第三十二章 捨て石
ジェームズの放った業火を打ち破ったロイドの業火は勢いを増してジェームズに突進した。
「やったか?」
森石章太郎が呟いた。片橋留美子もロイドの勝利を確信していた。しかし、かすみと手塚治子は硬い表情のままだった。
(ジェームズの力はこの程度ではない。何かある……)
誰よりもジェームズに接していた治子はまだ警戒心を解いていない。かすみは違った理由でジェームズを見ていた。
(何? どういうつもりなの?)
彼女はジェームズがロイドを試していると思っているのだ。
「残念だよ、ハロルド・チャンドラー。君はその程度だったのか」
ジェームズは肩を竦め、首を小さく横に振った。ロイドはそれでもガラス玉のような目でジェームズを見て、
「何を言っている? 何のつもりだ?」
落ち着いた口調で尋ねた。しかし、ジェームズはフッと笑っただけで、それには応えず、後ろに控えていたカルロスを見た。
「カルロス、後は任せたぞ。彼は私が相手をする程の
そう告げてから、ジェームズは迫り来る業火をもう一度見ると、スッと消してしまった。
「何!?」
ロイドは思わず目を見開いた。かすみも治子もギクッとしてジェームズを見た。森石と留美子は唖然として口をポカンと開けている。
「
かすみが呟くと、ジェームズはニヤリとして彼女を見た。
「ちょっと違うな、かすみさん。今のは炎のエネルギーを消失させたのだ」
「
治子が目を見開いて呟いた。ジェームズは微笑んで治子を見ると、
「さすが、治子だ。よくわかったね。この力を使えるのは、この地球上には私の知る限りでは二人だけだ。今現在はね」
治子はジェームズの笑みに怒りを覚えたのか、
「そんな顔で私を見ても、もう無駄よ、ジェームズ!」
声を荒らげて言い返した。ジェームズはフッと笑い、
「まあ、いい。いずれにしても、君達とはもう会う事もないだろうからね。カルロス、頼んだぞ」
次の瞬間、ジェームズは瞬間移動をしていた。
「おい、奴にはこの部屋の金属が通用していないのかよ!?」
森石が誰に尋ねるともなく、叫んだ。だが、返事をしたのはカルロスだった。
「我が全能なるガイアには、そんなものは役に立たないって事だよ、色男」
彼はジェームズに後を託された事でご機嫌なのか、ニヤニヤしながら言った。
「うるせえよ、下っ端!」
森石は怒りのあまり、カルロスの能力を忘れ、拳銃を取り出して構えた。
「学習能力がないのか、お前?」
カルロスがせせら笑うのと、森石が高温になった拳銃を投げ出すのはほぼ同時だった。拳銃は床を焼き焦がしながら、溶けてしまった。
「くそ、また始末書かよ!」
森石は舌打ちしてカルロスを睨んだ。カルロスは視線の先をロイドに移して、
「さてと。色男の飛び道具はその様だ。次はてめえだよ、無表情男!」
途端にロイドの足元の床が熱せられ、ブスブスと煙を上げ始めた。嫌な臭いが部屋に立ち込め始め、かすみ達は顔をしかめて部屋の隅に下がった。彼女達はロイドがカルロスに負けるとは全く思っていなかった。
(ジェームズは何を考えているのかしら? この男では、ロイドに敵うはずがないのに……)
かすみはジェームズの行動に違和感を覚えていた。
「また温めてくれるのか、能天気? ありがたいな」
ロイドはまた無表情な顔に戻り、カルロスを挑発した。カルロスはフフンと鼻を鳴らし、
「その手には乗らねえよ。いい方法を思いついたんだからよ」
そして、かすみ達を見た。すると、かすみ達が氷に取り囲まれてしまった。先程より分厚くて、かすみ達の顔は透けていない。
(舐めやがって! 俺だけ何もしないのかよ!)
氷に閉じ込められなかった森石は憎らしそうにカルロスを睨みつけたが、カルロスは森石を無視した。
「今度はさっきより強力に冷やしてるぜ。せいぜい数分しか我慢できねえだろうな、お嬢ちゃん達はさ」
カルロスは下卑た笑みを浮かべ、ロイドを見た。
「何のつもりだ?」
ロイドは眉一つ動かさずに尋ねた。カルロスはニヤリとして、
「お嬢ちゃん達の命を助けたかったら、おとなしく俺に殺されろ」
どうだという顔をしている。しかし、ロイドは、
「何を言っているんだ? 俺は彼女達が死のうが生きようが、関係ないぞ。お前を殺すだけだ」
カルロスは一瞬ビクッとしたが、
「つ、強がりを言うな! おめえがかすみにベタ惚れなのは、先刻承知なんだよ、無表情! 無理するんじゃねえよ!」
何とか平静を
(ロイドが私を?)
どちらかと言うと、動揺しているのはかすみの方だとはカルロスも気づいていない。
(ああ、さっきより冷たい……。意識が集中できない……)
かすみは眠りかけていた。
(ロイドさんは何て返すのかしら?)
治子は寒さに
「何を先刻承知なんだ? カスミが死のうが生きようが、俺には全然関係ない。早く殺せばいい」
ロイドはやはり全く無反応のままで言った。カルロスも驚いたが、かすみもつい泣きそうになった。
(ロイド、酷い……)
ロイドが本心からそう思っているのではないと理解してはいるが、嘘でもそんな事を言われるとつらいのだ。
「よおし、だったら、今すぐ殺してやるよ!」
カルロスが更にかすみ達を覆っている氷を分厚くし始めた時だった。
「ぐぎええ!」
彼の両腕と両脚の関節が、通常は曲がらない方へ曲がってしまったのだ。
「ぐおおお!」
カルロスは床に転がり、のたうち回った。その様は新しい生き物のようだった。
「どうした、早く殺せ。遠慮は要らないぞ」
ロイドは一歩二歩とカルロスに近づく。カルロスは顔色を変え、必死になって這いずり、ロイドから逃げようと足掻いた。
「何だ、殺さないのか?」
ロイドは這いずるカルロスの前に回って、しゃがみ込んだ。カルロスの顔中から汗が噴き出した。ロイドはカルロスを見てから、かすみ達を見た。すると、一瞬にして氷が粉微塵に砕け、かすみ達は解放された。
「ひぎい……」
カルロスは口からは
「お前が殺さないなら、俺がお前を殺すぞ。いいのか?」
「待って、ロイド!」
かすみが慌てて駆け寄り、ロイドとカルロスの間に入った。ロイドは目を細めてかすみを見た。
「何のつもりだ、カスミ?」
かすみはキッとしてロイドを睨み返すと、
「この人には訊きたい事があるのよ。殺してはダメ!」
「お前を殺そうとしたのにか?」
ロイドは目を更に細めて言った。かすみは頷いて、
「そうよ。それとこれとは話が違うわ。殺してはダメよ、ロイド!」
「わかった」
ロイドは目を元に戻した。すると、カルロスはコテンと倒れ、眠ってしまった。かすみはハッとして、
「何をしたの、ロイド?」
「ジェームズが俺にしたのと同じ事をしたまでだ。そうでもしなければ、そいつの能力は封じられないだろう?」
ロイドはそう言って、森石を見た。森石は頷いて部屋を出ると、携帯を取り出し、どこかに連絡を始めた。
「さっきの、本気じゃないよね、ロイド?」
かすみはロイドに近づいて小声で尋ねた。するとロイドは、
「何の事だ?」
背を向けて誤摩化そうとした。かすみはクスッと笑い、
「ありがとう、ロイド」
そう言って、背中に抱きついた。ロイドの顔が一瞬だけ引きつったのを治子と留美子は見た。
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