第九章 ジェームズの過去
かすみと治子は、森石の奢りで、大学のすぐ外にあるイタリアンレストランで夕食を摂る事にした。
「森石さんて、留美子の事が好きなんですか?」
注文を終えた時、治子はニコリともせずに尋ねた。森石は苦笑いして、
「冗談だって。治子ちゃんも可愛くて好きだよ」
「心にもない事を言っていただいても、全然嬉しくありませんから、無理しなくていいですよ」
治子は嫌味っぽく言うと、かすみを見た。森石は顔を引きつらせている。かすみも苦笑いして、話を
「治子さん、ちょっと訊きたい事があるんですけど」
治子は仕方なさそうに肩を小さく
「ジェームズの事ね?」
真顔になって応じた。治子はかすみがジェームズを疑っている事を感じているのか、やや不機嫌そうだ。かすみも治子の感情がわかるので、言葉を慎重に選ぼうと考えた。
「どういう方なんですか、ジェームズさんは?」
かすみはフレアースカートのウェイトレスに気を取られている森石の膝を軽く
「意識に関しては、私とは比べ物にならない能力の持ち主のようですけど?」
すると、ジェームズの力を誉めたのが功を奏したのか、治子は目に見えて機嫌が良くなり、
「そうでしょ? 私も彼の能力には驚愕しているの」
かすみはホッとして微笑み、
「彼とはどういう風に出会ったんですか?」
治子は先に運ばれて来たサラダを突つきながら、
「私が敵に襲われた時に助けてくれたのよ」
「敵に?」
かすみに小突かれてもウェイトレスにちょっかいを出していた森石がようやく治子を見た。
「おいおい、敵と遭遇したなんて、聞いてないぞ」
森石がサラダを頬張りながら不満そうに言うと、治子はツンとして、
「森石さんに報告する義務なんかないですよね?」
「どんな敵だったんですか?」
かすみは口からレタスの破片を零した森石を睨みつけてから、治子を見た。
「物理系ではなくて、精神系の攻撃を仕掛けて来る敵だったわ。いくら探っても、どこにいるのか全くわからなかった」
森石は紙ナプキンで口の周りを拭って、
「具体的にはどういう攻撃だったんだ?」
治子は唾を飛ばして話す森石に嫌な顔をしたが、
「私と同じ
悔しそうに説明した。治子は自分の能力にそれなりに自信を持っている。だが、それが全く太刀打ちできない相手だったという事なのだ。
「危うく、脳を細胞レベルで破壊されかけた時、予知能力を使って、私の千里眼との併用で助けてくれたのが、ジェームズだったの」
また治子はウットリした顔で話す。かすみはそれが少しだけ気がかりだった。
(治子さんは完全にジェームズという人を信じ切っている。大丈夫なのかしら?)
かすみは意識を完全にシャットアウトしたつもりだったのだが、
「かすみさんも信じていないのね、ジェームズを?」
治子はキッとしてかすみを見ていた。かすみはしまったと思ったが、
「そういう訳ではないんです。ごめんなさい」
治子も言い過ぎたと思ったのか、
「まあ、仕方ないわよね。いきなりこんな話をして、信じろっていう方が無理があるわよね」
自嘲気味に笑みを浮かべ、サラダを口に運ぶ。
「はあ……」
かすみは複雑な表情で治子を見た。治子はフォークを置いて、
「彼が駅前の英会話教室の講師だっていうのは、留美子から聞いているわよね?」
「ええ」
かすみは頷いた。それすら知らない森石はかすみと治子を交互に見ている。
「彼は、アルカナ・メディアナのテロのせいで、奥さんとお子さんを亡くしているそうなの」
かすみは思わず森石と顔を見合わせた。
「それも、自分に異能の力があったせいらしいの。組織に誘われて、それを断わったのに腹を立てたメディアナが配下のサイキックにやらせたそうよ」
かすみは両親が既に他界している事に生まれて初めてホッとした。
(身内の命を危険にさらしたら、私は戦えなくなってしまいそう……)
治子や留美子には家族がいるはずだ。これからの戦いを考えると、彼女達を巻き込むのはいい事ではないと思った。
「かすみさん、それはダメよ。そんな風に考えないで。私も留美子も、そういう覚悟はできているの」
治子はかすみの思いを感じて、そう言ってくれた。
「おい、お前らだけで納得していないで、俺にもわかるようにしてくれよ」
運ばれて来たペペロンチーノをスルスルと食べながら、森石は不満そうに告げた。
「ありがとうございます、治子さん」
かすみは治子の両手を包み込むようにして言った。涙が出そうなくらい嬉しかったのだ。
「私も留美子も、決して家族とはうまくいっていないの。こんな力を持って生まれたから」
治子の言葉にかすみは自分と同じ境遇の人間がこれ程身近にいた事を知った。
「敵の名前は?」
そこへいきなりロイドが瞬間移動で現れた。かすみと治子はわかっていたので驚かなかったが、森石と他の客、そして店のスタッフ達は突然出現した季節外れの黒のフロックコートを着た長身の白人に仰天してしまった。治子はロイドを見上げて、
「ガイアって名乗ったらしいわ。私は途中から気を失ってしまったのだけど」
するとロイドはそのガラス玉のように無感情な目を見開き、
「ガイア、か……」
そう呟くと、かすみの隣の席にドスンと腰を下ろした。森石はやっと我に返り、
「相変わらず突然現れるな、ロイド。ガイアって名前に心当たりがあるのか?」
ロイドは治子を見てから森石を見て、
「ああ。お前達と別れてから、そいつに攻撃された。危ない所をハルコに助けてもらった」
ロイドはもう一度治子を見て言った。治子はロイドを見たままで、
「やっぱりね。あの時の敵も、同じサイキックだったのね」
かすみと森石はロイドも敵と遭遇していたのを知り、顔を見合わせた。
「そいつは、少なくとも千里眼、
ロイドの言葉にかすみと治子は戦慄した。彼のある意味弱気な発言を意外に思ったからだ。
「ショウコ・テンマやヒロシ・コフジより格が上なのは間違いない」
森石もその言葉にはギョッとした。彼は突然目の前に現れた火の玉や、空から落ちて来たタクシーを思い出した。
「そして、ハルコの男は、そいつと互角に渡り合える能力を持っていた」
ロイドの遠慮のない表現に治子は赤面してしまった。
「ちょっと、ロイドさん、ジェームズは私の恋人じゃないわよ!」
憤然として言う治子を無視して、ロイドはかすみを見た。
「奴は少なくとも、連中の味方ではない。俺達の味方かどうかはともかくとしてな」
ロイドの言い方に治子は異論がある顔をしていたが、グッと堪えた。かすみは治子の感情の揺れを感じつつも、
「そのようね。敵の敵は味方って事でいいのかしら?」
視線を森石に向けた。森石はペペロンチーノを食べ終わると、
「一人でも味方は多い方がいい。治子ちゃん、その人と会う段取りを取ってくれないか?」
「わかりました」
治子はまだ納得がいっていない顔をしたままで応じた。
(いよいよ本格的な戦いが始まるのかしら?)
かすみは恐怖で身が竦みそうになっていた。
かすみ達の動向は、ガイア達には筒抜けになっていた。
「早く道明寺かすみを愛でたいのですが、ガイア?」
一人が言った。するとガイアと呼ばれた人物は、
「まだ待て、忠治。メディアナ様はかすみの力をご所望なのだ。そちらをどうするか次第だ」
「はい……」
忠治と呼ばれた人物は不服そうに応じたが、
「何だ? 文句でもあるのか、忠治?」
もう一人の人物に指摘され、ビクッとした。
「そんな事はないですよ、クロノス。不服なんて、ある訳ないじゃないですか」
忠治は顔を引きつらせて応じた。
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