MISSION5 オカエリNASA現在セ

 授業合間のインターバルは、わずかに三分。

 たったの三分で、生徒たちは次なる教室へと移動しなければならない。

 このカップラーメン的なタイムスケジュールも、『YUTERRA教育』の取り組みの一環である。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ふぅ……やっと着いた……」

 校舎の階段を駆け上がった勇次とユカリは、二次元目にじげんめの舞台である屋上へとたどり着いた。


 大きく広がる青空を背景にあるのは、全長40メートルの巨大なスペースシャトル――『ゆてら1号』。

 日本政府の公式発表によると、この機体が、『人類を次の段階ネクスト・ステージへ運ぶための輸送機関』とされている。


「これが、『ゆてら1号』……」

 歩み寄る勇次。

 現代の若者にとっては憧れの乗り物である。


「待って勇次、誰か降りてくるわ……!」

 晴れ渡る青空とは真逆の、不穏な気配を感じ取るユカリ。

 その空気を具現化するかのごとく、足を止める二人の正面――巨大な乗り物の搭乗口からは、大量の灰黒い蒸気が漏れ出した。


 ――ブシュウウウウウ……

 





【地球は青かった。異論は認めない】


 そこからゆっくりと降りてきたのは、宇宙服をまとった怪しげな影――――

 現役宇宙飛行士の『湯寺マサカズ(38歳・独身)』であった。

 数年前に宇宙へと旅立った『全日本宇宙開発研究チーム』のリーダーであり、『YUTERRA教育』を日本政府に提案した張本人である。


【君たちが、期待の新星いちねんせいか……。とてもいいをしているね……。まるで獅子座流星群の繁忙期のようにキラキラと輝いているよ】


 ノイズ混じりの声で、天文学的な比喩を織り交ぜながらじわじわと歩み寄る湯寺。

 その顔面は、くぐもったヘルメットで覆われている。



「……ほかのチームメイトはどうした?」

 口を開く勇次。

 ただならぬ相手の気配を察し、あえて強気な態度で問いただした。


【彼らは……星になったよ。先日発生した『ビックリ=バン』に飲み込まれてね】

 

 答えながら、シャトル搭乗口にある銀色の階段ステップに腰を下ろす湯寺。

 ヘルメットで隠されたその表情を窺い知ることはできない。


「『ビックリ=バン』……だと? なんだそれは?」

 勇次、聞く。

 教科書に載っていない単語の出現に、戸惑いを隠せない。


【地球-火星間で発生した大規模な爆発事故さ……。我々の乗る『さとり11号』は、それに巻き込まれた】


「な……なんですって……」

 動揺するユカリ。

 あまりにもおそろしい事実に、声が震える。


【宇宙ステーションのパーソナルコンピューターでネットゲームをたしなんでいたツケが回ってきたのさ。本当にどうしようもない連中だよ、オレも含めてね。〝自業自得〟ってやつさ……】

 なぜか得意げに語る湯寺。

 その破天荒なエピソードに、二人は呆れてものも言えない。


「…………」

「…………」

「…………」


 沈黙する三人。

 しかしこのかん、ユカリがひとつの大きな矛盾点に気付く。


「……あ、あなたはなぜここにいるの? あなたも、爆発に飲みこまれたんでしょ?」


 ユカリがそう質問すると、ヘルメットの内部に口元が浮かび上がる。

 やがて、驚愕の返答がその口から飛び出した。


【オレは、亡霊アバターだ】



「!?」


【ネットゲームにあらかじめ組み込んでおいた《全自動VRMMOシステム》によって、死後38日間、こうして現世をさまよっているのさ……】


 湯寺は、理解しがたい説明をつけながら、かぶっていたヘルメットを両手でつかみ、その顔面を二人の前に曝け出した。


「きゃあっ!?」

「お、おまえ……その顔は一体……?」


 


【オレの両眼りょうがんは、パーソナルコンピューターのブルーライト画面に侵されて原型を失った……つまり、ネットゲームのやりすぎで文字通り現実が見えなくなっちまったのさ……。笑えるだろ?】


 静かに微笑む湯寺の顔に、瞳は見当たらなかった。

 だらしなく伸びた前髪が、その事実をさらさらとぼやかしている。



「……な、なぜ、『ゲームは一日一時間まで』という制約を打ち立てなかったの……?」

 おそるおそる聞くユカリ。

 目の前の現実が信じがたいものであっても、逃げるわけにはいかない。


【ゲームをすることが楽しいからさ。他に理由なんてないだろ?】

 悪魔のように口角を吊り上げる湯寺。

 その浅はかな言動は、全国の若者が憧れる宇宙飛行士という存在からはかけ離れたものであった。


「そ、そんな……」

「なんてばかな男なの……」

 ショックを受ける二人。

 宇宙飛行士の悲惨な現状に、思わず一歩引き下がる。


【いくら文明が発達しても、人の心は未だに弱いままだ。俺もその例に漏れなかった――たったそれだけの話さ】

 なぜか得意げに語る湯寺。

 上空を見上げ、未来を見透かしたように話を続ける。

【無理なんだよ、火星なんて。人間が行けるような場所じゃない】



「ふざけるな! 俺たちは火星に行く! そこをどけ!」

 反抗する勇次。志していた目標に対する理屈など聞きたくない。

 しかし湯寺は、さらに返す。


【フフ……コイツに乗ったって、宇宙なんかにはいけねぇよ】


「なんだと……? どういうことだ?」





【この乗り物は、未来に進むための機械じゃなく、過去へ逃げるための鉄の塊さ】





比喩的ひゆてきでよくわからないわ!」

「そうだぞ! ちゃんと説明しろ!」

 湯寺の曖昧な表現に苛立ち、吠える二人。


 それを受けた湯寺は、首をかきながら淡々と解説を始める。

【この『ゆてら1号』は、オレが独自に開発を進めたスペースシャトル型のタイムリセットマシーンだ】


「……は?」


【機体の内部に備え付けられている発射スイッチは、この世界のリセットボタンになっている。つまりそれを押した瞬間、機体の外部で『時の逆行』が始まり、『2001年』が再スタートする。搭乗者以外の全てが過去に戻るのさ。搭乗者は、時差ボケによって記憶を失うだろうが、肉体はそのままだ】


「……な、なんですって!?」

 唖然とするユカリ。

 その詳しい仕組みはわからないが、両眼を失って口だけで喋る男の話に、不気味な説得力を感じていた。



【なあ、やり直してみないか? 歴史を】

 階段から立ち上がり、身を乗り出す湯寺。

【これからオレが話すのは、オレがお前らに託す最初で最後のミッションだ】


「ふざけるな!!」

 逆上する勇次。

 未来へ進むことを目標としてきた勇次にとって、過去へと戻る行為は敗北に近しい超常現象であった。

「……この世界を、過去に戻して……どうするんだよ……」

 当然のことながら、簡単にその提案を受けることなどできない。



 しかし、湯寺の思惑は、勇次の想像とは一味違うものであった。

【過去に戻って、地球環境汚染を食い止めてくれ】


「……!?」


【いまこの世界が沈みかけているのは、地球温暖化による北極の氷解がそもそもの原因だ。だからコイツに乗って西暦2000年代へ戻り、大気汚染の元凶となった『クルマ』や『エアーコンディショナー』の撲滅運動、『可燃・不燃・プラスチックごみ』の徹底的な分別、『エコ・バッグ』の利用などを法的に義務付けるんだ。おそらく、当時の日本政府や企業団体と戦うことになるだろう。機械文化に侵された当時の日本に、狂気的なまでにエコロジーを徹底させてくれ。それがこの地球の現状を、結果的に救うことにつながる】


 独自の地球環境対策論を一方的に畳みかける湯寺。

 その勢いと内容を、二人はただ受け止めるしかなかった。


【世の中は便利になりすぎたのさ。機械文化が発達したせいで、地球環境は崩壊した。生身の人間に必要なものなんて、とっくの昔に出揃っていたのにな】




「……あなたの言いたいことは大体わかったわ。でもなぜ、『2001年』なの? もっと歴史を遡れば、機械文化が始まる前まで時間を戻せるんじゃなくて?」


【……いまのオレの技術じゃ、『2001年』が限界だった……。オレは、仕事も、存在も、何もかもが中途半端な人間なのさ……。笑えよ】






「……いや、すごいよ貴方あなたは」






【…………?】

 

「火星へ行けないという現実を見極め、受け入れ、スペースシャトルよりも画期的な乗り物をつくった……」


【…………】




「これは、未来に進むための乗り物だ。機械文化の、最終進化形だよ」


 無表情で敬意の言葉を送る勇次。

 相手が意図する価値観は偏っているのかもしれないが、その発明が偉業であることに疑問の余地はなかった。



【……うれし涙も流せないなんて、オレも墜ちるところまで墜ちてしまったなあ】

 照れる湯寺。

 口元だけが静かに笑う。



「勇次、あんたまさか……」

 パートナーの思わぬ賛同に後ずさるユカリ。

 まっすぐに前を向く勇次に、驚きの目を向ける。


「ああ。俺は、『2001年』に行く。この世界を、『2001年』に戻す」

 勇次、決断する。

 湯寺の提案を受諾し、かつての機械文明と戦うことを決めたのだ。


「…………」

 沈黙するユカリ。

 埋めるように、言葉を並べる。

「それが、あんたの未来なのね……」


 その表情には、喜びも悲しみもなかった。



【そうだ! もう残された時間は少ない! 過去に戻ることが、未来へ進むための唯一の選択肢だ! さあ、この『ゆてら一号』に乗り込むがいいさ!】


 大きく身体を逸らし、機体への道をあける湯寺。

 勇次の前進を、霞みががった全身で煽った。

 


「…………」

 ゆっくりと進み始める勇次。

 しかしその足は、道をあけた男の前で止められた。


「……ひとつだけ聞きたい。この世界をリセットしたら、搭乗者以外の人間はどうなる?」

 


【……さあな。前世の魂にでも戻るんじゃねぇか? そこら辺は調整を怠っている】

 身体を逸らしながら、無責任テキトーな言葉を返す湯寺。

 地球を救うこと以外は眼中にない。



「曖昧だな。だったらこの提案は受けない」


【なんだと?】




「俺は、ユカリを置いて先に進むことはできない……!」


 力強い瞳で湯寺に言い放つ勇次。

 勇次にとっては、地球のことよりも、隣にいる人間のほうが大切であった。




【そうか! だったら二人仲良くこの世界で滅ぶんだな! それとも、出口のない宇宙へ行って星屑にでもなるか? このオレや、オレの仲間みたいに……!!】 







「待って勇次。あたしも行くわ」


 

 ユカリは身を乗り出した。

 きびすを返した勇次の道を、両手を広げて遮ったのだ。


 立ちふさがったユカリに、勇次は目を伏せながら提案する。


「……俺がやろうとしていたのは、人類の歩みを否定する行為だ。ユカリにまでその罪を着せることはできない。 だから、綺麗な心のまま、ここで終わりを迎えよう……」

 

「いいえ! たとえ罪を背負っても、あんたが前に進むなら、あたしも同行する! だって、あたしはあんたの友達バディだもん!」


 沈み込んだ勇次の目線に、ユカリは右手を差し出した。

 瞬間、勇次の瞳に光が溢れ出す。

 


「……ユカリ、ありがとう」

 差し伸ばされた手を、勇次は強く握り込む。


「一緒に、未来へ行こう!」

「ええ!」


 その手をそのまま強く引き、ユカリと共に目の前の機体へと駆け出した。

 二人は、この世界をリセットして『2001年』へ行き、かつての機械文明と戦うことを決めたのだ。

 地球を守るために。新しい未来を創るために。

 




【フフ……〝結果オーライ〟ってやつだな。これで射出準備は完了した】


 何かを成し遂げたように腰を下ろす湯寺。

 呟くその声は、ノイズにまみれている。



「いってらっしゃい!」

 湯寺を横切り、自らに言い聞かせる勇次。

 これから巻き起こる全てを受け入れるには、並みの精神力では到底かなわない。

 そのことを覚悟したうえでの、一言であった。



【ばかやろう。そういうときは、『いってきます』でいいんだよ。西暦2000年代なんてのは、きっとそんな時代さ……】



 自らを横切る二人へ、最後の言葉を残す湯寺。

 目を通わせた勇次とユカリは、声を揃えて言い放つ。


『いってきます!!』





 機体に乗り込んだ二人は、『2001年』への発射ボタンを押した。

『3800年の世界』の、リセットが始まる。




【……これでゲームオーバーか。でもまあ、ぎりぎりコンティニューボタンは押せたかな。あとは、新しい主人公たちが何とかしてくれるだろう】


 モザイクまみれになる湯寺。

 安堵を浮かべた唇が、渦を巻く青空の中に消えていった。






 ※※※











 時は、西暦2001年――。

 大都会のビジネスホテルの一室に、二人の男女が降り立った。



「おかえりまさいませ」


 降り立った二人の前には、青いスーツの男性がこうべを垂れている。


「未来坂総理、お持ちしておりました。どうぞこちらへ」




「……う、うむ」

(あれ? 俺って総理大臣だったっけ?)



「さあ、ユカリ夫人もどうぞ」



「……え、ええ」

(えっと……わたしって、既婚だったかしら……)



「あのう……失礼ですが、貴方はいったい……?」



「わたくし、米国環境保全サポーターの『チャリィ=マグワイヤ』と申します。さあ、機械文明のない平和な未来を共につくって参りましょう!」


「は……はあ……」



 なんとなしに交わされたその握手は、後の世界に革命をもたらすことになる、壮大な『エコロジー・テロ』の始まりであった。




『SCHOOL SURVIVAL@3800』

 FINAL MISSION:オカエリNASA現在セ


 帰完。


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SCHOOL SURVIVAL@3800(スクールサバイバルさんぜんはっぴゃく) 神山イナ @inasaku

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