少女戦隊ドリーム5③



 六月が近いとはいえ、夜はまだまだ涼しい風が吹いている。

 途中繰り返した逃亡にも失敗し、タマに連行された要はおそるおそる金網のフェンスを越えた。茂る木立を抜ければ、人気のない石畳の遊歩道に出る。


(ほんとにこんな所で戦うの!?)


 ここは要の家から十五分ほどの場所にある大きな公園だ。夜間はゲートが閉じられるので人の姿はないが、すぐ近くは住宅街になっている。派手な物音がすれば誰かが来てしまうだろう。


 そもそも「戦う」とは何を具体的にどうするのかも分からず来てしまった。

 木の陰に身を隠しながら公園の奥へ進むうちに、タマが小声で叫んだ。


「出ました! あれが魔王ですよ!」


 タマが指差したのは地面ではなく、上の方だ。

 かなり離れた高いフェンスの上に、一人の男が立っている。


 年は二十歳ぐらいだろうか。遠目だが要よりは年上に見える。

 公園のライトに照らされたその姿は細身で長身だ。前髪に隠れて顔はよく見えないが、一文字に引き結ばれた唇には威圧感があった。


 足元は草鞋、手には色鮮やかな一本の縄を持ち、真っ白な衣をのぞかせた襞のある漆黒の裾がはためく。着物のような右前の袷に袖も長く、その上に左肩から斜めに掛かった山吹色の衣は俗にいう袈裟という服で――――。


「って、お坊さん――――――っ!!?」


 認識した瞬間、魔王がこちらに鋭い視線を向けた。軽やかにフェンスから飛び降り、真っ直ぐに向かってくる。


「いるのがバレてしまったじゃありませんか! 要さん、早く変身してください!」

「ちょっと待って、他の戦隊メンバーはどこ!?」


 要が入隊したのはドリーム「5」だったはずだ。初参加ピンクのために先輩のお姉さま方が助けてくれなければいけない。


 魔王が手にした縄を振った。青、黄、赤、白、黒の五色が縒り合わされてできた縄は、片方の先端に小さな金属の輪、もう片方の先端に鏃のような物がついている。その金属の輪が生き物のように、一直線に要めがけて伸びてきたのだ。

 まだまだ、三十メートルほど距離があるはずなのに、輪は真っ直ぐ要に向かって襲い掛かってくる。


「ぎゃああああっ!!」


 ありえない現象に、要は悲鳴を上げながらもなんとか回避した。


「おおっ、帰宅部のくせになかなかの反射神経です!」

「うるさいっ! それよりこんなのとどうやって戦うのよ!! 他のメンバーはいつ来るの!?」


 一人ではどうにもできない。逃げ回りながら経験ある先輩方の到着に望みをかけた要に、タマはカッと目を見開いた。


「レッドは急患、ブルーは出張、イエローはレポート提出期限が迫り、グリーンはお母さんのお迎えが来ない子がいて動けないそうです!」

「実質あたし対魔王じゃないか!! しかもそんな理由で断っていいならあたしだってやるわ!!」


 先輩から大切なことを教えてもらった気分であった。


「どうしたら終わるの、これ!?」


 逃げ回るだけでは埒が明かない。すでに息が上がりそうで、要は一旦距離を置いて魔王から大きく離れる。


「要さん、今のうちに変身を! 魔王から羂索を奪ってください!」

「検索!?」

「羂索です! あの手に持ってる縄です!」


 木の上に避難していたタマは、腕を伸ばして要にステッキを手渡した。


「はい、ステッキ振って! 変身ワードはピンクドリームエクスチェンジです!」

「う、うわー……」

「うわーじゃない! ピンクドリームエクスチェーンジ!」


 しぶしぶステッキを受け取った要は力なくそれを振った。


「ぴ、ぴんくどり~む……」

「声が小っさあ―――――――――いっっ!! 腹の底から叫んで!!」


 タマの喝に要は舌打ちして息を吸い込んだ。

 右手で夜空の月に向かいステッキを掲げる――!


「ピンクドリ――――ム!!」


 追ってきた魔王がハッと身構える。


(もうどうにでもなれ!)


「エクスチェ――――――ンジッッ!!」


 この一回ですべてが終わる!


 やけくそで、ご町内に響き渡れとばかりに叫んだ。

 真昼のような白い光線の中で、魔王の口が「しまった!」と動くのが見えた。



 要の全身から輝く光が照射された。

 奇妙な浮遊感に包まれ、爪先が大地から離れる。


 全身を包む白い光は次第に色を変え、オーロラのような波に変わっていった。薄いフレッシュピンクから桜色、薄桃、珊瑚、撫子、オペラピンク、カメリア、ローズピンク――!


 あらゆる波長の違うピンクの光の中で黒い制服が溶けるように消え、要の身体に合わせ再構築されていく。


 すらりとした細い肢体を見せつけるような、ぴったりとした淡いピンクのトップス。細い白のベルトには金のバックル。純白のニーハイと、フリルをふんだんにあしらったフレアーのミニスカートは絶対領域を忠実に守り、白い素肌がのぞいている。


 全てが輝く光の中で一瞬の内に終わり、そこに立っていたのは長い黒髪をなびかせ、ピンクのコスチュームに身を包んだ少女戦士ドリームピンクだった。

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