恋は罪、愛は罰

雪瀬ひうろ

第1話

 この恋は罪だ。

 きっと私の肩を持ってくれる人も居るだろうし、同じ様な事をしている人間はどこにだっているだろう。だが、他ならぬ私が罪と感じている以上、これはきっと罪に他ならない。

 どうして、こんな恋をしてしまったのだろう。

 わからない。

 わからないけれど、始まりは些細な出来事だった。


「何見てんだよ」

 亮太はタオルで汗を拭いながら言った。

「見てないし。自意識過剰なんじゃね」

 私はすげなく言い返した。

 照りつける日差しは鋭く私達の肌を刺す。夏という季節は太陽でできていると思う。あれ以上に、夏を象徴する物を私は思いつかない。そんな太陽は今日も律儀に私の肌をローストしようと試みる。日焼け止めをもう一回ぬった方がいいかもしれない。

「うっぜぇ。ただでさえ暑いんだから亜優の相手なんてしてらんねえんだよ」

 そう言うと、亮太は水道の水を頭から被り、そして、めちゃくちゃに髪をかきまわす。

「うっわ、飛んできた! 犬かてめえ!」

 亮太の短い髪から水滴が飛び散り、空気を濡らす。

 私の抗議を無視して亮太は髪をタオルで拭い始める。

「私の相手なんてしてらんないっていうけど、話しかけてきたのはそっちじゃん」

「おまえがサッカー部の練習をずっと見てたからだろうが。ていうか、戻らねえと」

 亮太はガシガシと乱暴に髪を拭いて、またグランドの方へと戻っていった。

「見てねえし……」

 私の声は届いていたのだろうか。亮太は振り返る事も無く去っていった。

 本当は私は亮太を見ていた。しかし、誓って言うけれども、この時の私に亮太に対する恋愛感情は無かった。言い訳の様に聞こえるかもしれないけど、これは事実だ。

 亮太は私にとってただの幼馴染で悪友。それだけの関係でしかなかったのだ。

 ただ、私は親友の為に亮太のことを観察していただけなのだ。

 亮太のことが好きだという親友の為に。


 美咲は私の親友だった。

 彼女と初めて出会ったのは、高校の入学式の日。美咲と私は同じクラスに所属していた。だから、当然クラスメイトとして顔を突き合わせていた筈なのだけれど、初めて会った日の印象はない。それだけ彼女は目立たない生徒だった。

 長い黒髪は整っており、きちんと手入れされているのであろう印象は受けたが、どこか地味だった。顔立ちも決して不細工ではなく、いい素材なのだが目立たない。大学生にでもなって化粧を覚えたら映えるかも知れない。そんなどこのクラスにも一人は居そうな大人しい女の子。それが美咲だった。

 私と美咲が親友になったきっかけは図書室だった。

 皆に意外に思われるのだが、私は本が好きだった。粗雑で、おしとやかという言葉の対極に居る様なキャラクターだという自覚はある。だから、幼い頃から男子や男子と一緒に居る事を良しとするような女、いわゆる「イケている」グループに属してきた。だから、友達としてきた話は、街に繰り出す時のファッションだとか、おいしいスイーツの店だとか、誰が誰を好きだとか、そんなくだらない話題ばかりだった。

 そんな私の唯一建設的な趣味が読書だった。国語教師だった父親は私に色々な本を与えた。幼い頃はそんな押し付けを苦痛に思った事もあったけれど、今となっては感謝している。おかげで国語の成績だけはクラスでもトップクラスだ。

 その日、私は図書室で新しく読む本を探していた。

 私は目当ての本があるであろう棚までやってくる。

 そこに立って本をめくっていたのが美咲だった。

 そのときの私は、彼女をクラスメイトとして認識すらしていなかったから、声をかけることもなく通り過ぎようとした。しかし、彼女の持っていた本のタイトルが目に入ると、私は思わず声を漏らしていた。

「あ、それ、私が探してた奴だ」

 意図せず零れた言葉だった。ヤバイ。思わず口を塞いだ。どちらかと言えば社交性はある方だと自負している私だけれど、流石に何の接点も無い(実際はクラスメイトだったのだが)人間にほいほい話しかけるほど軽い人間ではなかった。

「あ、すいません……」

 美咲は何故か謝る。本を閉じて抱くように持ち、怯えた表情をしている。無理もない。どちらかというとチャラチャラした(自覚はある)よく知りもしないクラスメイトからいきなり声をかけられたのだ。驚いてしかるべき場面だろう。

「うわ、こっちこそごめん……なさい。いや、それ、私が探してた奴だったからつい……」

「これですか? 今宮さん、『こころ』なんか読むんですか?」

「え? あ、うん。こないだ前期三部作を読んだってオヤジに言ったら次は『こころ』だって言うから……」

 このときの私は全く見知らぬ人間が自分の名前を知っている事に動揺し、考える余裕も無かったが、結構酷い事を言われている様な気もする。美咲は大人しそうに見えて、意外にずけずけと物を言う。

「はい、どうぞ」

 美咲は私に本を差し出す。

「え、いいよ。読むんでしょ?」

「いえ、私は前に一度読んだので。ちょっと読み返してただけですから」

「そう?」

 私はおずおずと本を受け取る。

「むしろ、それ、読み終わったら是非感想を聞かせてください」

「……わかった」

 この日から私達は友達になった。本を勧め合い、感想を言い合う中で、お互いの中身を知っていった。

 いつしか私達は親友になっていた。

 だから、私は美咲が亮太に恋している事を知った。


「恋に理由なんてないでしょ」

 学校からの帰り道、最近、空が暗い。もう太陽の季節は終わり、秋がやってきている。

 川の傍の土手。青春ドラマだったらここで殴り合いが起こりそうだな。そんな道が私達の通学路だ。

「だから、別に理由なんてないのよ」

 美咲は亮太が好きな理由を聞かれるといつもそう答えた。

「強いて言うなら顔、かな」

「うっわ、ちゃらいな」

 私は適当に冷やかす。幼馴染の自分からすれば、亮太の顔なんて生意気で自分勝手な幼い頃の顔しか浮かばない。

「よく恋愛小説なんかじゃ、ドラマチックな出会いがあるじゃない。ハンカチを拾ってもらうとか」

「曲がり角でぶつかるとか?」

「そう。でも、そういうのって結局読者に納得してもらう為の理由づけよね。現実の恋に理由なんていらないんだわ」

「まあ、解るけどさ」

 こういうところは私よりも美咲の方がさばさばとしていた。いかにも軽い風貌で遊んでいそうな私よりも、文学少女然とした美咲の方がずっとリアリストだった。

「でも、やっぱり現実の恋愛にもドラマは必要だと思うんだけどなぁ」

 私は転がっていた小石を蹴飛ばす。小石は明後日の方角に飛び、川に落ちて小さな波紋を起こした。

「本当、亜優は見かけによらず白馬の王子様願望が強いわよね」

「そんなんじゃねえし」

 口では否定しながらも、心の中では納得していた。私は王子様に憧れているのかもしれない。

 恋愛小説の様なドラマチックな恋にあこがれていたのかもしれない。

「彼氏いるくせにね」

「うーん、まあな」

 当時、私には彼氏が居た。友達の紹介で付き合う事になった他校の男だ。

「悪いけど、あれはとても王子様には思えないわね」

「うーん、まあ正直私もそう思う」

 いかにも遊んでいるという感じの軽薄な男だった。正直、付き合ってはいるものの、好きという感情は全く湧いてこない。

 事実、今まで二回デートしたが、特に楽しいという気持ちも生まれず、最近はずっと会ってもいなかった。このまま自然消滅するかもしれないな。そんな風に思っていた。

「王子様願望が強い癖に、言い寄られた男とほいほい付き合うというのもなかなか矛盾しているわよねえ」

「まあ、私の事はともかく」

 私は矛先を逸らすために無理矢理話題を変える。

「亮太を狙うっていうんなら任せとけよ。亮太に関してなら私ほど味方につけて頼もしい人間は居ないぜ」

 このときの私はまだ本気で美咲の恋を応援しようと思っていた。

 そのはずだ。

「期待してるわ」

 美咲はすたすたと歩を進めながら言った。

 美咲は私より前を歩いていた。

 だから、このとき美咲がどんな顔して話していたのか、私は知らない。


 亮太と私は幼馴染だ。

 しかし、私にとって亮太は、幼馴染と言っても数人いる遊び仲間のうちの一人にすぎなかった。確かに会話したり、遊んだりすることは多かったけれど、それでも二人きりで過ごした記憶はない。

 つまり、私と亮太の関係は幼馴染という言葉で想像されるような甘酸っぱいものでは決してなかった。

 ただ、高校生になった私のすぐそばにいた幼馴染は亮太だけだった。他の奴らは別の学校に通っていた。それだけだった。

 そして、私の親友が彼のことを好きになった。本当に、本当に、ただ、それだけだったのだ。


 美咲は亮太のことが好き。

 私は美咲の親友。

 だから、美咲の恋が上手くいく様に応援する。

 それだけの話だ。何も難しいことはない。

 二人が付き合い出せば、それ以上に私にとって嬉しい事はない。

 それなのに、どうしてこんなに胸が痛むのだろう。

 でも、その理由ははっきりしていた。馬鹿な少女漫画の主人公じゃないんだから、自分の気持ちくらい流石にわかる。

 私はいつの間にか亮太のことが好きになっていたのだ。


「最近、おまえどうしたの?」

 文化祭が近付いていた。うちのクラスはうどんとチョコスティックの屋台をやる事になった。なんだその組み合わせは、と思うが、うどん派とチョコスティック派がもめた結果、結局わけのわからない組み合わせになった。しかし、かえって目立っていいのかもしれない。私は屋台の看板に色を塗りながらそんなことを考えていたときのことだ。不意に亮太が私に声をかけてきた。

「え? 何が?」

 教室には私達二人しかいない。つい先程まで他にもクラスメイトは居たのだが、買い出しや教師からの呼び出しでみんな出て行ってしまったのだ。

「なんかやたら俺の方見てるし、好きなものは何かとか変なこと聞いてくるし」

 子供の頃は気付かなかったけど、亮太のまつ毛は意外に長い。そこが少し可愛い。

 亮太は部活のサッカー以外の趣味は時代劇を見る事らしい。意外で少し面白い。

 幼馴染の私も知らない亮太がたくさんいた。そんな亮太を少しずつ知っていった。

 その度に亮太にひかれていく自分が居た。

 もしかしたら私の王子様は亮太なのかもしれない。

 でもそんな事言えるはずが無かった。

「……別に」

 私は自意識過剰なんじゃない、とか、気持ち悪い、とか、そんな軽口を返すべきなんだと解っていた。私と亮太の関係は本来そういうものだったし、そうあるべきだった。亮太のことを好きな美咲のことを思うなら、尚のことそうするべきだった。

 でも、もう私は自分の気持ちを誤魔化す事が辛くなり始めていた。

「おまえさ……」

 亮太はいつの間にか文化祭の看板をほっぽり出して、真っ直ぐに私を見つめていた。

 そして、一度目線を逸らして、言いにくそうに言った。

「彼氏いるんじゃねえの?」

「……いるけど」

 だから、なんだよ。そう言うべきだった。

「もう別れるし」

「そうなのか」

「……うん」

 別に別れるつもりなんてなかった。今、思いついたことだった。しかし、最近は会わないどころか連絡すらとっていない。もう付き合ってるとも言えないくらいの状態だったのだ。別れ話を切り出しても何も問題はないはずだ。

「そっか……」

 自分の考えに夢中で亮太の様子に気を留める余裕はなかった。でも、どこか彼はほっとしていた様な気がした。

 クラスメイト達が戻ってきて教室が再び喧騒に満ちた。私達の間にあった空白が埋められていく。

 別れよう、私の思考はその一言で埋め尽くされた。

 別れてしまえば、亮太は私の方を見てくれるかもしれない。

 いつの間にか私は美咲のことを忘れていた。


「結局、別れたんだ」

「うん、めっちゃあっさりだった」

 トラブルだらけの文化祭は終わり、カーディガンが欠かせない季節がやって来ていた。もうそろそろセーターを着てくるべきなのかもしれない。

 昼休み、安いパックのジュースを片手に、私と美咲は渡り廊下からグラウンドを見下ろす。

 別れ話は五分で終わった。流石にラインのメッセージで終わらせるのは失礼だろうけど、かといってわざわざ会いに行く気にもなれない。結局、私達は通話で交際を終了した。

「あの感じはもう他に女がいたね」

「一回写真みただけの私が言うのもなんだけど、そんな感じの雰囲気の男だったね」

「そうそ。別れて正解だったわ」

 結局、半年付き合ったはずなのに顔を付き合わせたのは二回だけ。馬鹿らしいにもほどあがある。

「でも、なんで今なの?」

「へ?」

 言葉の意味が解らず、私は美咲の方を見る。

「付き合い始めてから半年経っててもずるずると別れなかったんでしょ? 今になって別れたのにも何かきっかけがあるんじゃないの?」

「別に」

 私はいつしか嘘が上手くなっていた。いや、面の皮が厚くなったと言うべきなのだろうか。美咲が何か鋭い切っ先を私に向けてきても私には届かなくなり始めていた。

「そう、てっきり他に好きな人でもできたのかと思ったわ」

「考えすぎじゃない?」

「亮太君のこと、どう思ってるの?」

「……え?」

 でも、さすがにこの一撃はかわせなかった。グサリ。そんな音がして、私の胸の真ん中に突き刺さる。

「ずっと見てるでしょ」

「何を言って……」

「今も、彼を見てた。ずっと」

 そして、彼女は私と同じ様にグラウンドでサッカーをしている亮太を目で追う。

 気付かれてた。

 いや、気付かれてた事に、私は本当は気付いてた。

 でも、見ないふりをしていただけだったんだ。

 私は、ずっと亮太の方だけを見ていたんだ。

「私、彼に告白するわ」

「え……」

 間抜けな声が漏れる。

「もうすぐクリスマスだから、それまでに決着をつける」

 美咲はただ大人しいだけの女の子じゃない。そんな事は親友の私が一番よく知ってる。本当は誰よりも強い子なのだ。私なんかとは違う。

「貴方はどうする?」

 私は何も答える事が出来なかった。ただ、顔を伏せて、全てが終わるのを待っていた。

 何の返事も得られないことを悟ったのか、美咲は言った。

「私は言ったから。私がどうしようと勝手よね」

 彼女は自分が持っていたジュースをゴミ箱に投げ捨てると一人で教室に戻っていった。

 私は冷たい手すりに顔をふせたまま、チャイムが鳴るまでそこを動けなかった。


 一人の男を取り合う二人の少女。

 なんだこれ、少女漫画かよ。笑える。

 そんなことを考えても胸は苦しくなるばかりだった。

 私は、一人自分の部屋で枕に顔をうずめながら自問自答する。

 やはり、彼女は強い。

 私は到底告白などできそうにない。

 だって振られたらどうするのだ。ただその後に来る絶望が怖い。

 それに告白する前にあんな風に恋敵に宣言するのだって無理だ。ただ告白するだけでも一大事なのに、自分からもう一個手間を増やすのだ。無理だ。絶対無理だ。

 ドラマや漫画なんかではよく見る展開だけれど、現実で自分が向き合う事になるとは思ってもみなかった。

「まあ、自分が悪いんですけどね」

 そもそも、親友の好きな相手を好きになってしまったのは私だ。

 私が亮太を好きにならなければ、こんなややこしい事態には陥らなかったのだ。

「でも、なっちまったんだから、しょうがないじゃん……」

 どうして、私は亮太が好きになってしまったのだろう。サッカーをしている姿だとか、友達と馬鹿な話で盛り上げる亮太の姿が脳内で明滅する。触り心地のよさそうな短い髪だとか、笑ったときの仕草だとか、意外と周囲を見ているところとか、細かい点は挙げられても何が決定打だったのか、やっぱりわからない。

 わからない。いくら考えてみても答えは出なかった。

 そう、美咲も言っていたではないか。

 人が人を好きになるのに理由なんてないんだ。

 そう割り切るしかないのだろうか。


「振られた」

 美咲は私にラインでそれだけのメッセージをよこした。

 私は何も返事をする事が出来なかった。


「付き合ってほしい」

 亮太に告白された。

 ある寒い日の放課後。校舎裏での出来事だった。


「付き合う事になったんだ?」

 亮太に告白されてから数日。美咲は久しぶりに私に声をかけ、一緒に下校する事になった。

 半年前、この河川敷で美咲を応援すると言っていた事を思い出した。

「……うん」

 私は気まずさから美咲の顔を見る事が出来なかった。

「おめでとう、とは言わないよ」

「……うん」

「亮太君、亜優のことがずっと好きだったんだってね」

 もう私は何も答える事ができない。私がずっと黙りこくっている事に耐えかねたのか。美咲は声の調子を変え、私の目を真っ直ぐに見据えながら言った。

「もうこれ以上何も言わないからさ、一つだけ教えてよ」

「……何?」 

 私は震える声で応じる。

「亮太君のこと、本当に好きなの?」

 この問いにははっきりと答えないといけない。私はそう考える。

「うん、好き」

「本当に?」

「うん。それは絶対」

「じゃあ……」

 美咲の目は真っ直ぐに私を捉えて離さない。

「何で好きなの?」

「人を好きになるのに理由なんていらないんでしょ」

 私は少しムキになって反論する。

「そうだよ、私にとってはね。でも、あんたは違うでしょ?」

「意味がわからないんだけど」

 予想だにしない言葉に私の声に苛立ちが混ざる。

「あんたには王子様願望があった様に思うけど」

「それはあくまで理想の話でしょ。現実は違う」

 美咲の言わんとしている真意を量りかねる。一体この子は何を言おうとしているのか。

「回りくどい言い方は止めるよ。はっきり言ってあげる」

 美咲は視線を逸らさずに言った。

 言葉でばしんと頬を張られた。

「親友の好きな相手を好きになる自分に酔ってたんでしょ」

 ばしん、ばしん、言葉が痛い。

「物語みたいな恋がしたかったから私の好きな人を奪ったんでしょ」

 河川敷ってやっぱり殴り合う場所なんだな、そんなくだらない考えが脳をよぎる。

 ずきずきと殴られた心が痛む。悲鳴を上げる。

 私は何も殴り返せない。

 それはきっと図星だったから。

 恋に理由なんていらない、そんな言葉で蓋をしてきた自分の本当の気持ちを暴かれてしまったから。

 なんだよ。

 私、自分の気持ちも解らない馬鹿な少女漫画の主人公と一緒だったんだ。

 案外よくできてるもんだね、現実でもこんなことってあるんだね。

「あんたの気持ちくらいわかるよ」

 私は何をやっているんだろう。

「親友だからね」

 ずしん、私は打ちのめされた。


 結局は全て美咲の言うとおりだった。

 私は親友の好きな相手だから亮太を好きになったのだ。それはいくら考えてみても彼が好きな理由なんて解らないはずだ。好きな理由は彼自身にはなかったのだから。

 あの日以来、美咲とは疎遠になった。挨拶くらいはかわすけれど、以前の様に読んだ本の感想を言い合ったり、どこかに遊びに行く事は無くなった。それは当然の報いだと思う。

 亮太とは付き合い始めると、彼に魅力を感じなくなった。そりゃあそうだ。私は親友の好きな相手である彼が好きだったのだから。何度かデートはしたものの何の進展しないまま、ずるずると時間だけが過ぎていった。


 そして、大学受験も終わり、卒業間近のある日、私は久しぶりに美咲に声をかけられた。

 私達が最後に話したあの河川敷でのことだった。

「まだ付き合ってるの?」

「まあ、一応」

 まだ亮太とは別れていなかった。しかし、受験を口実に最近はまともに話してもいない。受験が終わった今なら大手を振って会える筈だが、それもなんとなく誤魔化して、彼からの誘いをかわしてしまっていた。

「今日、声かけたのは、もう卒業だからね」

「うん」

「最後に一つ謝らなくちゃいけない事があったから」

「え?」

 正直、声をかけられてから、また何を言われるのだろうと身構えていたから謝るという言葉は意外だった。

「いや、謝らなくちゃいけないのは私……」

「そんな心にもない謝罪は要らないわ」

 すげなく返されると何も言えなくなる。確かに私は本気で謝ろうだなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。

 ムッとして強い言葉を返す。

「じゃあなんだよ」

「私が謝らないといけないのは、一つだけ嘘をついてた事」

 私達は目も合わせず、ずっと前を見て話していた。

 河川敷にはタンポポが咲いていた。もう季節は春だ。始まりの季節がやってくる。

「私が彼を好きになった事に理由なんてない、って言ったけどあれは嘘」

 予想外の言葉に私はまた言葉に詰まる。

 なんだ? 何を言おうとしている。

「私にとって彼は本当は命の恩人なの。小さい時に崖から落ちそうになったところを彼が間一髪助けてくれたの。だから、私は彼を好きになった。もちろん、小さい時の事だから彼は覚えていないのだけれど」

「何を言って……」

「私にとって彼は運命の人だと思ってたから。だから好きになった。それはきっと振られた今でも」

 やめてくれ。

 きっと私はまた殴られてる。なぜならこんなに胸が痛いから。

「まだあの人は貴方にとって親友が好きな相手だよ」

「……やめて」

「いや、違うか。私と貴方はもう……」

「……やめてよ」

 どうしてこんな目に合わなくてはならないのか。自業自得なのは解っていてもそう思わずにはいられない。

「それだけよ。ごめんなさい」

 そして、彼女は私に背を向けて去っていく。私は何も言う事ができない。

 けど、今、美咲が言った言葉の真意は私には解ってしまった。

 解ってしまった。

 親友だったから。

 彼女の、彼の幸せを願う気持ちを。


 きっとこの恋は罪だった。

 だから、私は罰を受けなくちゃいけない。

 その罰とはきっと愛だ。

 我がままで身勝手な恋の代償を私は払い続ける。

 私自身の歪んだ愛で。


〈了〉

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恋は罪、愛は罰 雪瀬ひうろ @hiuro

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