「やっぱりここにいたか。」

「………。」

「畑仕事が終わると直ぐこれだ。…そんなにあの花が恋しいか?」

「……。ああ。」


 とある村に1人の男がいました。仕事を終えると、必ずと言って良いほど村外れにある丘の上で1日を過ごす男です。


「近くで見たいなら、山に登ってみな?何なら摘んで来れば良い。まぁ…登れそうにもない山だけどな。」

「あれは高嶺の花だ。届かない場所にいるから美しい。だから…ここから見てるだけで満足だ。近づくなんて畏れ多いし、摘むなんて以ての外だ。」


 高く険しい山に咲く、一輪の花を眺めています。


(…………。本当に美しい。)


 坂道に咲くその花は優しい紫色をしていて、気高く、美しく咲き誇っています。

 男は…花に見惚れていました。




(?様子がおかしい…。)


 しかしある日の事、丘に登った男は異変に気付きました。


「またここか。おい!今日は集会の日だろ?」

「花の…様子がおかしい。」

「あっ?」


 見上げなければ拝めない花に、どうやら元気がありません。


「花なんて枯れるもんだ。季節もそろそろ寒くなる。頃合なんだろ。」

「………そんな…。」


 花が…その命を終えようとしているのです。




「あっ!?山に登る!?」

「ああ。あの花は、決して枯れるような花じゃない。山に登って様子を見てくる。きっと病気だったり、害虫にやられたりしてるんだ。俺が治してやる。」

「馬鹿言うな。花の命なんて短いもんだ。冬も近い。諦めろ。それにお前が、あの山に登れる訳ないだろ?」

「山菜を採りに行く人もいる。」

「そりゃ、山登りの達人だ。山に慣れてんだ。お前が登れる代物じゃない。」

「………。」


 山は高くて険しく、花は山頂付近の急な坂道に咲いています。そして男は体格が良いものの、小太りな中年です。


「それでも登る。決めたんだ。あの花は、俺が治してみせる。」

「!!寿命を迎えたんだ。どれだけ惚れ込んでるか知らないが、好い加減に夢から覚めろ。」

「違う!あの花はきっと元気になる!俺がそうする!」

「……。全く、呆れてものも言えない。」




 そして数日後…。


「気を付けて行くんだぞ?」

「ありがとう。」


 男を止めた友人でしたが、彼を助ける事にしました。山菜採りに道を尋ね、山は寒いからと、防寒具も用意してあげました。


「それじゃ…行って来る。」


 そして男は、山に向かいました。




(!!道が…。)


 しかし道中には、想像以上の苦労が待っていました。落石に行く手を塞がれ、違う道を探さなければならなくなり、その為に男は3日3晩、山を彷徨い歩きました。途中で足を負傷し、強風や大雪にも見舞われました。


(待ってろよ。きっと俺が、お前を元気にしてやる…。)


 それでも男は諦めず、花がいる場所を探し続けました。




(あっ!)


 そして遂に見つけました。


(何て…立派なんだ…。)


 残念ながら、花は既に枯れていました。

 それでも男はその美しさに心を奪われました。


 花は急な坂道に、大木のように太い根を生やしていました。とても逞しい根です。枯れはしましたが、葉は未だ鮮やかな緑色をしています。


(そう言う…事だったのか…。)


 茎も太く真っ直ぐに生え、その先に…1本の大きな綿毛が生えていました。


 花は、枯れた訳ではありません。もう1度美しい花を咲かせる為に、種へと姿を変えただけだったのです。




 男は暫くの間、大きな綿毛と種を眺めていました。座るのも苦しい坂道に固く根を張り、懸命に生き続けた花に感心もしました。


「あっ!」


 しかしその時です。強い風が吹き、遂に種は茎から離れ、地面に転げ落ちました。もう1度強い風が吹けば綿毛に連れられ、何処か遠い場所へと去ってしまいます。


「…………。」


 男は迷いました。綿毛を抜き取り、この場にもう1度花を咲かせる事も出来ます。その気になれば、種を持ち帰る事だって出来ます。


(…………。)


 しかし男は、地面に転がった種を見守りました。


(行きたいんだな?次の場所へ……。)


 種が、風を待っているように見えるのです。いや、呼んでいるかのようにも見えました。



(元気で…いるんだぞ…?)


 暫くもしない内に再び強い風が吹き、種は綿毛に連れられて、男が知らない遠くの空へと飛んで行きました。

 男は、遠ざかって小さくなり行く種に手を振り、その姿が見えなくなると腰を下ろしました。


(きっと…次の場所でも元気でやれるさ…。)


 男には分かりました。この坂道に強い根を差し、美しい姿を見せつけた花です。泥沼の中に落ちようが、もっと厳しい環境に落ちようが、そこでも強い根を張り巡らせ、懸命に生きて行く事でしょう。そしてその美しさで人々を幸せにする事でしょう。


 そして男は気付きました。花は決して、高嶺にいたから美しかった訳ではありません。男が惚れたその花は、何処に咲いても人々を魅了する花なのです。




「お前、またここに来てるのか?」


 数日後…。無事に山を降りた男でしたが、相変わらず山を見上げる毎日を続けていました。


「花は、もう枯れたんだろ?」

「ああ。でも根っこが残ってる。あの根っこを見てると…昔を思い出す。」


 花は種となって、男が知らない何処かに飛び立ちました。しかし残った太い根は、未だその姿を残しています。


「ところで、お前はどうしてここに来た?俺を探してたのか?」

「……。いや、俺もあの花が懐かしくてな…。お前が言う通り、あの根っこを見ていると美しかった頃の花を思い出す。」

「……そうか。でも…」

「??」

「美しかった…じゃない。きっと今頃は違う場所で、美しい花を咲かせているさ。」

「………。そうだな。」




 やがて数年が立ち…丘はいつの間にか、村人達が集まる場所になりました。花は枯れましたが、人々の記憶に深く残り続けているのです。村人達は花が懐かしくなると丘に足を運び、山を見上げるのです。


 村人達が見上げる花の根は…まるで木の切り株のように、何年、何十年経っても残り続ける事でしょう。そして村の人達に、あの頃の記憶を思い出させるのです。

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