第4話 幼子と剣王、そしてメイド

マリーと約束をしてから、1週間が過ぎた。

今日は剣の先生を呼んでいるらしい。


「アズベルさん。こちらが本日、剣を教えて下さるアラン・ラッセル先生です。」


うえっ?マリーったら、凄い人を連れてきたな。


剣王、アラン・ラッセル。

現役時代は国軍に騎士として所属し、総軍隊長を務めた剣の天才だ。

今は確か引退して隠居中だったような…


「宜しくお願いします。」

「ほほう。この幼子がグランの息子か。魔法についてはまるで化け物の様、その他の吸収も速い子供…とてもマリーさんに聞いたとおりには思えんのう。可愛らしい子じゃ。」


マリー、何言っちゃってるの?!

僕、そこまで凄くないよ?!


「アラン様、アズベルさんをあまり軽んじない方が良いと考えます。」

「ほう。マリーさんにそこまで言わすのか。」


そう言ってアランは、僕を品定めするかのように眺めてくる。


「っ!」


少し怯んだが、平静を装っておいた。


「フハハッ!まあ良いわ。手合わせすれば分かる事。」


えぇっ?アランさん、この3歳の子に対して手合わせですか?

大人げないの限度超えちゃってるよ!?

下手すりゃ僕死んじゃうんだけど?!


「アラン様っ!」


マリー!そうだ!無理だって言ってやれ!


「手合わせは構いませんが、限度をお考えになられるようにお願いします。」


おい、マリー?!なに妥協してるんだよ!無理だよ!怖いよ!

…ちっ!どうせやるに代わりは無いんだ。せめて、怪我だけは防いでやる。


「分かりました。お手合わせ、宜しくお願いします。」

「了解した。」


…あれ?マリーさ、ん…?

何か引っかかるものを感じたが、戦闘に向けて思考を入れ替えた。




      ◆◆◆




手合わせとはいっても立派な戦闘になるので、僕のワープで森の空けた場所へと移動した。


春風が爽やかに吹く最中、二人の男が対峙している。


片や、剣王とまで呼ばれた剣の天才。

片や、いくら魔法の才があるといえども、まだ3歳の幼子。

そんな掛け離れた二人が剣を構え、真剣に向き合っている姿は、おかしささえ感じる。


しかし、その溢れ出る緊迫感は本物であった。


くっ!怖いなぁ。さすがは剣王か。

気迫が尋常じゃない…

だが僕も戦うからには、みすみす負ける訳にはいかないんだ。勝って、マリーに褒めて貰うんだ!抱っこして貰うんだ!


アズベルくんは、もう完全にマリー大好きな子供である。



      ◆◆◆



ほう。気迫だけで圧倒させ、戦闘は無しにするつもりだったのだが…さすがはマリーさんが認めるだけはあるかのう。


剣王は目の前の幼子に対し、見解を改めた。


初擊で気絶させるとするかのう…


目を細め、戦闘に備える剣王。



       

       ◆◆◆


 

戦闘準備を進めよう。生半可なものじゃ、すぐにやられてしまう。


まずは身体全体に身体強化を掛け、身体能力と防御力を高める。

その上に防護障壁を複数展開。

そして渡された木刀に魔力を纏わせて、強度と切れ味を上げる。


この戦い、端から見れば絶対に幼子には勝ち目はないと思うだろう。


だが、僕はただの幼子じゃない。

この世界の創造主。

もちろん、アランの剣技を考えたのも僕だ。アランは二刀流で速攻を得意とする。


そのせいあってか、受けが若干弱いのだ。

タイミングを外された時に攻撃を防げない可能性がある。


まあ、アラン程の剣技を持つ者は少ないから、その弱点は全然脅威にはならなかったのだが。


多分アランは僕を初擊で気絶させにくるだろう。それにタイミングを合わせて初擊をかわして攻撃を仕掛ければ、倒す事が可能になるかもしれない。


僕は最初で最後の一撃に集中する。

身体強化で動体視力を上げ、足には魔力を溜めて魔力爆発への準備をする。


緊張感が高まりに高まった後、アランは目で合図した。


集中せよ!集中せよ!集中せよ!

 ドクンドクンと、自らの心拍音だけが聞こえる…



      ◆◆◆




「それでは、始め!」


開始と共に音も無く地面を蹴って飛び出したのは剣王だ。二刀の木刀を構え、アズベルへと迫ってくる。


普通では視認出来ない様な速さで迫る剣王を前にして、アズベルは落ち着いていた。





見える…見えるぞ!アランの姿がゆっくりに見える!


視力の強化による能力は、素晴らしかった。しかし、目でいくら見えようとも、肉体がついてこなければ意味が無い。


脚力を爆発的に高めて魔力爆発も用いてようやく動き出せたのは、アランがこちらに攻撃を当てる距離まであと3メートルを切った所だった。


       ◆◆◆



木刀を振り下ろす剣王。


ぎりぎりのところで、身体をずらす様にして避ける。


ぐっ?!

剣による風圧が障壁を揺らす。

だがすぐに体制を立て直し、強化した木刀で胴へめがけて一閃…



      ◆◆◆



なっ?!儂の剣を避けおっただと?!


アランは突然の事に驚いていた。

絶対にあり得ないと思っていた事が起こったのである。しかもその後、剣の風圧を押し殺しこちらへ斬りかかってきたのだ。


思わず危機感を覚えたアランは、すぐさま回避体制へ移ろうとする。


しかし、剣は見る見るうちに迫り…



      ◆◆◆



バリィンッ!


防護障壁の砕け散る音の後、



ドガッ!


鈍い音が響いた。





…戦いを制したのは、剣王であった。



      ◆◆◆



アランは剣を受ける直前に、負傷覚悟でアズベルに素手で殴りかかった。

剣では不利を感じ、近接戦闘に持ち込んだのである。


本能的に殴ったため魔力障壁は砕け散り、アズベルに拳は直撃してしまった。

魔力障壁により威力は落ちてはいたものの、幼子一人殺す為には充分すぎるものであった。



      ◆◆◆



地面にぶつかったまま、動こうとしない幼子。最悪の事態を感じた剣王はとっさに、固まったまま立ち竦んでいる若い女に叫んだ。


「早くアズベルくんに治療を!」


崩れ落ちる剣王。


地面には、赤いシミが出来た。





     ◆◆◆




そんな…嘘でしょ…?


あまりの出来事に、呆然とする。


早く治療に向かわなければ、あの可愛らしい幼子が死んでしまう。

そう分かっていても、足は動かなかった。


何もできない悲しみに、女はただ泣くことしかできなかった。

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