ステファニーのお留守番

 今日は私がこの家に来てから初めて、お留守番になってしまった。

 といっても、おばさまがお買い物から帰ってくるまでの数時間なんだけど。

”鎌倉”の海岸からはよーく”太平洋”という海が見える。

 ほんと、この”地球”は海も大きい。だって私達のテラリアがまるで浮かんで居るみたいに見えるんだもの。

 あ、実際浮かんでいるんだった。

 窓から海岸を、海を、その沖にある水平線を、さらにその奥に見える星のシルエットをみつめる。

 ほんと、長い長い旅だったわ。

 でも、最後の最後の最後にたどり着いた星がこんな素敵な星でほんとうによかった。

 二階のベランダに面した花華の部屋で窓ガラスに触れ、遙かに霞む母星を見詰めて、悲しみではない、これから頑張らなくては、と言う思いがふつと沸き起こる。

 ”7月”の空は何処までも青く綺麗で、それでも暑いけれども。

 ベランダで風にそよぐお洗濯物がよく乾きそうだった。

「お留守番かぁ」

 窓ガラスから手を離し、部屋の中に振り返り、おうちに一人だと自覚する。

 まだ私がこの家に来てから”半月”あまりしか経っていないのに、この家の人たちも私のことを信頼してくれている、それ故に一人での留守番を任されたんだろうか、少し嬉しいのと同時に、背筋の伸びる思いがする。

「といってもやることないのだけど」

 部屋中心へ一歩歩いてふふふと笑う。

 花華さんのベッドが目にとまり、窓からの日差しを浴びてふかふかになったお布団から花華さんと太陽の良い香りがしてきて、耐えがたい欲求に駆られ。

 ぼすん。

「わーい、ふわふわー」

 ステファニーにはキングサイズ並の花華のベッドの上に倒れ込む。

 今日も彼女は普段着のドレス、今日は紫のシルク素材だったが、そんなのお構いなしで花華のベッドの上で2,3往復ころころと転がる。

「わーっ! きゃーっ! ふふっ」

 っは! やってるうちに楽しくなってきちゃった、髪がぼさぼさになっちゃう!

 うんしょ、と起き上がって手ぐしで髪を梳くとするりと魔法を使わなくても髪が伸びてくれる。

 すごい! 地球の”シャンプー”と”リンス”のおかげね!

 地球ってすごいなぁ。

 気持ちよくなって花華のベッドの上にちょこんと座ったまま、自分の髪をなでつける。

「この星って、私達の星よりかなり文明も進んでるし、科学も、工学もすすんでるわよねー、うーん、2,3イミレル(テラリアの陰歴で千年の単位)未来に来ちゃったみたいな感じだなぁ~」

 よいしょ、よいしょ、とベッドから降りてパンと裾を払うだけでドレスの皺もおさらば、洗濯用洗剤もかなりいい。うん。思わず頷いてしまう。

「食べ物も美味しいし。ほんとこの星でよかった。みんなもきっと無事にどこかの家庭に行ってるはずよね?」

 もう一度遙かに見えるテラリアに振り返り。誰にとも無くそう呟いた。

 色々落ち着いたら、私も会いたい人たちがいっぱいいる。

 そうね、できればこの芹沢さんのおうちの方達と一緒に会って、向こうのみんなを紹介してさしあげたいわ。

 うん。と頷く。赤い髪がさらりと揺れた。


 とん、とん、とん、と大きい階段から落ちないように慎重に階段を降りてリビングへ、留守番なので、今日は私と金魚のトトちゃん、リリちゃんしかいない。

 トトちゃんは琉金りゅうきん、リリちゃんは土佐錦魚とさきんぎょっていうみたい。

 花華さんが言うにはおじさまのこだわりの金魚なんだとか。

 水槽に近寄ってちょっと覗いてみる。

 水槽も私達の世界の水族館のそれくらいなんだけど、やっぱり金魚も十分に大きなお魚に見える。でもでもとっても綺麗で、こんなお魚はテラリアには居なかったけれども。

 ご飯は晩に一回、おじさまは今長期出張でいないから、たしか忠さんがあげていたわね。私じゃちょっと、水槽の上まで手が届かないんだけども。

 水槽のガラスの上でついーっと指を動かすと、トトとリリはついて泳ぐ。

「ふふ、可愛い。こっちの世界はお魚まで大きくて可愛いのかしら」

 しばらく水槽をぼーっと眺めていた、コポコポというポンプの音が心地よい。

 まるで自分が水の中に居るような感覚がする。

 そういえばテラリアの海には昔はよく行ってたけど、最近は行ってなかったなぁ。

 祠祭になって仕事が忙しくなって、そして目星の付いた星が見つかってからは大変だったからなぁ。

 地球の鎌倉の海はすぐ近くだし、あんなに大きい。

”8月”は真夏みたいだし、海の季節みたいだから泳ぎに行けると良いな。

「あ!」

 声に出てた。

 海に入ると言うことは、水浴み用の服装にならなければならなかった。

 テラリアでは水浴みは神聖な行為だったから水浴み用の服もあったけれど、さすがにそこまでは持ってこられなかった。地球では水浴みはどういう行為なのかしら。

 うーん、でもあれだけ広い海ですもの、いざとなったら裸で。

 で、でも忠さんとかに見られちゃうのはちょっと、かなり恥ずかしいかも……。

 なんてことを考えながらコポコポと鳴る水槽を眺めていた、どれくらいの間だっただろう、ふと気がついて周りを見回すと少し暗くなっていた。

 あれ? まだ日が落ちる時間には早いはずよね。

 たたっ、と一階のリビングの庭に通じる大窓に駆け寄るとどんより空に重い雲が沸いて出ていた。

「あらー、夕立かしら。夕立は地球にもあるのねー」

 遙か遠くから稲妻の轟きが聞こえた気がした。

「雨、降りだしそう……」

 ふと背後でピリリリリリと電話が鳴った。

 取って応対したことはないけど、おばさまとか、花華さんとか、忠さんがやりとりしてるのは見たことがある。慌てて電話の載ってるキッチンの棚の前まで移動して、ちょっと届かないのでリビングの食卓の椅子を持って行き上に乗って受話器を取る。魔法で拾うことも出来たが、これくらいのことは流石に魔法に頼ってたら駄目だ。

「はい、もしもし、芹沢ですが……」

 応対もみなを真似てそう話してみたが、

「あ、ステファニーちゃん! よかったー! 取ってくれて!」

「あら、おばさま!」

 電話の相手は花華の母だった。

「あのねー、あたしまだ横須賀駅なのよ~。七里ヶ浜まで、あ、おうちまでまだ20分くらいかかっちゃうと思うの! でもね、お天気が」

 ちょっと慌てた様子のおばさまになんとなく話しの察しが付く。

「おばさま、急に曇ってきましたものね、お洗濯物はなんとか中に入れておきますので、おばさまもお気をつけてお帰り下さいね」

「あら! 助かるわー! この際魔法でちょいちょいっ! もありよ! 急いで帰るから~、あ、美味しいケーキ買ったから、花華も帰ってきたら皆でたべましょ? ね?」

「わ、ありがとうございますー! わかりました! 洗濯物はお任せください!」

「うん、頼んだわー、あ、そうそう、畳まなくても良いけど、下着なんだけど、ステファニーさんのは青の洗濯ネット、あたしのは白の洗濯ネット、花華のはピンクの洗濯ネットに入ってるわ。まぁ、そのまんまにしておいてくれてもあたしがやるけど」

「いいえ、居候なのにいつもおばさまにお洗濯までしていただいてる身ですもの、たまには私がたたむところまでやります~」

「はーいじゃ、まかせたわー、あ、電車きた! 行くわね」

「はい!」

 ツーツー。カチャリと受話器を置き。

 椅子から降りて、さてやるぞ! と気合いを入れる。

 さっきよりちょっと大きめな雷の音が聞こえた。

 二階に上がる階段を慎重に両手を着いて登って、花華さんの部屋からベランダにでたら、ちょうどその時、額にぽたりと一滴。

「あ、降ってきちゃった! 急がなきゃー」

 といっても洗濯物がぶら下がってるのはステファニーからではかなり上の空間。忠のズボンの端っこにはなんとか手が掛かるけれど。

 おばさまに許可も頂いているし。ここは遠慮無く。母星語で二、三言呟いて、両腕を挙げる。

 すると、洗濯物が物干しハンガーごとふわりと数センチ浮き上がり、

「それー」

 とやると手の指示に従って、室内に入ってぽとりと落ちる。

 ぽすん、ぽすん、ぽすんと3つあった洗濯ハンガーが綺麗に入ったところでよかったーと息をつく。

「久しぶりに魔法使ったけど、地球でも問題なく使えるみたいね。便利、便利!」

 ぽたりぽたりと徐々に降ってきた雨に少し髪を濡らされたが、本降りになる前に取り込めて一安心。

 ベランダから入って、今度は魔法は使わずに、洗濯物を畳んでゆく。

 タオルがすごいふかふかでお日様の匂いがして気持ちいい。

 ステファニーからするとどんなタオルでもバスタオル並に大きいのでぎゅーと両腕にあふれるほどのタオルを抱きしめるとなんとも幸福感に満たされた。

「んー、いーにおい。さて、頑張ってたたむわよー」

 タオルを数枚畳んだところで、窓の外からピカリと雷光が射す。

 乾いた特大の雷鳴が響く。

「きゃっ」

 びっくり。

 雷は怖いわけではないのだけれど、さすがにひとりぼっちの時にすぐそばで鳴られたらびっくりするわね。

 先ほど入ってきた時窓は開けたままになっていた。よいしょ、と手を後ろに伸ばして窓をパタンと閉める。

 大きい窓だから重たくてちょっと大変。

 洗濯物畳み再開!

 タオル、ハンカチ、おばさまの服、花華さんの服、忠さんの服、

 とそこで手が止まる。

 あ、これって、忠さんの下着?

 女性の下着は母が気を利かせて解りやすいようにと、型崩れしないよう洗濯ネットで分けて洗ってくれているが、忠のはそのままだった。大抵男の下着なんてそのままな訳だが。

 ちょっとまじまじと見入ってしまう。

 これが、地球の男性の下着かぁ。っは! いけないいけない何やってんのよ私、変に意識なんてすること無いじゃ無いのね! 家族なんだからー。もー。

 ぱたんぱたん、と無心を心がけ畳んでゆく。

 ちょっと頬が赤くなっている。

 忠さんのズボン。シャツ。ふう。下着は無くなったわ。

 ちょっとドキドキしたー。

「よし次。女の子の下着ー!」

 とりあえず自分のから、青の洗濯ネットの中から下着を取り出す。

 ショーツもブラも一張羅とまでは行かないものの、それでもこれらはちゃんとしたときに着る用だったので勝負下着とも言えるかも知れない。緊急時だからこそとりあえず身だしなみは気をつけなければと思ったが故だ。

 先ほどの忠の下着と比べるとずいぶん大きさが違って改めてびっくりした。

 ゴブリンって小さいのねぇ。地球人が大きいのかなぁ。

 ささっと畳んで、洗濯に出してあった青のドレスと一緒に自分の島を作る。

 次は、おばさまの! 白の洗濯ネットから取り出した、おばさまの下着はなんと忠の下着より大きかった。まぁよくよく考えたらそうなんだけども。それでも、

「お、おおきい」

 と呟かずには居られなかったのは確かである。

 最後は、花華さんの! ピンクの洗濯ネットから花華の下着を取り出す、大きさはもう気にならないというか花華のサイズはだいたい想像出来るというか、一緒にお風呂に入ってるし。なんとか納得である。

 あ、でもこれちょっと可愛いな。

 花華の下着の端についたピンクの小さいリボンに目を留めた。

 ブラにもお揃いのリボン。

 ふーん、地球の女の子の下着ってちょっと可愛いかも。ゴブリンのには色気はあってもこういう可愛らしさは無いからなぁ。

 それもまじ、と見つめてしまいそうだったので、眼をなんとか引き剥がして畳んで、それぞれの島を作り、三人プラス、一ゴブリンの分に分けて、畳み終わった。

 全然気がつかなかったけれど洗濯を畳み終わる頃には外はザーザー降りになっていた。

 あー、おばさまも濡れちゃうなぁー。

 ステファニーは座ったままで軒先から覗く黒い雲を見てそう思った。

 次の瞬間また雷が近いところでパシーンと鳴る。

「ひゃっ」

 こっちの世界は雷も大きいから音が大きいのかしら? びっくりしたー。

 手際よく、皆の部屋に畳んだ洗濯物を運んで、脱衣所にタオルを丁度仕舞った頃、玄関を開く音がして。

「ただいまー! ステファニーちゃんごめんねー! こんなに降ってくるなんてー、ああーもうびしょぬれぇー」

 おばさまの狼狽した声が聞こえた。

 ちょうど畳み終えたところのふかふかのタオルを一枚手に取り、

「おばさま、おかえりなさい! あーすごい濡れてる。大丈夫でしたー? 風邪引かないで下さいねぇ、はいタオルです。みなさんのぶんもたたんでおきました」

「わお、ありがとう! わーふっかふかねー、これも魔法?」

「え? 私は普通にたたんだだけですよ~」

「きっと丁寧に畳んでくれたのねー、ありがとう! あたしが畳むとすぐしぼんじゃうからー」

 受け取ったふかふかのタオルを頭からかぶってごしごしとそのショートカットを拭いて、芹沢母の早苗さなえはニコニコ笑顔をステファニーに向ける。

「お留守番も、ありがとうございました!」

「いえいえ、お洗濯たたむだけでも、お役に立てて良かったです。おばさま、いつもありがとうございます」

「もー、そんなことないってー! ステファニーちゃんかわいい! ありがとー!」

 言うなりぎゅっと抱きしめられてしまった。

 大きいお胸が苦しいです! おばさま!

「おばさま……ありがとうございますぅ~」

「ふぅ。あ、はい、これケーキ。あたし着替えてくるわ。そこに置いておいて~」

「わぁ! ありがとうございます」

「ま、もうちょいしたら花華達も帰ってくるでしょー、ちょっとお茶でも飲んで待ってましょー」

 そう早苗が言ったときまたしても外でバリバリバリドーン。と雷鳴が鳴った。

「きゃっ!!」

 慌てて耳を塞いでしまって、おばさまの前で醜態をさらしてしまったかとおもったが、

「ぎゃあああああ」

 と、おばさまの方が大声を上げて自室に走って行ってしまった。

「あれ? おばさまも雷苦手なのかしら?」

 白いケーキの箱を両手で抱え、首を傾けるステファニーだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る