ギクシャク花華と翌日の朝食

 その次の日の朝。

「……ふあー。はぁ、昨日はびっくりしたなぁ」

 ベッドでもそもそしてたが、時間を気にして起き上がった忠は、寝癖で爆発気味のトリ頭を押さえつけ、昨日のステファニーさんと花華の様子を思い出す。

 ステファニーさんが綺麗なのはまぁ解りきってたことだから、母さんが服を作ればそれも似合うし、見事に着こなしてしまうだろうし。

 結果やっぱりモデルみたいだったからいいんだけど、だけど花華は……。

 制服に着替えて鞄を持って階段を降りる、リビングに入ると、お母さんとステファニーさんが朝のご飯の支度をしてくれていた。

「あら忠、おはよう。今朝は早いわね」

「忠さん、おはようございますー」

 今日のステファニーさんの服装は、黄色のワンピースだった、これも母が昨日披露してたうちの一つだ。すごい似合ってるし夏の朝の雰囲気にはぴったり。まるでヒマワリのようだ。ちょっと見惚みとれてしまう。

「あ、顔洗ってくる!」

 と回れ右して忠は洗面台へ向かう。

 母が後ろから、

「忠ー、悪いんだけど花華もそろそろ起こしてくれる~?」

 なんだまだ寝てるのか、

「解ったー」

 と返事をして、顔を洗ってから二階に上がって、花華の部屋をノックする。

「花華ー起きろー、朝だぞー、お母さんとステファニーさん待ってるぞー」

 と言うと。

「もう起きてるよー」

 と意外にも冷静な返事。起き抜けでは無いようだ。

 花華は実は三十分も前から起きていて昨日自分が着た、ステファニーから貰ったドレスをじっと見つめていたのだった。

 私が昨日これを。お兄ちゃんがすごい褒めてくれた。私がこんな服着てもいいのかなぁ。

 制服に着替えるのも忘れ、パジャマのまま見つめてた。

 兄に問われて時計を見る。もうこんな時間だった。

 パパっと着替えてドアを開ける。

「あ、お兄ちゃん、お、おはよ」

 昨日の雰囲気を引きずってしまって、今日はいつもの制服姿なのに何故か兄に眼を合わすのが恥ずかしい。

「なんだ、起きてたのか、ごはんだよ。ふぅ、今日は制服か。出てきて今日もドレスだったらどうしようかって一瞬思った」

 ちょっと兄もドキドキしていたようだ。

「あ、あれは普段は着られないよ! 行こう、お兄ちゃん」

「うん」

 二階の廊下は並んで歩くには狭いから、花華が先に階段を降りようとしたところで忠が、

「花華、気にしてたみたいだけどさ、昨日のドレス着てたお前ほんとに美人っていうか、綺麗だったんだからな」

 胸張って良いぞ! みたいな感じで声をかけられて焦る。

「わ、わかったよう。お兄ちゃんありがと。でもどうして急に私のこと綺麗なんて言い出すのよ。恥ずかしいじゃん」

 階段を降りつつ、後ろの兄をちょっと見上げて言う。

「うん? ステファニーさんの手前で言ってるって意味じゃ無いって解って貰えると良いなと思って、さ」

 暗に本当にそう思ったんだからって言う意味なわけで。

「あ、ありがとう」

 とぎくしゃくした返事しか出てこない。

「馬子にも衣装とかじゃなくて、花華もいつのまにかああいう服が似合うようになってたんだなって思ったら。そういや、なんか今日は制服の花華まで可愛く見えてきたな」

 最後の方はちょっとおちゃらけた感じに敢えてしてくれたようで。

「なにいってるのよ! 馬鹿!」

 花華は笑顔でそう言い返して階段を降りていってしまった。

 忠としては本当に妹の意外な一面を発見してしまったことに驚くと同時に、変にドキドキしないようにしなきゃな、と思うのだった。

「あ、花華さんおはようございます! 昨日は恥ずかしい思いさせちゃってその、申し訳なかったです!」

 ステファニーさんは性格もどこまでも透き通っていて、相手の気持ちを汲んですぐにこういう対応をしてくれる。嫌みなどはまったく存在していない。

 花華はファッションショーを見はぐったので今日の黄色のワンピースは初見だった。すごい似合ってて今日も綺麗。

「ステファニーさんおはようございます。そんな、謝らないで下さい! 私も実はあのドレス気に入っちゃったんで、昨日はすごい嬉しくて恥ずかしくて、あんなになっちゃったんですけど……ね。ステファニーさん今日のその服もすごい似合ってます! お母さん頑張ったのねぇ」

 母が聴きつけてえっへんと言っている。

「うちは美人が多くて困るな~」

 リビングに入ってきた忠がぶっきらぼうにそう言う。

「あら、あたしもこの美人さんたちの勘定に入れてくれるのね! 忠! 今日は目玉焼きにベーコン1枚オマケしといたげるわね!」

 と早苗が上機嫌でフライパンを返した。

「お、言ってみるもんだな、ラッキー!」

 いつも通り花華の隣に座って、そう言う兄をみて、花華もすこーしだけ、兄の評価をプラスにしてあげようかと考えた。

「お母様、何か他に手伝うことありませんか?」

 キッチンで母の隣に立つステファニーは昨日からすっかりお母様と呼ぶのに慣れたようだ。

「ううん、もうこっちも終わりだから大丈夫、ステファニーちゃんも、さぁ一緒にごはん食べましょう?」

「はーい」

 ステファニーの返事の声はそれだけで鈴が鳴るように綺麗な声で、昨日の歌声を思い出して忠はふと、ステファニーをカラオケとかに連れてってあげたらすごいんじゃないかなぁかと思う。

 花華が何気なくいつも通りテレビの電源をつけ、朝のニュース番組にする。

 未だに流れるニュースはテラリアから来た人々の事一色だが、それでも最近は天気予報くらいはまともに流してくれている。

「はい、花華の分。花華、昨日寝られた? だいぶん舞い上がってたみたいだけど」

「ええ? ええ、うん。寝られたけど今日早起きしてドレス見てた」

「良い物貰ってよかったわね?」

「うん、私、あれ宝物にします。ステファニーさん。」

 よいしょ、と椅子に着いたステファニーにそう声をかけると、服と相まってほんとにヒマワリが咲いたかのような笑顔で、

「ありがとう、花華さん。なにか着られるイベントでもあるといいわねー、私達の国じゃ、そんなに特別な服じゃないのよ、あれ。だから、花華さんもそんなにかしこまらないで着て下さいね」

「はい、着るときがあれば大切に着ますー」

 そういう花華の様子が昨日までの花華より忠にはだいぶ大人に見える。女に服はいろいろな物を与えるようだ。

 今日の花華と言えばいつもの中学校の夏服だし、髪もいつも通り起き抜けで下ろしたままにしてるし、何ら普段通りなはずなのに――しかし、だ。なにがこんなに変わったんだろうかと忠は思う。

「はい、忠の分。忠、女にはいろいろあるのよ。そういうの解ってあげられるようになれば、モテるわよ」

 母には察されたようでそう諭される。

「うーん、難しいよ」

 と言うとステファニーさんが視線を此方に向けて、

「お母様、心配しなくても忠さんってそういう所に気遣いが出来る才能あると思います!」

 と言われてしまい、今度は母と向き合ってふふふと笑い合っている。

 ちゃかすなよー、とは言いがたい。少し恥ずかしい空気だ。

「い、いただきます」

 ベーコン1枚多めのベーコンエッグをトーストに挟んで、口に突っ込む。普通に美味しい。もしかしたらいつもより美味しかったかも知れない。

「はい、これはステファニーちゃんの分ね」

「お母様、いつもありがとうございます!」

 ステファニーさんの分のベーコンエッグは半分で、トーストも半分。本人美味しそうにいつもいっぱいごはんは食べるが、そろそろその分量の勝手も早苗は解ってきたようだ。

「これでよしっと、あたしもいただきます」

 早苗が席について、そういうと、ステファニーさんと花華も併せて「いただきます」と言ってパンに手を伸ばす。

 団欒しながら朝食を食べてると、もうすっかりステファニーさんも家族の一員になったように感じる。

「ステファニーさんがうちに来てから、今日で二十日かー、なんかいろいろなことがあったような気がするけど。そう言えばお父さんには、まだ会ってないよねぇー」

 早々にトーストを平らげた忠がそう言うと、

「そうでした、お邪魔してるのに、私ったら家主のご主人様にはまだお会いしていません!」

 とびっくりめにステファニーが反応する。

「そんな、ご主人様なんていいのよ、ステファニーちゃん、お父さんとかおじさんとかでー」

「そうですか、お父様。どんな方なんだろう。月末に一度お戻りになられるんですよね? ご挨拶したいなぁ」

 半分のベーコンエッグトーストは食べてしまって、ジャムを多めに塗った、はやり半分に母が切ってあるトーストを持って彼女が言った。

「うん、んっとー28日だからあと八日だね、お父さん、きっとステファニーさんみたいな美人見たら驚くに違いないわ~、それに、お母さんが頑張って作ったその服着てるとこなんか見たら卒倒しちゃうに違いないわね!」

 花華が断言する。芹沢家の父は造船会社に勤めていて長期出張が多い。造船会社なんてとこから、マッチョなイメージが先行するらしく、忠も花華もよくよく友達にそう言われるのだが、実際はデスクワーク中心でひょろひょろしてて気弱な感じなので、こんなステファニーをみたら卒倒するという花華の持論はあながち間違ってもいないかもしれない。

「それは確かにそうかもなー。お父さんにはゴブリンさんが来たよってことは電話で伝えておいたけど、ステファニーさんみたいに素敵な人だとは夢にも思ってないだろうからねー」

 忠もそういう。

「お父さんもゴブリンさんと仲良くなれるとは思うけどね~。でもステファニーさんに惚れられちゃうとお母さんこまるわ。ちょっと会わせるの楽しみね」

 母もそう。

「私もお会いするのが楽しみです!」

 ステファニーが丁寧にトーストを置いて、母に頷いた。


 四人とも食べ終わり、七時半を過ぎた頃。

「花華、そろそろ行こうか」

 忠と花華は途中までは道が一緒。

「うん、あ、お兄ちゃんちょっと待ってて」

 花華は洗面所に行って、鏡の脇にある小物入れから、髪留めのピンを3つ取って、普段はあんまりやらないんだけど、前髪のサイドがお洒落に見える留め方をしてみた。雑誌に載ってた留め方だ。

 後ろの髪は校則でゴムで一本に縛らなきゃならないけど、前髪は特に指定はされてないから、派手なピンとかじゃなければ大丈夫なはずだし。

「うん、うまくいったかな」

 鏡の前でちいさくポーズ。

 リビングに戻り鞄を取ると、花華の髪に気付いたステファニーが、

「あ、花華さん、前髪可愛い! お洒落ですね!」

 と言ってくれる、小さなことにも気付いてくれるし、ステファニーさんはすごいなぁ、と思う。それに今日こうやってみようって思ったのもステファニーさんのおかげなんですよ。と心の中で付け加えて、

「ありがとうございますっ! ステファニーさん、お母さん、いってきまーす」

 花華がそう言うと、ステファニーがにこにこと手を振ってくれる。

 玄関で靴を履いて待っていた兄は、それでも花華の前髪には気付いた様子で。

「あ、その髪、髪留め? いいじゃん。いってきます!」

 と言って、自分で言って自分で照れた様子で先に出ていってしまった。

「お兄ちゃん、ちょっと待ってよ! あ、ありがと!」


 二人が出て行ったその後で、

「ふふふ、仲の良い兄妹ですね、忠さんと花華さん」

 食器を片付けながらステファニーが母に言う。

「今日はまた珍しいくらいに仲良かったわね、たぶんあれもステファニーちゃんのおかげね」

 うむ。と大仰に頷く。だいたい原因の察しがつくのである。

「私は兄妹とか居ないから、お二人がちょっと羨ましいかな~」

 お勝手から台を持ってきてその上に載って、食卓の上を台布巾で拭きながらぽつりとステファニーがそうこぼす。

「ステファニーちゃんは兄弟姉妹はいないのかー」

「ええ、まぁ、私達は、星がこうなることがだいぶ前から解っていましたので、一人っ子が多かったんですよね、絶滅寸前の種族だったからでしょうか。私は両親も早くに他界してしまって、叔父のところで育てられたのですが、そこにもいとこにあたる義理兄妹きようだいも居なかったものですから」

 母はうっかりこんなこと聞いてしまったのかと思い焦る。

「あら、あたしったらごめんなさい。そんなこと聞くつもりじゃ無かったんだけど……」

「あ、いいえ、私からちゃんとお伝えしたいことでしたし、気になさらないで下さい、忠さんと花華さんにも後でお話ししますから。私、そんなことが気にならないくらい今が楽しいんですよ? お母様」

 台を拭き終わり、食器洗いの手を休めていた早苗を下から笑顔でのぞき込むと、

「だって地球でこんなに素晴らしい家族に出会えたんですからっ!」

 と満面の笑みで言ってくれた。

「ふふ、良かったわ。そう言ってもらえて。もっともーっと地球での居心地が良くなるように、私達も協力するわね! ステファニーちゃん! あたしも、あの二人にお姉ちゃんが出来たみたいですごい嬉しいのよ!!」

 二人で笑いあった。


 食器も片付け終わり、二人も送り出し、洗濯機が回っている最中で、朝のニュースの続きをステファニーと早苗がソファーに並んで座ってぼんやり眺めていると、流れていたニュースの場面が切り替わり、

『先日英国北西部で発見された、ゴブリン族の王に英国王室が面会する日程が決まったようです。ゴブリン族はお伝えしております通り、星単位で一大国家を形成しており、その代表者がゴブリン族の王と言うことなので、彼が王室の歴史が長い英国を訪れたのは偶然とは言え二国間の協調を果たしていこうと言う意味では今後に与える影響は好材料として――』

 テレビにゴブリン族の王の男性の姿が映し出される。

 綺麗な燃えるように赤い短髪の男性は若く、鋭い視線をしている。

 なぜか早苗はその赤い髪の色に見覚えがあった。

 次の瞬間、隣のステファニーが呟いたことに仰天するのだった。

「あら、あれは、叔父様――」

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