第二章 Ⅵ
○
アリス・R・T・ユーリィーと十人の銃士は容易く
少女達の内、三人が輪転式拳銃で魔物を狙い、発砲する。すると、
防御用の障壁を展開する魔術『
(この程度、指定駆逐種に数えられる
今、街中ではアリスが知っている限り七ヶ所で似たような戦闘が行われていた。それは、明らかに異常だった。街が発展する条件は何種類かある。人が集まりやすいこと。資源が豊富であることなど。その中でも重要なのは、平和であることだ。港湾都市・アマンデールは多くの船が集まる要所だ。もしも、ここが魔物の大量発生する共和国の辺境ならば大した発展などしなかった。大都市を築くには、それ相応の平和が必要なのだ。だが、この光景はなんだ? 魔物が、それも、王国には存在しない魔物が大量発生している。まるで、悪い夢だ。二日酔いの晩に見る夢のようだ。それでも、戦わなければいけない。
「頭を狙え! 確実に当てろ。敵の動きは確実に鈍くなっている。油断するな!!」
「「「応っ!!」」」
戦闘が開始されて三十分弱。
「アリス! ちょ、やばい。後ろから別の魔物がこっちに! 距離、七十メルター!!」
戦友の声にアリスは振り返り、息を飲む。こちらへと勢いよく疾走するのは黒い鱗を持った蜥蜴の魔物、
「怯むな! 三人で弱った方を先に殺せ! 私含め七人は元気な方をぶっ殺す。文句ないでしょ? 一匹二匹増えたところで、くだくだ文句言ってんじゃないわよ!!」
「「「応っ!」」」
アリス達が腹を括った時、新しい
誰かが『
まだ、光は止まらなかった。アリスは、包丁が玉葱を微塵切りにする光景を思い出す。光の刃が左脳を、右脳を、心臓を、急所を何度も切断する。まるで、巨人の剣士が何度も剣を振り下ろすかのように。とうとう、生徒達の目の前に、化け物の乱切り風死体が完成する。
二十メルターを超える
「今、誰か、攻撃した?」
誰も反応しなかった。代わりに返事するかのように、弱っている方の
こちらに背を向けているせいで、顔は判別できない。かなり背が高く、髪は短く切り揃えている。知らない男、民間人か? アリスが訝しんだ時、隣の戦友が指を差して叫んだ。
「あれ、カノン先生だ!」
「「「はあぁっ!?」」」
カノン・レミントン教師? 歴史担当。性格はちょっと情けなく、口は悪いが気が弱い。女性に免疫がなく。話は面白くない。下級生からは怖がられ、上級生からは弄られる、あの男か!? アリスは小銃を構え直し、前方の男へと激を飛ばす。
「先生、邪魔! 退いて! その似合ってない髪型黒焦げにするよ!?」
だが、カノンは振り向かない。舌打ちする、だが、アリスはようやく見た。彼が変な物を両手で構えていることに。それは小銃だった。ただし、銃身を六つも束ねた、まるで大砲と見間違うような外見の胡椒入れ
「似合ってないとか、言わないでくれ。正直、泣きたくなるほど悲しいから」
銃口の一本が発砲炎を散らす。飛翔した弾丸は白光を纏う帯と化し、刃へと鍛え上げられる。一秒後、
安堵の息を零すカノンへとアリス達一同が詰め寄った。教師は、ビクッと肩を震わす。
「先生! 何やってるんですか! その銃、自警団の物ですか? それとも、学園の物ですか? 勝手に使っちゃ駄目でしょう!」
「先生が危ないことしちゃ駄目でしょうが。さっさと安全な場所まで逃げてください」
「こんなところ、フランカ先生に見付かったら叱られますよ。もう、面倒なことしてー」
全員がカノンのことを『勝手に武器を持ちだして戦場に紛れこんだ馬鹿』程度の扱いをした。魔物を倒したはずの先生は、途端に慌て出す。
「い、いや、この銃な、先生の物なんだけど。……その、自分で作ったっていうか」
「「「はあぁっ!?」」」
生徒一同が口を揃えて驚愕する。代表するように、アリスがカノンへと一歩、近付いた。
「……カノン先生は
「……悪い。そこら辺の事情は〝まだ〟詳しく言えないんだ。君は確か、アリス・R・T・ユーリィーだったな。『竜殺しのアリス』って聞いている。凄く、強いらしいな」
カノンは柔和に微笑むと、両手で持っていた六連銃身の小銃を彼女に渡した。アリスは己の手元を見て大きく目を見開いた。彼はあくまで、淡々とした口調で語る。
「口径は学園で使っている小銃と同じだから弾は共有出来る。あくまで、新時代の魔術である二世代目は魔石と魔導具があればいい。その銃に刻まれた術式は『
渡されても、言葉が出ないアリス。すると、二人分の声がカノンへとぶつけられたのだ。
「あ、カノン先生や。なんでこないなところに居るん?」
「先生危ないよ。これ、練習じゃないんだから」
アマンダとエミリーから心配され、カノンは神妙な顔つきで頬を掻いた。
「俺、そんなに弱そうに見えるか?」
「「うん!」」
生徒二人が声を合わせた。すると、五年生が一斉に噴き出した。『だって、カノン先生だもんねー』『だよねー』『カノン先生だもんねー』『先生が強いとか、そりゃもうカノンン先生じゃないよねー』などと、教師に対して容赦のない言葉を撃つ、撃ちまくる。とうとう、アリスまでがクスクスと笑った。そして、手渡された小銃をぎゅっと握る。
「正直、何が何だか分かりませんが、これは、ありがたく使わせてもらいます。……とても、軽い銃器ですね。こんな大きいのに、いつも使っている小銃とそれほど変わらない」
単純に考えて、六倍の銃身を持っている銃との重さの違いが、ちょっとなんて有り得ない。カノンは、少しだけ得意気に胸を張ったのだ。
「
「え、先生、
ブツブツと怖いことを言っているエミリーをアマンダに任せ、カノンは踵を返す。その方向には、二人分の人影があった。いや、三人分だった。
「なんで、こんなところに先公がいるんだ?」
「いや、驚いたよ。今日は、驚きの連続だなぁ」
レビィが顔を顰め、クロムウェルが困ったように微笑む。カノンは二人へと近付いた。
「クロムウェル。肋骨を折ったのか? 息がおかしいぞ。レビィも、右足を引き摺ってるじゃねえか。……ったく、揃いも揃って無茶しやがって。待ってろ。今、治してやるやら」
カノンは上着の内側に縫い付けた
「回復用の術式を組み込んだ試作の魔導具だ。動くなよ。効果範囲は狭いからな」
「ちょっと待て、なんで手前が銃持ってんだよ。危ない物をこっちに向けんじゃねえ」
教師をまったく信用していないレビィの言葉に、カノンが露骨に泣きそうな顔を作った。すると、アリスが背の高い金髪の後輩に優しく語りかけたのだ。まるで、慈母のように。
「彼の力は私が保証するわ。だから、怖がらなくていいのよ。――可愛い〝私の妹〟」
「え、そ、そうなん、ですか。お、御姉様がそう言うのなら、大丈夫っす……」
意識を朦朧とされていたクロムウェルが頬を桃色に染めたレビィの横顔を見てギョッとした。アマンダ、エミリーまでが大きく口を開けた。顎を外していないのがおかしいほどに。カノンは妹と姉の関係をよく分かっていないのか。彼は不思議そうに首を傾げたのだ。
「ちょ、マジで!? だって、アリス先輩、姉になって欲しい先輩の上位五番に入るやん。なんでレビィみたいなガサツの塊みたいな奴が妹やねん。あかん、これはあかんでー!」
「レビィちゃんなんか、好きな食べ物は何? って聞かれたら肉! っていう御上品の欠片もない人間じゃん。ってか、なんでS!? そういうの興味ないって言ってたよね!?」
「これは驚いた。普通、S関係になれば半日後には学園中に浸透するはずなんだけど、いつそんな関係に? 僕は驚きのあまりに目眩と吐き気を同時に覚えているよ。……うっぷ」
「だぁああああああ! うるせええ! 悪いか!? 私みたいな女が妹になって悪いっていうのか!? 文句ある奴は前に出ろ。ぶっ飛ばすぞこの阿呆共!」
三年生の混乱に、カノンは黙って単発式拳銃の引き金を絞った。四十口径の弾丸は、当然、魔石だ。飛翔半ばで白い粒子を孕む風と化し、レビィやクロムウェル、傷を負った者へ纏わり付く。動揺する生徒達だが、すぐに感嘆の叫びを上げた。
「すげぇ。足が痛くない。完全に治ってる!」
「ああ、驚いた。あれだけの痛みがまるで嘘のようだ。カノン先生。僕は貴方と出会って、初めて貴方に存在意義を感じました。つまらない授業をするよりも、こちらの講師になれたら方が賢明ではないですか? 正直、貴方の授業は教科書通りでつまらない。眠気を誘う薬としては凄まじいですけどね」
「助けたのに、酷い言われようだな、俺。……ったく、まあ、いい。この拳銃はクロムウェルに預ける。俺は、ちょっとアイツを助けに行く。それまで、お前ら全員、ちゃんと街を守れ」
口早に言うと、カノンはレビィ達が出て来た建物へと駆け足気味に歩を進めた。
「ちょっと、カノン先生。ここは私達が戦います。だから、先生はもう、安全な場所へ」
アリスが引き止めようとするも、足を止めて首だけを後ろに曲げたカノンは困ったように微苦笑を浮かべただけだった。少女は心臓の奥に鈍い痛みを覚えた。今、自分は何かを見落としている。何か重要なことに気が付けていない。それは、一体、何?
「……それは出来ない。俺は、どうしても、アディリシアを守らないといけないんだ」
これに待ったを賭けたのは、アディリシアの親友であるクロムウェルだった。
「カノン先生。貴方は、アディリシアとどういう関係なんですか? あの建物の中には怪物がいる。それでも、貴方は戦うと言っている。生徒を守るのではなく、アディリシアを守ると言った。教師と生徒。それ以外の関係を持っているんですか?」
カノンは、口の端だけを顰めるような、器用な表情を作る。そして、腹を括った顔で言ったのだ。
「――惚れた女のためだ。戦う理由は、それだけだよ」
そして、カノンはとうとう足を止めずに駆け出した。しかし、誰も追えなかった。アリス一同は顔を見合わせ、言葉も出ないといった様子だった。唯一、エミリーが頬に両手を当てて目を輝かせる。
「私、これ知ってる。背徳愛ってやつだよね!」
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