訪問者

診療所を後にし、次に俺たちのやってきたのは町の図書館。

ここなら事件に関する資料を集められると思ったのだが……

「だー、全然ねぇよ」

作業を開始して二時間。資料捜しは暗礁に乗り上げていた。

「ちょっと、あまり大声出さないで。一応図書館なんだから」

「あっ、わりぃ……」

とは言うものの今この図書館に俺たち以外の人は見当たらない。いるのは貸し出し口にいるおばさんくらいだ。

「にしてもここまで資料がないなんて……」

とりあえず事件当時の新聞の記事は一通り漁った。だがそこに書いてあるのは先生から聞いた情報程度のものでそれ以上の情報というのは書かれていなかった。ま、そもそも新聞の記事なんてのは詳細よりも事件の概要さえ書いてあればそれで成立するわけだしな。誰も知らない裏情報、そんなのそうそう書いてあるわけがない。

「まず前提からしてあんな小さな村の事件を大きく取り上げようとしているとこがどこもないから仕方ないよ」

「それはそうかも知れないけどよ」

にしてももう少し取り上げてもいいんじゃないか。村の住民が丸ごと全員死んだんだぞ。なのに一面どころか三面記事の隅に小さく書かれているだけなんて……

「にしてもここまで何もないものなのか?」

事件辺りの新聞記事は一通り探した。だがその時期の情報がほとんどないのだ。注目されていない事件ということはわかったけど、でもなんか逆に不自然過ぎるような気が……

ブーンブーン

と、唐突に机が小刻みに震えた。

「あっ、春香さんからだ」

そう言って雪歩は机の上に置いていた手の平サイズの銀色の板? のようなものを手にとった。すると机の震えが止まる。一瞬地震かと思ったけどどうやら机ではなくあの銀色の板が震えていたようだ。

「えーと、何時に帰るのか? あっ、もうこんな時間か」

銀色の板を指先でちょこちょこと叩きながら呟く。

「あのさ、さっきから何してんの?  というかそれ何?」

「え?  スマホでメール読んでるんだけど」

「スマホ?  メール?」

聞いたことのない単語に頭を傾げる俺。

「スマホだよ、スマートフォン……って、そっか!  スマホを知らないのか」

驚いた顔で俺の方を見る雪歩。

「んで、なんなんだよ。そのスマホってのは?」

「次世代携帯……携帯電話って言えばわかる?」

「携帯電話? ってのがそもそもわからないんだが、字面的に持ち運び出来る電話みたいなもんか?」

「うん、そう。スマホはそれをさらに進化させた、みたいなものなの」

と言って雪歩はそのスマホとやらをこちらに見せる。手の平サイズの小さなそれにはテレビの画面みたいなものが写し出されていた。

「これが、電話……か?」

なんかすごく小さいし、数字のボタンもないんだけど……というかそもそも受話器ないのにどうやって相手と話すんだ?

「それで?  春香さんがどうしたって? メールがどうこう言ってたけど」

「あっ、うん。春香さんがメール……手紙みたいなのをこれに送って来てね。いつ帰ってくるのか、だって」

「春香さんが?」

メールっていうはまだいまいちわからないけど、つまりは春香さんが心配してるってことか。

図書館の時計を見ると時刻は夜の七時になろうとしていた。

「もうすぐここも閉館時間だし、今日はこれくらいで切り上げようか」

「そうだな」

「じゃあ春香さんにもうすぐ帰るって連絡しとくね」

そう言って雪歩はまたちょこちょことそのスマホとやらを弄り始めた。たぶん春香さんにメールとやらを返しているのだろう。

俺は雪歩がスマホを弄っている間に集めた記事をまとめて、元あった場所へと返却していく。

やがて返事を返し終えた雪歩も加わり、全てを返却し終えると俺たちは図書館を後にした。



あれから二日が経った。

「今日もあんま成果なかったね」

肩を落としながら施設への道を歩く俺と雪歩。あれから毎日図書館へと通っているのだが未だに主立った手掛かりやヒントを見つけられずにいる。

「ひとしきり探し尽くした、とは言わないけど、今のところ全然情報がないからな」

「うん」

力なく頷く雪歩。正直、今ある有力な情報と言えば、先生の教えてくれた疑問点だけだ。彼女が落ち込む気持ちもわかる。

「ま、そもそもとして警察が必死なって捜査しても解決出来ていない事件の謎を解こうとしてるわけだからな」

ただの一般人である俺たちが解こうってのにそもそも無理がある。

「……でも、無理でもなんでも絶対に犯人を見つける。そうでしょ?」

「ああ、もちろんだ」

はっきりと意思を持った目で見つめる雪歩に応えるように俺は力強く頷く。

「よしっ!  じゃあ明日は事件以外の記事も見てみよう。もしかしたら何か思わぬ手がかりが見つかるかもしれないし」

「うん、そうだね……?」

と、不意に雪歩が前方の方を見て首を傾げた。

「どうかしたか?」

「うん、なんか車が止まってるから」

「車?」

言われて前を見ると、施設の前に車が一台止まっていた。しかもそこら辺にあるような普通の乗用車ではなく、いかにも高そうな外国の高級車だ。

「知らない車か?」

「うん。見たことない」

「だよな」

そもそも俺もこの施設の前に車が止まっているのを見たのは初めてだ。だからどうだってわけじゃないけどなんとなく俺もその光景に違和感を感じる。

「とりあえず行ってみよう」

「お、おう」

雪歩の声に促されて俺は少し急ぎ足で施設への残りの道を歩いた。

「ただいま!」

いつもより幾分勢い良くドアを開ける。するとそこには見知らぬ高そうな靴が何足か並べられていた。

「あれ?  もしかして……」

そう呟いて雪歩は駆け足気味に台所へと向かう。

「春香さん!」

「おう、おかえり。早かったな」

いつもと同じ怠そうな感じで言葉を返す春香さん。だがその春香さんの前には見知らぬ一人の老人と黒服を着た男が左右と背後に三人配置されていた。

「おお、雪歩か。久しいな」

「仰木さん!」

こちらを振り向いた老人の言葉に反応する雪歩。

「お久しぶりです。どうしたんですか、今日は?」

「いや、たまたま近くを通りかかったものでな、久しぶりに寄ってみたんじゃよ」

「そうだったんですね。車いつもと違ったので誰が来たのかと思いましたよ」

「ほほっ、前の車はだいぶ古かったのでな。買い替えたのじゃ」

近づき親しげに話す雪歩とその老人。

「あの、春香さん。あの人は?」

俺はその間に春香さんへと近づき、小さく耳打ちをする。

「ああ、ここら辺を仕切ってる大地主さんだよ。この施設にも寄付してもらったり、いろいろよくしてもらってる」

「大地主……」

春香さんの言葉にとりあえず頷いてはみるがあまり聞き覚えのない言葉にいまいちピンとこない。

「ま、ウチの施設の寄付ってのはおまけみたいなもんで、実際は県会議員や国のお偉いさんなんかの支援もしてるから実際はもっと大きな権力を持ってるって話だ。詳しいことはあたしも知らねえけどな」

そう言う春香さんはいつもみたいな不機嫌そうな顔をしていた。

そんな春香さんとは逆に雪歩は親しげにその大地主さんと話している。

「雪歩は……仲良いみたい、ですね?」

「まあ、そうだな。なんせあいつをここに入れたのはあの人だからな」

「え?」

あの人が雪歩をここに入れた?

「ああ。村で唯一生き残った雪歩をどうするかってなった時この施設に入れるように言って、さらに施設の整備費と言って多額の寄付もしてくれたそうだ。正直それまで結構ギリギリに保ってた施設だったからその寄付金で立て直すことが出来たらしい。それからも毎年寄付金を入れてくれたり、必要な機材を揃えてくれたり、こうやって訪問したりしてくれてる」

つまりは雪歩の後見人、みたいなものってことか。だからあいつもあの人に懐いて……

「にしては、なんか不機嫌そうっすね?」

不機嫌そうな顔をしている春香さんに俺は尋ねる。いや、不機嫌そうな顔はいつも通りなんだけど、なんか今日のはいつもよりも数段増しで不機嫌そうと言うか……

「……別に、なんでもねぇよ」

そう言って春香さんは口に咥えているスティックキャンディをガリッと噛み砕いた。

……やっぱ機嫌悪いんじゃ?

それにしても雪歩の奴本当に嬉しそうに喋ってるな。本当にあの人のことを慕ってるって感じだ。老人の方もすごく優しい感じで雪歩と話してるし、なんて言うか見ていてとても仲の良いお爺ちゃんと孫みたいでほんわかする。

「それはそうと、その子は誰じゃ?  見かけん顔じゃが?」

そう言って老人が俺の方を見る。

「ゆらの知り合いの子だよ。あいつに頼まれて暫く預かってんだ」

俺が何か言うよりも早く春香が老人に説明する。

「ほう、先生の知り合いの子とな?  ……君、名前は?」

「あっ、えっと……本郷、歩っす」

「本郷?」

そう言って老人は俺のことをさっきまでの優しい目とは打って変わって鋭い目つきで俺を見る。まるで俺のことを見定める、そんな目で……

「……良い目じゃ」

「え?」

俺のことを見ていた老人は真っ直ぐに俺を見たままそう呟いた。

「とても若々しく、強い意思を秘めておる……うむっ、やはり若者はこうでなくてはならん」

そう言って老人はカッカッカッと甲高く笑った。

「あの、えーと……」

「おおっと、自己紹介がまだじゃったな。儂は仰木順二郎というものじゃ。ここらじゃそれなりに顔と名前が通っとる」

「は、はぁ……」

「まあ、何かあったら気兼ねなく言いなさい。あと雪歩共々ここの子たちと仲良くしてやってくれ」

老人は俺の肩をポンっと叩くとそのまま大男たちのいるほうへと戻っていく。

「それじゃ儂らはここらへんでおいとまするとしようかの」

「え?  もう帰っちゃうんですか」

「うむ、この後も用事があるのでな。なあに、また近いうちに寄るつもりじゃから、その時にでもゆっくりとな」

そう言って老人、仰木と言ったけ?  仰木さんは雪歩に優しく笑いかけた。

「それではの。子どもたちをよろしくな」

「ああ」

最後に春香さんに言葉を掛けてから仰木さんは大男たちを連れて帰って行った。

「帰っちゃいましたね。でも良さそうな人っすね」

「……そうだな」

どことなくぎこちない感じでそう返す春香さん。まだどことなく機嫌が悪いように感じるのは……気のせいだろうか。

「おらっ、なにぼさっとしてんだ。早く晩飯の用意すんぞ」

そんな俺の疑念とは裏腹に春香さんはバシッと俺の背中を強く叩く。

「痛っ!  ……飯の準備って、これからするんすか?」

「そうだよ。あいつが来たからまだ何も準備出来てねぇんだ。だからお前も手伝え」

「えー」

「文句言うな。ここにいる限りあたしの言うことを聞いてもらうぞ。ほらっ、来い!」

「痛っ、痛い!  耳引っ張らないで!」

そんな感じで春香さんに引きずられるような形で俺は台所へと連行される。

「あっ、じゃあわたしも手伝う!」

そう言って来てくれた雪歩に助けられながらなんとか俺は不慣れな料理の手伝いを終えることが出来たのだった。


追伸、春香さんには役立たずとめっちゃ怒られました。

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