第一発見者

翌日、俺たちは図書館ではなく街の方へと足を運んだ。

丸一日休憩に使った昨日の夜。

「明日は街の人に聞き込みに行ってみない?」

唐突に雪歩がそう言ってきた。確かに今まで調べるばかりで、聞き込みらしいことは先生以外していない。むしろ真っ先にやるべきことなのに。まさに灯台下暗し。でもそのことに気づけたのも息抜きしたからなのかも……

ということで俺たちは街へとやって来た、のだが。

「うわぁ……」

バスに一時間近く揺られ、着いた街を見て俺は思わず感嘆の声を出した。清潔感溢れる西洋を思わせる規律のとれた綺麗な街並み。そこをさも当たり前のように歩くオシャレな恰好をした人々。そして極めつけは前方に堂々と鎮座している多くの商業施設が入った巨大なショッピングモール。目の前にある全ての景色に俺は圧倒された。

「歩は街に来るのは初めて?」

俺の反応を見た雪歩が問いかける。

「いや、前に一回だけ来たことがある」

そう、街自体に来るのはこれが初めて、というわけではない。だが俺が知る十年前の街とは大きく変わっていた。昔はもっと質素というか、商店街とかあるだけの普通の街だったのに……一体この二十年でなにが?

「ふーん、そう、なんだ……」

「うん?」

なにやら複雑そうな顔をする雪歩。

「どうかしたか?」

「ううん、別に。それよりも早く行こ!」

「お、おい!」

そう言って雪歩は俺の腕を掴み引っ張るように走り出した。



「さてと、じゃあどこから聞き込みする?」

ショッピングモール前の広場までやって来て足を止めた雪歩はそう切り出してきた。

「どこからって言っても俺はほとんどわからないんだが」

街のことはもちろんだが、どんな人が情報が知っていそうなのかも。

「ていうかお前はなんか目星ないのかよ? ここを選んだのはお前だろ?」

そう、街に行こうと言ったのは雪歩だ。当然それなりに理由があるかと思ったのだが……

「えーっと、それは……」

そーっと俺から目を逸らす雪歩。

「まさか、何も考えてないのか?」

「そ、そんなことないよ! ちゃんと考えてるよ!」

「そんなに目を泳がせながら言われても……」

あーこれは何も考えてないな。ったく、だったらなんでこんなところに来たんだか……

「はあ……まあいいいけどさ」

でも困ったな。雪歩にあてがないとなるとほんとどうすることも出来なくなる。俺にあてなんかないし、ましてやそこら辺の歩いてる人にいきなり「十五年前の事件のこと何か知りませんか?」なんて聞けるわけがないし……

「うーん……」

街に来たはいいがいきなりの手詰まり感に俺は腕を組んで唸りを上げる。

「ね、ねえ歩。あそこ行ってみない?」

そんな悩む俺に雪歩が指差したのはショッピングモールの入口にあるクレープ屋だった。クレープ屋って……

「べ、別にあれが食べたいとかじゃないよ。でもほらっ、考えるには糖分が必要だし……まずあれ食べて落ち着こうよ」

不信感を抱きそうになった俺の心を読んだかのように先に理由を説明する雪歩。

「……ふぅ、まあ別にいいけど。ちょうど小腹も好いたし」

「ほんと!?」

俺が同意すると雪歩はキラキラと目を輝かせながら俺に顔を近づけた。

「じゃ、じゃああたしが買ってくるから! 歩は何がいい?」

「お、俺はなんでも……まかせるよ」

「わかった! じゃ、じゃあ行ってくるね!」

そして雪歩はピューッと物凄い速さでクレープ屋の方へと走っていった。

「な、なんなんだ?」

あいつそんなにクレープ好きなのかな? 正直に言うと俺はクレープというものを見たことはあるが食べたことがない。なのでそのおいしさというか魅力がよくわからない。ま、でもいい機会かもしれないな。

「よいしょっと」

俺は近くのベンチに腰掛け、雪歩を待ちながらこれからのことについて考える。これだけの街だ。近くの村で起きた事件について知っている人は多いはず。だが、ただ知っているだけではダメだ。事件について決定的な何かを知っている人、そういう人に聞かなければ。それに問題は時間だ。十四年も昔の事件の細かいところまで覚えている人は中々いない。そんな限られた人がいそうな場所、そんな場所一体……

「はい」

そんな考え耽っていた俺の前に差し出される手とその手に握られたクレープ。

「なんだ、早いな」

「うん、案外空いてたから」

差し出されたクレープを受け取ると雪歩はちょこんと俺の隣に腰を下ろした。その左手には自分用のクレープが握られている。

これがクレープ……

初めて目にするクレープをまじまじと観察する俺。こんな薄い生地に果物と生クリームを挟んだだけのものがそんなに人気なんだろうか?

「チョコバナナにしておいたんだけど大丈夫? なんだったらわたしのいちごクリームと変えてもいいけど」

「ああ、別に俺はなんでも」

俺はそう言って目の前のクレープにパクリと一口かぶりつく。

「っ!?」

口にした瞬間体中に衝撃が走った。

「……旨い」

濃厚な生クリームとそれに包まれるバナナの甘味。さらに追い打ちをかけるかのようにドロッとしたチョコソースの深い甘味。そしてそれら全てを包む生地がしつこくない絶妙のバランスで全てをまとめている。

旨い、旨すぎる。こんなものがこの世にあったなんて……

「歩?」

はっ、と我に返ると雪歩が目で見つめていた。

「な、なんでもない。うん大丈夫だ」

クレープに感動していた。そんな恥ずかしいことを悟られないように俺は顔逸らしながらもう一口クレープを頬張る。うん、やっぱり旨い。

「ねぇ、歩」

だがそれでも声を掛けてくる雪歩。もしかしてもうバレてる? そんなに顔に出てたか俺?

「べ、別に俺はクレープに感動なんかして……」

と、言い訳を口にしながら振り向く俺の前に、

「ん」

すっと雪歩がクレープを差し出してきた。

「交換」

「え?」

雪歩の言葉の意味が分からず聞き返す俺。

「交換よ、交換。わたしそのクレープ食べてみたいし」

そう言って雪歩は逆の手で俺の持つクレープを指差す。

「あ、ああ。いいぞ」

そう言って俺は自分のクレープを差し出す。

「うん、ありがと。じゃあはい」

そして自分のクレープを差し出すと共に雪歩のクレープを受け取る。

「うーん、おいしい!」

俺のクレープを受け取ると雪歩はすぐに口を付けた。その顔はとても満足げな笑顔をしている。

「どうしたの? 歩も食べなよ」

「お、おう」

雪歩に言われて俺も受け取ったクレープを一口食べる。先程のとは違いいちごの酸っぱさが生クリームと合わさって何とも言えない絶妙な旨味を生み出している。

うん、これはこれで旨い。

「どう? おいしい?」

「うん、旨いよ」

雪歩の問いかけに素直に頷く。

「へへ、こうやって交換すれば二つ味が楽しめてお得でしょ?」

「確かにそうだな」

「ん、じゃあ一口づつ食べたから交換」

そう言う雪歩と再びクレープを交換する。……ん? というかこれって関節キスになるんじゃ?

「んーやっぱりこっちの方が好き!」

そう言って本当においしそうな顔をしてクレープを頬張る雪歩。ま、あんまり気にしていないようだしいいか。

そうして俺も初めて食べるクレープの旨さに舌鼓を打つのだった。


クレープを堪能した俺たちはショッピングモールの中へとやって来た。

この中にあてがあるのか? そう聞かれると正直ない。ならなぜここに入ったのか。あえて答えるのならば……なんとなくだ。近くまで来てしまったし、特に行くあてもないのでなんとなくここに入った、ただそれだけ。で、

「ねえねえどこ行こうか?」

目をキラキラと輝かせながらショッピングモールの中を見渡す人物が俺の隣に一人。言わずもがな雪歩だ。

「とりあえずここに行ってみるか」

最初にそう言ったのは俺だが、

「本当!?」

そう言って目を輝かせる雪歩にとてもノーとは言えなかったのも事実。どうするか悩んでいたのに安易に口にした言葉でこうもあっさりと行き先が決まってしまうとは……

「ねえねえ、あのお店可愛いと思わない?」

雪歩は前方にあるファンシーな小物屋さんを指差す。

「可愛いとは思うけど……お前、目的忘れてないだろうな?」

というかなんとなくさっきからはしゃいでいるように見えるんだが……

「そ、そんなのわかってるよ。でも少しくらい寄り道してもいいじゃない。それにどこでヒントと巡り合うかわからないし」

少し唇を尖らせながらそう言う雪歩。少なくともあの店に事件を知ってそうな人はいないと思うけどな。

「わかった、よ。少しだけな」

だが楽しみにした目をしている雪歩を無下に出来ない俺は渋々頷いてしまう。

「うん! じゃあ行こ!」

そうして楽しげに笑う雪歩に引っ張られる形で俺たちは小物屋さんへと向かった。


「はぁー疲れた」

あれから数時間。俺はショッピングモールにあるベンチで項垂れていた。結局あのあともことあるごとにいろんな店に入っては出て、入っては出てを繰り返した。雪歩は店に入るごとにとても楽しそうに物を物色していたが付き合わされる俺にとっては無駄に体力と精神力を削られる苦痛でしかなかった。ただいるだけで店員から話しかけられるし。よく女の子は何時間でも買い物出来るっていうけど、あれは本当だったんだな。男の俺には絶対無理だけど。

「ふはぁー」

そんなことを考えながらもう一度大きく息を吐く。

「だ、大丈夫?」

隣に座っている雪歩がそれを見て声を掛ける。

「ああ、ちょっと疲れただけだ」

「そ、そう。ならいいんだけど……」

そう言う雪歩にさっきまでのようなはしゃいでいるテンションはない。自分のせいで俺が疲れているんだと、少しは気にしているのだろうか?

「ま、いいんじゃねえの。息抜きってのは大事だし。ずっと気を張ってても疲れるだけだしな」

俺は雪歩の頭にポンと手を置き、撫でる。

「……なんか子ども扱いしてない?」

「別にしてねえよ」

そうは言うが俺自身なんかほっとけない、そんな感じはする。それはこいつが雪菜の娘だからなのか? それとももっと別の違う感情からなのか……俺自身もよくわからない。

「……ふーん、そっか。ありがとう」

そう言って雪歩は恥ずかしそうに微笑んでいた。うん、やっぱりこいつが暗い顔してるより笑っている方がなんか落ち着くな。

「あれ? 雪歩、ちゃん?」

と、唐突に前から雪歩を呼ぶ声。見ると約数十メートル先からこちらを見ている男性の姿が、

「え? 秋月さん?」

俺と同じように前を向いた雪歩がその人の姿を見て、そう呟いた。

「やっぱり、雪歩ちゃんか。いやー大きくなったね」

「秋月さんもお元気そうでなによりです」

互いに近づき親しげに会話を交わす両者。

「えーと、知り合いか?」

俺は話している二人にそーっと近づき話しかける。背も高くガッチリとした体形のその人は白髪こそ少し混じってはいるがそれほど年を取っているようには見えない。三十半ばかそれぐらいっていったところだろうか?

「あ、そうだよね。この人は秋月さん。あの事件の時に最初に村に駆けつけてくれた刑事さんだよ」

雪歩の言葉を聞いた瞬間、俺は全身の体の毛が逆立つような感覚に見舞われた。

「村……に?」

村に最初に来た刑事? 確かに先生が説明してくれた中にも出てきてた。村からのSOS電話を受け取り、事件の惨状を目撃した最初の人。そして唯一生き残っていた雪歩を見つけた人……それがこの人。

「で、彼は本郷歩。今ウチの施設で暮らしてるんだ」

雪歩は続け様にその秋月さんに俺のことを紹介する。

「本郷君か。よろしく」

「あ、はい。どうも」

差し出された手に慌てて握り返す俺。正直いきなりのことでいろいろテンパっていた。

そりゃそうだ。だって今俺の目の前に正に探し求めていた事件のことを知る人物、しかも詳細まで知っているであろう人物が現れたのだから。

「いやーでもまさかこんなところで会うなんてね」

「そうですね。すごい偶然です」

俺との握手を終えた秋月さんは再び雪歩に話しかけた。

「秋月さんはここに何か用事で?」

「ああ、少し頼まれたことがあってその資材調達ってところ、かな」

そう言って持っているビニール袋を見せる。

「それにしても驚いたよ。雪歩ちゃんが彼氏連れでここに遊びに来てるなんて」

「か、彼氏!?」

秋月さんの言葉にあからさまに驚きの顔を見せる雪歩。

「あれ? 違うのかい? 仲良さそうだからてっきりそうなのかと思ったんだけど」

「ち、違います! わたしと歩はそんなんじゃないですから!」

顔を真っ赤にしながら全力で否定する雪歩。俺が彼氏だと思われたことがそんなに嫌だったのだろうか? なんか少し凹む。まあ、それは置いておいて、

「あの、秋月、さん。これから時間ありますか?」

俺は雪歩の横から秋月さんに話しかける。

「時間? まあ特にこの後用事もないし時間はあるが……」

「だったら少し話しま……せんか? 少し聞きたいことが……あるんです」

「聞きたいこと?」

そう言って俺の顔を見る秋月さん。俺はそれに真剣な表情で答える。

「……わかった。じゃあここで立ち話もなんだし場所を移そうか。そうだな、私の家に行こうか。ここからそんなに遠くないから」

俺の表情の意味を察してくれたのか、移動を提案する秋月さん。

「わかりました」

俺が頷くと秋月さんはじゃあこっちへと言って前を向き歩き出した。

「じゃあ行くぞ……雪歩?」

なぜか顔を赤くして俯いている雪歩。

「あっ、うん。そうね。行きましょう」

俺が声を掛けるとスタスタと早歩きで秋月さんの後に続く雪歩。なんだかよくわからなかったが俺も遅れないようにその後に続いて歩き、秋月さんの家へと向かうのだった。

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