夢の続きは新しい朝

 その日私は、昔の夢を見た。

 なんとなく夢だと解る夢だった。

「――スティファヌゥイ様、王様がお呼びです、王宮に至急お越しになって下さい」

 王の従者が私の家を訪ねてくることなどあまり無くて、よほどのことだと思った。

 叔父にはこの歳まで立派に育てて貰った恩はあるし、

 この生活を享受出来ているのも叔父のおかげでもある。

「解りました、今参ります」

 その日のドレスが何色だったか、今となっては思い出すことは出来ず、

 記憶の再現でも霞んでいるようにみえた。

 場面は断続的に切り替わり、ゴブリン族の王宮の一室にある星視の間ほしみのまに案内された場面になる。

 この部屋の床、壁、天井に広がっているのはこの宇宙そのものだった。

 ちりばめられた星々が、天の河となり足元に連なっている、

 叔父が立っているところにはこのテラリアを模した球儀があり、

 それを、現実の縮小版である、魔法で出来た太陽と、魔法で出来た月の二つが

 ぼんやりと星の海の中に青く浮かび出していた。

「おお、来たか、スティファヌゥイ、いやスティフ、わざわざ呼びつけて済まない」

 叔父は何時ものように赤い短髪を掻き上げ、私の姿を捉えると優しい笑顔で迎えてくれた。

「叔父様、なにかあったのですか? 私なぞを王宮まで」

 スティフと身内には呼ばれていたステファニーは

 普段極力叔父の〝力〟には頼らないようにしている。

 急に呼びつけられて何かあるのではないかと若干焦りすら覚えたが、

 叔父の様子は意外にもものすごい喜ばしい、何か良いことがあった様子だった。

「なに、スティフ、これからのわしらゴブリン族の未来を担う若者に、

 真っ先に教えて、どういう反応をするのかが楽しみだったのじゃ」

 年齢に似合わない、老けた年寄り方のような含みのある笑い方でほっほっほ。

 と言って、テラリアの模型を挟んで向かいに立っていた叔父が、テラリアの右にそっと移る。

 すると、叔父の背後、銀河を進むテラリアの遙か進む先に、鋭く輝く星があった。

 青く、強く、優しい光を放っている。

「叔父様、あれはまさか!」

 私が王の前で不敬であることも忘れ、その輝く星を指さし、

 驚きの表情を浮かべると。叔父はにこやかに笑い。

「とうとう、我々は、〝約束の星〟を見つけたのじゃ」

 叔父もスティフの視線の先にあるその星の光を見つめ、

「地球。西の銀河の果てにある、太陽を擁する広大な星系にある〝生きた〟星じゃ」

 あまりの出来事にスティフは両手で口を押さえ、

「そんな、本当に、本当にあったんですね……」

 涙が溢れる。父と母の事を思い出す。

「これこれ、泣くんじゃない、これからわしらにとって、

 いやいやこの星の皆にとって、もっとも素晴らしいことが始まろうとしておるんじゃぞ?」

 慌ててあふれ出る涙を拭くが、涙は止まらず。

「叔父様、ごめんなさい。私、嬉しくて、ついに、この時が来たことが!」

 スティフの隣に近づいて、優しくその肩にぽんと手をあてて、

「さあ、このテラリアの全てに伝えるのじゃっ! 宴の始まりじゃっ!」

 そう高らかに宣言したのだった。


 数週間後の場面に変わる。

 宴も終わり、星の者全てが待ちに待ったその時に大いに喜び、大いに驚いた。

 私は一人、墓所を訪れ、父と母にその喜びと、感動を伝えた。

「――お父様、お母様、私達は宇宙にひとりぼっちじゃないようです。

 遙か彼方の〝地球〟の方々は私達を受け容れてくれるでしょうか。

 お父様とお母様をその星にご案内出来なかったことがわたくしの唯一の心残りですが、

 ですが私は新たな星で、新たな世界でも楽しく生きていけると思います」

 今はもう貴重になってしまった白いロザシェの花束を墓石に供える。


 ふと目の前の景色が変わり、遙か昔、父と母にロザシェの花畑に連れて行って貰ったあの時が蘇る。

「スティフ、君が大きくなる頃には、必ず約束の星にたどり着くはずさ、

 この広い宇宙で、生き物が僕たちだけなんてことはないさ。

 必ずその星の人とも仲良くなるんだよ?」

 お父さんの優しい声に頷いて、

「お父さん、約束の星にもロザシェのお花畑はあるかしら?

 わたしね、その星の人たちと仲良く出来るようにお花の花束を渡したいの!」

 幼い頃の私。

「ああ、それは良いな!

 母さん、花束を貰ったらどう思う?

 僕たちが恐ろしい宇宙人だなんて思うかな?」

 父は隣にいる母に話しかける。

「もう、貴方ったら、恐ろしい宇宙人だなんて思われてたら

 お花だって受け取って貰えないわよ?

 出会ったときから仲良くしなきゃ、スティフは仲良く出来るわよね」

 母が優しく彼女の頭を撫でる。

「うん、わたし、どんな人とも仲良くなれるんだよ!

 きっと他の星の人でも大丈夫! わたし絶対仲良くなる!」

 あの頃の私は、父と母の前ではあらゆる事に前向きで――

「うんうん、あなたならきっとできるわ! お母さん応援するからね!」

 優しくスティフの右手を取って母が言い、

「ふふふ、スティフが素敵なお嫁さんになるのと、

 約束の星につくの、どっちが先になるのかお父さんはすごく楽しみだな~」

 父が頭を優しく撫でてくれた。


 程なくして父と母は病気で若くして亡くなったけれど、

 絶滅危惧状態だったゴブリン族の中では、謎の病気も蔓延していたし、

 寿命が短いということも多々あった。

 私も、私の代でそれが叶うなんて、あの時は全く思ってはいなかった。


 母と繋いだ右手があたたかい。

 母は今も笑顔でいる。

 父に撫でられた頭が心地良い。

 父も笑顔だった。


 夢が終わる。覚めてしまうのが解る。

 あの頃の私のまま、

「お父さん、お母さん、わたしね、地球のみんなともなかよくなれたよ!

 わたし、お父さんと、お母さんと、この星に来たかったなぁ」

 無垢な子供の口調だった。

 お父さんと、お母さんは向かい合って笑って。

「僕たちはたぶんそこにはいけないけれど、

 今のスティフが幸せであることをいつもいつまでも願っているよ」

「大丈夫よ!

 お父さんと、お母さんはいつもスティフのそばにいるからねっ!」

 お父様、お母様。


 夢が終わって、朝になったはずだった。

 なのに、母と繋いだ右手はあたたかく、父に撫でられた頭も心地よかった。

 ゆっくりと目を開ける。


 と、花華さんがちょっと心配そうな顔つきで私と手を繋いでいてくた。

 花華さんの向こうの大窓から、夏の朝の心地よい日差しが差し込んでいて、

 私の髪にその光の筋を落としていた。

「ステファニーさん、おはよう。怖い夢でも見たの? 涙が」

 言われて気付いた、左手で頬を触ると確かに涙の雫が流れた跡があった。

「ううん、とっても良い夢見ちゃったの!」

 花華さんの手を握る力を強める。確かに母の手のあの時のあたたかさと同じだった。

 次いで、窓の外の夏の太陽を眺める、確かに力強い父の手のひらの感触と同じだった。

「そうなの、大丈夫?」

 花華さんはちょっと心配そうに訊いてくれる。

「あのね、私のお父さんとお母さんの夢で、こうやって手を繋いでる夢だったの」

 繋いだ手を花華さんの前に示して、

「お母さんの手、花華さんの手と同じ温度だった。だから嬉しくて、これは嬉し泣きですよっ!」

 本当に嬉しくてそう言ったのだが、花華さんには逆に心配されてしまったようなので。

 ここは思い切って。

「本当にだいじょう――きゃっ」

 ステファニーは思い切り花華に抱きついた。

 おでことおでこがくっついて、キスしてしまいそうなほどに唇も近づいて、

 花華はびっくり。

「うん、大丈夫よ! 私、花華さんだーいすき」

 ちょっとドキドキしてしまうが、

「わ、私もステファニーさん大好き!」

 言って花華は優しくステファニーを抱きしめた。


 そうだ、ロザシェに似た花が地球にあるのか調べよう!

 花華さんと、忠さんと、お母様と、芹沢家の方にプレゼントしたいっ!

 と、ステファニーは思うのだった。


 ステファニーの柔らかい抱擁を受けた花華は、

 朝から良い香りのステファニーさんの肌に包まれて、

 彼女の涙が悲しい涙じゃなくて良かったと思うと同時に、

 女の子同士だけど、ここまで抱き合ったらドキドキしちゃうんだとビックリしていた。

 これ以上抱きしめられたら私、恥ずかしくなっちゃう。

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