒に地下へおりた五年四組一個分隊の全員が顔を蒼白に変えた。五年四組の担任はフランカで、彼女達は他の誰よりもフランカの厳しさを知っているからだ。

 アディリシアは相手が先生だろうが媚びない。まるで、撃鉄が起こされた拳銃のよう。いつでも殺し合いに応じる狂人の目付きだった。けっして、先生に向けるべき視線ではない。クロムウェルが額に手を当てて天を仰いだ。彼女は、友の〝沸点の低さ〟をよく知っているからだ。武器は湿気を嫌うから、地下室には乾燥材用に、共和国から取り寄せた大気中の水分を吸う狭流開木蓮アペラデートの丸太が三つほど設置されている。武器がある点を抜かせば清々しい空気だ。だが、今のカノンは尋常ならざる鉄錆びの深さを覚えていた。

「何を言うか私とカノンは同じ職場の仲間だ。非常事態に行動を共にするのは当然だろう」

 微妙に合っているかどうか判断し兼ねない言葉に、アディリシアは心底呆れたように嘆息を零した。

「そうやって、カノンを飼い慣らす御積りですか? 生憎とカノンは、そこらの男に平気で股を開くような安い女など眼中にありません」

 生徒の一部がカノンから距離を取った。誰が悪いのか? こういう場面でちゃんと言い訳できない彼自身だった。

「見縊るな小娘! 私は処女だ! 純潔は、将来の夫のために、大切に守っている」

 フランカが胸を張って、堂々と宣言する。カノンは男として、此処に自分がいて会話を聞いていても良いのだろうかと迷った。クロムウェルもレビィもエミリーもアマンダもアリスも、気まずそうに目を逸らしていた。ただ一人、アディリシアだけが感心したように両腕を組む。御嬢様は下界とあまり触れ合わないせいで、ためにとんでもないことを言う。

「なるほど。私に刃向かう資格は持っているのですね。……結構、実に愉快です」

 カノンは早く家を出たかった。なのに、他の全員が『手前は絶対に逃げるな』と、険しい視線を向けていた。此処に、彼の味方はいない。アディリシアでさえ、彼を美味しい獲物程度にしか見ていないのだから。

 時間が惜しいカノンは、わざとらしく大きな咳払いをした。ようやく、静かになった。

「武器の使い方を簡単に説明する。学園の生徒だ。すぐに、理解してくれるだろう?」

 彼の言葉通り、若き銃士達はすぐに使い方を理解した。ここに集まったのは教師達を抜かして、十四名だった。三年生側はアディリシアの戦友中心。五年生側はフランカが独自に選別した人員らしい。アリスと仲が良く、かつ成績上位陣が大半だ。

「五年四組の担任は私であり、一個分隊として前から選抜していた。君の目に叶うかな?」

「……十分だ。これなら、十分に〝機能〟する」

 彼が言った意味を本当に理解した者は、この場に居ただろうか。


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