第三十四章 ガイアとクロノス

 道明寺かすみは、仲間である手塚治子と片橋留美子を伴い、自分の家の玄関前に瞬間移動した。彼女自身も少しだけ不安だったのだが、以前、治子と留美子を瞬間物体移動アポーツ能力で飛ばした事があるので、何とかなるだろうと思ったのだ。

「大きなお邸ね、かすみさん」

 留美子はかすみの家を見上げて目を見開いた。かすみは苦笑いして、

「一人暮らしには広過ぎるわ」

 今まで、自分の生い立ちを二人に一切明かしていなかったかすみだが、治子は家の前に来て、かすみの壮絶な過去を知り、涙ぐんだ。

「私なんか、両親に育ててもらえただけ、幸せなのね」

 途中、自宅に寄り、着替えをした治子はかすみに微笑んで言った。かすみは微笑み返して、

「私だって、捨てられはしなかったですから。ロイドは捨てられたんですよ」

「え?」

 治子と留美子はギョッとしてかすみを見た。

「人に無断で昔話をするな」

 そこへいきなりロイドが瞬間移動して来て言ったので、かすみ達は悲鳴を上げた。

「もう、驚かさないでよ、ロイド!」

 かすみがムッとして抗議すると、ロイドはそのガラス玉のような目をかすみに向けて、

「お喋りなお前が悪い」

 かすみはそれを言われると何も言い返せない。

「ごめんなさい。でも、私達はロイドの仲間よ。仲間は思いを共有した方がいいと思ったから……」

 かすみは何とか自分の気持ちをわかってもらいたくて、ロイドに詰め寄って言った。しかし、ロイドは、

「そんな必要はない。仲間は共に戦う。それだけでいい。人には知られたくない事もある」

「あ……」

 かすみはギクッとした。ロイドは父親に捨てられた。母親はロイドを哀れみ、父親から逃げ出して彼と共に暮らそうとしたのだが、父親はそれを許さず、母親はロイドから引き離された。ロイドは程なく施設に引き取られ、母親とは会えなくなってしまった。以前、アルカナ・メディアナの船に乗り込んだロイドを助けた時、かすみが読み取ったロイドの記憶の一端である。

「それより、腹が減った。何か食わせろ」

 ロイドはかすみに背を向け、玄関のドアを見たままで言った。かすみはクスッと笑い、

「わかったわ」

 そして、治子と留美子に目配せして、玄関のドアを開いた。


 警視庁公安部所属の森石章太郎は、事の顛末を上司である部長の暁嘉隆に報告し、指示を仰いだ。すると暁は、

「お前の方が私よりずっと精通しているだろう? 思うようにやればいい。責任は私が取るから」

 苦笑いとも只の微笑みともつかない笑顔で言ってくれた。

「ありがとうございます!」

 森石は最敬礼して応じると、公安部を後にし、交際中の新堂みずほがいる医務室に向かった。

「章太郎さん」

 部屋に入ると、ベッドから起き上がったところだったみずほが嬉しそうに森石を見て言った。

「元気そうでよかったよ」

 森石は社交辞令ではなく、心の底からみずほの回復を喜んでいた。

「うん。かすみさん達が助けてくれたんでしょ? 後でお礼を言わないと」

「そうだな」

 森石は付いていてくれた看護師に礼を言い、退室してもらうと、もう一度みずほを見た。

「しばらく、会いに来られなくなるかも知れない。だけど、必ず会いに来る。だから、待っていて欲しい」

 もしかすると命を落とす事になるかも知れない。そう思った森石なりの遠回しのプロポーズだったが、

「そうなの? 遠くに行くの? もしかして、ヨーロッパとか? それとも、アメリカ?」

 みずほは真顔で尋ねた。森石は項垂れそうになったが、

(この子はそういう子だった……)

 彼女の天然ぶりを忘れていた自分に怒りを覚えた。森石は何とか笑顔になり、

「いや、距離的な事じゃないんだ。敵は今まで以上に強大で、苦戦すると思う。だから、しばらくここには来られないんだ」

「え?」

 ようやくみずほにも森石の言いたい事が伝わったらしかった。彼女は目に涙をいっぱい溜めて、

「嫌よ、章太郎さん。絶対に生きて帰ってね」

 森石の右手を両手で包み込むようにして握りしめた。その行為に森石もジンとしてしまった。

「ああ。必ず帰って来るさ。約束するよ」

 森石が言うと、みずほは目を閉じた。森石は一応ドアの方を確認してから、キスをした。


 その頃、ガイアことジェームズ・オニールは、英語講師として住んでいるマンションに戻っていた。彼が実は異能者サイキックであるのを知っているのは、まだかすみ達だけだ。

(天翔学園には、森石章太郎を通じて、伝わるか)

 ジェームズはフッと笑い、リヴィングの中央にあるソファに座り、身を沈めた。

(さて、これからどうする? 手駒は全て失った)

 ジェームズは天井を見上げてから目を閉じた。その時、彼は人の気配を感じて起き上がった。

「どうも」

 リヴィングのドアの前にクロノスことマイク・ワトソンが不敵な笑みを浮かべて立っていた。

「どうやって反省房を抜け出した?」

 ジェームズはマイクが脱走したと思った。ところがマイクはゲラゲラ笑い、

「違いますよ、ガイア。私はメディアナ様に許されて、貴方の補佐をするように言いつかって来たのです」

 そう言って、うやうやしくお辞儀をしてみせた。

「何?」

 ジェームズにはその話はにわかに信じ難かった。

(しくじった者を決して許さないメディアナがそんな事をするか?)

 彼はマイクの意識層を覗こうとしたが、見えなかった。

(どういう事だ? まさか、保護幕シールド?)

 精神的な異能の力の一種かと思った。しかし、マイクには精神的な力がないのは自分が一番よく知っている。だとすれば、誰がその力を使ったのかは明白だった。

(とうとう、自ら動き出すつもりか、メディアナ)

 ジェームズの額に汗がにじむ。それに気づいたマイクが、

「どうしました、ガイア? 暑いのですか?」

 皮肉混じりの問いかけをした。ジェームズはそれには応えずに立ち上がり、

「そうか。それはよかった。光明子もカルロスも敵に捕まってしまった。我が部隊はお前と私だけだからな」

 右手を出して、握手をしようとした。するとマイクは苦笑いして、

「いや、それは遠慮しておきます、ガイア。貴方には強力な精神測定サイコメトリー能力がある。うっかり接触すると、何をされるかわからないですから」

「そうか」

 ジェームズは心の中で小さく舌打ちして応じた。マイクは自分の心を読み取ろうとして失敗したジェームズを見て心の中で嘲笑い、

(ざまあ見ろ。あんたが何を考えているのか突き止めて、あんたに成り代わってやるぜ)

 野望に目を輝かせた。そして、そんな思いを噯気おくびにも出さずに微笑み、

「大丈夫です。私とガイアがいれば、それで十分ですよ」

「そう、かな?」

 ジェームズは警戒しながらマイクを見た。そして、

「では、早速動いてもらおうか」

「はい」

 マイクは微笑んだままで応える。ジェームズはマイクを鋭い目で見て、

「連中は、かすみの家に集結しているようだ。反撃をされる前に、叩いておきたい。やってくれるな?」

 マイクはニヤリとして、

「はい、もちろん。仰せのままに」

 また恭しく頭を下げた。ジェームズはマイクの慇懃無礼な行動に苛立ちを覚えていた。

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