Episode 06 Other Side -金田- 後編
ガキのヒツジを片腕で抱えたまま、階段を登り四階まで上がる。
その下の階にも部屋はいくらでもあるんだが、別のヒツジになったやつでいっぱいになっていたり、部屋の鍵が壊れていたりして収容するには適さない部屋がいくつもあったのだ。
税金で養われている古臭い学校だから仕方ない。
壁も剥がれていてコンクリートが露出しているし、全体的にどことなく埃っぽい。
学校の廊下というものは長く、一つの部屋の前後にドアが一つずつ設置されていて、それが四つ分ある。
それが一学年の教室で、一つのフロアに二つの学年が設置されている。だからといって、近くに教室があるわけではなく、間には実験や楽器の演奏やら普通の教室ではできない特殊な教室を挟んでいる。なので、別の学年の奴らが会うことが無いように上手く作られているのだろう。
廊下の壁には大量のフックが付けられており、そこには布製の袋が吊り下げられている。
体操服入れで、それぞれ個性的な絵柄の袋になっている。
部屋を一つ分進んだところに銭井が立っていた。
「はい、ご苦労さん」
ニヤニヤと笑みをこちらに向けてくる銭井。
「そのヒツジを部屋に入れたら、褒美に壁の袋一個持っていっていいわよ。女の子のが良いんじゃない」
「うるせぇ、良いからドアを開けろ」
「自分でやりな……っていうのは流石のワタシでも言わないわ。だって、一人で持ってきてくれたんだからね」
銭井はライダースーツの尻ポケットから鍵を取り出して、ドアにさす。
ひねると、ガチャリとドアの中で何かが動く音が響き、解錠されたことを告げる。
「まあ、ドア開けるのは自分でやりなさい」
「んのやろう……」
やることは必要最低限ってか。
仕方ない。オレは足をドアの端にかけて横にスライドさせる。
金属でできたドアの鈍く移動する音がゴゴゴと唸る。
教室のドアが開け放たれた瞬間、ムワッとした生暖かさと獣臭さ、排泄物の臭いといったあらゆる不快な物をまとった空気がオレに襲いかかる。
ヒツジになったやつを教室に収容する時のこの瞬間がもっとも嫌な瞬間である。
銭井も知っているため、オレにドアを開けさせたのだ。
教室を開けてすぐ入り口には机を使ってバリケードを作ってある。
ドアを開けた瞬間に逃げられてしまっては困る。ヒツジ程度の身長であればバリケードでドアを破壊されることもないだろうと考えたから高さはあまりない。
中にはヒツジの姿をした元人間が二頭ほどいて、ドアを開けた瞬間にビクリと身体を震わせてこちらを向く。
毛の量は十分だが、色は随分とくすんでいる。まあ刈り取ってから洗浄すればよく見かける白い色になるんだろうが。
四つの脚を使ってこちらにやって、何を言っているのかわからない鳴き声を発している。
「うるせぇ!」
一喝するが、まあそんなんで引っ込むわけもなく、永遠といつまでもメェメェと鳴き声を聞かされそうだ。
これ以上、耳に入れたくないため抱えているガキを教室内に転がす。わざわざ教室の中まで入って置くなんてことはしない。
教室に入れられた小さいガキのヒツジはゆっくりと起き上がろうとし、元々教室にいた大きなヒツジ二頭は心配そうに様子を伺っていた。
「せいぜい仲良くやるんだな」
オレは吐き捨てて、空いた左腕でドアを閉める。
「ほら、鍵閉めろ」
「ほい」
銭井は鍵をオレに投げつける。落としかけるがなんとかつかむ。
「閉めるくらいしろよ……」
「いいじゃないか、減るもんでもなし」
「……」
わざとらしいため息を銭井に聞かせるように吐いてから、ドアを施錠する。
内部から、ドンドンと暴れる音が聞こえるのだが、最初は皆そんなものだ。
【獣化病】で動物になったのだから、その力でドアくらい押し開けられるだろうと考える。
しかし、それは見た目の図体だけだ。本物の動物には到底かなわない中途半端な能力しか無いのは今までの奴らで知っている。誰一人、ドアを開け破ったやつはいなかった。
「さて、そろそろあの男に電話してもいい頃なんじゃないか? 十分な数溜まったろう」
「あら、でも報酬はヒツジの毛と交換じゃなかった?」
「毛刈り道具無いだろ。持ってきてもらうんだよ、あの男ならついでに持ってくるくらいするだろ」
「そうね……じゃあ、電話して」
「まあ、そう言うだろうと思ったさ」
オレは尻ポケットから携帯電話を取り出す。スマホなんて高級なものではなく、ごくごく普通の折りたたみ式の携帯電話だ。
左手で、パカっと画面を開き、電話帳から胡散臭い男を選択する。
電話を耳に当てる。呼び出し音が何度か鳴ってから、
『おんやぁ、どうしました?』
胡散臭い声が聞こえてきた。やたら高い声で、粘り気のある声だ。
外を歩いているのだろうか、風を切る音が聞こえてくる。
「いい感じにヒツジが集まったから回収してもらおうと思ってな……ついでに毛刈り道具が欲しい。そうしたらモノを引き渡せる」
『奇遇ですねぇ……そろそろいい時期だと思ったから、今向かってますぅ。もう校舎見えてるんで、迎えに来てもらえますかぁ?』
「ああ、わかった」
『じゃあ、切りますねぇ』
と、オレの返答を待つ前に通話を切られてしまった。
「なんでこう、準備がいんだろうなぁ……」
「どうしたの?」
銭井が尋ねてくる。
「いや、もう見越してここ来るってよ。しかも、もう数分もしないうちに」
「相変わらずの男ねぇ、前もって欲しいもの準備してくれてるとか素敵ね」
「なんか、どこかで盗撮盗聴されているようで胡散臭いけどな……とりあえず、戻るぞ」
一階の視聴覚室もまだ開けっ放しだし、閉めにいかねば。それにこんな獣臭い場所に長居をしたくなかった。
オレはガキを閉じ込めた教室を背に歩き出す。
――ガチャン。
と同時に、背後で金属の板が外れるような音が響き、振り返る。
銭井も当然ながら反応をする。
「な……」
オレは驚愕した。
廊下にはオレと銭井しかいないはずだ。
なのに、なんで……
「なんで、ヒツジがそこにいるんだ!」
さっき教室に閉じ込めたはずの小さいヒツジ――さっきのガキが、廊下に立っていたのだ。
その横には小さい板が倒れていた。その板は何だ?
教室のドアとドアの間は壁のはずだった……が、その足元にも小さな扉が付いているではないか。
どうせヒツジの姿じゃ開けられないし、開けられたとしても図体のデカさでは通れない。そう思っていた。
が、アイツはあまりにも小さすぎた。でも、どうやって……。
そこで目に入ったのは教室の札だった。
「五年……三組……まさか!」
「金田! なんかトチったのか!?」
「この教室、あのガキの教室だったんだ……ドッグタグに五年三組って書いてあった」
「馬鹿野郎! なんでそんなこといわないんだ!」
「まさかこの学校のガキだなんて思うわけ無いだろ!」
それなら、教室のどこにガタが来ているかなんて熟知していても不思議ではない。
その小さいドアは外れやすくなっていたんだ。
なんてあっけにとられているうちに、ガキはその慣れないであろう脚を器用に使ってオレたちの横を通り過ぎて消えていった。
「銭井!」
「っざっけんな!! とっ捕まえて、ジンギスカンにしてやる」
銭井は血相を変えてガキを追いかけていく。
オレも遅れないようについていくが、全速力で突っ走るガキにも銭井にも勝てない。
なんであの短時間で動けるんだ。
ガキは飲み込みが早いからか? それとも、疲れ切っていたのは演技か?
少なくともあの動きは人間では追いつけない速度だ。
それで、あのガキはどこへ行こうというのだ。
階段を駆け下りるが、もう足音が遠くに響く。どんな速度で走ってやがるんだ。
「くッ……ハァ……ハァ……」
なんとか一階まで降りてこれたが急に走ったら、右腕の痛みがぶり返してきやがった。
左手で触れてみると、赤くてドロっとした血液が付着する。道理で痛むわけだ……全然血が止まる気配がないじゃねーか。
ガキと銭井はどこに言ったかわからないし、とりあえず視聴覚室の方に向かうか。
と思ったら、昇降口の方に人の気配を感じ、そっちに視線を向ける。
こんなところに来るやつなんて一人しか知らない。
「よう……早いじゃねーか。というか、迎えもいらないじゃねーか」
そこにいるのはこの仕事を依頼してきた主、胡散臭い男だ。
ひょろっと細い体型であるだけでなく、ゆらゆらと左右に揺れている。
白衣を纏っていて全身が白い。顔はまあまあ整っているのか、不自然ではない。目元は細く、微笑んでいるのか寝ているのかわかりにくい。
髪はボサボサであり、全く手入れをしてないだろう黒髪。下手な女より長いんじゃないか、肩くらいまで伸びている。前髪も全然いじってないようで、目元までかぶりそうな程だ。
「いやいや、あなた方が遅いんですよぉ。遅いから入ってきちゃいましたぁ。これでも待ってたんですよぉ……そうしたら、女性の方……名前はなんだっけ? 忘れちゃったけど、まあいいかぁ。こっち見てから『金田が来るだろうから待ってろ』だなんて言って走っていっちゃいますし……」
「……銭井はどこに行った?」
「銭井さんかぁ……まあ、覚えなくていいか。あっち行ったよぉ……あんな血相変えてどうしたんですかぁ?」
男が指差す方向は視聴覚室の方か……まずいな、目的は知らんがあの部屋は開けっ放しだ。
「テメェに依頼されてヒツジに変えたガキが逃げ出してな」
「おやおや、それは大変そうですねぇ。それにあなたも怪我してるじゃないですか……どしたんですぅ?」
「遠くから迷い込んできたであろうガキを捕まえようとしたら、邪魔されたんだ。この辺に潜んでいる上に、銃を持ってるヤツにな」
「へぇ……それは大変でしたね」
「大変とかじゃねぇよ。痛むし……テメェの報酬でこの腕をどうにかする事になりそうだ」
「そうですか……とりあえず、追いかけたほうが良さそうじゃないですかぁ?」
「ああ」
「ボクはぁ、ゆっくり行きますのでぇ」
「そうさせてもらうよ。テメェは報酬をオレらに渡す準備でもしてるんだな」
「……」
答えが返ってくる前にオレはこの男に背を向けて視聴覚室へ向かう。
ところで、あの男は手ぶらのようだったんだが、報酬を何処かに持ってきているのか?
それよりも、まずは視聴覚室だ。
といっても、視聴覚室まではそう遠いものではない。
あの男と出会った階段から二度ほど曲がれば視聴覚室の札が見える。
先ほどと変わらずドアは開けっ放しであり、ガキも銭井も姿が見えない。
きっと部屋の中で銭井がとっ捕まえているところだろう。
その光景を頭に浮かべながら、開けっ放しの視聴覚室に入る。
が。
「な……そんな馬鹿な!」
一頭の小さいヒツジを抱えて、オレを見下すような邪悪な笑みを浮かべる銭井の姿……はなかった。
代わりに床にだらしなく落ちている赤色のライダースーツ。
その側に一頭のでかいヒツジが横たわっていた。それと、ラジカセに一本の脚を乗せている小さいヒツジがこちらに視線を向けていた。現在、ラジカセから音は何も出ていない。
「テメェ……銭井なのか」
「……」
横たわっているヒツジは弱々しく顔を向け、気持ち頷いた様に見えた。
そうでなくてもアイツは銭井だ。追いかけて、ガキがラジカセを再生をしたんだ。
ヘッドホンが抜けている大音量に設定されたラジカセからは当然大音量でCDの中身が再生される。その音を聞いてしまったんだ。
「このガキ……舐めたことをしてくれるじゃねーか。しかし、でかしたな」
銭井がいない今、報酬は全部オレのものだ。
このガキをとっ捕まえさえすれば脅威も去る。
「動くんじゃねぇぞ」
ガキはラジカセの使い方を熟知している。ヒツジの姿になってもなお、再生できるくらいにはな。
ゆっくりガキに近づいて、一瞬でラジカセを蹴り飛ばしてやる。
ツバを飲み込んでタイミングを測る。
一拍、二拍、ガキが動こうとしない今、この瞬間――
「あーあ」
気の抜けた声が聞こえ、飛び出すたタイミングを逃す。
「なッ……!?」
思わず後ろを見れば、あの男がこの部屋に入ってきているではないか。
両手を広げて、ヤレヤレと首を振っている。
「テメェ、出てろ! 【獣化病】でヒツジになるぞ!」
「いやぁ、ボクは平気なんですわぁ……そういう体質で――」
この男と会話していたスキが命取りだった。
――ガチャ。
オレの血の気が引いた。
ラジカセのボタンが押された音だ。
「しまっ――」
直後、ラジカセから不気味な音が鳴り響く。
オレは耳をふさごうとするが、両腕がないのだ。
男は余裕そうに笑みを浮かべたままだ。
音が……頭に入ってくる。
この音は何だ、心拍数が上がる。何かのうめき声のような、機械音のような、低音と高音の音が混じって不愉快で、それでいて不安に襲われる音だ。額から汗が浮かんでくる。
「おい! お前も耳をふさげ! 【獣化病】になるぞ」
この【獣化病】を引き起こすだろう音を聞いて、男はずっとニヤッと笑みを浮かべているだけだ。
「だから、ボクは平気な体質なんで、大丈夫なんですよぉ……強いて言えば」
バッと両腕を大きく広げ、胸から上は天を仰ぐように大きくのけぞらせる。
胸のあたりが大きく膨らみ、男が息を吸っていることに気がついた。
「ああ、また一つ狂った人間……そして、天才な人間になってしまう!! ああ、恐ろしい、ああ、怖いよ……こんな才能に恵まれたボクが変わってしまう! また一つ進んでしまう!! ……なんてね」
視聴覚室全体に響くような声を上げてから、うつむく。
「そういうことなんですよぉ」
「どういうことだ?」
「……あなたこそ、気の毒ですねぇ。ヒツジになるの、怖くないですか? その足元で横たわってまだ動けてない女性みたいに、メェメェ鳴き声を上げて四足歩行の哀れな動物になってしまうだなんて……」
「そ、それは……」
あ、なんだ?
身体が熱くなってきた。
「あ……が……」
脚に力が入らなくなり膝をついてしまう。
全身が膨張しているような感覚に襲われる。服が窮屈で仕方がない。
額から脂汗が浮かび、手で拭う。が、手の当たる感触がおかしい。
目の前に拳を持ってくると、腕が黒ずんで硬化しているではないか。
「嘘、だろ……?」
「いやいや、嘘じゃないんですよ。あなたは今ここで【獣化病】でヒツジになるんです。残念ですねぇ……っていうのは嘘ですけどぉ」
「どういうことだ……騙したのか?」
「ええ。誰があんな大金払えると思いますかぁ? いやぁ、あんなバカみたいな嘘の報酬に騙される人が何人もいるとは思いませんでしたよ……あ、ちなみにあなた方が最後の生き残りですぅ」
「な……貴様……ナニモンだ、う……ぐッ……」
服が悲鳴を上げている!? 全身が苦しくなり、黒ずみ上手く動かなくなりつつある手でジャケットを引き裂く。
すると、
「なんだこれは……」
身体がふわふわして柔らかそうな白い毛が覆われていた。
「いやぁ、見事なヒツジになりそうでなによりで……それで、どこまで説明しましたっけぇ? どうせ、あなた方はここで始末するつもりだったんで、冥土の土産に色々お話しますかねぇ……」
「始末……だ、と……?」
口が回らなくなってきた。
顔の痛みが強くなっていく。変形しているのか?
「ええ……まあ、元々はボクの作ったイイモノを身に付けてもらって【獣化病】になってもらうつもりだったんですけど、うっかり在庫を切らしてしまいましてねぇ。その代わりに、あの子を送り込んだんですが上手くいったみたいですねぇ」
「な、んだと」
あの子――あのガキか!?
「お姉さんを探してみたみたいなんですけどぉ、嘘ついて盗聴器持たせてあなた方のテリトリーに誘導したんですよぉ。まんまと捕まってくれたみたいで、ボクとしては計画通りってやつですねぇ」
「この、外道が……」
「いくらでも言ってください、あなた方も相当なものですけどね。人間として未来ある人たちを【獣化病】で変化させるとか、そうそうできるもんじゃないですよ……あ、わかってると思いますが、羊毛なんていらないですよぉ。ただ、ボクの予想が正しいかの実験がしたかっただけなんで。まあ、この様子だとその通りだったみたいですか。ちなみに、それはまだ内緒です。大々的に発表してからじゃないとダメなんでねぇ」
ひたすら早口につらつらと喋る男。
「て……め……メェ……ッ!?」
言葉が出ない!?
男の姿も大きくなり、随分と【獣化病】が進行しているようだった。
「おやおや、声も出なくなったようですねぇ……そうだ、ここにボク一人で来たと思ってますか? ざんねーん。ボク一人で来るわけ無いでしょ? 優秀なボディガード雇ってるんですよぉ……従順ですよ? だって、あなた方にも渡す予定だったイイモノ、みーんな付けてるんですもん。ボクが気に食わなければボタン一つでポンッと【獣化病】。すごいでしょ? で、ボディガードどこにいるって? 今頃、上の階でヒツジになっちゃった人たち開放してる頃かなぁ? で、ここに誘導してもらってるんですよぉ。そうしたらどうなると思いますか? あなた方、とても嫌われてる……いや、憎まれていると思いますよ? どうなっちゃうかな。早く逃げたほうが良いんじゃないですかぁ?」
始末って【獣化病】で姿を変化させる意味じゃないのか。言葉通りの始末なのか。このままでは殺される。
しかも、自ら手を下すこと無く、全てを他人の手で行わせているのだ。
が、このオレでさえしばらく動けそうにない。【獣化病】は進行しているのか、もう終わったのか、それすらわからない。
そして、上の階から地響きのような、揺れるような音が近づいてきている。
「おや……黒板に面白いもの書いてありましたねぇ。あなた方が最後に【獣化病】を発生させた女の子の名前、知ってます?」
オレはこの一瞬でドッグタグを思い出した。
――羽生希(はぶのぞみ)。
頭の中で衝撃が走った。この部屋の黒板の『はぶちゃん』という文字、そして思い出すドッグタグのクラス。
この学校のガキで、あの教室のガキで、放送委員だった……そりゃ、逃げられるし、それだけでなくラジカセの使い方も熟知しているはずだ。
そんなガキがこの男によってオレたちの拠点の近くまで誘導され、銭井がまんまとさらってきたということか。
そうでなくとも、この男はオレたちを確実に始末していた。そういうことか。
この男の目的のために、ただただ良いように使われただけだったのか。
しかも想像以上に多くの人間を巻き込み、その責任のほとんどをオレたちになすりつけた。
なんてやつだ……。
「あー、ボクは死にたくないのでそろそろ行きますねぇ。まあ、希ちゃんだっけ? あの子は面白そうだし、ここで始末しちゃうのは申し訳ないから、連れて行くかなぁ」
そう言って、オレをまたいで視聴覚室のもっとも奥のドアを開ける。そのドアは校庭につながっている。
男はガキに何か耳に吹き込み、外に出ていこうとする。
「そうそう、本当の目的言ってませんでしたねぇ……言う必要あるかなぁ? まあ、いいか。ボクは世界を手に入れる。なんでって? それはボクにも理由くらいありますが……あなた方に言うほどじゃないんで黙ってます。その目的のために獣化学の研究者としてテレビに出て、解説を行っているんですよぉ。結構、有名になってきたんですよぉ。当然、こんなことしてるなんて言うのは非公開ですけどぉ、案外マスコミってちょろいんですよぉ。まあ、取材に来た人みんなにもイイモノ配ってるんで当たり前かぁ、自分の身が一番大事ですしぃ……ってことで、さよならですね。いい人生でした? たくさんの人の未来を奪って、その報いを受けるのってどんな気分ですか? いいや、じゃあ行きますね」
といって、ガキと一緒に姿を消した。
クソッ、身体が動かねぇ。
地響きのような足音は近づく。
腕をついて立ち上がろうとするが、どうしてもうまくいかない。
まあ、ヒツジになっちまったんだから骨格的に上手く動かないのは当たり前か。
「……」
結局、ロクな人生は歩めなかったってことか。
視聴覚室の入り口には、オレたちが手にかけた人間だったヒツジが何頭もそこにいた。
その顔は表情こそわからないが、息遣いや身体の僅かな動きが怒りを示していることくらいはわかる。
その姿でどうするのかって、そりゃ決まってるだろ。
「メエエエエエエェェェェェェェ!!」
一斉に。
オレたちに。
復讐を。
次の瞬間、なんて言葉は無――。
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