第7話 対峙

◆ 九条 太陽



「……やっべー、調子に乗って好きな人を告白しちゃった。何で言っちゃったんだろう……」


 太陽は後悔していた。


「……うん。忘れよう。そして姫が言わないことを信じよう」


 頬を二度叩いて、太陽は壁の物陰に隠れる。

 そこでまた一つパンと音が鳴り、同時に、太陽の横に何かが転がってきた。


 それは額に穴を空けた女子生徒だった。


「……ッ」


 声を出しそうになるのを抑えながら太陽は早急に階段を下り、踊り場の影に隠れる。現在彼がいる階段は屋上に続かないために四階が最上階となっており、影といっても、下を覗き込めば見つかってしまうような配置となっている。

 こっちに来るな、と心の中で何度も唱えていた、その時だった。


「や、やめてくれ……」


 上方から涙声が落ちてくる。少し身体を乗り出して視線を向けると、金髪の男子生徒が床にへばりつきながら、必死に逃げていた。


「こ、殺さないでくれ!」

「諦めろ。ルールだ」


 その声と共に右側――教室方向から、人影が現れる。


 仮面。

 笑みを浮かべた白い気持ちの悪い仮面が、その人物の顔に張り付けてあった。


(この仮面が……犯人の一味ということか!)


 急に怒りがこみ上げ、太陽の奥歯が鳴る。だが、飛び出すような真似はしない。


 何故なら、相手の手には――拳銃が握られていたのだから。


「何でだよ! ルールって……ならお前も死ぬべきじゃないか! 三年三組なんだからさ!」

「どうして犯人側が死ぬんだよ。馬鹿だな、お前は」

「待って……や、やめろ! ひょ――」

「誰が待つか」


 パン、という乾いた音の後、金髪の男子生徒の声が消失した。

 同時に、隠れている太陽の横に、何やら物体が落ちてくる。

 赤暗い物体で、その中に少しだけ黄色染みた白いものが光っている。


 ――眼球だった。


 それを見た太陽は驚きの――


(……声を上げるのが、普通なんだろうな)


 ふー、と長い息を吐いて、心の中で太陽は呟く。


(駄目だな、オレは。何か眼球って汚いな、なんて思っちゃって、全然ビビっていない。どこかネジが外れているのかも)


 太陽は薄く笑みを浮かべる。


(まあ、一姫辺りはオレのこと、真っ当で正義の人間だと思っているのかもな。オレだって、全員を救えないことくらい分かっているさ。だから自分の命を、無駄に投げ出すことはしない。だからこいつらも、助けないし、現実、助けていない)


 そう言って太陽は、落ちていた眼球を蹴り飛ばした。加減をしたので足に少々の血が付着しただけで、眼球は隅へと向かっていった。


「……これで全員か」


 ふと、仮面の少年は拳銃を見ながら、感慨深そうに呟く声が聞こえた。


「ちょうど弾が切れた、か。偶然にしてはできすぎだな……」


 ――弾が切れた――

 その言葉を聞いた瞬間の太陽の行動は素早かった。


 まず、太陽は自分の靴を両方とも脱ぎ、片方を仮面の少年を超えるように投げた。靴は目測通り、仮面の男を飛び越え、窓へとぶつかる。

 これは当てることが目的ではなく、注意を逸らすためのもの。


「なっ……」


 仮面の少年は階段から完全に眼を背け、一瞬、窓に向ける。

 その隙に、太陽は階段を昇る。中腹まで来た所で、仮面の男は階下に視線を向ける。それに合わせて、今度は彼の顔面目掛けて靴を投げつける。

 靴は仮面に命中し、剥がれ落ちた仮面が、カラン、と軽い音を奏でる。

 目の前に、気弱そうな少年の姿が現れた。

 少年は焦燥を見せ、慌てて顔を抑える。だが、そこには彼を隠すものはない。

 そのことを触覚で確認すると、少年の視線は太陽から、落とした仮面へと注がれる。

 そこまで予想していた太陽は――


「か、は……」


 一気に階段を登り詰め、少年の腹部に拳をめり込ませる。

 痛みで少年は拳銃を取り落とす。


「あ……」


 落とした拳銃に、少年は手を伸ばす。――それはつまり、顎が下がるということ。

 その動きに合わせるように、少年の顎を太陽の膝が吹き飛ばした。

 自らの顎を下げる早さに太陽の膝の振りの早さが加わって、当然の如く、少年は白眼を剥いて倒れた。


「……流石に死んでいないよな?」


 あまりにも綺麗に決まってしまったので、太陽は心配になって彼の脈拍を取る。


「うん。動いている。よし、セーフ」


 一安心した所で、太陽は拳銃と共に少年も担ぎ上げると、急いで近場のトイレへと連れ込む。

 トイレに連れ込んだのは、誰にも見られないため。加えて、身ぐるみを剥ぐためであった。


 身ぐるみを剥ぐには幾つかの理由がある。


 一つは、彼に関する情報を入手すること。生徒手帳やらで名前を確認し、またメモなどの所持を確認する。それが犯人グループ一掃の足掛かりになるかもしれない。

 しかし、彼は仲間に繋がる情報は残していなかった。ただ、兵頭ひょうどう ゆたかという名前だけは判った。


 二つ目として、他の武器を所持しているかどうかの確認のため。拳銃以外にも武器を所持していれば奪い、先程切らしたと言っていた拳銃の弾丸がないかの捜索もする必要があった。


「……やっぱり、まだ弾丸持っていたか。さっきのは拳銃の中の、ってことだな……うん? それ考えると、ちょっと危なかったんだな。まあ、結果オーライだ」


 そう言いつつ、兵頭の制服の上を脱がす。


「……ほほう。これは使えるものをお持ちで……」


 太陽は、にやりと笑みを浮かべる。見つけたものは、今までに見たことも無いものだったが、これは確実に後々に良い役割をするだろうと直感で感じ取っていた。故に丁重に奪い取る。


「……何かオレ、変態だよなあ。まあ、仕方ないんだけど」


 少年のパンツまで脱がしながら、太陽はそう呟く。

 身ぐるみを剥がす理由は他にも、彼が仲間と連絡が取れないようにすることもある。

 全裸になれば、さすがにこのトイレから外には出られないだろう。加えて、身ぐるみを剥がれたということは、相手に装備や情報を奪われたということ。さらには、何者かに自分の正体を知られたということが判明する。そうなれば、彼は他の仲間から処刑される可能性がある。真っ先に彼はそれを恐れるだろう。故に、明らかに自分が何も出来なくなった、と理解させる状況が必要となるのだ。

 しかし、それを行う上で、ネックとなるアイテムが一つ。


「……どうしようかな、これ」


 太陽は手にしているモノを見ながら、困惑する。


 トランシーバー。


 彼が仲間と連絡するために使用しているのだろう。これを持ち歩くのには、リスクがある。

 彼と連絡が取れないとなると、彼の仲間が捜索を開始したり、良からぬ行動を起こしたりする可能性がある。かといってここに放置すれば、彼は焦って何も考えずに連絡を取ってしまい、処刑されるという可能性がある。犯人の一味とはいえ、太陽は彼も死なせたくなかった。

 それらを考えた末に、太陽は、すぅっと大きく息を吸うと、


「――ふははははは。聞いておるか、犯人よ」


 トランシーバーに向かって、妙な口調で送信ボタンを押し続ける。


「我らは三年三組の生き残りである。兵頭なんかに我らが殺されてたまるか。兵頭など、こちらから殺してやった。拳銃を持ってすら弱い奴を恨め。我らはお主らを征伐するために、今から放送室へと向かう。首を括って待っていろ。ふははははは!」


 そう言い放って太陽はトランシーバーを、トイレの窓から思い切り外へと投げ付ける。


「……これでしばらくは大丈夫だろう」


 この太陽の宣言により、犯人側は焦りを感じるであろう。殺されかけたクラスの人々が、拳銃を奪って放送室に押し寄せる、と。必然、放送室から逃げ出すか、もしくは放送室の周りの警備を固めるだろう。どちらにしろ、その間に、太陽はこのトイレから逃げだすことが出来る。また、兵頭豊が死んだということを伝えたので、彼の死体を捜すということはしないだろう。するとしても、三年三組の人々の亡霊を処刑した後である。勿論、そんなことは無理であるため、彼の捜索は行われないはず。

 このように、太陽は犯人側に混乱を招き、解決への一石も投じた。


「さて、と」


 太陽は一つ伸びをすると、後ろ足で掃除用具入れを閉めながら堂々と退出して行った。

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