Episode 05 Other Side -金田- 前編

「クソが……イテェな……」


 オレはため息をつくようにつぶやく。

 今、オレはヒヤリとするコンクリートでできた建物の中、同じ材質であるコンクリートでできた壁によりかかるように座っている。

 身体の震えが止まらない。

 それもそのはずだ。

 身体の右側は衣服が全体的に真っ赤に染まっていて、左腕で自身の右腕を抑えてる。

 その右腕は半分が吹き飛んでいて、肘から先がなくなっている。

 断面から血が止まらないため、そのへんの家からタオルを拝借してきつく巻いているがそれでも滴って、赤い細い道を作っている。腕っ節の強さだけは自慢だが、それでも止まらないのだ。

 こうなったのも全部あの偽善者野郎のせいだ。

 【獣化病】の後、人払いがされている付近の住宅街。

 それをオレは拠点として活動していたのだが、どうにもそれを邪魔をするやつがいるということを聞いていた。

 女のガキを連れ去ろうとしたところで、ソイツと出会ってしまった。

 ソイツだって持っていた銃と腕っ節があればたやすくひねりつぶせると思っていたのだが。

 どうにもアイツも銃を持っていた。そんなこと聞いてねぇよ。

 で、このザマってわけだ。

 ガキを連れ去るのに失敗した挙句、利き腕を失い、武器である銃まで落としちまった。

 クソが。

 右腕を抑えるのを諦め、左手をリノリウムの床に叩きつける。

 右腕の痛みの方が勝っているため、左手はあまり痛みを感じることはなかった。


「クソがああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 唸るように叫ぶ。

 声は建物の長い廊下の奥に響いていく。

 このコンクリート製の建物の正体は渋谷近辺にあった学校である。確か、小学校だったか。

 ここを拠点にするようになったのは当然のことながら【獣化病の始まり】の後だ。

 こんな性格で喧嘩っ早いからまともな職につくこともできず、バイトでいろいろな場所を転々としていた。

 そんな生活を長く続けていてようやく働き口を見つけたかと思ったら【獣化病】のせいで実質クビになったにも等しい。

 それから会社の人間から連絡が来なくなった。そいつらみんな【獣化病】で動物になっちまったのか、それとも忘れれられているかはわからない。

 それ以降、どうにも暇になったものだからその辺をほっつき歩いていた。

 この辺なんて【獣化病の始まり】の後すぐに人払いがされていたようだが、別に封鎖されているという掲示すらなかった。

 人がいないという感想だけをいだきながら歩いていた。

 そんときだ。

 オレよりも若くて、それでいて辺りの人間に余裕を振りまいていそうな男に声をかけられた。

 そんときゃ、ムカつく野郎だから一発殴ってやろうかと思った。

 ただ、


『この辺は無法地帯なんですよぉ、儲かるバイトしてみなですかぁ?』


 と誘われた。

 無法地帯と聞いたときにゃ、ワクワクした。

 オレはもう喜んでやる、と答えた。

 で、その依頼とともにこの場所を拠点とするように指示されたわけだ。

 報酬も悪くはない。どこからそんな金が出てくるんだって桁だ。

 それにどこで手に入れたのかわからない銃も『便利だから持っておくといいよ』と手渡された。

 オレにとっちゃ、難しくはない依頼ではあるが――


「金田じゃない。なんだい? そのザマは」


 甲高いがドスの聞いた声が、鼓膜と腕に響く。

 いつの間にやら、趣味の悪い女が立っていた。

 細い身体の線に、それを強調する真っ赤なライダースーツを身にまとっている。

 髪は金に近い茶髪に染め上げていて、腰の長さほどまである。

 こいつは同じく依頼を受けている人間だ。

 ――こいつのせいで、この仕事に面倒くささを感じてしまうのだ。


「ふん、どうとでも言え」

「そんな腕でこの仕事は務まるの? 難しかったら、家帰ってネンネすればいいんじゃない? 報酬は金田の分ももらっといてやるからさ!」

「銭井こそ寝言は寝て言いな。腕が一本でもあれば問題ない」

「あっそ。で、金田は収穫……あるわけないわよね!」


 ハッと人を見下すような笑いを浮かべる銭井。

 コイツはそういう人間だ。

 どういう生き方をしていたのかは知らねぇが、ロクな生き方はしてないだろう。

 そんな人間がこの依頼を喜んで受けるわけがない。


「いい素材を見つけたが、テメェが言ってた男に直接邪魔された」

「お前、武器持っといてしくじってるのはお笑いだね」

「アイツも銃持ってたんだ……オレもまさか腕をぶち抜かれるとは思ってなかったが」

「まあ、いいや。使えないんだったら、オマエもいい素材にしてやるんだけど、せいぜいその身体で頑張りなよ」

「ヘイヘイ。で、銭井の方はどうなんだ?」

「ワタシかい? いい素材をパクってきたよ。外のバイクに乗せてある。それを運び出すからオマエも手伝いな」

「そうかい……腕ぶち抜かれて素材の一つも手に入れられないオレはテメェの指示を聞くしか無いようだな」

「その通りよ金田。でその後は、報酬がっぽりだ」


 オレと銭井。

 この建物を拠点として、この辺に迷い込んだ連中をさらっているのはオレらだ。

 さらってきた人間は二度とこの建物から出てくることはない。

 そういう依頼なのだ。

 金という報酬に目がくらんだ、とんでもねぇ人間が二人ここに集まってしまっているのだ。

 どうやら【獣化病】は恐れる対象らしいが、それで儲けようという人間もいて歓迎しているヤツもいるんだ。



 赤いライダースーツが眩しい銭井の後についていく。

 廊下を抜けて下駄箱のスノコを踏んでいく。

 靴箱にはたくさんの上履きがそのまま放置されている。

 それぞれ名札がついているため、選んで然るべき人間に売ればある程度は儲かるのではとも思うが、そんなチマチマと稼ぐのも面倒だ。それだけ、この依頼はうま味がある。それだけの報酬が提示されている。

 下駄箱を出ると校庭が広がっているのだが、出てすぐのところにコレまたごついバイクが一台止まっている。

 カラーリングも基本は赤色で、それだけでコイツは赤色が好きなんだろうということが伺える。

 で、そのバイクの座面に一人、バイクと直角に交わるように寝転がされ乗せられているガキがうごめいていた。

 そのガキは女で、黒い布で目隠し、ガムテープで口をふさがれ、腕は後ろに回されロープで固定されている。

 足も身体も、ハムもびっくりするような縄の量で拘束されていた。

 ガキの髪の毛はよくバイクに巻き込まれなかったと感心するほどの長さで、服装はこの季節に合う半袖のシャツに膝丈程度の柔らかそうな素材の水色のスカートを身にまとっている。

 ガキは顔を赤面させつつも、そこから逃れそうとする様子が伺える。が、いくら身体を動かしたところで、逃げられるわけがなかった。

 身体は折り曲げられないようにぐるぐる巻きにされていて、座面からも落ちないようにくくりつけられている。

 こんなことしないで無理やり連れてきたほうが早いんだろうが、


「……趣味の良いことで」

「あらどうも」


 ということだ。

 いくらでも別のやり方があるだろうと思うが、コイツはそういうやり方なのだ。


「んー! んんー!!」


 ガキはガキでうめいてる。しかし、もうここにはオレたち以外の人間はもういない。

 叫んだところで、助けは来ないのだ。

 このガキももうここから出ていくことは無いだろう。

 ここはそのために、胡散臭い男が用意した建物なのだから。


「ってことで金田。バイクに固定してる縄外すから、この子どもの胴体ガッチリ持って。で、そのままあの部屋まで連れてって」

「この腕で持っていけってか?」


 まだ血の滴る右腕をわざとらしく揺らす。


「じゃあ、縄外す方やる? アンタの腕力はその程度?」


 と結び目を見ると、とてもじゃないが片手で外すのは難しそうだ。


「ったく……わかった。さっさとはずせよ」


 銭井は人の使い方が上手い。

 口先は達者と言うやつか。

 で、さっさとやらないとまた文句を言われるだろうから、左腕でガキの腰とバイクの座面の間に手を突っ込む。

 ガキの身体はそれなりに細身で、担ぐには苦労なさそうだ。


「――!!」


 ガキはモゴモゴと声になっていない叫びを上げているが気にしていたらいつまで経っても終わらない。

 それよりも、縄を外してもらわないとガッチリ掴むことはできなさそうだ。

 銭井は器用に縄の結び目を外した。

 それと同時にオレはガキを持ち上げる。非常に軽く持ち上げることは簡単だ。

 しかし、当然暴れだすため腕とオレの身体で挟み込まないと落としそうだ。


「ほらしっかり持ちな、落とすぞ」

「うるせぇ、それなら足持て足」

「ワタシ、箸より重いもの持ったこと無いし」

「勝手に言ってろ」


 力仕事はやりたくないそうだ。

 そうなると、自分で持っていってしまったほうが早いためそれ以上の反論はしないことにする。

 ところで、このガキが暴れるたびに首元で何かが揺れていることに気がつく。

 ドッグタグか。首の直径にしてはずいぶんと余裕のある長さの紐で作られている。

 そういえば聞いたことがあるな。【獣化病】で姿が変わってしまっても誰であるかを理解するために、こうしてドッグタグを付けるやつがいるってな。で、大型の動物になって、首がしまったり、タグを落としてしまわないように余裕のある作りをしているのか。

 タグに書かれている名前は希……なんて読むんだ? まあ、気に留めておくことはないか。学年と組もご丁寧に書いてあって、五年三組と書かれている。

 やっぱりガキじゃないか。

 人払いされた場所に迷い込んだ挙句、こんなところに連れてこられるなんて不運なもんだ。

 で、言うならばオレ達にとっては幸運であった。ということだ。



 学校の建物の中、オレはガキを担いで、とある部屋へと向かう。

 ガキが真面目に勉学に励む部屋のほとんどは引き戸で簡単に開くようになっている。

 しかし、そうでない部屋。いわば、普通のガキは入らないような部屋というのはドアノブがついていたりする。

 そのドアノブがくっついている部屋の前で立ち止まる。

 一階にある、特別な部屋だ。


「おい、銭井開けろ」


 暴れるガキを担いでいる左手では開けられないし、右腕は使えない。


「じゃあ、報酬は七対三ね」

「おい、ふざけんな!」

「なら自分で開ければいいじゃない」

「……」


 流石にその分前はあんまりだ。

 オレはガキをそっと床に置く。

 ひんやりとする床に接触したガキは、一瞬身体をビクつかせて小さい悲鳴を上げていたが、すぐに抱えられていたときと同じように暴れだす。疲れを知らんガキだ。


「じゃ、お先」

「オイ、テメェ!」


 その様子を見た銭井はガキをまたいでドアノブを開けて部屋に入った。

 ご丁寧に閉める様子はない。


「せっかく多くワケマエもらえると思ったのに」

「ざけんな……この程度でそんな持ってかれるわけにはいかねぇな」

「つまんねーな」


 オレはガキを担ぎ直し、その部屋に入る。

 部屋は穴が規則正しく開けられた壁に囲まれていて、壁際にはずらりと機械が並んでいる。

 スイッチがあったり、スライドできる装置があったり、マイクもついている。

 そうこの部屋は視聴覚室ってやつだ。学校中に音声を行き渡らせる役割の部屋だ。

 その部屋の真ん中には、パイプ椅子が一脚。その横にはでっかいヘッドホンが装着されたでかいラジカセが置いてある。これを使うためにこの部屋を利用しているのだ。

 それ以外にも優れた防音性があるという利点がある。

 壁際の機械は使い方から全くわからん。

 この部屋にも可動式の黒板があり『今日の当番ははぶちゃん』とガキっぽさの強い字が書かれているが【獣化病の始まり】の前日から日付は止まっている。まあ、そうか。その直後に人払いがされてるんだもんな。


「ほら、部屋ン中見てないで座らせるんだよ」

「ヘイヘイ」


 で、そのガキをうまい具合にパイプ椅子に座らせる。

 銭井は準備周到なことで、パイプ椅子から逃げ出さないように椅子とガキを縄でくくりつけてやがる。

 パイプ椅子に固定する必要はあるが、その時の銭井の表情といったら、一部の人間は喜びのあまり絶命してしまうのではないかとさえ思う。

 まあ、オレは勘弁願いたいのだが。

 ちなみに、椅子は倒れないように床に固定してあり、よほどのことがあっても倒れることはない。


「さて、ちゃんと椅子にくくりつけたし、準備は良さそうだね」

「……ったく、随分と嬉しそうだな」

「当たり前でしょう? 嫌がる人間にこんな事ができるなんて! 前ならこんなことしたら、警察呼ばれるけど今はそんなことはない! 最高じゃない。【獣化病】サマサマってね」

「いい趣味で」


 ガキは聞いてるのか聞いてないのかうめき声を上げて、身体を左右に揺らしている。

 まあ、しっかりと固定されているから、身体が僅かに揺れる程度でしか無いが。


「さて、始めますか」


 銭井は嬉しそうに部屋の機材の上においてあるCDを手に取る。

 このCDこそ胡散臭い男に手渡された依頼を遂行するのに必要なCDだ。

 その穴に人差し指を突き刺し、回しながらラジカセの元に向かい、ラジカセにセットする。

 でかいラジカセは校庭全体に音を響かせる代物であるが、イヤホンジャックにヘッドホンの端子を接続しているため今は大音量を響かせる機能は死んでいる。

 なんでこんなものを使っているかというと、手頃なラジカセが見つからなかったからだ。

 このCDの音は絶対にオレたちが聞いてはいけないのだ。そうあの男からは言われたし、CDの表面にもヘタクソな文字で「対象以外聞くの禁止」と書いてある。


「……あの男は何者なんだろうな」

「さあワタシたちが気にすることもないでしょう」

「そうだが……」


 この後、ガキの身に起きることを考えるとにわかに信じがたい。

 なんでその男がそれだけのCDを持っていたのか。

 このあたりを人払いして、小学校という避難施設になりうる建物を用意できたのか。

 オレたちに提示している金額もまた、本当に一生暮らせるほどの額だ。

 それにこの依頼の目的――


「さらった人間にこのCDを聞かせて、【獣化病】でヒツジにする。で、その人間から刈った毛を高値で買うだなんて……信じていいのか?」

「良いんじゃないの? 【獣化病】ビジネス。今後流行るでしょ? その先駆けとしては十分すぎる。今は梅雨だけど、冬になったら大変だし、未来を見据えてるんじゃない?」

「そうか……?」


 という話に、ガキは急にうるさくなる。


「んー!! んんんんんんー!!」


 そりゃそうか。

 これからお前はヒツジになるんだ。という会話を聞かされれば、抵抗くらいしたくなるもんだ。

 そう、ここから出てきた人間はいないと言うのは、誘拐してきた人間をみんなヒツジに変えてしまっているのだ。

 どういう原理かは知らないが、CDを聞かせるとみるみるヒツジに姿を変えてしまうのだ。

 で、胡散臭い男からは「ある程度、個体数が溜まったら毛を刈ってさ、連絡くれる?」なんて言われている。

 まだ十分な数のヒツジになったヤツが集まっていなかったからまだ連絡を取っていないが、そろそろいい頃だろうとは思う。

 足りないといわれたところで、この辺は無法地帯となりここまでの数用意されている今、こなすこと自体はあまりにも容易すぎる。

 割のいいバイトというレベルではない。

 しかし、こんな簡単に稼がせてくれるのならば、利用しない手はないのだ。 


「ははは、自分がヒツジになると聞かされて急に暴れだしてんの。その状況じゃ、まともにしゃべれないっていうのに。何が言いたいのかな? おい、金田。はずしてやりな」

「……へいへい」


 コイツは出来る限り敵に回したくないやつだとつくづく思う。ここまでサディズムなやつは見たことがない。

 オレはガキの後ろまで周り、ガムテープの終端を探す。

 終端を見つけて、触れるとガキが肩を震わせて激しく暴れる。


「おいおい、口のガムテームを外すだけだ。ちょっとは静かにしてろ」


 目隠しをしたまま、何をされているのかわからないのであればそういう反応するのはまあ、当たり前か。

 ガムテープの粘度はそれほど高くないものを使われているようで、端っこを爪でかけばぺろりとめくり上がる。

 ご丁寧に何周も巻いてあるため、外すのは面倒そうであるが、ベリベリと剥がしていく。

 このガキの髪は長いため、ガムテープに大量にくっついているようで、ブチブチと抜けるのだか切れているのだがわからない音がする。その音がするたびに、ガキは痛そうにうめいている。

 ようやくガムテープが外れたところで、毛が大量に付着しているガムテープを丸めて床に放り投げる。


「なんだい、せっかくの女子小学生の髪の毛がついてるガムテープ、捨てるのかい」

「オレにそんな趣味はない」


 何だもったいないとでも言いたげな銭井だ。

 まあ、そのままとっておいて欲しがるやつに売っても稼げるかもしれない。


「そうなの? いつもより、嬉しそうに作業してるから、そういう趣味があるのかと思った。大人の女の時なんて淡々と作業してるでしょ?」

「……そんなオレを児童性愛に仕立て上げたいのか?」

「あれ、実際そうじゃないの?」

「んなわけあるか」


 稼げるかもしれないし、銭井がいないときにこのガムテープを回収しておこう……という考えは諦めたほうが良さそうか。

 ところで、ガムテープを外しても、ガキはまだ「フゴフゴ」と言葉を発することができていない。


「ほら、この子の口に手ェ突っ込んで、助けてやりな。ロリコンさん」

「……」


 猿ぐつわの代わりに何を突っ込んでいるんだ。

 今度はこのガキの正面に回って、


「おい、口を大きく開けろ」


 と指示をする。

 ……おや?

 すると、口の中に何か布のようなものがパンパンに詰められているようだ。

 指を突っ込むと、生暖かく湿り気を吸った布に触れる。

 その布は白と水色の縞模様をしている。

 ひと思いに口から引き抜くと、その布が広がって正体を表す。


「……おい、銭井」

「なんだい?」


 銭井の顔は喜びに満ちた邪悪に染まった笑顔をしており、ガキは顔を真赤に染めている。


「この下着は何だ」


 そうこの布の正体。それは女性モノの下着であった。

 模様は小学生が履いているような、ガキっぽいデザインであり、すなわちこの下着の持ち主は誰かということは言うまでもないだろう。


「見て分からないの? パンツよ、パンツ」

「いや、見ての通りだろう」

 しかも、唾液を吸うだけ吸って、水分を含みまくっていて見た目より重い。

「これはどこから用意したって聞いてんだ」

「知りたいの? ギャーギャーうるさいから、この子を縛り上げてから脱がせて、食べさせたの。その上からガムテープをぐーるぐる。完璧でしょう? しかも、女子小学生の生パンツよ。アンタにとっては嬉しい代物じゃないの?」

「……テメェはいい趣味してやがるな」

「どうも……ちなみに、この子のパンツだから今はノーパンよ。興味あるんでしょう?」

「うるせぇ!」


 オレはこの下着を部屋の機材の方に向かって投げつける。音もなく、それは機材の上に転がる。

 ガキはガキで拘束されて広げることができない足を閉じるように力を入れているようだった。


「まあ、良いけど。どうせ金田、後で回収つもりなんでしょ? 売るつもりなのか、自分で持っておくのかは聞かないであげるけど」

「……さっさとやるぞ」


 もうコイツにこれ以上かまっている場合ではなさそうだ。

 そういう反応を見せたところ、銭井も「何だつまらない」と本当につまらなさそうにつぶやくが、ガキの方に身体を向ける。

 こんなバカみたいなやり取りではなく、オレたちはやることがあるんだ。


「ってことで、お嬢ちゃん。目の前が真っ暗だけど、耳が聞こえる口も聞けるようになったでしょ?」

「ヒッ」


 銭井は歯を見せるように微笑みながら、ガキの顎を持ち上げる。

 本当にいい趣味をしてやがる。


「あなたはこれからヒツジになるの。聞いてたらわかるよねぇ。で、人間でいる最後の時間だけど、何か言い残すことはある?」


 嬉々とした……という形容の仕方がぴったりだろう。

 ガキもガキで少しずつこの場に慣れてきたのか、


「あ、あなたたちは……」


 初めてまともな言葉を口にする。


「あなた達は何者なんですか!? あたしにこれから何をしようっていうんですか! 離してください、このまま家に返してくだ――あがッ!?」

「やだ」


 言葉を遮るように、銭井は自らの指をガキの口に入れ込んだ。

 当然、そうなったらそれ以上はしゃべれない。


「まあ、ヒツジの姿になってからだったら家族の元に帰してあげてもいいわよ……もっとも、その後ここから逃げ出せたらだけど。さあ、金田、セッティングだ!」

「お、おう」


 セッティングというのは、ラジカセから伸びるヘッドホンをこのガキに取り付けることだ。

 その後は再生ボタンを押して、万が一音を聞くことがないように、部屋の外に出てしばらく待つ。そうするとあら不思議、中にいた人間はいなくなり、代わりに一頭のヒツジがそこにいるという算段だ。

 床に落ちているヘッドホンを拾って――


「グッバイ、お嬢ちゃん。アンタ、嫉妬しちゃうほど可愛い顔だったよ。これからはヒツジとして、せいぜいメーメー鳴きながら生きていきなさい」


 銭井はそう耳元でつぶやく。

 ――オレはガキにヘッドホンを取り付ける。

 ガキは、


「やだ!! やめて、離して!! ヒツジになんてなりたくない! いや、やああああああ!!」


 今までにないくらい暴れるが、ヘッドホンはぴっちりと頭にハマり外れることはない。そうなるように細工してある。

 再生ボタン押してもヘッドホンが外れるようでは意味がないからな。


「やれ」

「ああ」


 銭井の合図でラジカセの再生ボタンを押す。

 オレたちが部屋から出るまで時間が考慮されているようで、すぐに【獣化病】を引き起こす音が再生されるわけでは無いようだ。しかし、再生されたというのがわかるようで、


「あ、や……やめて! 止めて!!」


 ガキは叫ぶ。

 だがもう止める理由はないのだ。


「金田、行くぞ」

「ああ」


 急いでオレたちはこの部屋の外に出る。

 視聴覚室という部屋は防音がしっかりとなされているため、このCDの音は部屋の外に漏れ出さない。

 部屋のドアを閉めて、しばらく待つのみである。

 オレはドアの横の壁により掛かる。

 することがなくなると、腕の痛みを思い出す。

 銭井も反対側の壁に寄りかかって、腕を組んでいる。そっちは職員室の壁だったか。


「なあ、銭井」

「なんだい、金田」


 会話でもすれば痛みも紛らわせることができるだろうと思い、声をかける。

 いつもなら、こんなやつと出来る限り口を利くことはしたくないが、まあ今日ばかりはいいだろう。


「銭井はいつも女ばっかりさらってくるよな」

「ええ、そりゃそうでしょう。貴方が喜ぶし」

「喜ばねぇよ……」

「まあ、半分くらいは冗談として、こんなか弱い女の子がごっつい男をさらってくることなんでできるわけ無いじゃない」

「……」


 そうだろうか。

 コイツなら、巨漢でさえもどうにかして運んできそうな気がするが。

 か弱い女の子なんてどの口が言うのか。


「嘘だよ! ったく、ちょっとくらい乗ってくれてもいいだろうに。需要を考えてのよ。だって、男のヒツジから取った毛と女のヒツジから取った毛、どっちが欲しい?」

「まあ、女だわな。銭井は?」

「ワタシだってそうね。男の毛とかなんか臭そうだし……女の子の毛って言ったら、いい響きじゃない?」

「……しらねーよ」

「ま、良いけど。そういうこと。ここに連れてくるのなんて女の方が簡単だし、その後の需要も見込めそう。いい考えでしょ?」

「それだけは同意するな」


 オレもここに迷い込んできた人間の中で、女を選んで連れてくるようにしている。

 理由としては楽だからだ。力も弱いし、簡単にねじ伏せることができるからだ。

 男は力が強いわ、いざというときにどんな反撃をしてくるか読めたもんじゃないからな。

 大体、男の場合逃げられるかこっちから逃している。


「まあ、ここにいるヒツジはみーんなメスだから、アンタも女を選んでるでしょうけど」

「……」

「いいけど」

「で、だ。銭井」

「何よ」

「前に、一人だけ男を連れてきたことがあったな。アイツはどうした?」

「あー、あの子ね」


 上機嫌だった銭井が更に嬉しそうに唇の端を持ち上げる。

 そう、前に一人だけ男と一緒にここに戻ってきたことがあった。

 ひょろっとしていて、年中家にこもってそうな男だったか。若くて二十代前半だったように思う。

 その時は無理やり連れてきたという様子ではなく、喜んで横に並んで歩いていた。


「ちょっと色仕掛けしただけでホイホイついてきちゃうんだもの。楽勝だったわ」

「で、その後どうしたんだ? あの時は、銭井が一人でやるって言ってオレはその様子を知らないぞ」


 連れてこられてから男の姿は見ていない。

 もっとも、ヒツジに姿を変えてから見ても誰がその男だったのかなんて見分けがつくわけながない。

 【獣化病】を引き起こさせ、ヒツジになったやつは上の階の教室だった部屋に収容している。

 ドアは外から鍵をかけてしまえば、ヒツジの姿では内部から鍵を開ける術はないはずだ。


「ああ、あの子は厳重に拘束してから、言葉責めをしてあげたわ」

「言葉責めじゃ、いつもやってることと変わらないじゃないか」


 銭井の趣味ではあるが、言葉攻めは人間をヒツジに変えるために重要な作業である。

 じっくりと恐怖を与えるように、今からヒツジになるという事を相手に刻みつけることによって【獣化病】によってヒツジに変化するのだ。

 どうしてその作業が必要なのかは知らない……が、あの胡散臭い男ならしているのだろう。そうでないと、この作業が必要だということもわからないからな。


「ええ、男のままじゃ嫌だし『あなたは今から女の子になるのよ』って、嫌って言うほど聞かせてあげたわ。最初は聞き流してたみたいだけど、そのうち『もうやめてくれ!』って言うようになったわ。その後はいつも通り、ヘッドホン付けてスイッチオン」

「で、どうなったんだ?」

「面白かったわー。どんどん胸が大きくなって、髪の毛が長くなって、身体の線が丸くなって、やめてくれって声がどんどん色っぽくなってくの。【獣化病】って、すっごい体力使うみたいじゃない。もう息切れがエロくて、ワタシまでおかしくなりそうだったわ」

「……」

「背が小さくなったみたいだから、縄が緩んじゃったけど、すぐに身体が動かなさそうだったら、ヒツジにする前に遊んであげたわ」

「……いい趣味だこと。まあ、そいつの姿は見てないし、結局はヒツジにしたのか?」

「そりゃそうよ。もっと遊んであげたかったけど、もうそれ以上続けたら死んじゃいそうだったし、ヒツジにするのは簡単だったわよ、フフフ」

「オレまでお前のオモチャにされないように気をつけないとな」

「せいぜい、気をつけることね……ってことで、もう良い頃じゃない。金田、ドアを開けな」

「ヘイヘイ」


 暇つぶしとしては面白い話ではあったな。

 動物の姿になるだけではなく、男から女に変わることもあるのか。

 じゃあ、あのCDの内容は何だ?

 【獣化病】を引き起こす物では無いのか。それとも【獣化病】そのものに間違っている認識があるとでも言うのか?

 少なくとも、今の姿から別の姿になるということには変わらないわけか。

 ということで、視聴覚室の中ではガキが人間からヒツジに姿を変えているはずだ。

 CDの再生時間もとっくに過ぎているから間違ってもオレたちが聞いてしまうこともない。

 ドアを慎重に開けて中を覗く。すると、モワッと生ぬるい空気とともに、獣臭さが鼻についた。

 部屋には人間の姿はなく、代わりに一頭のヒツジが横たわっていた。

 どう身体を動かし暴れたのかはわからないが、身体を拘束していた縄は切れ、服だった布は破れて散乱して、ヘッドホンは床に落ちラジカセからジャックが抜けている、ヒツジが横たわっている。

 【獣化病】によって身体が変化してすぐは銭井の言った通り、疲れ切っていて身体が動かないほどのようだ。

 身体を上下させ、荒い呼吸をしているヒツジ。元々ガキだったため、もこもこした身体ではあるが全体的に小さい。

 これならオレ一人で抱えることは容易だ。成体だったら身体が大きいため、銭井と二人で脚をもって運ぶところだが。

 小さいヒツジの身体を腕一本で持ち上げる。想像以上に軽い。


「メ、メェェェェェェ!?」


 コイツも抗議の声を上げているがもう人間の分かる言葉を発することはできない。

 暴れる力も殆ど無い。


「銭井、上の階に行くぞ」


 ちゃっかり、部屋の外で待ってやがった銭井に叫ぶ。


「さっさとこいよ」


 と視聴覚室のドアから見えていた姿が消えた。

 先に行きやがったな。

 だからって、代わりがいるわけではないし、これを運ぶしかないわけだ。

 遅くなったら何を言われるかわかったものではない。

 ついでに胡散臭い男に連絡入れておくか。毛刈り道具も無いし、あの男ならついでに持ってくるくらいするだろう。

 オレも部屋を後にする。

 開けっ放しではあるが良いだろう。どうせ誰も来やしないし、後で閉めれば良い。 

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