一枚上手




 自慢の愛馬を厩につけ、クレハは特殊部隊の兵舎に戻って来た。

 先の会議は大荒れの中、現皇の退場という形で終わった。世紀末やらなんやらで不安要素は倍増した気がしたが、クレハは各地方の有権者の前で「特殊部隊に一任する」という現皇の言質がとれたので満足であった。

 いくら現皇から直接命を受けたとしても、各地方の協力が得られなければ、やりたい捜査を満足にできない。他の部隊と違い、功労はあるが信頼がない特殊部隊には、現皇の後ろ盾が必要だった。


「将軍、戻られましたか!」


 年若い隊員が、クレハを出迎えるとともに現状の報告を行う。

 嫌な予感がしてクレハは立ち止まった。

 午後にある軍部の会議に向けて報告書をもらいに来ただけなのだが、何かそれだけでは済まない予感がした。


 案の定、強張った隊員の報告は不可解なものだった。自分の宮に留め置いているはずの二人が、唐突に姿を消した。いや、そんなはずはない。


「一体どういうことだ?」

「アーリア・ノノミの方は足取りがつかめています。どうやら宮の女官が用意した馬車で学院に向かったようで、コトコ・ハヤミも同乗していると思われたのですが、学院についたのはアーリア・ノノミ一人でした」


 クレハは顔をしかめたまま隊員の報告を聞く。あの宮にいる女官はクレハが自分自身で選んだものばかり。その彼女らが、自分の許可なしに馬を用意する?


「見張りは一体何を見ていた」

「それが……」


 言いにくそうに隊員の目が泳ぐ。


「なんだ?」

「……それが、確かに部屋を出たときは不審に思っていたようですが、それ以降の記憶が曖昧らしく」


 そこまで隊員が報告したところで、クレハは大体の顛末を察した。


「そうか。わかった。二人の行方は追わなくていい。この一件は気にするな。それよりも地下街に潜っている宿木の行方を探れ。次に何をしようとしているのか、常に先手を取ることを考えろよ」

「はい!」


 隊員は短く敬礼をすると、そのまま自分の持ち場に走っていく。

 無機質な灰色の廊下を歩きながら、クレハは小さくため息をついた。クレハの宮に匿っていた二人を、横から奪った相手の見当はついた。自分は本当に、物心ついた時からあの人に振り回される運命だったようだ。


「ん?」


 部下たちの報告を聞くために廊下を歩き進めると、何か妙な違和感がした。立ち止まって辺りを見渡してみるが、廊下は相変わらず飾り気のない無骨な雰囲気のままだ。なにか特記するような変化もなく、日常そのままのように思える。


「………」


 クレハはもう一度辺りを注意深く見渡して、そして違和感のもとに気付いた。


「これは、ガラス玉か?」


 廊下の、誰の目にも触れないような、隅っこのところに、小さなガラス玉が一つ落ちていた。それだけなら気にも留めない些細なことであったが、そのガラス玉が誰かの〝気〟を帯びていることに気付き、クレハは眉をひそめた。


 あまりちゃんと話したことはないが、この〝気〟には見覚えがある。

 “ロウ・キギリ”

 たしか彼の神力がこんな色をしていたはずだ。


「…………」


 さてどうするか。


 指で押すだけで割れてしまいそうな儚いガラス玉を、病室で絶対安静と言われているあの学生がうっかりで落としてしまうとは思えない。クレハは暫く考えるようにガラス玉をみつめていたが、とりあえずふっとそれに息を吹きかけかすかに残っていた神力の残滓を吹き飛ばした。


 こうすればこれが何かの呪物だった場合、術者とのパスが消えて、何かしようとも何も出来ない状態になる。


(それにしても、上手く作ってあるな)


 拾った呪物を手でいじりながら会議室へと急ぐ。

 神力が消え去ったそれはただのガラス玉のように見えるが、よく見れば耳に付けられるように細工がしてあった。普段から身に付けておいて、いざというときに使うのだろう。薄張りのガラスはそう簡単に作れるものではない。これを作ったものは工芸職人としても立派に食べてゆけそうだ。


 そんなことを考えているうちに、午前にも立ち寄った会議室の前につく。

 そのまま扉を開けて中に入れば数名の部下たちが一斉にクレハを出迎えた。


「お帰りなさいませ」

「お疲れ様でした」

「言質は取れましたか」

「ご報告があるのですが」


 一斉に話しかけてくる部下たちをあしらいながら自分の席に着く。

 手に持ったままのガラス玉は、とりあえず机の上に置いておくことにした。


 パッと見まわした限り、午前の時点でこの部屋にいた面々はすでに各々動き出しているようだった。今この部屋にいるのは、午前中学生たちの調書に回していた若手だけ。


「クレハ将軍、ご報告が。宮に送った女子学生についてなのですが」

「ああ、さっき見張りだったものから直接報告を受けた」


 緊張した面持ちで報告しにきた女性隊員の顔が強張る。大方失態を咎められると思っているのだろう。クレハは他の隊員から別の報告書を受け取りながら、言葉を付け足した。


「その件については気にしなくていい。私から後で手を回しておく」

「そ、それは、一体」

「この上宮で私に気付かれず結界を張りなおせる人など、当代以外の誰がいる」

「!………そうか…」

「あの方が何を考えていらっしゃるか私にはわからないが、保護した学生の身柄を見失ったとなっては私が学院長に殺されるからな。きちんと受け渡してもらえるよう交渉しておくよ。それより、サリナ」

「はっ!」

「学生たちの調書の結果を」


 クレハの一言に、女子隊員が緊張しながら頷いた。すぐに背後から別の男性隊員が顔を出す。


「将軍、こちらが調書です。そして、重要な部分だけを抜粋したものがこちらに」

「ありがとうフガロ。実際に話を聞いたのはお前だったか」

「はい、そうです」


 壁にかけられた時計を見ると、まだ時間に余裕がある。

 クレハは抜粋された紙を置いて、調書の方を手に取った。


「どうだ、実際に話を聞いてみて。嘘をついているような印象はあったか?」


 ペラペラと紙をめくりながら、ざっとその内容に目を通していく。


「いえ、こちら側の質問には基本的に素直に答えてくれていました。ただ、やはり食堂で働いているという少女は、他の者から浮いているような印象でした。四人の中で最も動揺しているのも彼女でしたし」


 フガロの感想を聞きながら、クレハはある一点で視線を止めていた。

 確かめるように指先で字面をなぞる。


「アドリア家の庶子……あの娘がか」

「ええ。シャン・アドリア自身がそう言っていたので、確かではないかと思います」

「…………庶子とはいえ娘だからな……周囲が知らないのも無理はないか。……ふむ。なくはない話だ。とはいえ、あのセレジア・アドリアの娘か……」


 調書を机に置き、何度もその一文をなぞる。


 名門貴族の当主が各地に庶子を作るのはありがちな話だ。血を残すことは貴族として生きていく以上避けられない定めであり責務である。万が一にも絶えないよう、備えておくことは務めでもある。


 違和感はないが、腑に落ちない。


「母が死んだことをきっかけに、本家アドリア家を頼って上京……うん。なくはない話だ」

「筋としては通っていますが、にわかには信じがたいです。将軍が事前におっしゃられていた通り、彼女には何かありそうです」

「ああ。そうだろうな。……で、だ。お前たちが報告したいのは彼女に関しての話だけではないのだろう」


 クレハがそういうと、年若い二人の隊員は強く頷いた。


 机に置かれた調書の要旨を一瞥する。そこには食堂勤めの少女の話などどこにもなく、ただ学院で最も実力のある神術師である少年と、その悪友であり、歴代の卒業生の中でもトップの成績で試験を合格した+Aのエリートが、身元不明の男に返り討ちにされたという内容が、ただ端的にまとめられていた。

 クレハはその紙を手に取り、もう一度隅から隅まで読み直す。


「正体不明の男……〝宿木〟の人間か」

「恐らくは」

「この報告書をガランデにも回せ。お前らは引き続きマテラの指揮で中央の仕事を果たしてくれ」


 クレハは渡された調書と要旨を脇に抱え、席を立った。


「じゃ、俺はこのまま会議に行くから。何かあったら式を飛ばして知らせるように」

「あ、将軍!お待ちくださいっ」


 サリナと呼ばれた隊員が、慌ててクレハを呼びとめる。

 怪訝そうに振り返るクレハに、少し困った顔をしながら、彼女は伝言を伝えた。


「チュナシさまが、部隊の人間が使えないとおっしゃって単独で地下に潜られました」

「……またか。人が欲しいという代わりに、全部置いて行ってしまうんだアイツは」

「ガランデ大佐から追って人員をやるか、判断を仰ぐよう指示されています」

「大方アレのお眼鏡にかなう奴がいなかったんだろう。使えないやつを送っても無駄だ。勝手にやらせろ」

「承知いたしました」


 そのまま立ち去ろうとしたクレハだが、思い直してもう一度机までもどり、机上のガラス玉を手に取った。その気配を確かめるように手で持ち、そのまま軍服の中に仕舞い込む。ニヤリと口角を上げながら今度こそ会議室を出た。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る