少年-2




 病室の空気は重苦しかった。

 シャンはふて寝を決め込み、ロウは黙って窓の外を見ていた。


(死にかけたと思われただろうか)


 調書の時に会った、コトコの蒼白な顔を思い出す。

 あの時は何て顔をしているんだと思ったが、今改めて客観的に自分の姿を見てみれば、あの時コトコが顔を青ざめたのも当然かもしれなかった。


 ふと、

 もう大丈夫だと、彼女に言いたくなった。


 そんな顔をする必要はなくなったんだと言わなければいけないような気がした。

 ただ、それを伝えようと思う相手が行方不明になっていることを思い出して、内臓がざわついた。


 相変わらず窓の向こうの上宮は穏やかで、特別何か侵入されたかのようなざわめきは見られない。

 だからきっとあの男ではない。


 では、なぜ?


(ああ、まただ)


 内臓がざわついてたまらなくなる。

 ロウは堪えるように体を縮めた。


 冷静でいるつもりだった。

 淡々と次の一手を探っているつもりだった。


(それがこのざまだ)


 仰向けに寝転がり、瞼を閉じる。身体を巡る神力は普段の六割ほどで、腹部からは消毒液の匂いがした。痛みはだいぶ治まったが、派手に動けばまた開いてしまうのは明らかだった。少し前に病室をでていった看護師が、いかつい顔で「絶対安静だ」と釘を刺していった。あれは八割方自分に向けて言われたものだ。神力すら回復していない今、ロウにできることはほとんどない。悔しいが、シャンが言った通りだった。


 ロウがため息を噛み殺した時、何とも言えない感覚がした。

 毛先が一瞬焦げるような違和感。

 その内容を悟ってロウは跳ね起きた。


 急にロウが動いたので、隣でふて寝していたシャンも飛び起きる。


 ロウは急いでガラス玉を取り出した。あわてて神力を流す。普段なら神力は見えないパスを辿って片割れの呪物に辿りつく。しかし何度神力を流してもガラス玉はほのかに震えるだけで盗聴器としての機能を一向に果たさない。一気に体の温度が下がる。

 パスを消された。

 誰に。


「……しまった」

「……どした?」


 シャンが探るように声をかけた。


「パスが消されてる」

「パス?」

「神力や神通力を流す、見えない糸みたいなモンだ。ほら、このガラス玉はパスが消されちまったせいで流れた神力が何処にも行けなくてどんどん溜まってってるだろ?」

「悪い、見えねえ」

「──ああ、そうだった。要するに、盗聴器を仕掛けたことがバレたかもしれない」

「はっ!?」


 ただの不具合かと思い、もう一度神力を流してみる。

 しかしいくらロウが試してみても、神力はガラス玉の中で渦を巻くだけだ。


「バレたって誰に!?」

「知らん」

「知らんって、わかんねえのかよ!」

「………たぶん」

「たぶん?」

「─クレハ将軍だろうな」

「ばっっっかお前、一番バレちゃ駄目な人じゃねえか!あの人がいるうちは大人しくしてろってさっき言ったばっかだろう!」

「急に帰って来たから回収の式を飛ばせなかったんだ!お前が大人しくしろって言うから、将軍がいなくなるまで大人しく待ってたんじゃないか!」

「……本当にクレハ将軍なのか?」

「さあな。だがあの人以外でバレそうな人間がいない」

「……その自信の高さもどうかと思うけどな」

「うるせえ。そこら辺の奴にばれるような盗聴器なんか仕掛けるかよ」


 並の神術師なら呪物に付与されているパス自体を見抜けられない。見抜くことが出来ても、呪物自体に傷をつけず、パスだけ綺麗に消してしまうなんて芸当、ロウでもできるかどうか怪しいところだ。


(上宮の結界を作った腕は伊達じゃねえな)


 まさか見抜かれるとは思っていなかった。

 失態だ。

 これを失態と言わずなんと言う。


「で、どうするんだよ」

「どうもしねえよ。絶対安静を言いつけられてるってのに、何が出来る?」

「お、ま!さっきまでここを抜け出そうとしていたくせに、なに常識ぶってんだ!」

「お陰様で冷静になった。パスが消された以上お手上げだ。俺からはもう何も出来ない」

「使えねえ天才だな!」

「……うるせえ」

「将軍にお前が仕掛けたってばれたらどうするんだ」

「だから言ったろ。どうしようもできないって。もうバレてるのに回収の式を飛ばす訳にもいかねえ。お手上げだ」

「どうする。将軍が問い詰めに来たら」

「……なるようになるしかないだろ」


 搾り出すようにロウは答えた。


 


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