第6話 アズベル 弱さを自覚する

暗闇の中で声が響く…


「まったく、君は無茶し過ぎだよ。」

透き通る様な響きをした声は、アズベルを目覚めさせた。


「…うん…ハッ!勝負は?!」

飛び起きるようにして起き上がる。


「君の勝ちだよ…」

アイリスは、呆れた様に言った。


「…?アイリス!」

「やぁ、アズベル。久しぶりだね。」


アイリスは優しく微笑んだ。


「それよりさ…僕、勝ったんだ!」

「なーにが、勝ったんだ!だよぉ。こっちは心配してたんだからね!」


ぷくーっと頬を膨らませ、ジト眼で睨んでくるアイリス。


「えっ?…ごめん。心配してくれていたなんて…」


少し申し訳なく思ってしまう。


「何言ってるんだ!そんなの当たり前じゃないか!」


アイリスは少し狂気じみた声で反論した。


「…ありがとう!アイリス!」

「うんっ!!」


アイリスは満面の笑みでうなずいた。

その笑みは美しく、思わず息を飲み見とれてしまうアズベル。


(か、可愛い…!)


自分でも顔が紅くなっているのが分かり、少し照れてしまう。


「…で、でもまあ、勝てて良かったよ!剣王を倒したんだ。これでもう、大丈夫だね!」


(いくら、現役を引退しているとはいえ、3歳で倒せたのだから十分だろ)


「…本当に、勝てたと思っているの?…」

「っ?…ア、アイリス…さん?」

突如アイリスの雰囲気が怒気を帯びたものに変わる。


「あんな試合で!剣王に勝てたとでも思っているのかい?」

「えっ?実際そうだろう?」

「そんなわけないでしょ!!」


怒鳴り声をあげるアイリス。

空気が振動し、アズベルを揺さぶる。


「ど、どうして…」

「君は魔法で身体強化と防護障壁を使った。それに比べて、剣王は純粋に木刀だけだ。まあ、防護障壁を破るときにだけ、魔法を使ったみたいだけどね。それに、剣王は身体強化を一切使わずにあの速さだよ!君はあれ程身体強化をして、ギリギリ避けるのが精一杯だったじゃないか!」


息を荒げながら、一気に言い切ったアイリス。


(言われてみれば確かにそうだ。)


「そうだったな…」

「でしょう?君は並大抵の人よりは強いけれど、それでもまだ3歳なんだ。魔法が使えるからといって、3歳では身体が発達していない。さっきの手合わせが良い例だ。それに、あんなところでプライドがどうとか言ってたら駄目だ!いざとなったら、プライドなんてものは捨てて、生き延びないと!そんな甘い考えじゃ、君はこの先すぐに死んでしまうよ…」


目の端に涙を浮かべながら、ジッと見すえてくる。

その目は、本気でアズベルの事を心配してくれていた。


(アイリスがここまで僕の事を心配してくれていたなんて…)


胸が満たされる様に感じ、目頭も熱くなった。


「…すまなかった、アイリス。僕が馬鹿だったよ。」


素直に謝罪の気持ちを口にできた。

 

「君なら分かってくれると思っていたよぅ…」


そう言うと、アイリスは目元の涙を拭って、にこやかに笑った。


     

      ◆◆◆



その後アズベルは、アイリスに新しい生活について色々な話を聞かせた。

アイリスはどの話も楽しそうに、飽きもせず聞いていた。


そして時間も過ぎ、もうすぐ目を覚まさないとマリー達が心配するだろう、となった。

しかし、アイリスが最後にどうしても伝えておきたい事があるという。


「君がこの先、より安全に日々を送っていける様に僕からアドバイスがあるんだ。この世界は、君の小説の設定を基にして創られた。これは、分かってるね?」

「ああ。でも、詠唱があったぞ?」

「そこなんだよ。君の設定はこの世界の最初を作っただけなんだ。君の知識は確かに多いけど、今では変わっている部分も多くある。」

「そうなのか?」


アイリスの手違いじゃなかったの?

不思議に思い、首をかしげる。


「そうに決まってるよ。無詠唱の件だって、魔法を使うためには、イメージ力が必要となり、そのイメージ力を補うために詠唱ができる。ごく自然な流れなんだ。この世界は常に変化している。特に、人の強さなんてものは君の情報は全くアテにならない。君が死なないために、これだけは理解しておいてね。」

「分かった。気をつけるよ。」


(これからはもう、油断もしない。過信もしない。アイリスがここまで言ってくれたんだ。しっかり生きないと。)


決意を固め、深く頷いた。


「あとさ、君はこの後剣技を鍛えるだろ?多分、魔物狩りにも行くし…そうだなぁ。10歳になったら、家を出て僕と旅にいこうか。」

「は?」


(どうしてだ?)


「いや、ほら君って創造主でしょう?僕も女神として義務を果たさなければならない。君にはその補佐をしてもらいたいんだ。いつ言い出そうか迷ってたけど、今伝えておくよ。」


(まあ、確かにそうだな。

俺もそのために魔法を学んだわけだし。)


「その任務に見合う実力になるのが、君の場合10歳だってこと。」

「…なるほど。分かった。それまでに準備しておく。」


(家の問題とかもあるしな。

あと、マリーの件も。)


「うん。ごめんね。君の事情も色々あるだろうに、押しつけちゃって…」


アイリスは、申し訳なさそうにこちらを見てきた。


「いや、良いんだ。僕が今こうしていられるのも、アイリスが創造主として任命してくれたからだよ。とても感謝している。だから、遠慮なく言って欲しい。任務は必ず全うするつもりだ。」


(僕の人生を変えてくれたアイリスのため

なら、なんだってしてやる。)


「…分かったよ。ありがとう!さぁ、マリー達が君の目覚めを待ってるよ!また会おうね!」

「ああ!7年後に会おう!アイリス!」


そして僕の意識は薄れていった。

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