第四章 Ⅴ
「世界救済連合とは一体何か? ……語ってもいいけど、聞くだけの耳はあるのかなー?」
まだ、ミーシャとレイジングは二人で酒を飲んでいた。酒杯に一々、注ぐのも面倒になったから、酒瓶に直接、口をつけて飲んでいる。近頃の傭兵だって『いやー、それは行儀が悪いと思うぜ』と躊躇う程、がさつな飲みっぷりだった。
「当然、聞くに決まっているだろうが。私は見定めに来たのだぞ? さあ、ゆるりと話せ」
レイジングはぶれない。それが契約だとしても、彼女が外に出て戦えば数多の魔物を討伐出来るというのに、そうはしない。港がある一番街でも魔物が大量発生していた。だが、不思議と、船や人々は襲われない。ミーシャが、そのように決めたからだ。それでも、絶え間なく聞こえる悲鳴はまさに豪雨。阿鼻叫喚の大洪水である。
ミーシャは何本目か忘れた空瓶を床へ静かに置いた。
「私様は、三十年前の大戦『ザナン・グラン海峡攻略戦』で滅んだ小国『ノワール・メージュ』の生き残り。時代が時代なら、御姫様ってところかな。私様達の国はね、女神ミリーズを信仰していない。私様達が信仰するのは、魔力が結晶化した『暗黒の二百年』よりも以前に存在した聖職者が定めた旧約聖書に登場する『
長い時を生きた者は、声に悲哀を滲ませた。アルスタール正教でもベルミスター聖教でもレーベンヌ清教でも、ましてや『
剣士は『不壊の剣神・レグナザイト』を。街の守りは『幻牢の甲神・カシュルタン』を。
健康や安産は『慈愛の母神・エレナ』を。数々の神様達が国の生活を支えていた。それは、目に見える効果があるわけではない。信仰という糧が、人々の心を支えていたのだ。
「神様は、私様達を見捨てた。だから『暗黒の二百年』が起こった。けれど、それでも、だけどさ、信じてもらえなくなったからって、じゃあ私様達も信じないっておかしいじゃん。それが一方的でも良い。私様達が信じ続ければそれで良いの。女神レインが世界から魔術を消したのは、便利すぎる魔術が人々の生活を堕落させ、腐敗させたから。ならさ、新しい魔術を生み出すなんておかしいってわけよ。結局、同じことの繰り返しじゃん。だったら、教えないといけないでしょ。私様達は、私様達だけは神様を忘れちゃいけない。魔術がなくても、ちゃんと暮らしていけるって証明しないといけない」
ミーシャの声は悲痛であり、焦燥でもあった。レイジングはそれを、黙って聞いた。
「だから、私様達は世界を変える」
瞳の奥で、大きな炎が揺らいでいた。怨恨よりもずっとずっと深い妄執だった。ミーシャが純潔を捧げるべき国はもうない。『ノワール・メージュ』は滅んだ。今は、雑草すら生えていない、ただただ荒んだ土地が残るだけだ。小国の民だと証明するのは、王国では珍しい黒い髪だけ。その身に流れる血だけが証明。いつの間にか、彼女の身体は震えていた。まるで、身の内から溢れ出そうとしている怒りを無理矢理、押さえつけているかのように。リザイアは王国の軍人で、憎むべき者の血筋だった。
仇を前にして、ミーシャはなおも、平常心を維持した。ここで〝喧嘩〟しても、何も変わらないからだ。そして、問わなければいけない。
「私様達は、この世界にもう一度、神を降ろす。そして、定めよう。人がこれから、どうするべきかを。それだけが、私の望み」
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