第4話 もうやめて!あたしのライフはゼロよ!

 双葉中学の校舎はコの字形に並んでいる。

 旧校舎と新校舎を挟んだ中庭はめったに人影がなく、職員の車が何台か停車してあるほかには閑散としていて何もない。しいていうならジャリと雑草だらけの花壇ぐらいか。

 西園寺に先導されて、あたしたちはそこに着いた。転校初日のくせによどみない足取りであった。もう校舎内を把握したらしい。


 ここに来る途中を思い出す。注目を浴びまくっていたたまれなかった。

 生徒の大半が外に出払った後とはいえ廊下にはまばらに人が残っており、目立つ二人に挟まれたあたしまでもがジロジロと見られてしまったのだ。近年地味に生息している身としてはゆゆしき事態であった。


 さらについてないことに四月下旬のおだやかな日差しが降り注ぐなか、足元は石ジャリのために腰を下ろすこともできずにいた。

 だべるには向いてないな、ここ。だから不人気スポットなのか。


 これより西園寺尋問官の取調べが始まるのかとげんなりしつつも、まずはたわいもない言葉をひとつふたつ交わして様子をうかがっていると、ヒガシが校舎にかかった時計を気にしながら、「用事があるから早くしてくれよな」と愚痴をこぼす。

 お前だって関係者なのだから我慢するのだ!

 とはいえ一刻も早くことを終わらせて立ち去りたいのは同じなので、あたしから口火を切った。


「それで、話というのは何かしら?」

「うん、やっぱり似ているんだ。君が、僕の復讐相手の“鈴木静”に。まどろっこしいのは苦手だから率直に言うと、同一人物じゃないかと疑っている。違ったら申し訳ないけど」


 そう言って西園寺はあたしの顔をじっと見つめてくる。

 やっぱりそうきたか。

 あたしはどぎまぎしながら用意していた否定の言葉を口にした。


「何度も言うけど別人だよ。けどそんなに似てる? 私がその人に」

「外見はまあ……正直僕の想像していた成長像とはずいぶん食い違ってて面くらっている部分もある。もっとこう逞しく成長してると思ってたから。でも東とふたり並んでる姿を見ると、既視感がわく」


 ぎくっ。

 あたしが内心ヒヤヒヤしていると、西園寺がさらに続ける。


「僕だっていろいろ考えているんだよ。もしや私立に進学したかとも思ったけど、あの野生児が規律校則の厳格な進路なんて選ぶはずがない。確実にこの学校にいるはずなんだ。だから休憩時間をつかって他のクラスも調べてきたけど、君のほかには“鈴木静”という人物は存在しなかった」

「えっと……」

「念のため男子のほうも確認した」

「……」

「とどのつまりは名前だね。同姓同名で同学年の人物が、同じ場所にそうそう居るはずがないんだ。ねぇ、君が本人じゃないのかい?」

「あ、あの……私は……そのっ」


 完全に訝しんでいる西園寺から問い詰められておろおろしていると、それまで傍観を決めこんでたヒガシが、つい、と前に出た。

 そして衝撃的な言葉をはなつ。


「西園寺の知っている鈴木静は死んだよ」


 あたしは思わず噴き出してしまった。

 ちょっと、突然何言い出すんだよヒガシのやつ! 

 さすがに無理があるでしょ……と目をすがめて文句を言おうとしたら、「しっ、黙っとき」と小声で制された。

 案の定、西園寺も信じてないようで、「嘘だろ。僕はだまされないぞ!」と憤る。

 だがしかしヒガシは強かった!

 眉根をひそめて悲壮感をばりばり漂わすと、声を震わせながら話を続けたのだ!


「残念ながらっ……事実だ。静は……野球の試合に向かう途中で道路に飛びだした子供をかばい……っ、トラックにはねられ……儚くも亡くなってしまった。そして静の代打は俺がつとめた」

「信じられない。殺しても死なないようなやつだったじゃないか!」

「ああいうタイプこそ、逝く時はあっさりと逝くもんだ」

「……本当に?」

「ああ。今ここに立っている鈴木は、正真正銘、赤の他人だ」

「な、なんということだ……それじゃ僕はいったいなんのために努力を積み重ねてきたんだ……!」


(あ、信じちゃうんだ……)


 二、三歩後ずさった西園寺がよろけて膝をつく。

 その顔は真っ青だ。お前はどこまで復讐したかったんだよ……。

 てーかさ、いくらあたしがいじめの首謀者だったとはいえ、他の連中だってあたしにつられて色々やっていたはずなのだ。

 なのに何故あたしばかりに固執するのか純粋にナゾだ。とりあえず隣にいる活きのいい男でも勧めてみようか。


「えーと、復讐すべき人物ならまだ他にもいるじゃない。ほら、ここにいる東君とか適任だと思うけど」

「おい余計なこと言うな」

「僕は一点集中突破型なんだ! 諸悪の根源だった鈴木静にしか眼中にないッ!」


 マジカヨ! なんてはた迷惑な性格なんだ。主にあたしに対して。

 まぁ、でも。

 はらはらと涙をこぼす西園寺がだんだん気の毒になってきた。

 今だってこんなひどい茶番につきあわせてしまってるし、思えば西園寺にはむごいことばかりしてるよなぁ……。

 

(悪いが名乗りでる勇気は持ち合わせてない。けど、励ますぐらいなら――)


 あたしはスカートのすそがジャリにつかないよう気を配りながらかがみ込んで、うなだれている西園寺に目線をあわせると、やさしく微笑みかけた。


「ねぇ、西園寺君。そろそろ過去のしがらみから開放されてもいい頃合いなんじゃないかしら? きっとその、私と同じ名前の鈴木さんという人だって、あの世でひどく反省していると思うの。とても悪いことをしてしまったなって」

「だけど、そう簡単に気持ちを切り替えることなんてできないよ」

「そうね。ずっとこの日に賭けてきたみたいだもんね……でも」


 あたしは西園寺の震える肩にそっと手を置いた。

 西園寺はいつの間にかあたしの背丈をとっくに越えていて、四年という歳月が決して短くないことを物語っていた。

 たとえ恨みや対抗心からくる意地だったとしても、その復讐心が成長の糧になったことは確かであろう。だから。


「今まで重ねた努力は無駄にならないわ。今日半日みてきたけど、西園寺君はとても優秀だったし。悔しい思いをして自分を磨いたぶん立派になった。今のあなたは文武両道でとても素敵よ」

「そうだろうか」

「うん。だからそんな人がいつまでも過去に囚われているなんてもったいない。今すぐにでなくてもいいから、すっぱり忘れて一日一日を楽しむべきよ。西園寺君が幸せになる、結局のところそれが一番の復讐なのだから」

「……なら、」

「ん?」

「それなら……もしあのDQNが生きていたとしたら、鼻を明かすことができたと思うかい? ぎゃふんと言わせれたと」

「もちろんよ。私が保証する」


 ぎゃふん。ほらね、言ったよ。


「……ありがとう、そう言ってもらえて救われたよ。同じ名前でも君は優しいね」

「そ、そう? だからあの、もうこの件は終わりで」

「fate」

「は?」

「君こそが運命の相手。僕のファム・ファタルだ!」


 ひいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ。

 突然なにを言い出すんだこいつは! 狂ったか!? まったくもって理解できないからあああー!!!

 予想だにしない展開に鳥肌がかけめぐって硬直していると、西園寺はあたしの手をうやうやしくとって握りしめた。

 さっきまで涙を浮かべていたくせして、もう頬を上気させて笑顔なんですけど。なんて現金なやつだ。


「僕のことをどう思う?」

「ええっと」

「初めて君を見た時からずっと気になっていたんだ」

「はあ」

「それはあの野生児と同じ名前だからだと思っていた。でも違った! これは恋ごころだったんだ!」


 西園寺は博愛主義者か、結婚詐欺師のように、瞳をキラキラさせてのたまった。

 お願いだ。死にたくなるからもう黙ってくれ。

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