川瀬さんとの約束とお花を買いに行きましょう!

 その日の朝、何やら朝から花華とステファニーさんの雰囲気が良いような気がする。

 仲が良いんだからまぁいいんだけど。

 なんというかちょっと気にくわないような気がする忠だった。

 ふと思い出したんだけど、川瀬さんに頼まれてた、

 ステファニーさんの写真をまだ撮ってなかったなぁ……、夏休みまではあと一週間だし。

 今年はテラリアの一件で夏休みの入りがちょっと遅くて28日のちょうどお父さんが帰ってくる日になったんだった。

 もたもたしてて夏休みに入っちゃうと川瀬さんには会えないだろうしなぁ。

 朝の一連の流れの中そんなことをぼーっと考えながらごはんを食べ終える。

 芹沢家の朝食は基本的にパンが多いので、今日もトーストだった。

 今日のステファニーさんは水色の服でスカートは白。

 見るからにお姉さん風でもちろん似合ってて、にこにこ花華と微笑みあっている。

 今朝は花華もステファニーさんと一緒に起きたからか早かったし、

 出掛けるまでは時間の余裕がまだあった。

 リビングで白い、人間にとっては二人掛けの、

 ステファニーさんにはかなり大きいサイズのソファーに座って素足をぶらぶらさせながら、

 ニュースを見つめるステファニーさん。

 テレビでは地球の各国の衛生局の代表者が、

 テラリアに入って植物の種子の保護を行う、王の許可は出たし、

 近づけばテラリアの重力の圏内に入ることで自然と降り立つことが出来るだろう

 とかって話が流れていた。

「テラリアの花、綺麗な花があるんですよね!

 地球でも、枯れないといいけど、保護して貰えるといいなぁ~」

 何気なくソファーの端に座りかけた忠にそう微笑んで話しかける。

「ステファニーさん花が好きなんですね。ステファニーさんだってお花みたいなのに」

 忠は何気なくそう言った。

「そんな、お花だなんて、ありがとうございます、忠さん、

 ごはん食べてる間、私の方見てた様な気がするんですけど、私に何かお話ですか?」

 ちょっと照れてるみたい。そんなに見てしまっていたか。

 今日の服も可愛いからみてたのもあるんだけど……。

「あの、それが、変なお願いをしようかと……」

 ステファニーさんの隣に座って、彼女に向き合って頬を掻きつつ、

「写真って解りますか?」

 手でカメラのポーズを作ってみせる。

「ええ、はい、そのなんとなく、テラリアにも似たような物はありましたし」

 こくんと頷く彼女。

「その、僕の友達が、ステファニーさんを写真で見たいって言ってて。

 その、もうすぐ夏休みになっちゃうから迷惑じゃ無ければ――」

 ステファニーはなるほどと、軽く頷くと同時にぱっと顔を明るくして、手を胸の前で合わせて、

「まあ、そんなことだったらお安い御用ですよ、もっと早く頼んでくれれば良かったのに」

「お兄ちゃん珍しく遠慮してたんだー」

 今日も念入りに洗面台で髪をセットしてきた花華がリビングに戻ってきていた。

 中学校の制服はいつも通りなのに、髪だけお洒落度が高い。

「いや、遠慮っていうか、うーんなかなか女性に写真撮らせて下さい!

 なんて頼むこともないじゃん?」

 とほほと二人に吐露する。

「ま、ステファニーさんがよかったら撮られてあげてよー」

 にこっ、と花華が微笑む。何があったんだか知らないが、

 ステファニーさんと花華の距離がぐっと近づいてる気がする。

「あの、忠さん、私一人が良いですか?」

 胸に手をあてて、金色の瞳でちょっと上目遣いに訊かれる。

「え?」

 ドキリとするような綺麗さがある。

「〝すまーとふぉん〟で撮るんですよね?

 その、嫌じゃなかったら私、忠さんと花華さんと一緒が良いです」

 思わぬ提案だった。花華は「もちろんいいよー!」と快諾してしまう。

 ぼ、僕も一緒かぁ……。ちょっぴり緊張するような、しないような。

「うん、僕も構いませんけど」

 しぶしぶ、どきどき、頷くと。

 ずいっと、ソファ上でステファニーさんが忠の方に寄って、

「じゃあ! 私はここが良いですっ!」

 と含みのある笑いを洩らしたと思ったら、くるっと背を向けて、

 よいしょっと、忠の膝の上に座ってしまった。

「え!! ステファニーさんそこ!?」

 彼女はごきげんで、

「一度、人間の男性のお膝の上に座ってみたかったんですー」

 と首を左右に振って喜んでる。忠の鼻の前でサラサラと赤い髪がなびく。

「花華さん、こっち、私の隣に座って下さーい」

「うん! ステファニーさんお兄ちゃんの座り心地なんていいの~?」

 花華が馬鹿にしたように訊く。

「とーってもいいです! ちょっとお膝が硬いですけど、ね、忠さん」

 振り向いて見上げられた顔は忠の顔のすぐ目の前だ。近すぎてドキドキする。

 なんでこんないきなり急接近なのか。

「ち、近いですってステファニーさん!」

 女性特有のというか、ステファニーさんのお化粧の香りかも知れないけど、

 なんか底知れない甘い空気があって背中に汗が出る。

 しかも、乗ってるステファニーさんの肢体はすごく柔らかい……女性の身体だ。

「ふふふ、早く撮ってくれないともーっとくっついちゃいますよー?」

 ぐいぐいとお尻と背中で忠に密着してくる。

 忠は鈍感だから気付かなかったが、朝、花華と彼女が仲良くしてるのを

 あんまりぼーっと見つめてたもんだから、ステファニーさんが気にして

 忠とも〝仲良く〟しようかなと思っての行為だった、どちらかといえば好意かも知れない。

「わ、解りましたからっ」

 と慌てて右のポケットからスマホを取り出して内側のカメラに切り替える、

 花華も映り込もうと忠の顔に顔をくっつけてくる。

 半ば慌てて、はい、チーズ! とシャッターを下ろすと、

 忠の膝の上に収まったステファニーさんはとにかくすごい美人に撮れていた。

 後の芹沢兄妹はオマケか、変な顔二人組になってたが、

 次の瞬間に花華にスマホを見せてとひったくられる。

「あはは! 良く撮れてる! お兄ちゃん変なかおー!

 ステファニーさんはやっぱり綺麗! 私は今日も髪はバッチリ!

 まんぞくまんぞく、さ、いこっ!」

 などと言って満足していた。

 まったく川瀬さんに見せるのにこれじゃ、などとちらっと思ったけど、

 当初の目的は果たせたし、まぁいいかなとも思う。

「あ、私にも見せてくださーい!」

 忠の膝の上に乗ったまま、スマホを花華に要求して渡して貰い、何やら眺めて。

「あはははは! 忠さんの顔! ね、私が乗ってるのそんなに緊張しました?」

 忠の腕を取って、自分の胸から脚に向けてのラインの上に載せて、

 抱きかかえるような格好にしつつそんなことを訊いてくるんだから忠は弱り切るしかない。

「ステファニーさんまで! それに手が! いろいろ危険ですっ!」

 言って引っ込めようとすると、だーめ、とぎゅっとだっこされてしまった。

「私もたまには、こうやって人とくっついていたいんですよー」

 意味ありげに言われても腕に触れてる一番柔らかい部分の感触にパニックになるだけで、

 ますます背中から汗が噴き出した。

「あのっ、その。でも、時間がっ!」

 などとまだ登校時間には早いのに言い訳すると、

「もう、しかたないですねぇ」

 ぱっと離してくれて、とんと膝上から下りて、くるりと向きかえって、

 慌てた忠をみつめ、腰に両手をやって。

「忠さん、彼女さんっていないんでしょー!」

 と、言い逃れの出来ない事実を突きつけられてしまった。

 花華の前でなんと答えたもんか。

「そ、それは……」

「なーんてねっ、忠さんって意外と?

 ちゃーんと? 優しいんですねっ。私ちょっといいかなーって思っちゃいました」

 ふふふっ♪ と蠱惑こわく的な笑みを浮かべるステファニーさんに、

 あっけにとられる僕と花華だった。

 花華は、まさか忠のことをそんな風にステファニーさんが評するなんて

 思ってもいなかったので意外だった。

 むむっ! この気持ちはなんなのよっ!

 といった感じでもある。


 花華と忠が出て行くのを、早苗とステファニーさんがいってらっしゃーいと見送り、

 一通りの家事が済んだら休憩タイム。

「あー、さっきは楽しかった、お母様、忠さんにお願いしておいたので、

 さっきの写真出来たら印刷して額に入れて飾ってくださいね!」

「うんうん、あの馬鹿兄妹の記念にもなるしいいわねぇ。

 あの子達ったら最近は滅多に一緒に写真になんて収まらないんだから」

 先ほどのやりとりを生暖かく見守ってた早苗は噴き出しそうなのを我慢して、

 二人を送り出したのだった。

「これもステファニーちゃんのおかげねぇ。ありがたいことだわ」

「いえいえそんなー、このお母様に作っていただいた服も写真として残せれば嬉しいですしねっ?」

「はぁ、ステファニーちゃんは賢いわねぇ、あの子達に爪の垢でも煎じて飲ませたいわ」

「つ、爪の垢ですか?」

「ああ、地球の、なんというか〝諺〟よ。

 賢い人の爪の垢を飲ませれば馬鹿も賢くなるっていうような話」

「なるほど! 私達、爪長くしないし、垢もそんなたまらないからびっくりしちゃいました」

「あはは。確かにそうよね、ステファニーちゃんは手も足も、人間の赤ちゃんみたいに綺麗だしね~」

 早苗が向かい合ってリビングの机に座るステファニーの机上に置いた指先をうっとりと眺める。

 視線を受けた指先を自分の方に向けてステファニーが言う。

「そういえば、地球には爪のお化粧もあるんですよね?

 綺麗だからやってみたらいいのにって花華さんが言ってました!」

「ああ、ネイルねぇ、あたしなんてちっともここんとこご無沙汰なんだけど、

 確かにもとの爪が綺麗だったらすっごく綺麗に仕上がるんだろうなぁ。

 心配しなくてもそのうちゴブリンさん用のネイルサロンとか出来るだろうから、

 そしたら連れてってあげるわ!」

「わーい!」

「なんか地球人の女性なんかより全然、

 ステファニーちゃん見てると女の磨き方が違うからねぇ、

 もっと高級な、それこそイギリスとかのブティックの方がステファニーちゃんには良いかもなぁ」

「イギリスって叔父様がいた西の国の事ですよね?」

「そうそう、そうねー落ち着いたら、ゴブリンさん達も海外旅行とかいけるようになるのかもねー。

 あれ? そういえば、花華が言ってた、

 ゴブリンさん達が来たときに使ってた魔法を使えば海外旅行とかって簡単にいけるのかしら?」

「ああ、あれは、ちょっと難しい魔法なので、多用は出来ないんですよ、

 星が墜ちるからその衝撃に耐えられるようにって急遽作り出した新魔法だったので~」

 お茶を啜ってそりゃそうよねーと早苗がうなずく。

「確かに離れた人に会いに行くっていう魔法もあることはあるのですけど、

 テラリアは小さいですから。地球ほど大きいとそれも難しいかも知れません」

「なるほどねぇー魔法も難しいんだ」

「はいー」

 言ってステファニーも両手でコップを掴んでお茶を一口。

 地球の主婦と話すこんな何気ない会話もステファニーにはちょっと嬉しい瞬間だった。

「あ、ステファニーちゃん、今日も良い天気だし、

 お昼の買い出しも兼ねて買い物にでも行きましょっか?」

「え、はい、私も行きたいです!」

「ステファニーちゃんはどこか行ってみたい、場所とかお店とかってないかしら?

 どこでも連れてってあげる!」

 ステファニーは芹沢家に来てからと言うもの、

 特に引きこもった生活を送っていた訳でも無かった、

 ドタバタがあったのは確かだが、

 ゴブリン族を引き受けた家庭では普通に街でもゴブリン達を連れて歩いている光景もある。

「そうですねぇ、えーっと、えーっと、あ、お花屋さんってありますか?」

 今朝の夢の事が気になった。ロザシェに似た花はあるだろうか。

「お花屋さんかぁ。花華の通ってる腰越中学校のすぐ近くに〝かしん〟ってお店があるわねぇー。

 通り道だし行ってみよっか!」

「はい! ありがとうございます」


 一通りの買い物が終わったところで、車を早苗が生花店に向けてくれた、

「まぁだ午前中だからたぶん授業中だろうけど、ほらこの左側の建物が花華の中学よ、

 お花屋さんはもうちょっと行った右側」

 車の後部座席に乗って、チャイルドシートは無いからしっかりシートベルトをして、

 きょろきょろとステファニーが鎌倉の街を見る。

 まだまだ何処に行っても新鮮で、しかも建物が巨大で驚くばかりだった。

 青い表示に波のマークのシールが町中至る所に貼られていて、これはなに?

 と早苗に尋ねたところ、ああ、これはね、五年前に大津波が起こる地震が日本の東であって、

 それで私達の街も警戒して貼ったのよと教えてくれた。

 テラリアが宇宙に漕ぎ出して漂流を始めてからというもの、

 地震や津波に相当する天災はかなり間近で何度も何度も繰り返し見てきた事だが、

 これだけ大きい星の津波といったらそれはものすごいんだろうな

 とちょっと彼女は恐怖心すら覚えた。

「あ、ここよ」

 ステファニーは例によって巨大な店舗かと思っていたのだが、

 着いたお店は思ったよりこぢんまりとした可愛い、

 店の外にまでお花があふれているお店だった。

「わぁ、素敵」

 いらっしゃいとお店の人に言われて店舗内に早苗とステファニーが入ると、

 花の香りがむわっとしていた。

「ほう、白いお花をお探しですか~」

 ゴブリン族のステファニーの説明にもちゃんと店員さんは耳を傾けてくれ、

 ふむ、とあごに手をあてている。

「でしたら、やっぱり今の季節はこれかなー」

 というと奥から両手いっぱいの白い花を持ってきてくれた。

 ゴブリンのステファニーからすると花弁がすごい大きく見えたが、

 縮小すればそのままロザシェに見える。

「あ、このお花、ロザシェに似てます、とっても。なんというお花ですか?」

「ああ、これはカサブランカっていう白百合だよ、ちょうど今が咲き頃でね、

 人気もあるんですよ。花言葉は高貴、とか純潔かな。

 とにかくこの色同様真っ白なところが特徴で……」

 店員さんの説明にぐぐっとステファニーが聴き入っている姿がまた可愛くて、

 早苗も為になるお花の話を半分聴きつつ、彼女をみていた。

 どうです奥さん、おまけしときますよ? 八百屋か!

 っていうやりとりの後、ステファニーへのプレゼントと、

 まぁ、リビングに花があるのも悪くないからっていって一束カサブランカの花束を早苗が購入した。

 帰りの車で、

「お母様、ありがとうございます。こんなにいっぱい」

「いいのいいの、カサブランカ、あたしも好きだしー。

 あの子達にゃ、お花の良さなんてまだまーだ解らないんだろうけどねっ」

 とバックミラー越しに眼があって笑い合う。

 店員さんがそのまま活けられる様に工夫して包んでくれた花束は、

 それでもステファニーの膝の上には大きく、

 花を覗き込んではその貴賓のある香りにステファニーは喜んだ。

「すごいいい香り。ちょっとテラリアのロザシェの香りにも似てる気がします」

「そりゃー良かった。おうち帰ったら早速活けなきゃ。お父さんが帰ってくるまで保つかしらね?」

「お店の方は一週間なら十分保つって言ってましたよ! お父様にも見せて差し上げたいですね!」

「そうね~」 

 早苗も上機嫌。たまには女二人の買い物も悪くない。

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