彗星

 バスが来てベンチから立ち上がって乗り込み、ICカードを機械に触れさせて後ろの座席へと向かっていく彼女を黙って見つめていた。直ぐにバスは走り出し、駅のターミナルを抜け、去っていった。行先は飯淵だった。


「明日発売のゲームさあどこで予約した?」

「近所の**」

「だよね~。ネットにしちゃった」

「あーそれは」


 届かないかもね、と言ってしまった私の言葉に彼女は溜息をついた。


「もーここまで来たら待つしかないけど、お店で見たら買っちゃいそう」

「キャンセルは?」

「もう出荷準備中になってる」

「あーそうか」


 電車がトンネルに入り、騒音が一際大きくなった。会話が中断される、約三分間。

なんとなく気まずくなることに私はまだ慣れていない。彼女は手の中でマスコット付きのパスケースを持て余していた。私がよく知らないアニメのキャラクターのマスコットだった。そこから話が広げられる気はしない。


 やがてトンネルを抜けて車内は静かになった。次の停車駅がどこか、車内アナウンスが流れた。このままどこかに行きたいな、と思った。彼女とは特に関係の無い、私の個人的な理由。

 明日発売する新作のゲームもそこまでやりたくないし、学校もこれ以上行きたくない。彼女と帰れるから続けて行っているだけで、明日は一人だった。

 学校に行く前に予約したゲームを受け取って、そのまま彼女に渡すことも出来ない。そんなことされたって彼女だって戸惑うだろうけれど。明日バイトがあるらしいから元より会えなかった。


 学校を辞める、ともしここで私が言ったら彼女はどんな顔をするだろうか。

彼女のことだ。黙って頷いてくれるかもしれない。そうなんだ、と苦笑いするかも知れない。

 反対されるような気は何故かしなかった。多分それは今ゲームの発売日を気にして項垂れている彼女が、優しいというかギャーギャー騒ぐことのないタイプの人間であることを、半年ほどの間に知ったからだったと思った。


「今度さ」

「え?」

「あー…今度さ、対戦しようよ」

「うん空きコマある日しかできんけど」

「うん」


 飯淵ってどこだろうって思った。バスの外側上部には電光でしっかりとそう示されているけれど、その辺の地理に疎くてピンとこなかった。彼女はどこら辺に帰って行くのだろう。今日までありがとう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白の牡丹百合 絆アップル @yajo_gekihan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ