第4話;妖精の杖

 家に戻り、軽くシャワーを浴びて着替える。朝ご飯は放棄した。どうせ冷蔵庫には何もない。それよりも早く広場に向かわなければならない。そこに小百合ちゃんを待たせているのだ。

 そう、僕は冒険に出る事にした。小百合ちゃんの物より数倍大きいリュックサックを取り出し、財布とタオル、水筒を急いで詰め込む。

 不安が過ぎる。ひょっとしたら彼女は待てずに、先に山へ行ってしまったかも知れない。小百合ちゃん曰く、新学期も近いので今日は朝から山へ向かうとの事。

 リュックに、マフラーとバスタオルを追加で詰め込んだ。今日の冒険は長引く。妖精なんて、見つかりはしないのだ。


(だったら僕は、何の為に山に向かうんだろう…。)


「…あっ…。」


 ふと、本棚に目が行き、例の本もリュックに詰めた。妖精についても書かれている本だ。何かの役に立つかも知れない。


 家族の誰も起きてない。今日は週末だ。『冒険に行って来ます。夕方までには戻ります。』なんて置手紙を残す訳にはいかない。大体この歳で、いちいち外出に断りを入れるのも変だ。

 急ぎ足、忍び足で玄関に向かい、扉を開けると急いでエレベーターに向かった。広場のベンチに座る、彼女の後ろ姿が見えた。安心した僕は自販機に向かい、水を買って水筒に移しながら、そこでやっと浮かしていた踵を靴の中に収めた。


「お待たせ!」


 小百合ちゃんに声を掛ける。彼女はこっちを向いて笑ってくれた。


「さぁ!山へ出掛けようか?今日こそ、妖精を見つけよう!」


 辺りに人はいない。僕の大声に、小百合ちゃんの笑顔は更に大きくなった。




 快晴の下、以前覚えた道程を、今日はゆっくりと歩いて辿る。ちらっと小百合ちゃんを見る。確かな歩幅で足下を見ながら歩く彼女の両手は、リュックの帯を掴んでいた。


(手を、握らなくても良いのかな?)


 変な意味じゃなくて、彼女が転んでしまうかも?と心配なのだ。実際、数日前に僕はこの道で転んでいる。


(………。)


 それにしても、僕の目的は何だろう?妖精を見つける事?それとも、冒険ゴッコをして楽しむ事?この歳でそれはおかしくないか?小百合ちゃんと一緒に遊ぶ事?決してロリコンではなくて、妹みたいな彼女は素敵な存在だ。

 僕に妹はいない。3人兄弟の長男である。住んでいた場所でも男ばかりが揃い、1つ年上の苛めっ子が1人と、同級生の男子が数名いただけだ。



 山に到着し、彼女が以前と同じ動作を始める。昨日見た光の場所を探している。僕はそれを、黙って見ていた。今日は嘘をつく必要もない。時間もたっぷりとある。


「あっ!あっちだ。お兄ちゃん、昨日ね、あそこから妖精さんが挨拶してくれたの!」


 喜ぶ彼女の笑顔を堪能した後、指が示す方向を追う。


「……。」


 僕は息を飲んだ。

 実は、数日前にこの山に訪れた。彼女に会えるかも?と言う期待と、山の安全を確認する必要があった。決して、ドラゴンの寝床を探していた訳ではない。ましてや……いや、何でもない。

 息を飲んだ理由は、小百合ちゃんが指し示した場所が、僕ですら足を踏み入る事を躊躇した危険な場所だったからだ。そして…


(…まさか。)


 理由はそれだけではない。彼女が指差した方向…。そう、それは数日前に、僕が蒼い光を見た場所とほぼ同じなのだ。


(本当に…妖精は存在するのか…?)


 また不思議な感覚に陥る。


「行こう?お兄ちゃん!」


 呆然とする僕のズボンを引っ張り、彼女が冒険のスタートを促した。




「あれ?小百合ちゃん、何処に行くの?」


 動揺が収まらない。彼女に引っ張られるがままに歩き始めた僕はしかし、向かっている方向に疑問を持ち、彼女を呼び止めた。以前と同じ道へと向かっているのだ。


「お兄ちゃん、こっちだよ。」


 だけど彼女は歩くのを止めない。だから従う事にした。彼女はこの山に、何度も登っている。多分、近道を知っているのだ。



「えっとね…こっち!お兄ちゃん、こっち!」


 しかし暫くすると、彼女が辺りを見回し始めた。そしてあろう事か、北の方角にある山頂から左にずれた方向を指し、散歩道を抜けて、獣道に足を踏み入れた始めたのだ。


「えっ!?ちょっと…小百合ちゃん…!?」


 僕は焦った。彼女が獣道に突入したからではない。ここの獣道はまだ安全だ。急な坂もない。付け足して言えば危険な場所は、僕らが向かうべき目的地にある。僕が驚いたのはその目的地が…東にあると言う事だ。


「小百合ちゃん。妖精さんがいる場所は、あっちじゃなかったっけ?」


 僕は東を指差してそう言った。すると彼女は…


「違うよ。こっち!こっちで昨日、小百合が妖精さんから挨拶されたの。」

「………。」


 ふと思い付き、南の方角を見る。マンションは、既に見えなくなっていた。


(なるほど、可愛らしいものだ。)


 彼女は、自分の部屋が見える場所からなら蒼い光の居場所を確認出来るけど、基準が見えなくなったら方向感覚を完全に失ってしまうのだ。西へ向かう理由が分かった時、彼女はやっぱり子供なんだと思った。僕に兄としての、子守役としての余裕と言うか、優越と言うか…そんなものも芽生えた。

 そして、こう考えもした。


(こんな調子だから、2年以上も妖精と会えないんだ。)


 …?いやいや、何を言っているのだ。妖精が見つからないのは、彼女の方向音痴が理由ではない。



 それからも、同じくらいの距離を歩いた彼女がまた、辺りの様子を確認し始める。不安は的中し、これまた見当違いな方向に歩き始めた。


(この調子で1日を過ごすのか…?幼いが故だけど、これは罪だ…。)


 こんな時、深川さんや近所の人達はどうするんだろう…?昨日、もっと具体的な話を聞いておくべきだった。


「あ~っ!」


 彼女が突然、駆け足を始める。これもまた厄介だ。転ばない事を祈うばかりだ。


「急に走ったら危ないよ!小百合ちゃん!」


 立ち止った彼女に追い着いてから、少し大きな声を出す。だけど彼女は反省の顔1つ見せる事もなく、こっちを振り向いて満面の笑みを浮かべた。その笑顔は…とてつもなく可愛かった。


「見て!これっ!」


 彼女がそう言って、僕に何かを見せる。


「??何それ?」


 彼女は…『何か』を見せてきた。僕が知らない『何か』だ。


「へへへっ!これはね、妖精さんの杖!お母さんが言ってた。小百合は初めて見たけど、これは…妖精さんの杖だ!」

「………。へっー…。」


 気が抜けた返事をする。そして少しだけ肩に力が入った。誰かさんの、険しい顔が頭に浮かんだ。


「お母さんが、そう教えてくれたんだ?」


 僕は座り込んで、杖と呼ばれる物を預かり、マジマジと眺めてみた。


(なるほど…杖か…。うん?魔法使いとかがよく片手にしてる…あれか?)


 しかし、僕が知る形とは違う。僕が知っている杖は真っ直ぐで、先の方だけが曲がっている。でも、この木の枝には真っ直ぐ伸びている部分は殆どなく、トグロを巻いた蛇のような…八の字のような…とにかく自然界ではあり得ない、歪で不思議な形をしていた。

 小百合ちゃんは説明を続けた。


「妖精さんの中にはね、お年寄りの妖精さんもいるの。でね、その妖精さんは空を飛ぶ事が難しくなるから、木に力を借りて、杖に乗って空を飛ぶんだって!」

「…お母さんが…そう言ってた?」

「うん!」


 肩が固く縮む。

 どうやら妖精が手にする杖は、魔法使いが呪文を唱える際に振り回す物ではなく、魔女がまたがるホウキに使い方が似ている。だけどこの杖は決してホウキではなく、例えようがない形をしている。角度を変えて見ると…確かに椅子のような形をしているかも知れない…。いや、無理から見た場合だ。もし本当に妖精がいて、その中にお年寄りがいたなら、是非この杖を使って空を飛ぶ姿を見せて欲しいものだ。



 いや…そもそも妖精は、人と同じ姿をしているのだろうか?ふと、そんな疑問に駆られた。例えばカエルのような姿だったら?トカゲのような姿をしていたら?それとも僕らが知るあらゆる生き物の姿に、全く当てはまらない姿だとしたら?

 杖の角度を変えながら、色んな生物を頭に思い浮かべ、どんな生物なら安定した乗り方が出来るかを推測する。しかし、該当する生物なんて思いつかない。


 妖精の姿なんて、結局は人間が作り出したものだ。人間は卑怯にも、天使やキューピット、小人や妖精のように『正しい』とか、『美しい』、『神々しい』のようなプラスイメージのものに対しては、自分とその姿を似せる。だけど悪魔やドラゴン、ゴブリンのような『怖い』、『恐ろしい』、『凶暴』などのマイナスイメージを持つものには、自分以外の、若しくは人に似た姿をしていても、それを醜い姿で表現する。しかし実は、彼らの本当の姿なんて誰も知らない。

 妖精の姿が、カエルや昆虫みたいだったら良いなと思った。人間が作り出したイメージが壊れるからだ。残念ながら僕は容姿が悪い。そして多くの人は、外見で人を判断する。…僕はそれが嫌いだ。この劣等感こそ嫌らしいと言われればそこまでだけど…とにかく僕は、見た目で何かを判断しようとする事を嫌った。それだけでは、人や物の本当の価値を知る事は出来ないのだ。


「!やっぱり妖精の杖だったんだ!ほら、見て!ここで妖精さんは、遊んでいたんだね!?四葉のクローバーが、こんなにいっぱい!」


 話が脱線した。彼女の大声が僕を我に帰らせた。彼女は既に、僕から数メートル離れた場所にいた。彼女に近づき、もう1度腰を下ろした。そして驚いた。僕らが座り込んだ地面一体に、信じ難いほどのクローバーが生えているのだ。しかもよく見ると、大半が四葉のクローバーなのである。彼女は奇跡の発見でもしたかのように喜び、そこらじゅうに生えている四葉のクローバーの数を数えた。


「どっ…どうして、こんなに四葉のクローバーが…?」


 妖精とは関係なく、目の前に広がる光景に言葉を失い掛けた。彼女が、そんな僕に説明を始める。理由は結局、妖精と関係していた。


「妖精さんはね…」


 この時の彼女の口調は、緊張の原因と似ていた。肩が、限界ギリギリまで縮こまる。


「四葉のクローバーが大好きなの。だから色んなところに種を巻いて、育てているの。それでね…ええっと……」

「…?」


 しかし説明は止まった。途中までを誰かさんのものまねみたいに話した後、彼女は考え事を始めた。


「……。」


 僕は何故か、信じもしない言葉の続きを待っていた。


「これ、きっと落し物だよね?お年寄りの妖精さんが、困っているかも!お兄ちゃん、交番

に届けに行こうよ!?」


 しかし話題は急に変わった。思い出せない答えに困った訳ではないと思う。それよりも、今思い付いた事に一生懸命なのだ。

 それにしても彼女の提案には興味が湧く。警察はこんな彼女を、どう相手するのだろう?褒めてあげるのだろうか?だとしたらその様子を見てみたい。しかし僕が側にいると、警察からの目線が怖い…。僕を見て、『お前がいながら、どうして連れて来た?』と言われそうだ。

 なので僕は、


「いや、交番に行くより、直接渡した方が喜ばれるよ。お年寄りの妖精さんは小百合ちゃんが杖を持って来てくれるのを、待ってるかも知れないよ?」


 そう提案した。すると彼女はニコッと笑い、この提案を採用してくれた。


「うん!小百合が妖精さんに届ける!」

「それじゃ、杖は僕が預かっておくね?」


 水筒の水を捨て、その中に杖を入れる。彼女に見せて、杖が安全だと言う事をアピールした。彼女は駆け足が大好きだ。転ぶと色んな意味で危ない。




 その後、何度か方向転換を繰り返している内に、太陽は真上を通り過ぎた。


「小百合ちゃん、今日のお昼ご飯はどうするの?家に戻った方が良いのかな?」


 彼女の腹時計の具合を尋ねる。


「ううん!お母さんがお弁当を作ってくれたの。そろそろお昼にする?お兄ちゃん、お腹空いた?」


 彼女の小さなリュックの中には、妖精のおやつの他に昼食も入っているようだ。


「あぁ、そうだね。お兄ちゃん、お腹空いちゃった。そろそろお昼にしようか?あ!でもお兄ちゃん、お弁当持って来てないや。直ぐそこにコンビニが見えるから、一緒に行かない?お兄ちゃん、お弁当を買おうと思う。」


 僕はそう言って、冒険の中断を申し出た。


「お弁当なら、お兄ちゃんの分もあるよ!」


 すると彼女はリュックの中身を取り出した。見覚えがあるお弁当箱が2つ、そしてそれより大きな弁当箱と、もっと大きい弁当箱が入っていた。彼女の母親が、子守役の食事まで準備したのだ。


「一緒に食べよ!」


 母親のお弁当…。興味はある。彼女はあの容体で、どうやって家事をするのだろうか?


「あっ!あっちにベンチがあるよ。あそこでお昼ご飯を食べようか?」


 山には休憩施設が充実していて、獣道にもベンチが設置されていた。


「うん!」


 返事した彼女が、ベンチまで駆け足で走って行く。そこで確信した。彼女は決めたら即行動で、しかも駆け足付きだ。


 ベンチに座り、彼女が弁当箱を開く。大きさは違うものの僕と彼女の中身は同じで、サンドウィッチが入っていた。


(なるほど。これなら重くもないし、小百合ちゃんでも背負える。)


 残りの弁当箱の中身は予想出来る。おやつと果物…。但し、妖精の分だ。


「?」


 しかしリュックの中に水筒がない。妖精の分と思われた果物で喉を潤せとの事なのだろうか?


「お兄ちゃん、自動販売機は何処かな?」


 すると、僕の疑問に答えるかのように彼女はリュックのチャックを開き、中から財布を取り出した。曰く、『お母さんが、お水はお外で買いなさい』との事だそうだ。確かに出発から水を持参して歩くのは、重くて疲れてしまう。途中で購入する方が重さを感じずに済むし、冷たいまま飲む事も出来る。母親の準備の良さに驚かされた。いや、それだけの失敗を重ねたのだろう。

 だけど水に関しては、僕も準備している。


「あっ、お水なら、お兄ちゃんが準備して来たから大丈夫だよ。ほらっ!」


 リュックの中から水筒を取り出す。『カランッ!』と音が鳴り、自分の愚かさに気付かされた。


「お母さんから『一緒にいる人からは、食べ物とか買ってもらったら駄目』って言われてるから、駄目!迷惑は掛けません!」

「………。」


 その言葉に心が和む。救われもした。そして彼女の母親は、本当に賢明な人だと思った。初めて会った時、苛立ちを覚えた自分を反省した。


「そっか…。それじゃ、お兄ちゃんがお水を買って来るね?お金ちょーだい!」


 さっさと水筒をリュックに戻し、出来るだけの笑顔で可愛らしく答えた。すると彼女は『お願いします!』と、それ以上の笑顔で答えてくれた。

 さっきの『迷惑は掛けません』と、今の『お願いします』…。この口調も彼女のものとは違っていた。この年頃の子からは聞き慣れない言葉遣いでもある。母親の口調を、側で聞いて覚えたのだろう。



 先ほど見かけたコンビニまで走って行き、その手前にあった自販機で水を購入する。そして来た道を駆け登り、彼女と一緒に食事を始めた。


「あのさ…これって、小百合ちゃんのお母さんが準備してくれたの?」

「うん!そうだよ!昨日の晩ね、お母さんと一緒に妖精さんの挨拶を見たの。お母さんが、『明日は朝から出掛けても良い』って言って、作ってくれたんだ!」


 食事をしながら会話を交わし、新たに知った事がある。どうやら朝一番からの冒険は、滅多にするものではないらしい。いつもは学校帰りや週末の午後から冒険に出掛けるそうだが、そろそろ新学期も始まると言う事で、母親が許可してくれたのだ。冷蔵庫に何もなかった事に感謝だ。そうでなければお誘いを受ける事はなかった。


「あっ、そう言えば昨日、小百合ちゃんのお母さんに挨拶したよ?」

「うん!昨日はサンドウィッチの材料を買う為に、外に出掛けたよ。」

「そうだったんだ。お母さんのサンドウィッチ、美味しいね!?」

「うん!小百合、だーい好き!」


 夢にまでは見なかったけど、仮想妹との食事を楽しんだ。しかも遠足気分で。自分の顔を見るのが怖い。間違いなく気持ち悪い笑顔を浮かべているだろう。でも気にしない。変質者とも思われないはずだ。僕は既に、深川さんと言う人に出会っている。


「…昨日?お昼に?」


 気持ち悪い表情を崩さなかった僕が、1つの疑問にぶつかって顔をしかめた。


「うん!そうだよ。」

「えっ?でも妖精さんから挨拶されたのは…昨日の晩だよね?」

「うん。」

「それじゃ…どうしてお母さんは、昨日のお昼に買い物に出掛けたのかな?」

「うん?お母さんがね、妖精さんからの挨拶があるはずだって。だからサンドウィッチの準備をするって言ったの。そしたらね!本当に妖精さんが、挨拶してくれたんだよ!?」

「……。あのさ、小百合ちゃんって…僕と一緒に妖精さんを探した次の日に、もう1回妖精さんを探しに出掛けた?」

「ううん。お兄ちゃんと一緒に妖精さんを探してからは、妖精さんは挨拶してくれなかったよ。今日は久しぶりに、妖精さんに会いに来たんだよ。」

「えっ?…って事はつまり、今日まで妖精さんの挨拶はなかったんだ?」

「妖精さんの挨拶は昨日だよ!そうだよ。昨日、久しぶりに妖精さんから挨拶をもらったんだ!」

「……。」


 どうやら、妖精は約1週間振りに挨拶をくれたらしい。深川さんもそう言っていた。2ヶ月以上も挨拶がない事もあるって言ってたし…。そう考えると、今日はラッキーだったんだ。

 …と、話したかった事はこれではない。僕の疑問は彼女の母親が、昨日の昼から冒険の準備をしていたと言う事だ。時制が合わないのだ。

 僕は母親に対して警戒心を持っている。と言うか、疑り深くなっている。だからこう考えた。


(ひょっとしたら…蒼い光は母親が仕組んだ仕掛けで、冒険の全ては計画的に行われている?)


 僕だって小百合ちゃんに、偽物の妖精を見せようと考えた。この推理は容易だ。だけど、母親が晩に外を歩き回る姿は容易に想像出来ない。

 不意に落ちない事はこれに限らない。僕は、最初の冒険に出掛けた日の晩に、今日向かおうとしている場所辺りで光る何かを見かけた。それがもし母親が仕組んだ仕掛けだったのなら、小百合ちゃんは2日連続で冒険に出掛けたはずだ。しかし小百合ちゃんはその日以来、冒険に出ていないと言う。


「あーっ!お兄ちゃん、食べるの早い!もっと、ゆっくり噛んで食べなきゃ!」


 色んな事を考えながら食事をしていたら、彼女に叱られた。僕は元体育会系だけど、ラグビーを辞めた今でも食欲だけは現役バリバリなのだ。




 食事も終わり、2桁に至る方向転換の末、僕らはどうにか目的地に近づいた。…多分の話だ。何度も方向の修正を嘆願したけど、彼女の強情さを知らされるだけに終わった。その内に僕も、方向感覚と地理感覚を失っていた。


(妖精がいる場所は、全くの逆方向だ…。)


 更に方向転換を続け、僕らは見覚えがある道に出た。地面には、大量のクローバーが生えている。

 空を見上げる。日はまだ…暮れる様子にない。

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