第四章『来たる』1/3
フェレーナ=ウルレドと話すようになってから、カルステンの周囲は少しだけ騒がしくなった。いや、カルステンだけではない。エンゲルハルトの周囲もまた、同様以上に賑やかになっていた。そもそもエンゲルハルトは何でもソツなくこなす上に人当たりも悪くなく、オマケに驚く程容姿が良い。変人の多いクラスメイト達も、やはり少なからずこの同級生に興味を持っていたようで、集団の中心で笑う彼を少し外れたところから、たまにクラスメイトと談笑しつつ見守るのがカルステンの日常になりつつあった。
法術学の授業は週に三回実技がある。校舎の外、学寮から少し離れたところにあるグラウンドで行われるそれは、カルステンの得意教科だ。何せ過去何回も実戦で使ってきた技術なのだから、寧ろここで一般の、これから法術についての見聞を深めていく青少年達より扱い方が下手となれば過去の自分の上司や同僚達が泣く(勿論過去の自分自身も泣くだろうが)。
そんなわけでカルステンは今日も今日とて淡々と実技の授業をこなしていく。
「汝我に力を__
そっと口上を述べると、炎が球体で現れる。口上! なんてナンセンスだろうか。しかも本当はもっと長い。カルステンは覚えていないけれど(覚える気もない)、確か「
ふよふよと浮かぶ球体をどうするでもなく思案げに見つめた後、カルステンは用意されていた的に向かってそれを飛ばした。ど真ん中。
(ああ、これで今日の分の課題も終わってしまった)
「ヴェーラーは凄いなぁ」
エッダ=ヒンドルフが自慢のブルネットの巻き毛を揺らして感嘆の溜息をつくと、フレルク=オルフが深々と頷いて同意を示した。
今日行なっているのは
法術には__驚いたことに魔術も同じなのだが__六つの属性というものが存在する。
また、
話は戻って。
「
澄んだテノールの声と、その後の轟音。フレルクが口笛を吹く。
「さっすが殿下」
「や、ありがとうフレルク」
エンゲルハルトは観客に応えるようにひらりと手を振る。にこり、と笑うその顔が自分に向けられるものと随分違ってさっぱりとした__好青年然としたものなのが微妙に釈然としないが、まぁ、それも含めてカルステンにはいつもの事だ。
どんな原理か、同じ法術を使っても個人によっては威力が異なることがある。カルステンが放てば__手加減しているとはいえ__的に軽く焦げ目をつける程度のそれと同じ術で、エンゲルハルトが的を全焼させたように。
(簡潔に言って腹がたつ)
グラウンドに目をやるとまだ課題をこなしている最中の生徒も多く、賑わっている。課題を終えて暇を持て余しているのは一握りで、後は炎を球体に保つことに四苦八苦したり、そもそも炎が現れなかったり、現れても小さすぎて話にならなかったり。球体を真っ直ぐ的まで飛ばすのも一苦労、といった様子だ。
親切な優等生、基フェレーナは早々に課題を終え周囲のクラスメイト達にコツとやらを伝授している模様。中にはベルタ=アベーユもいる。
授業構成は前三十分程でその日の実技の講釈。その後は各自与えられた課題をこなすための時間だ。えらく簡潔に淡々と授業が進んでいるわけだが、此処が入試成績優秀者達のクラスだからか、それとも一般的にちょうど良いペースなのかは知らないが、今の所脱落者は出ていない。それに、文句こそ多いが、なんやかんや言ってカルステンはこの教科が嫌いではないのだ(そうじゃなかったらそもそも最低限でも口上なんて述べようとも思わない)。
ぼんやり眺めていると、視線に気づいたフェレーナと目が合った。ふわり、と細められる暖かなオリーブグリーン。悪くない。
夕暮れ前の、まだ日が傾いていない、ギリギリの図書室。そこで、ゆっくりと本を読むのが最近のカルステンのお気に入りだ。それは、この大陸の神話に関する本だったり、法術の研究書だったり、お伽話だったり、冒険活劇だったり、ラブストーリーだったりその時の気分によって様々だったが、兎も角カルステンは本を読むことが__もっと言えば本から知識を得ることや、別人の人生を眺めることが好きだった。
だいたい週一のペースで開かれる勉強会__カルステンとフェレーナがなんとなしに行なっていたものを何処からか嗅ぎつけたクラスメイトにより開かれている__でも座る、特にお気に入りの窓側左二つ目の席。そこがカルステンのスペース。斜め向かいにはよくフェレーナが座り、講師役を買って出てくれている。カルステンの隣には専らエッダやフレルクが座るが、極稀にエンゲルハルトが顔を出す時は、そこが奴の定位置になった。カルステンとしては視線がうるさくて勉強が捗らないうえにフェレーナが時折フリーズするので正直心底顔出ししないで欲しいとさえ思っている。……まぁカルステンはこれでも狗として意識を配らなくてはいけないわけであるし、奴の目の届くところにいた方が何かと都合がいいのはわかるが。
ふ、と息を短く吐いてページをまためくる。いつの間にか他者の音の消えてしまった図書室にペラリ、と紙の擦れる音がやけに大きく響いた。
「げぇ」
カルステンは顔を顰める。他者の音が消えた、とは言ったが他者がいなくなったわけではない。周囲を見るとちらほら人が残っているのが見える。だのに音がしないのは固まっているからだ。皆死んでしまったみたいに。否、死人がいないことはわかっていた。法術__いや、魔術の一種だ。身体に害はない。恐らくは。
嬉しくない懐かしさがこみ上げて、カルステンは眉をこれでもかと言わんばかりに顰める。よく知っている、男の気配がした。
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