第6話 俺がするべきこと

◆ 一姫 剛志



(ったく、あの馬鹿は……まあ、そうなると思ったけどさ)


 一姫は呆れ顔のまま、購買のすぐ傍にある階段を小走りで下っていく。


(あいつに偽悪者は無理だ。いくら頭で思いついても、実行するって言った所で、あいつに、他のクラスすら見捨てることなんて出来るはずが無かったんだ。偽悪者じゃなく、偽善者じゃなく、言うならば――【真善者】なんだからな)


 最初から一姫には、太陽がこの【ゲーム】に乗らないことは分かっていた。だから太陽ならば他人を助けに行くことを考えていると確信していた。


(あいつはいつもそうだ。正義を行おうとして無謀を敢行し、俺を困らせる)


 例えば小学生一年生の時。一姫と太陽は所謂幼馴染で小学校から今まで同じ辿り方をしているのだが、まだそれほど親しくなかったその時に、教室内である事件――と言っては大袈裟だが、あるちょっとした出来事が起こった。それは給食時間だったのだが小学生にしては体躯の大きい生徒が、理不尽に一姫のプリンを横取りしようとしたのである。その頃の一姫は今よりも身体が小さく、また大人しかったために恰好の的となったのだろう。しかし、一姫はその時にはもう大人びた精神の持ち主だったので、別段好きでもないプリンを献上する程度なら構わない、と達観していた。


(……今にして思えば、本当に嫌な子供だな……今もそうだけど)


 だがそこに 人のモノを奪うのはやめろ、と太陽が割って入ったのだ。至極正しい意見なのだが、当時の一姫は、余計なことをするな、と太陽に文句を言った。ここで反抗すれば、何かと付けて絡まれる。それならこの場だけ凌げればそれでいい。あの時の彼はそう思っていた。


(子供の時の俺は、本当に馬鹿だったな。抵抗しなければ抵抗するよりも絡まれるものだって知らないでさ。……まあ、あの時は本の表面でしか知識がなかったからな)


 しかし、そんな一姫に対し、太陽は即座に否定した後で、プリンを奪おうとした生徒に向かって、こう言い放った。



 奪うなら強者から奪え。オレがその強者だ、と。



(……あの時から本当に強かったからな、あいつは)


 そこから、助けられた恩返しとして一姫が頭脳を貸し始め、太陽の強さに拍車が掛けられた。いつしか、二人の苗字の数字を足し合わせて『十倍コンビ』と呼ばれ、上級性にも恐れられるようになった。そんな名称を付けられたこともあって、二人は自然と一緒にいるようになった。


(まあ、俺があいつの人間的な強さに惚れこんだ話なんだけどな)


 恐れられていたとはいえ、大半の生徒からは良い印象を二人は持たれていた。一姫は計算してそのような印象を持たせたが、太陽は天然でそれを行っていた。


(あいつは大して考えずに無茶苦茶な行動を起こす。でも、無茶苦茶なのに全部実行してしまう所が、あいつの凄い所なんだよな)


 今までも、無理と言われたことを、太陽は実現してきた。


 中学生の時には、レギュラーまで年功序列になっていて不良の溜まり場となっていたサッカー部の上級生ニ十人に戦いを挑み、一姫と二人だけで見事勝利を飾って、実力主義でレギュラーが選ばれるきちんとした部にした。


 ある時は、カツアゲの被害にあった同級生のために、高校生に返還を求めに行ったこともある。その時の相手の数は四十人以上おり、加えて、サッカー部の時とは違ってバットや鉄パイプなどの凶器を所持している相手だったのだが、彼らは無傷で勝利していた。


 そんな無茶苦茶なことを可能にしている太陽。


(――だからこそ、俺は、あいつを信じている)


 理由はない。それでも、心から信じていた。


(あいつはあいつの役割を果たす。ならば――)


 二階に辿り着いた一姫は、


「……俺は、俺がするべきことを行うだけだ」


 一年二組の教室を通り過ぎ、隣の三組の扉に手を掛けた。

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