花のように華やかに

 お母さんが頑張って造っていた、この場合は創っていたかな、ステファニーさんの衣服が完成したのはその晩のことだった。

 お兄ちゃんを部屋から追い出して、お母さんがステファニーさんを呼んで、

 じゃーん! と披露したのは綺麗な白と青のワンピースだった。

「わあ素敵! お母さんすごい!」

「わー、おばさま! ありがとうございますっ!」

 上は涼やかな白が映えていて、薄いブルーのフリルが胸の上に付いている。

 腰に鮮やかな青のシルク素材のリボンが付いている。

 スカートはきっと彼女が着たらマキシ丈なんだろうけれども、こちらも綺麗な白のレースが入っている。

 お母さん凝り出すとすごいなぁ……。

「ね、ステファニーちゃん! よかったら早速着てみて! 忠もおんだしたしね!」

 早苗は会心の笑みでステファニーにうながす。

 うんうんと私も期待して頷く。

「はい、それでは」

 楚々とワンピースを受け取り、一瞬だけ私とお母さんに目配せしてから、ドレスの背中のホックに手を回す。

 あ、ここで着替えるの恥ずかしいのかな?

 と思ったけど、いつもの柔らかい笑顔を見せて、ここで大丈夫よ、と言うように着替え始めてしまう。

「あの、ステファニーさん、脱衣室でも……」

 言いかけるが、

「ううん、いいの、忠さんに見られてるわけじゃないから」

 にこにこと笑い、すとんとドレスが床に。

 はっきり言って、女の端くれの私からしても、ステファニーさんの下着姿は艶美で、ひゃっ、と目を覆いたくなってしまう美しさがあった。

 お母さんもそうだったらしい。

 小さいことと美は関係ないんだと思う。

 ならば私だって多少ちびだけどステファニーさんまでとはいかなくても綺麗になれるのかなー?

 ステファニーさんの下着は今日は緑で、胸が大きいのにスリムな肢体にそれが映えてて、絶対お兄ちゃんならもう鼻血噴いてるよなーと思うが、私だって例外じゃない。たらりといってないかと心配になって鼻を抑えた。

「もう、花華さん、恥ずかしいですよう」

 熱視線に気付かれてしまい、

「ご、ごめんなさっ」

 と視線を泳がせる。

 お風呂にだって一緒に入るけど、それでもステファニーさんは魅力的なんだもんね。

 ドレスを手早く畳んで、母のお手製ワンピースを頭から被る。

 ステファニーさんは頭が少し大きいけど母は抜かりなく、背中側がボタンで大きく開き、さっと着られるようになっているようだ。

「なんだか、造りが修道服みたいですね〜」

 と、ステファニーさんもごきげんに躾け、裾を整えて、背中に手を回す。

「あ、いいわよ、あたしがしてあげるー」

 母が彼女の背後に回り、背中のボタンでを上まで留めて。

「リボンの結び方にもこだわりがあってね、こうやってベルト代わりに一周してからー」

 彼女の細い腰をくるりとリボンで巻いて、正面から少し外した位置に蝶結びにする。

「結び方はこうよ、この位置がいいわね! うん、バッチリ」

「ありがとうございます! おば……ううん、お母様」

 言い間違えではなくて、彼女は母の目を捉えて、感謝の意を込めてそう言ったのだと解る。

「あらあら、こちらこそありがとう、ステファニーちゃん」

 母が微笑む。

「わー、ステファニーさん、こっちこっち、姿見あるから見てみて! すっごい素敵ですよー!」

 小さい姉ができた気分になって、彼女の手を取って姿見の前まで案内する。

 彼女も、鏡に映る自分の姿をみて、金色の瞳を輝かせる。

「わー、素敵! 着慣れてないからかしら、普段着のドレスよりこっちの方がよほど高級なお洋服に見えます!」

 母がはははと吹き出す。

「そんな、そんな上物じゃないから大丈夫よー、良かった! サイズもぴったりね!」

「ステファニーさん! 一回回って見せてー!」

 花華のリクエストに応えてふわりと回る。

 ステファニーさんの赤い髪と、白いワンピースと、青いリボンのコントラストがとても綺麗でまるでお花みたい! 本当に綺麗だし素敵!

「わー、すごい綺麗! いいなー、私もお母さんにリクエストしちゃおうかなぁ」

 と言ったとき、ステファニーさんは何かをふと思い出したようにして、花華の顔を笑顔で捉える。

「花華さん! そういえば、私のドレス、良かったら着てみますか!?」

 えっ!? そういえば、前にちらっとそんな話をして貰ったような気がしないでもないけど。

「えー、いいですよー、私なんかが着るには勿体なくてその」

「そんなことないです! 花華さんに似合います! お母様はどう思いますか?」

 鏡の前で花華に興奮気味に訴えて、その後ろの母に問う。

「んー? ステファニーちゃんのドレスを花華に~?」

「そうです! その、今までのお礼も兼ねてですけど、着て貰いたいなって、あ、繕い直すのは私がやりますし!」

「花華はまだドレスっちゅう年齢じゃないとは思うけどね~、でもいいんじゃない? ステファニーちゃんがこう言ってくれてるんだし。花華、好意は受けるものよ?」

 なななな、なにをいいだすの!

 花華は急に赤くなり焦り出す。

「そ、そんなぁ、ドレスなんて私。着たことないですし、いいよー」

 顔の前でぶんぶんと手を振るが、

「私に素敵なお洋服を作って下さったお母様と、この素敵なおうちに連れてきて下さった花華さんへのお礼が何かしたいんです! ね!?」

 ステファニーさんが手を取って頷く。

 大きい金色の瞳に力が入ってるし、握られた手はふわりとあたたかい。

「わ、わかったー」

 どうしても似合わないと言う思いが先行してしまいしぶしぶだけど、ここまで期待してくれてるステファニーさんを悲しませるわけにもいかないし。

「わーい! んっと、んっと、今黒のドレス持ってきますね! ちょっと待ってて」 たたた、と部屋を出て言ってしまった。うひゃーどきどきするー。

 部屋を出たところで、忠に出くわしたステファニーさんは、

(あ、忠さん! ねぇ、これ、見て下さい! お母様がつくって下さったの! 似合います?)

 早速披露しているみたい。

 直後どどどバターンと、大きな転んだ音がしたから、お兄ちゃんのうろたえっぷりは見事だったようだ。

(きゃっ! 忠さん大丈夫!?)

(ははは、すいません。驚きすぎて。すっごい似合ってますよステファニーさん!)

 やれやれなやりとりが聞こえる。

(そうだ、忠さん、これからもーっと驚きますよ! ちょっと待ってて下さいね?)

(え?)

 とん、とん、とん、と階段を登っていく音がした。

「うわー、ステファニーさんお兄ちゃんにも見せる気だよー、おかあさん!?」

 花華がもう逆に心配になってきて母にいうと。

「あら、花華、緊張しすぎね~、いいじゃないドレス~。私だって若かったら、と、小さかったらお願いしたいくらいなのに。ステファニーちゃんのドレスすごーい綺麗なんだもん」

 ぶりっこしてる場合か! と突っ込みたいところ。


 とととと、とステファニーさん独特の早足の音がしてあっという間に、私ように見繕ったドレスを持ってきてくれた。

 でもそのドレスは今までうちでは袖を通した所を見たことが無いような、裾にスパンコールのような、それ自体がキラキラ光っている石が縫い付けてあるすごい代物だった。

「す、ステファニーさんそれを私に!?」

「はいっ! ちょっとサイズ合わせるんで、気をつけしてくださーい」

「は、ひゃい!」

 勢いで直立不動になってしまう。

 ステファニーさんが何やら綺麗な歌の一節を諳んじるように呟くと、メジャーと針と糸が宙を舞って、ドレスも宙を浮いて、踊り出すかのようにその場で作り直されている。

「ラー、ラー、ラララー♪」

 ステファニーさんの綺麗な歌が終わると、メジャーと針と糸はパッと消えてドレスはまるで着られるのを待つかのように空中に留まった。

「す、すごい」

 驚きの光景がいきなりだったのもあるし、ステファニーさんの歌がすごい綺麗な声で上手かったのもある。ごくりとつばを飲んでしまった。

「まぁ、魔法ってそういうのもあるのねー、すごい綺麗ねー」

「ふふ、はい、こんなのもあるんです。なんだか張り切っちゃいました! 花華さん! 出来ましたよ! 着てみて下さい!」

 部屋の外では一体中で何が行われてるんだと、覗くな指令を受けた忠は気になって仕方なかった。

 しかも今し方のステファニーさんの歌声はほんと天使の美声のようだったし。

 くっそ、なんで見るな覗くななんだよ-!

「う、うん」

 花華はおそるおそる、いつも着てるTシャツと、キュロットスカートを脱いで、未だ空中に留まっているドレスに裾を通す。こんなことになるなら下着だってもうちょっと良いのにしておけばよかったかもと思っているうちに、シュルンとドレスの方から花華の身体に合わせて〝着られて〟くれた。

「わっ」

 と流石に声が漏れた。

 黒いシックなドレスは花華が着ると、膝上丈のミニスカートドレスだ。

 大人なステファニーさんの物とあってか胸の所がすごい大きく開かれていて、自分でも自慢にはならない貧相な胸のちょっとした谷間のラインまで見えてしまう、ブラのラインのぎりぎりだ。

 脚もすごいすーすーしてるような気がして、あわあわしてしまう。

「わ! ちょーどぴったりです! お洋服の魔法なんて滅多に使わないんですけど、我ながらすごい上手くいきました! ねぇ、花華さん、ご自身でよーく見て下さい!」

 今度はさっきと逆で、ステファニーさんが手を取って、私を姿見の前に連れて行ってくれた。なんか慣れない恰好のせいか足まで覚束ない。

「わっとと、わ、これ、私!?」

 転びそうになりながら、姿見で自分の姿を確認するとあまりの変貌ぶりに驚いた。

「花華ー、すごい! お姫様ね! ね! 忠待ちくたびれてるだろうから呼んでも良い?」

 スカートの裾を掴んで持ち上げると、自分の人生では今まで微塵も感じたことの無かった〝貴賓さ〟っていうのが少し解る。

 服がすごすぎる! しばし呆然と鏡の中のありえない自分の姿を見つめてしまった。

 ――えっ?

「えっ!? お母さん!? 今なんて言ったの?」

「ん? 忠ー、もういいわよー、入ってらっしゃいー?」

 えっ!? ちょ、ちょっと待って! 私こんな姿見られたら恥ずかしいよ!

「ったく、人を急におんだしたり、ステファニーさんがすごい服になったり忙し――!!!」

 入ってきたお兄ちゃんと眼が合った。茫然自失としている。

「――」

「――」

 ――両者無言のまま30秒経過――

 ま、またどうせ馬鹿にするんでしょ! と花華が思い始めた頃。

 頭を思いっきり掻いて、

「ああっ、花華だよな?」

「うん、そうだよ」

 ぶっきらぼうに答える。

「なんかその、すっごい――」

 すっごいなによ?

「すっごい美人に見えた」

 すっごい……びじん? 聞き間違えかと思った。

「びじん?」

「なんだよ、妹が美人に見えちゃ悪いかよ。あーびっくりぽんだぜー、ステファニーさんもすっごいステキな服ですねそれ。お母さん気合い入れすぎでしょ。それにしたって花華のその服はどーしたん?」

 頭の回路がまわらない。

「……びじん」

「あらあら、花華良かったじゃない! お兄ちゃんにも褒めて貰えて! お兄ちゃん珍しく妹思いなところなんか見せちゃって、あ、ステファニーさんの前だからかしら~?」

「忠さん、ありがとうございますっ! 私の服を作っていただいたお礼に、花華さんにもドレスをプレゼントして差し上げたんですよ? 花華さん黒髪綺麗だし、すごーーく、黒のドレス似合いますよね!」

 ステファニーさんがきゃっきゃと忠の許で大喜びする。

 母の素敵なワンピースを着ているからそれだけで忠も嬉しくなってきてしまう。

「そっかー、するとーさっきの綺麗な歌声が魔法でした?」

「はい!」

「ははは、あんな魔法もあるんだ。ステファニーさんの歌すごい綺麗でしたよ!」

「ありがとうございますっ!」

「おい、花華、いつまでぽかんとしてるんだよ、折角の服なんだからもうちょっと締まった顔しろよな、可愛い顔が台無しだぞ」

「……びじん」

 ……可愛い顔? お、お兄ちゃん、が、最大限褒めてくれてる、の?

「ねぇ、花華ったら」

 花華があんまりなので忠が顔にぐいっと近づいたら、急に我に返って、真っ赤になって、

「あの、その、あんまり、見ないで」

 と言うのが精一杯で、部屋を走って出て行って、バタンと自室に籠ってしまった。

 恥ずかしいのと嬉しいので、どうしようもないよー!!


「あらあら、花華には黒いドレスは刺激が強すぎたみたいね?」

「お母様、それは言い過ぎですよー、すっごーい似合ってたから、花華さん、何か機会があるときは着て欲しいな~、ですよね? 忠さん?」

「え、ああ、たまーにならいいんじゃないのかな、たまーに。あ、お母さん、ステファニーさんの服、まさか一着ってことはないんでしょ?」

「え!? 他にもあるんですか!」

「ふっふっふー、服飾専門学校を出たあたくしをなめて貰っちゃーこまりますよー? 今回は期間があったからねー普段着回せるくらい、それも入れて5着作ってみましたー! それではステファニーちゃんのファッションショー開始!」

「わー!」


 なんてやりとりが階下から聞こえるんだけど、嬉しいやら、恥ずかしいやら、いっぱいいっぱいで、今の私は特大のくまのプーさんに抱きついてるしかいられなかった。のです。

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