第2話 変装することになった

「ようするに、静だとバレなきゃいいんだよ。はったりかまして別人になりすませばいい」


 ヒガシの考えた策は、突拍子もないものであった。

 野生児の反対は、大和撫子。

 つまり昔のイメージと結び付かないぐらい貞淑な女子生徒を演じ、別人だと思わせようという無謀な作戦だ。


「イヤイヤ、そんなことしたってすぐにバレるでしょ。まずフルネームを知られた時点で一発アウトだよ!」 


 あたしがすかさず現実的なツッコミを入れると、そこはすっとぼけろとあっさり。


「幸い“鈴木”はよくある名字だし、“静”という名前だって、まあ平凡なほうだ。多少苦しいが、同姓同名ということで乗り切ってしまえばいい」


 ――と、そんな感じでヒガシは途方に暮れているあたしを強引に黙らせ、次に持ち前のカリスマ性を発揮して、あっという間にクラス中に話をつけちゃったんですよ。

 鈴木静は転校生の西園寺聖司相手に別人を演じるから、周囲も上手いこと話を合わせてやってくれと。

 するとクラスメイト達はすんなり受け入れるどころか、降ってわいた余興話にノリノリだった。なにこの異様な団結力。


 そんなわけで、急遽作戦会議が行わることとなった。あ た し そ っ ち の け で 。

 大勢で教室の中央に寄り集まって、ああでもないこうでもないと談義している姿は、どう見ても自分達の楽しみのためだ。

 べつにいいけどね。どうせあたしは人望なんてないし。 

 窓の外を眺めると、朝っぱらからカラスの大群が不吉な予感を抱かせるかのように舞っていた。おっと、こんな日に限ってカンベンしてほしいぞ。

 男子生徒があたしを見やって、控えめに笑った。


「すっかり忘れてたけど、そういえば鈴木さんって小学校の頃はかなり目立ってたよねえ。僕もランドセルとか持たされたりしてたわ」


 あたしはますます身の置き場がなくなって縮こまった。

 それは黒歴史だから、ほじくり返さないでほしい……。

 指摘してきた男子生徒を含め、クラスの何割かは小学校からの顔見知りだ。

 そこに古着系ギャルっぽい感じの女子生徒――たしか名前は奥野沙織とかいったかな。

 あたしとの接点はほとんどないけれど、よく喋りよく笑っている姿を見かける。クラス内カーストではわりと上位に食い込んでんじゃないかと思う。

 その子がこちらに近づいて来て、あたしの顔をしげしげと見まわしながら楽しげに言った。


「ちょっと化粧でもしてみる? 先生にバレない程度にだけど。眉をいじるだけでもだいぶ印象変わるよ」


(えっと……。それはちょっとカンベンしてほしい)


 なんだかいやーな雲行きを感じて席を立とうとしたら、奥野さんとよく一緒にいる女の子がすかさず忍び寄ってきて、その子にがっちりと肩をつかまれてしまった。

 ふたりはあたしを無視して会話を進める。 


「いじりがいのありそうな素材だよね~。演劇部の道具箱にウィッグがあったはずだから、それも被らせてみようよ。せっかくだし長髪姿も見てみたい」

「いいね。もう時間がないから急いで仕上げないと!」


(マテマテマテ。そこまで本格的な変装なんて求めてないってば!)


 おしゃれに無頓着で、普段リンスすらしないあたしが突然そんな改まっちゃっても痛々しいだけだ。

 絶対に似合わないから……と謹んで辞退しようとしたら、ヒガシが追いうちをかけるかのように耳打ちしてきた。


「中途半端だとすぐに看破されるぞ。バレたら余計に恥ずかしいぞ」


 oh...

 小細工が見破られた時のことを想像して真っ青になる。

 女の子らしく振舞っておいて、正体を知られたら恥ずかしいどころの騒ぎじゃない、切腹ものだ!

 嫌だ嫌だ嫌だ。それだけは絶対に避けなくてはならない。つーかさ、よく考えたら無理ゲーなんじゃないか、これ。リスクばかりだし。

 やはり正直に名乗りでて土下座しながら赦しを請うか、逃げ帰って進撃の自宅警備員を目指したほうがいいような気がしてきたぞ。


「ねぇ、やっぱり止め――」

「たいなんて言わないよね?」

「みんなの好意を無駄にするのか?」


 ……。

 もうあたしの意思は関係ないらしい。

 嫌がって見せてもまったく取り合ってもらえずに女子数名にがっちり囲まれ、あれよあれよという間に飾り立てられることとなってしまった。

 公開処刑とはこのことかっ!


「うふふふ。たーのしい♪」


 奥野さんがあたしの顔をいじりつつ鼻歌まじりにつぶやいた。

 ちくしょおおおおお。あたしもこれが他人事だったらすっげー楽しかっただろうよ。けっ。



◆ ◆ ◆



――変わってないといいな。昔みたいにどんくさいキャラのままでいてほしい――


 そんな願いに反して、およそ四年ぶりに帰ってきた西園寺は、ヒガシの言ってた通り驚くほど見違えておった。

 低かった背は思春期を迎え若木のようにスラリと伸び、ほどよく筋肉がついて華奢ながらも貧弱なイメージには結びつかない。そして顔。悪くはなかった記憶があるが、こんなにも端整で綺麗な顔立ちをしていたとは!

 男にしては長すぎる睫毛に、白磁のような白い肌、光の角度によっては、金茶にも見える細くやわらかいアーモンド色の髪――。

 転校先で自信をつけてきたのだろう。泰然とした華やかなオーラが、彼をさらに魅力的な少年にとしたてていた。

 いや、まぁ、外見はどうでもいい。問題は中身のほうだ。



 やべええええええっ。まだ口を開いてないけど、ざわめく教室内を注意深く見渡すやつの目つきからして、いやな予感がびんびんする。

 都合よく忘れてないかと一縷の望みを託していたけど、あのこれから狩りでもはじめ出しそうなギラギラ感ではどうにも無理っぽそうだ。父さん、妖気を感じます!!!


 ほどなくして担任の橋本ちゃんが、西園寺に自己紹介をうながす。

 黒板の前で行儀良くたたずんでいた西園寺はそれを受けてあたし達のほうに一歩あゆみ寄ると、とうとう喋りだした。

 そしてあたしの不安は的中した。


「転校してきた西園寺聖司です。よろしくお願いします。覚えている人もいるかもしれませんが、四年前にもこちらに居ました。一年足らずの短い間でしたが」


 いったん区切ると、遠くを見つめるような眼差しで言葉を重ねた。


「それはもう、いろんなことがありました。とあるグループに目をつけられたばかりに毎日因縁をふっかけられ、思い起こせば辛く悲しいことばかりでした。今日こちらに戻ったのは、そいつを見返すためと言っても過言ではありません」


 シーンと静まり返った教室内で、誰かの唾をのみこむ音が響き渡った。おい、先程までの活気は一体どこへいったんだよ。

 あたしはもう顔面ブルーレイで、ひたすら縮こまって目をあわせないようにうつむいてるしかない。


 (うへぁ。やはり覚えておったかー!)


 まぁそうだよね、やられたほうは忘れやしないよね。しかし真っ先に宣戦布告をしてくるとは、よほど遺恨があるのだろう……。

 こうなると、ヒガシの馬鹿げた提案にのっかといてよかったとつくづく思う。


 そこに空気を読めない担任が、「あらまぁ、無事に本懐を遂げられるといいわねぇ。がんばってねぇ」と無責任なエールを西園寺に送った。

 おい、そこは止めるところだろうがアラフォー教師!

 西園寺は無言でうなずくと、ツカツカとこっちへ向かって……ひええええええええ真っ直ぐこっちに向かってきてるよ!

 お、落ち着けあたし。今のあたしは武装済みだ。ばっちり化粧を施してもらった上で、マスクを着用し、目元からすっぽりとショールで覆って顔を隠している。

 だからまだ、あたしだとバレた訳ではない。

 ここからが正念場だ。よし、これより双葉中のアクトレスになってみせようぞ――

 一呼吸置いてから、あたしの前で立ち止まった西園寺にゆっくりと話しかけてみせた。


「なにかしら?」


 少し声が震えてしまったが、自分でも驚くほど可愛らしく言えたと思う。


「……鈴木静だよね?」

「ええ。そうですけど、なんで私の名前を知っているの。……あ、このノートの表紙に書いてある名前を見たのかしら?」


 机の上に置いている大学ノートを手にとってみせる。

 中は開かない。ラクガキだらけだから。

 クラスメイト達が固唾を飲んで見守っている中で、西園寺がさらに口を開いた。


「……僕のことを覚えている?」


 よしきたな。

 あたしは予め用意しておいた言葉を述べる。


「あらやだ。誰かと間違えてるんじゃないかしら。私、二年ほど前にここに越してきたばかりなの。だから初対面のはずよ」


 そう言ってにっこりと微笑む。マスクとショールで顔を覆っているために表情は確認できないだろうが、あたしが泰然自若としているのは伝わったのだろう。

 西園寺がまなじりをつり上げて掴みかかってきた。


「すっとぼけても無駄だ! 覚悟しろ!」

「やっ、なにをするの!」


 軽く抵抗してみたものの、あっさりとショールとマスクを剥ぎ取られ、化粧を施した顔が白日の下にさらされる。

 あたしと西園寺でしばし見詰め合った。

 さあどうだ。奥野さんが丹精こめて描き上げてくれた顔だ。


「………………………あれ、違ったか」


 いやったぁーーー!! 勝った!! 第一関門は突破したぞーーーーーー!!!

 飛び上がって喜びたい気持ちを抑えて、机の下で小さくガッツポーズ。

 みなはうんうんと頷いて、教室内は安堵で満たされた。


 首をかしげながら無礼を詫びる西園寺に許しを与え、ひとまずこの場は収まったけど、あれ、もしかしてあたしずっとこんな茶番を続けるのか???

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