第二章 Ⅰ
○
多くの国がそうするように、アマンデールの土地使用税は土地の面積で計算する。ゆえに、建物は横に広げるよりも縦に高くした方が、税金が安くて済むのだ。その結果、もっとも金が多く集まる繁華街である二番街は建物の高層化が他の番街と比べ、とても顕著である。七、八階建ては当然であり、十階建て以上も珍しくない。そのうえ、大量に密集しているものだから、まるで、鋼鉄の森あるいは山脈か。場所によっては、建物と建物の屋上に橋が通された空中街路が無数に伸びている。香辛料と熱砂の国『カルメターレ』に生息する赤蟻は地中ではなく、土の上に城のような巣を形成するらしい。その光景と酷似していた。住まう者達の生活基盤を賄うといった意味では同じだからだ。
「やれやれ。まさか、こんなことになるなんてね。ミリーズの詩文六十八番が四節『常日頃に有事の対策は立てよ。不幸とはいつ牙を剥くか分からない』とは、まさに今の状況だ」
地上から三階の高さにある建物の屋上に銀髪の少女クロムウェルと他三名の生徒が集まっていた。全員が拳銃を構え、剣呑な雰囲気である。その内の一人、長い赤茶髪を頭の後ろで一本に編み込んでいるアマンダが額に手を当てて盛大に嘆息する。
「街中に魔物が出るって、どういう状況やねん。共和国の片田舎じゃあるまいし、ホンマに驚いたわ。それで、どないするん? 眼下に広がる〝あれ〟をどうするんや?」
すると、今度は短髪で喧嘩っ早そうな少女が口を開く。レビィは背が高く、学園でも五指に入る巨乳である。鋭い双眸は、猟犬や狼のそれに近い。声は、やや
「どうもこうもねーだろ。私達が倒すしかねえ。あんなもん、私達がやるしかねえだろ」
四人の視線は自然と、地上へと注がれる。カフィナック
それは、蜥蜴だった。ただし、鼻先から尻尾までの全長は二十メルターを軽く超える。全身を黒々とした鈍色の鱗で覆い、双眸だけは血が滴るような深紅。身体を支える四肢は大木と遜色ない太さの筋肉で膨れ上がり、五指から伸びるのは弧を描く爪、まさに肉厚の刃。石畳みの地面が焼き菓子のように砕かれる。口を開けば覗く緋色の舌と、白銀の牙。人間の子供なら丸飲みするだろう巨大な口だった。学園で学ぶ魔物の中でも、獰猛で知られる
「おかしいよ。
戦慄き、身を震わしたのは一番小柄な三つ編みの少女・エミリーだった。眼鏡をかけた彼女の言葉はもっともだった。此処に居る全員が、魔物の凶悪性〝だけ〟に驚いているのではない。もっと別の、けっして無視出来ない理由があったのだ。
魔物とは世界中に生息しているが、分布範囲は無秩序というわけではない。例えば、共和国『ディアマーテ』の北部にある氷と雪で覆われているクーレルン山脈には、美しい女性の姿をした氷人形の
「
「んなこた分かってんだろボケ! 今は、あれを早くぶっ殺すことが専決だろうが!」
「レビィの言う通りだ。……けど、まいったね。ともかく、今持っている武器を確認しよう。不幸中の幸いか、今の僕達は
全員が右肩に負い紐で小銃を吊っていた。銃口から黒色火薬と弾丸を詰める前装式で、後方の突起に雷管を被せる必要がある。全長は一二〇〇ミリット・メルターを超え、銃身下にある折り畳み式の刃を伸ばせば、一四〇〇ミリット・メルターに届く。拳銃と比べ、弾の速度は倍以上に達し、その分、魔術の威力は段違いである。魔石の速度と比例し、術式の性能が増幅するからだ。
「問題があるとすれば、弾の数や。うちらに支給されてるのは、拳銃用の通常弾が三十発、魔術用の魔石が六発。小銃用の通常弾が二十発。魔術用の魔石が五発。ちょいと、心許ないな。申請してない武器持ってる奴とかいるか? 今なら、先行には黙秘するで」
アマンダの言葉に、レヴィが腰に吊るしている
「閃光衝撃弾だ。音と光で対象を怯ませる。確か、
「うわぁ、レビィちゃん。えげつない物持ってるね。まさか、闇市で買ったとか?」
「バーロー。二日前に盗賊ブチのめした時に奪ったんだよ。早速、役に立つ時がきたぜ」
クロムウェルが『他に誰か武器になりそうな物を持っている者はいるかい?』という言葉に、エミリーが手を挙げる。
「私、小銃で撃つ手榴弾なら一発分持ってます。えへへへへ。先生には、絶対に内緒だよ」
「ああ!? 手前の方がえげつねえじゃねえか。つーか、どうやって手に入れるんだよ?」
「いやー、ちょっと作ってみたくなって、毎日の片手間に。さっそく役に立つ日が来て何よりだよ。あ、あははははは。と、ところで、クロムウェルちゃんは何か持ってないの?」
「残念ながら、持ってないな。ああ、聖書ならあるけど、読むかい?」
クロムウェルが
「縁起でも悪いこと言うなや。まあ、死んで女神様に会えるなら、それはそれでええけど」
「神様の加護があるなら、私達を死なせないように奇跡を起こして欲しいもんだけどな。ところで、クロムウェルよ。お前さんのダチはどこにいるんだよ。こういう時に〝新型持ち〟がいなくてどうするんだ?」
「そういえば、アディリシアさんって今、どこにいるの? まさか、一人で氷屋とか?」
三人から視線を向けられたクロムウェルは顎に右手の人差し指を当て、うーんと首を傾げる。彼女は、友がカノンの元に行ったと知っていた。その上で、はっきりと言う。
「アディなら、もうすぐ来るよ。彼女ほど、正義に熱い女もそうそういないからね。これだけの規模だ。今頃、馬にでも向かっているところだろう。さあ、そろそろ僕達も戦おう。時間が経てば、学園からの救援も間に合うだろう。ミリーズの詩文二百六十四番が一〇二三節『最後まで抗った者にこそ、運命の天秤は傾く』とは、まさに、今の状況だろうね」
クロムウェルが笑う。アマンダも、レビィも、エミリーも笑う。そして、表情が反転する。絶対的な戦意と殺意を等分に満たした双眸は銃士と呼ぶに相応し熱意を秘めていた。
「僭越ながら、クロムウェル・S・Q・ウィンチェスターが君達三人の指揮を取る。それで、構わないね?」
誰も、文句は言わない。だから、クロムウェルは拳銃を
「じゃあ、戦おう。――全員、生きて帰るぞ」
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