第5話 異世界メイドは泣き止まない

昔の記憶に想いをはせた…


 

       ◆◆◆



「今日もまた魔力制御の訓練ですか?」

マリーは目の前で必死になっている可愛いアズベルに声をかける。


「まあね。こういうのは毎日練習しないと、身体が鈍っちゃうから。」


そう言うと、アズベルは魔法で羽を生やしてホバリングを始めた。


(本当にアズベルは努力家ね…体を壊したりしなければ良いのだけど。)

最近アズベルが、実の息子のように思えてきたマリー。現在18歳、彼氏はいたことがない、そんなマリーがである。母性本能は本当に凄いものだ。

 

怪我をしないように魔法の訓練中は、常にアズベルを見守る。

何度失敗しようと健気に頑張るアズベルを見て、心が温まる気がした。



      ◆◆◆



「ハァハァハァ…」

息を切らしてぐったりと疲れているアズベルに声をかける。


(あらあら、本当に良く頑張ったのね。)


「お疲れさまです、アズベルさん。」

するとアズベルは無邪気に笑って、腕を広げてみせた。


「はぁ、はぁ、こんなものまだまだ大丈夫だよ…」


ただの強がりと分かりきったその行為と向けられる笑顔に、マリーは愛しさ半分、可笑しさ半分で思わず笑い出してしまう。


「フフフッ…」


それが心底以外だったかの様に、アズベルはこちらをびっくりしたような表情で見てきた。 


「なんで…笑うの?」


可愛らしい反応に、マリーは笑い声がつい大きくなってしまった。


「だって…アズベルさんが…クスクス…強がってるだけだって丸わかりなんですもの…アハハッ!…」


それを聞いたアズベルは、顔を赤くして叫んだ。


「なっ?!僕は強がってなんかいないよ!」


こんなにも可愛らしい反応をされると、つい苛めたくなってしまう。


「アハハ…だってぇ…クスクス…」

「なんで、笑うんだよぉ…」


なおも止まらない笑い声に、アズベルはついに拗ねてしまった。


「クスクス…ん?あらら…」


少しやり過ぎちゃたかしら、と反省するマリー。


「エグッ、エグッ…マリー、酷いよぉ…」


本気で泣き出してしまったアズベルを、謝りながら優しく抱き抱える。


「ごめんなさい、アズベルさん。あんまり可愛かったものだから、マリーはついいたずらしてしまいました。許して下さいますか?」


頭を優しく撫でながら顔を覗き込むようにして謝ると、アズベルは少しだけ落ち着いた様に見えた。


だが、アズベルはキッと顔をあげ、マリーを睨んで言った。


「嫌だよ。絶対に許してあげるものか。マリーなんて、父さんに言いつけて即解雇にしてやるんだ!」


アズベルは本気でそう言っているように聞こえた。


(そんな!)


真っ青になるマリー。

解雇されれば、もうアズベルといつもの様に話す事ができなくなってしまう。

それが、酷く悲しかった。


「ごめんなさい!アズベルさん!何でもしますからそれだけはっ!…」

 (貴方と一緒にいることができなくなっちゃう!)


今にも泣き出しそうになりながら、必死に謝る。怒り顔だったアズベルは、そんなマリーを見て満足したかのようだった。


「…なーんてね。嘘だよ!僕がマリーに対してそんな酷い事するはずがないじゃない!ちょっと、仕返しがしたかっただけ。」

「…えっ?」


突然の言葉に、涙声で返事をするマリー。


「アハハッ!マリー泣いちゃってるじゃん!」

「…んもぅ!アズベルさんの意地悪っ!」

 

ぷくーっと紅い頬を膨らませたマリーは、どこか嬉しそうな顔もしていた。


「ごめんよ、マリー。」


そう言い、ギュッと抱きついてくるアズベル。


(もう…本当にこの子は、可愛いんだから。…まだ小さな子供だから、私がしっかり守ってあげないと。)


マリーはアズベルを抱きしめながらそう思った。


     

       ◆◆◆



 

「グスッ、グスッ…アズベルさん…」


あの可愛いアズベルが。

少し大人びているけど、中身は甘えん坊の優しいアズベルが。

自分に甘えてきてくれて、無邪気な笑顔で笑っていたアズベルが。


死んでしまった。

その事実がマリーに突き刺さる。


アズベルの世話を通して、マリーはアズベルに対して母性愛のようなものを抱いていた。

そんな大切な子が倒れたまま動かないという事実に…とうとう、マリーは声を上げて泣き始めてしまった。


「エグッ、グズッ…ぁぁぁぁん、うわぁぁぁん…アズベルさぁぁん…可愛いアズベルさん!…私が大好きなアズベルさん!そのアズベルさんが…うわぁぁぁん!…」


ガリッ…

地面を搔くような音が聞こえた。


「うわぁぁぁん…死なないでよぉ…グスッ、エグッ…?」


ふと見ると、死んだはずのアズベルが立ち上がろうとしていた。


「あ、アズベルさんっ!?」


もう叶う事もないと思っていた望みが叶ったのだ。マリーはアズベルに走り寄ろうとする。


だが、

「待てっ!」


…静止をかけたのは、他でもないアズベルだった。


「アズベルさ、ん…?」


マリーは意味が分からず、困った表情を浮かべる。


「僕は大丈夫だから…大丈夫だから!この戦いに…決着をつけさせてほしい。」


(まったく、この子は一体何を言ってるのよ!)

腹がたち、たまらず声を荒げた。


「何言ってるんですか!そんなに傷付いてるのに…そんなに…死にたいんですか!」

「心配してくれるのはありがたい。ありがとう、マリー。でもこれに勝たなければ、僕のプライドが許さないんだ。」


アズベルは、魔法でたった今作った氷の剣を杖にして、足を震わせながら立ち上がる。


「僕は大丈夫だ。死ぬような怪我は負っていない。」


そう言い放つと、ゆっくりと…ゆっくりと…地に這いつくばる剣王へと向かって歩き出した。


アズベルは、前世で見たアニメの主人公に憧れていた。

(…負けてたまるかよ。せっかくの勝利を前にして、終わるのは悲し過ぎる…必ず…僕が勝つんだ!)


剣王まであと少し、というところでアズベルは転げてしまう。


あっ!っとマリーがとっさに駆け寄ろうとするが、見えない壁に阻まれた。

アズベルの風の魔法障壁であった。


思わずまた流れそうになる涙を抑え、じっとアズベルの行く末を見つめる。

地を這いずりながら、アズベルは剣王へと近づいていく。その様は狂気さえ感じられた。


そしてゆっくりと立ち上がり、アズベルは剣王の首筋へ氷の刃をあてた。

 

「この戦いの勝者は俺だな、マリー。」


死にかけの目でマリーに判定を求める。

マリーは声も出せずに、涙を流しながら必死に首を縦に振った。


「ふふっ…」

ニヤリと笑ったかと思うと、アズベルはそのまま崩れ落ちた。

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