少年-1









〈宮から二人の姿が消えた?〉

〈はい……アーリア・ノノイの方は足取りが追えているのですが、もう一人の方は全く……〉

〈お前は一体何を見張ってたんだ!〉


 コトコたちがいなくなった病室。

 ついさっきまで医術師や看護師などがわらわらとやってきて、術後の経過や包帯の交換などを行っていた。


 さすが最新設備を誇る軍部。

 シャンとロウに施された治療は民間では受けられないレベルの高度な医療神術だった。

 シャンの傷はほとんど全快し、身体のどこにも痛みはない。肋骨の一本ぐらい折れていてもおかしくないと思っていたが、怪我の具合もそこまで深刻ではなかった。神力と治癒能力を強化する医療神術のおかげで体力もだいぶ戻り、明日にでもなれば元のように動けるだろう。

 だからこそ今日の内から身体を動かして、リハビリをしたかったのだが、残念ながら強面の看護婦に何度も「絶対安静だ」と釘を刺されてしまった。


 仕方なくシャンは鈍った身体を伸ばしながら、真っ白な病室の天井を見つめている。

 隣の悪友を見れば、何かを耳に入れてじっと窓の外を眺めていた。気持ち程度の大きさの窓からは、昼間の青空と、それを覆う大樹の枝が見える。


「ロウ、さっきから何してんだ?」

「盗聴」

「とうちょっ」


 大声をあげようとした瞬間、剣より鋭い視線が飛んだ。不機嫌そうなロウに睨まれて、慌てて自分の口をふさぐ。掌で口を押さえたまま、最初よりもずっと押さえた声量で、もう一度悪友に質問をした。


「盗聴って、盗聴か?」

「それ以外に何があるんだよ」

「お前って、ほんとあくどい手段を次から次へと」

「聞こえないから黙ってろ」


〈それで、足取りがつかめている方はどこへ向かったんだ〉

〈はい。アーリア・ノノイの方は、宮で用意された馬車に乗って学院の方へ。もう一人の方もその馬車に乗っているかと思われたのですが、乗車を確認できませんでした〉

〈宮で用意?おかしいな。将軍からは何も指示されていないぞ〉

〈ええ。ですが確かに将軍付きの女官たちが、馬車の用意をしていました〉

〈………将軍が帰ってきたらすぐに報告を。もう一人の方の行方は他の者に当たらせよう〉

〈わかりました!〉


 ロウは瞬きをした。バタバタという足音が聞こえる。その場から皆移動してしまったようだ。それ以上何の会話も聞けないことを確かめてから、耳に入れておいた小さなガラス玉を取り出す。


「終わったのか」


 すかさずシャンが声をかけた。ロウに黙ってろと言われたので、そのまま黙ってロウの反応を伺っていたのだ。


「ああ。仕掛けていた場所から人がいなくなった」


 取り出したガラス玉を手で遊びながらロウが答えた。


「それが盗聴器か?」

「ああ」

「ああって……どうやってそんなもの持ち込んだんだ?」

「いっつもつけてるだろ。ホラ」


 そういって遊んでいたガラス玉を耳につける。

 ガラス玉をよくみると細工がしてあって、耳飾りとしてつけられるようになっていた。ロウはそう言うが、果たして彼が本当に普段から耳飾りを付けていたのか、シャンには思い出せなかった。まあ、抜け目ない彼のことだからその耳飾りにも、他人の意識にのぼらないような神術がかけてあるのかもしれないが。


「これと同じものを、式を使ってこっそり廊下に転がしておいた。このガラス玉の中は空洞になっていて、周りの音に共鳴する作用がある。片方のガラス玉が共鳴している音は、対になっているもう一つのガラス玉にも伝わる。これでも一応立派な呪物だからな。あとはちょっと神力を流してやって、雑音を消せば、立派な盗聴器の出来上がりだ」

「お前……普段からそんなもん耳につけてたのか」

「便利だぞ。色々と。特に上宮なんて神通力の使用が制限された場所じゃ、派手な神術は使えないからな。おまじない程度の神力でも使えるこいつは大活躍だ」


 悪びれもしないロウを、シャンは呆れた気持ちで睨む。

 ついつい忘れてしまうが、ロウはこういうやつなのだ。優秀であればあるほど手が追えないタイプの問題児なのだ。


「………それで、何が聞けたんだ」

「アーリアは学院に戻ったみたいだぞ」

「なんだ。そうか。それなら別にいいじゃないか」


 アーリアのことも気になるが、シャンが聞きたいのは自分たちに関することと、多分一番不安を抱えているだろうコトコに関する情報だ。


「コトコは行方不明みたいだ」

「はっ!?」

「アーリアが学院に戻ったのも、軍の奴らにとっては想定外らしい」

「なんだそりゃ!どうなってるんだ!?」

「さあな。軍人の考えてることを俺に聞くな。お前の方がよっぽど詳しいはずだろ」


 そっけなくそう言うと、ロウはまた窓の外へ視線を戻した。

 しばらく考え込むように黙り込み、またシャンの方へと視線を動かす。

 


「シャン、もう動けるか?」


 シャンは瞬きをしてロウを見つめた。


「動けるって、そりゃ大体は動けるけど……おいおい、まさかここを出る気か?嘘だろ?」


 ほとんど回復したシャンとは反対に、ロウの体にはまだ多くの包帯が巻かれている。

 鼻につくのは消毒液のツンとした匂いと、それに混じった鉄の匂い。普段から身体を鍛えている自分と違い、部屋にこもりがちなロウでは同じ治療を受けていたとしても治り具合が違った。ましてや、ロウの片腹には氷柱が突き刺さったのだ。そう簡単に全快するはずがない。


「止めとけ。コトコを見つけ出す前にぶっ倒れるのがおちだ」

「…………かもしれないな」


 流石にロウとて、自分の体が包帯だらけなのは自覚している。

 ただ、このまま治るのを待つだけではいけない。そんな直感が彼の胸の中にはあった。

 病室の中に閉じこもっているだけでは何も始まらない。


(そもそもまだ何も解決していない)


 そう。まだ何も解決していなかった。

 現にコトコは行方をくらましてしまったじゃないか。


「それにコトコがどこに行ったのか見当ついてるのか?ここを出たって、右も左もわからないんじゃ意味ないだろ」


 ロウが反応を返さないのでしびれを切らしてシャンが言葉を続けた。

 ロウはただ、幼なじみを一瞥してまた窓の方を見る。


「それは出てみないとわからない。どのみちあんな危険な男が出てきた以上、ただここで寝て待つだけで済むとは思えない。あいつの目的が何で、何をしようとしているのかわからないと、安心して夜も寝れないだろ」


 窓の外。結界に守られた上宮に異変は見られない。

 少なくとも昨日の男が早速上宮の中にまで殴りこんできたわけではなさそうだ。


「まずはコトコの行方だ。あの男が簡単にコトコをあきらめるとは思えない。早く見つけて合流しないと」


 寝台から降りようとしたロウを、シャンが慌てて押しとめる。


「ロウ待てよ。それはわかるけど、今ここを出てどうやって探す?上宮をうろつくにも身分証がいるんだぜ?」

「何とかする」

「いやいや!何とかならねえよ!ここをどこだと思ってんだ。国の中枢だぜ!?」



「──っ、じゃあお前は!ここで指をくわえて待ってろって言うのか!」



 弾かれたようにロウが怒鳴った。



「まだ何も終わってないんだぞ!あいつが何者なのかも、どうしてコトコを狙うのかも、まだ何も!」


 寝台がきしむ。

 シャンは一瞬面食らった。

 ロウの怒鳴り声を聞くのは久しぶりだった。


「それなのに!……ここで息を潜めることに、どんな意味があるって言うんだ!!」


「──だとしてもだ!勝算もなく飛び出すのはただの馬鹿だ。俺たちは一度負けたんだぞ。負けた奴が傷も癒えないうちに出ていって何になる?いいか、俺はお前の向こう見ずには付き合ってやるけどな、ただの自爆には付き合わねえからな!」

「自爆じゃねえ!」

「自爆だろ!」

「違うっ」

「違わない!いい加減に頭冷やせ!ロウ、今のお前に何が出来る!?」


 瞬間、二人の間に緊張が足った。ロウは神術の呪物を探るように腰に手をやり、シャンもレイティアを求めて手を動かす。ただ二人の手は空を掴み、どちらも何も手に取れなかった。

 沈黙が重たく部屋に沁み込む。


「………」

「………」


 その時。兵舎の外から馬のいななきが聞こえた。ついで話し声。その中にかすかに将軍と呼びかける声が聞こえた。


「………将軍が帰って来たか?」

「……………………知らねえ」

「ああそうかよ。だけどな、クレハ将軍が戻って来たなら今は大人しくしておくべきだ」


 珍しくシャンが強く言い切る。

 ロウはただ不服そうに顔を背けていたが、暫くして不満そうに「わかった」と呟いた。

 



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