第3話 再開して目をつけられています
「だから被り物は悪目立ちするからやめとけって忠告しただろう」
ぞうきん片手に、窓ガラスと格闘中のヒガシが言う。
現在は昼食を終えて掃除の時間の真っ最中だ。教室内に設置されたスピーカーからは眠気を誘うクラシックの曲が流れており、この曲が止めば午後の休憩時間に突入である。
あたしは手にしている自在ほうきをぶらぶらさせながら口を尖らせた。
「顔を見られないなら、それに越したことはないと思ったんだよ」
でもまあ、あの格好は怪しすぎたかもしれない。そこは反省しよう。
今はおとなしくショールは外して、マスクだけ装着している。ちょうど花粉が飛び交う季節なので違和感はないはずだ。これだけでも安心感がだいぶ違う。
「それにしても、おまえすげーな。正直すぐにバレて終わりだと思ってたから、静の奮闘にはびっくりしたわ」
「し、しかたねーだろ。こっちだって必死なんだよッ!」
“奮闘”というのがあたしのなりきり姿のことを指しているのがわかって、思わずぶっきらぼうな口調になる。
中学生になると同時に改めさせられたのだが、以前は完全な男言葉を使っていた。おこづかいを止めるとママから脅されなければ、今も一人称は『俺』だったはずだ。
とにかく女の子らしくするのが恥ずかしくて苦手なのだ。きっと前世は男だったんじゃないかな。
そんなこちらの事情を腐れ縁になるヒガシはよく知っているので、羞恥に打ち震えながらも乙女を演じている姿がよっぽど奇異に映るらしい。
ことあるごとにまじまじと見てきて、居心地悪いったらありゃしない。あんまり見ないでほしい、減るから。
「だけど、そうまでしてバレたくないもんかね。言い出した俺が言うのもなんだが、別にいいじゃないか。復讐つったって、どうせたいした事はできやしないだろうに」
「問題はそこだけじゃないんだよ。まあ、リア充してるあんたには、日陰で暮らすあたしのジメジメした気持ちなんてわかりやしないだろうけどね。……おっと、そろそろあいつがゴミ捨てから帰ってくる頃だな。いいか、しっかりと話を合わせろよ」
窓拭きを終えたヒガシを肘で小突くと、たたずまいを直して気持ちをあらためる。
あたしは女優、あたしは女優、あたしは女優……よし、紅天女を目指してみせるわ!
しばらくすると、こちらに向かって歩いてくる西園寺が見えた。
教室に入るところで隣を歩いていた見知らぬ女生徒が、「じゃあね」と笑顔で去っていく。
おい、なんかモテてるぞ。まあ、見た目は良いもんな。あたしはゴメンだけど。
西園寺は抱えていたゴミ箱を所定位置に戻すと、真っ直ぐとあたしのほうに近寄ってきた。
あたり前っちゃあたり前なんだけど、まだ疑いを完全には解いてないようで、あれ以降もことある毎に確認するかように話しかけてくるのだ。
真面目に勘弁してほしい。
しかしそれを表に出すわけにはいかないので、内心うんざりしつつも笑顔をとり繕って応対する。
「案外早かったね。収集場所、ちゃんとわかった?」
「うん。親切な人がわざわざ道案内してくれたから」
「そっか、迷わなくてよかった。あ、もう昼休みだから西園寺君も休憩とっていいよ」
「そうする。鈴木さんは、これからどうするの?」
「私? うーん、私はてきとうに中庭の散歩でもして時間をつぶそうかと思ってる」
うちの学校は、午後の休憩時間は教室内に残っててはならない規則になっている。
なので大抵の生徒達は昼休みになると校庭に出て行っておのおの遊んでいるのだが、特定グループに所属していないあたしは、図書室にこもったり、その辺をブラブラ散策して時間を潰している。
ちなみにヒガシなんかはあたしと逆で、色んなグループに顔を出しているので毎日忙しそうだ。今日はあたしにつき合ってくれているが、普段は男子共とつるんでいてあまり接点がなかったりする。
「鈴木さん」
「はい?」
「僕も一緒に散歩していいかな」
「えっ」
「鈴木さんに折り入って話があるんだ。歩きながら話そう」
「ちょ、ちょっとまって」
強引に手をひっぱられ教室から連れ出されそうになって、慌ててヒガシに目配せを送った。西園寺と二人きりなんて御免こうむりたい。
(た す け て)
「またな、鈴木」
「東君も一緒に行こうねっ」
そうだこいつは、こういうやつだった。薄情者めっ! 逃しはせんぞ!
かくしてあたしは西園寺にがっちりと右手を掴まれ、残った左手でヒガシの腕を引っぱっるというおかしな格好で中庭に向かうハメになったのであった。
ちなみに教室から引きずられるようにして出て行く際に、残っていたクラスメイトから「がんばってね!」と声をかけて頂いたけど、いったい何を頑張れというのですか。
そんな場面に遭遇しませんように。
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