少女戦隊ドリーム5④



「ぎゃあああああああっ!!」


 響いたのは魔王の声でもタマの声でもなかった。

 変身後の自分の身体を両腕で抱きしめ、我に返った要は一目散に木立の中に駆け込んだ。


「なにこの服!? ちょっと一瞬裸になった感じがしたんだけど!?」

「裸じゃありません下着です! 着替えるんですから脱ぐに決まってんでしょうが!」

「――――――――――――――――――――ッッ!!!」


 返事は叫びとなり言葉にならなかった。

 呪文を唱えた要の服は、パレードのマーチングバンドを思わせるような詰襟の衣装に変わっていた。


 マーチングバンドと言っても、長袖のかっちりとした制服では断じてない。

 全てにおいて露出が高く、全体がピンクで彩られているのだ。ひらひらとした軽やかなスカートはテニススコート並みに短く、袖などほぼ無いに等しい。重なったフリルのフレンチスリーブがかろうじて肩を隠す程度で、極めつけが絶対に履くことはないだろう太ももまでのニーハイと、ピンクの装飾が施されたブーティ。


 恐怖に駆られ、指先で探った頭に固いものが触れた。頭頂にかっちりはめられた飾りはカチューシャか。


(絶っっ対ピンクだこれ!!)


 鏡を見なくても分かる。

 出るに出られず木の陰に隠れていたのに、タマは満面の笑みで要を引きずり出す。


「さあさあ要さん! 隠れてないで早く出てきてください!」

「ぎゃ――っ! 引っ張るな!」

 

 ぐいぐい腕を引かれ、要は渾身の力で抵抗した。


「冗談じゃない! なにこの服、なんで外で着替えさせられんの!?」

「着替えなんて大げさですね! 見えたって0・001秒のことですよっ、スーパースローじゃないと見えないですから!」

「も、もう帰る!」

「何言ってんですか、本番はここからですよ! さあさあ魔王がお待ちかねですよ!? 大丈夫、とっても良く似合ってますよ!!」

「いやだ――っ!」


 しかし力及ばず。タマに無理やり引きずり出され、要は棒立ちになっている魔王と対峙した。


「どうですか、魔王よ! 私の新しい戦士、ドリームピンクは!」


 初めてまともに対面した要と魔王は、まじまじと互いを見つめ合った。


(こ、これが魔王――!)


 いつの間にやら近くまで来ていたらしい。要の変身を律儀に見守っていた魔王と真正面から向かい合い、要はごくりと息を呑んだ。


 前に立つとやはり背が高い。少しだけ癖のある黒い髪と、黒目がちの目。一文字に結んでいた唇は微かに開かれ、驚いたように丸くなった目も相まって、魔王のくせに優しそうな印象をもたらしていた。


 だが闇に溶けこみそうな黒い衣に包まれた身体は、細身に見えたが意外にがっしりしている。肩幅も広く、要が力でどうこうできそうにない。逃げたところで追いつかれるのは必至だ。


 蛇に睨まれたカエルのように固まった要だったが、先に声を上げたのは魔王の方だった。


「っな……!?」


 その顔が、見る間に真っ赤になる。夜目にも分かるほどで、黒い目が狼狽したように泳ぎ回る。

 赤い顔を隠すかのように手の甲で口許を覆い、タマの姿を見つけるやいなや泣きそうな声で言った。


「……ひ、卑怯な……!」

「何が!?」


 消え入りそうな声に要は思わずツッコんだが、タマは勝ち誇ったように高笑いする。


「ハハハハ、思ったとおり! あなた好みの大和撫子やまとなでしこを用意した甲斐がありましたよ!」

「なにぃっ!?」


 聞き捨てならぬことを聞いたがそれどころではない。「くっ!」と呻いた魔王が一気に腕を振るい、羂索を空に放り投げたのだ。手にした鮮やかな五色の縄が一瞬にして網のように広がり、要の頭上に落ちて来る。


(なに!?)


 見間違いではない、魔王が持っていたのは一本のロープだったはずなのに、漁師の投げる投網のごとく空一面に広がったのだ。


「!」


 どう避ければいいのか考えることもできずに凍りついた要を、タマが横抱きでかっ攫う。


「はい、ボーっとしないで! 捕まりますよ!」


 タマは要を抱いたままぐんぐんと空へ上昇していく。


「ちょ、ちょっと――!」

「上から行きますよ! 飛んでください、要さん!」

「飛ぶ!?」

「自分は飛べると信じて飛んでください! 飛べます!」

「なにその危険なドリーマー!?」

「はい離しますよ――――っ!」


 タマの掛け声と共に、全身がぽーいと放り投げられた。


(え?)


 一瞬の空白のあと、要は絶叫した。


「ぎやあああああああああああっっ!!」


 高い樹の天辺も足元に置くような中空で、何の支えもなく放り投げられたのだ。


 飛べると信じれば飛べる――。


(ってそんなこと無理に決まってる――っ!!)


 このまま死ぬのか! と覚悟したとたん、誰かが要の身体を抱きとめた。


「危ない!」


 急にすがりつく物が現れ、必死でしがみついた要に、魔王の顔がアップで迫る。


「大丈夫か!?」

「は、はい!!」


 なんと驚いたことに、助けてくれたのは敵である魔王だった。

 勢いがつきすぎたせいで、要は全身をぴったりと魔王に預けている。抱き上げられたことで距離が近づき、真っ直ぐにこちらを覗き込まれあやうくキスしそうになってしまった。

 唇に軽く息がかかり、我に返った要と魔王は同時に硬直する。


 とっさにすがりついた身体はがっしりしていて、黒い衣の上からでも骨ばった感触がした。片腕だけで軽々と支えられ、袷からのぞく鎖骨や、しっかりと出た喉仏、キリリと結ばれた唇、黒目がちの優しそうな瞳まで目に納め、要は呼吸を止めた。


 父親ではない。年の近い男の人と、こんなに近くで触れ合ったのは初めてだ。

 自分とは全く違う、異性として――。


 ……と、そう思ったのはどうやら自分だけではないらしい。


「ご、ごめんんんんんっっ!!」


 魔王の顔が火を噴きそうなほど真っ赤になり、突然勢いよくバンザイをして要から両手を離したのだ。


「ぎゃ――――――――っ!!」


 支えを失い、重力に従って落下する要を今度はタマが受け止めてくれた。要を抱きとめ満面の笑みで親指を立てる。


「いい感じですよ、要さん! 魔王ガン見ですよ!!」

「誰だって見るわ、こんなもん!!」


 魔王よりも隣のこいつを攻撃したい。とめどなく湧き上がる殺意にどなり返すと、タマは要を抱えたまま空中でひらりとターンした。


「来ますよ、要さん!」


 冷静さを取り戻したのか、先に地面に降りた魔王が羂索を投げつけてきたのだ。

 左腕に縄が絡みつき、要は思わず悲鳴を上げた。


「きゃっ!」

「わああっ、ごめんっ!!」


 とたんに縄が解け、焦る魔王の元へ返っていく。

 ミニスカートの要がいるせいで上を向くことができない魔王に、悪人面したタマは得意気に指を突きつけた。


「自ら拘束を解いてどうするのですか、魔王よ! ドリームピンクを攻略せねばあなたの未来はないのですよ!」

「ううっ!」

「フハハハハ、いつも以上に動揺しているようですね! 私の選んだ戦士の魅力に参りましたか!」

「ス、スカートが短すぎる!!」

「安心しなさい魔王よ! 中は見せパンです!」

「パンツはパンツだ!!」

「真理ですね!」


(こいつらあああああ――――っ!!)


 魔王とタマの会話に、要の頭からブチンッという音がした。怒りで迷いが振り切れ、要は地上へ近づいていたタマの腕から飛び降りた。


「もういい! 勝てば終わる!!」

「要さん、思いっ切りやってくれていいですよ! 蹴ろうが殴ろうが魔王は骨折も出血も脳挫傷のうざしょうも内臓破裂もありませんから!!」

「妙にリアル!!」


 だが「やっていい」と言われて悩む性格ではない。


(一撃で決める!)


 要の本気を感じ取ったのか、タマは真剣な顔で隣に降り立つ。


「魔王の動きを止めますよ! 要さん、ステッキを頭上に!」

「わかった!」


 指示どおり要は勢いよくステッキを掲げた。


「はいっ、いいカンジのポーズ決めて魔王を魅了してください!! ピンクドリームテンプテーショーン――!!」

「誰がそんな技使うか――――――っっ!!」


 思わず。本当に無意識で。


 要はステッキを横になぎ払い、隣にいたタマの脇腹を抉り吹き飛ばしていた。

 面白いほど飛んでいったタマの行方を愕然と見ていた魔王に向け、要は怒りのままに力を凝らす。


「次は魔王――――っ!」


 右手に力が漲り、黄金色に輝いた。心底から湧き上がる何かが掌を突き抜け、手にしたステッキが光をまき散らしながら形を変えていく。


「はあああああああああっっ!」


 渾身の気合と共に、要は手にしたそれをバットのように構え地を蹴った。

 目を見開いた魔王がぐんぐん近づく。迫りくる要から目を離さない魔王に向け、力の限り鈍器を振り回した。


「だらっしゃ――っ!」

「ぐふっ!」


 逆転サヨナラホームラン並みに渾身の力を込めてブツを叩きつければ、魔王は断末魔の声を上げて芝生をゴロゴロと転がっていった。


 立っている者は要以外誰もいない。死屍累々となった芝生で、要は爽やかにガッツポーズを決めた。


「や、った!」

「殺ってはいませんが、お見事で、す……!」


 息も絶え絶えに、タマが脇腹を押さえつつ起き上がる。生きていたのかという言葉を呑み込み、要は開口一番叫んだ。


「あたしは謝らない!」

「ぐっ……! いいでしょう、その宣言お受けします!」


 タマは深呼吸をし、「やれやれ」と擦っていた脇腹から手を離した。


「しかしやっても大丈夫と言ったのは私ですが、ここまで思い切り人を殴れるドリーム5は初めてですよ。素晴らしい。あなたのこの技をピンクドリームクラッシャーと名付けましょう」


 なんという安易さだ。しかしあながち間違ってもいない。


「それはいいけど……いやよくないけど、これ何?」


 少し落ち着いた要が手元を見下ろせば、ピンクのステッキはいつの間にか金色の鈍器に変わっていた。持ち手が棒状なのは変わらないが、両先端に刃が突きだし、その刃をさらに四本の刃が球状に囲んでいる。


「ふむ。ヴァジュラですね」

「ばじゅら?」


 見る間にヴァジュラは形を変え、元通りピンクのステッキに戻ってしまう。


「ヴァジュラとは金剛杵という法具のことです。あなたが出した物は刃が五本あるので五鈷杵ですね。日本人のほとんどが仏教徒だと聞いていましたから不思議はありませんが、ここまではっきり実体を持たせるとは……」


 タマはほんの一瞬眉をひそめ、そして思い出したように目を上げた。


「それより魔王から羂索けんさくを奪わなくていいんですか?」

「あっ!」


 魔王は芝生の上に伸びたままだが、その手に持っていた縄が攻撃の衝撃で吹き飛んでしまっている。


「ど、どこいった!?」


 きょろきょろと辺りを見回した要は、離れたところに放り投げられている羂索を発見した。


(あそこだ!)


「取った――っ!」


 これで終わる!


 走り寄った要がそう確信した瞬間だった。

 要さんっ、というタマの声が聞こえ、要は横合いから何者かに体当たりされて芝生を転がった。


「きゃあっ!」

「大丈夫ですか、要さん!? らしくない可愛い悲鳴が聞こえましたが!?」

「うっさいわ!!」


 毒づきながら飛び起きた要の目に、月を背後に置いた一人の少女が映った。

 月明かりに光る、ふわふわとしたショコラブラウンの長い髪。

 茶色いブレザーにチェックのスカート。どこかの学校の制服だ。年は要と同じか少し下に見えた。


 月明かりとライト、その両方に照らされた少女を見て要は立ち上がることも忘れた。


(なにこの可愛い子!?)


 まるで雑誌の中から抜け出てきたような美少女だ。白い肌にパッチリとした大きな瞳、アヒルのような唇を不機嫌そうに尖らせた少女は、素早く要のステッキを拾い上げる。


 背中まである長い髪をなびかせ、アイドルのような美少女は奪い取ったステッキを掲げ高らかに叫んだ。


「ピンクドリームエクスチェ――――ンジっ!!」


 カッ! と先ほど要が包まれたものと全く同じ、だが、輝きにおいては数段上の光が溢れだす。


(な……なに!?)


 少女の全身から制服が消え、ピンク色の光の塊へと変わっていく。同時に要の服が元の黒い制服に戻った。


 一瞬の裸体のようなシルエットを映して光が晴れた時、少女の服はふんわりとした花びらのようなミニワンピースに膝丈のピンクのブーツ、手首までのグローブ、そして髪には揺れるピンクのリボンという格好に変わっていた。全体を構成する色は同じピンクでも、要の変身後とは微妙に違う系統だ。


「ピンク・ドリ―――――――――ムッ!!」


 少女は掛け声と共にステッキを勢いよく空へ放り投げる。

 同時にターン。振り向きざまに体を斜め四十五度にひねり、回転しながら落ちてきたステッキをパシッと軽やかに受け取めたのだ。ばっちりウィンクと微笑みまで決められ、要は愕然とした。


(決めポーズ……だ……と!?)


 無意識に格の違いを感じた要に、タマが叫んだ。


「しまった! 要さん、目を閉じなさい!! 見てはいけない!!」


 と言われても。

 少女の小さな唇から、歌うような愛らしい声がこだまする。


「テンプテ―――ショ―――ン!!」


(これは見ずにはいられんっ!)


 要さんっというタマの声はちゃんと聞こえるのだが、要は瞬きすら忘れて少女を見つめ続けてしまった。

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