第三十三章 アルカナ・メディアナ動く
敵の
「ここはもう使い物にならないな。あのラテン男のようなサイキックだと、力を通さない金属でも、意味がないからな」
森石は誰にともなく言った。するとロイドのフロックコートに袖を通して前を合わせた手塚治子が、
「そうですね。ここにいる理由はなくなりました。むしろここは、どこよりも危険です」
森石は目を細めて治子を見て、
「そうかも知れないな。どうする?」
治子は肩を竦めて、
「どうするも何も、場所を替えるしかないでしょう。只、この会話もジェームズに聞かれている恐れがありますけどね」
森石はジェームズの名前を聞いた途端、舌打ちをした。
「あのヤロウ、今度会ったら、只じゃすまさねえ」
「無理ですよ。恐らく、ジェームズは森石さんの
森石はその言葉を聞き、顔を引きつらせた。治子はすでにジェームズに対する複雑な感情を清算したようだ。かすみは彼女の心の強さに驚いていた。
「私は、天馬翔子元理事長に騙されて、そういう事に関しては敏感になっていたはずなのに、またジェームズにあっさり騙された自分が許せないの。だから、ジェームズに対する感情は全てリセットしたわ」
治子は自嘲気味に笑い、かすみを見た。かすみは微笑み返して、
「とにかく、
「道明寺の家?」
森石がピクンとしてかすみを見る。するとロイドがそのガラス玉のように無感情な目を森石に向けて、
「おかしな事を考えるなよ。カスミの家には、お前は行かせない」
「え?」
かすみと森石がほぼ同時にロイドを見た。ロイドは森石を見たままで、
「お前はお前の女に付いていてやれ。彼女もまた狙われる可能性がある」
森石は自分の
「ああ、そうか……」
森石はロイドが何を思ってそう言ったのかわからなかったが、彼に逆らうと恐ろしい事になりそうなので、あっさり引き下がった。かすみはそれを見て苦笑いし、
「治子さん、留美子さん、私に掴まってください。ここから、私の家まで一気に瞬間移動します」
治子と留美子は顔を見合わせた。不安があるようだ。かすみはクスッと笑って、
「心配ないですよ。途中で振り落としたりしないし、安全確実に到着できますから」
治子は苦笑いして、
「かすみさんを信用していない訳じゃないんだけど、私も留美子もそういう力がないから、ちょっと怖いのよ」
同意を求めるように片橋留美子を見る。留美子は頷いてから、かすみを見た。
「一度、私の家に寄ってもらえるかな? ロイドさんにこのコートを借りたままだと、申し訳ないから」
治子が言うと、ロイドは、
「同じコートを二十着持っているから返してくれなくても大丈夫だ」
「そ、そうですか……」
治子は顔を引きつらせて応じた。
その頃、太平洋の公海上を一隻の豪華客船が航行していた。国際テロリストのアルカナ・メディアナの所有する船だ。その中の最下層にある私室で部屋の中央にある黒革のソファに寛ぎ、眩いシャンデリアの光の下で、美女達に囲まれている、白のスーツに身を包み、クーフィーヤ(頭に被る装身具)を着けた浅黒い肌に白い髪と豊かな口髭を伸ばした細身の老年の男が船の
「部下を失い過ぎだな、ガイア」
メディアナは美女の一人に爪を磨かせながら、鋭い目で向かいのソファに座っているジェームズ・オニールを見た。ジェームズはメディアナを見て、
「忠治は勝手に動いて自滅しました。クロノスは反省房に入れております。光明子とカルロスの敗北は計算外でした」
メディアナは美女を遠ざけてから、
「ロイドの力が強くなっているようだな。何があった?」
「わかりません。私が
ジェームズが答えると、メディアナは目を細めて、
「
「はい」
ジェームズは立ち上がると、部屋からドアを開けて出て行った。この部屋は警視庁の特別室とは比べ物にならない程の対異能者仕様なのだ。ジェームズですら、部屋の外に出ないと瞬間移動はできないのである。目を元の大きさに開いたメディアナは手許にあるタブレット端末が映し出している映像で、ジェームズが廊下を歩き去るのを確認してから、スマートフォンをスーツのポケットから取り出し、
「ジェームズが船を離れたら、進路を日本に向けろ。奴は口程にもないようだ」
通話の相手に告げた。
(馬鹿者が。何を考えているのか知らんが、この私に隠し事は許さんぞ、ジェームズ)
メディアナは再び目を細めた。そして、タブレット端末をソファに投げ出すと、立ち上がった。
「私だ。クロノスを反省房から解放しろ。そして、ここに連れて来い」
メディアナはもう一度スマートフォンを操作し、また別の誰かにかけた。そして、相手の返事を待たずに通話を切り、ポケットに戻した。それから、部屋にいた美女達を手で指示し、外に出した。全員が退室したのを見届けると、ソファの奥にある大きなマホガニーの机の回転椅子に座り、身を沈めた。目を閉じてしばらく考え事をしていると、ドアがノックされた。
「何だ?」
目を閉じたままでメディアナが問うと、野太い男の声が、
「クロノスを連れて来ました」
「入れ」
メディアナはそこでようやく目を開け、ドアを見た。ノブが回ってドアが開かれ、後ろ手に手錠をかけられたクロノスことマイク・ワトソンがサブマシンガンを携行した屈強そうな大男二人に挟まれて入って来た。マイクの顔色は土色になっており、目を泳ぎ、唇は震えていた。
「ソファに座らせろ」
マイクは二人に引き摺られるようにしてソファに座った。
「下がっていい」
大男二人は敬礼して退室した。メディアナは机の上で手を組み、ニヤリとしてマイクを見下ろした。
「な、何でありましょうか、メディアナ様?」
マイクは殺されると思っているようだ。メディアナは笑みを浮かべたままで、
「お前にガイアの監視を命ずる。一瞬たりとも奴から離れるな。奴の腹の内を探り出せ。それを成し遂げた
マイクはあまりにも想定外な事を言われ、ポカンとしてしまった。メディアナはフッと笑って、
「どうした? 不服か、クロノス?」
マイクはやっと我に返り、慌てて立ち上がって背筋を伸ばすと、
「とんでもないです! 光栄です! 命令に従い、ガイアを監視致します!」
大声で言った。メディアナは立ち上がって満足そうに頷くと、
「その言葉、忘れるなよ、クロノス」
机を回り込んで、マイクの左肩を右手でポンポンと叩いた。マイクは意識が遠のきそうな程緊張したが、
(これでようやくあのヤロウを追い越せる!)
心の中でギラついた野望の炎を燃え盛らせた。
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