第八章 心強い味方

 道明寺かすみは、長い一日を終え、校庭で待っていた森石章太郎の車に同乗し、天翔学園高等部を去った。多くの男子生徒が森石に敵意に満ちた視線を向け、同時に舌打ちをしていた。その中には、当然の事ながら、学園一軽い男と評されている横山照光の姿もあった。風間勇太は、交際相手である桜小路あやねが怖いので、かすみを見送るのを我慢した。

「あいつ、何者なのさ?」

 バカの見本のような横山がムッとして腕組みをする。

「あんたには関係ないの!」

 途端に幼馴染みの五十嵐美由子の鞄角攻撃が炸裂した。

「ぐうう!」

 横山はそのままうずくまり、激痛に悶えた。

「お前、本当に記憶力がないのか?」

 勇太が哀れんで尋ねると、横山は涙ぐんだ目で勇太を見上げ、

「うるさいよ、勇太は! お前だって、本当はかっすみちゃあんを見送りたかったんだろ? 顔にはっきりと描いてあるぞ」

 思わぬ反撃をして来たので、勇太はビクッとして思わずあやねを探してしまった。幸いな事に、あやねはクラス委員の会議に出席しているので、そこには姿を見せていなかった。

「安心しなよ、風間君。私が 責任を持って、あやねに報告するから」

 美由子が嬉しそうに告げたので、勇太は顔を引きつらせた。


 表通りに出た森石の車は、警視庁に向かい始めたが、

「森石さん、ちょっと天翔学園大学に寄り道してくれない?」

 助手席のかすみが言ったので、森石は横目でかすみの太腿を眺めながら、

「天翔学園大学? ああ、手塚治子がいるところか」

 ニヤリとして応じた。かすみは呆れ顔になり、

「またエッチな事を考えたでしょ?」

「そんな事、考えてねえよ」

 若干焦り気味で応じる森石は、反異能者アンチサイキックであっても、全くその力の意味がないくらい心の中が丸わかりだった。

「俺は、あの女はあまり好きじゃないんだよ。オッパイは小さいし、痩せてるし、性格はきついし……」

 森石はハンドルを切りながら治子の悪口を言い始めた。するとかすみは、

「治子さん、千里眼クレヤボヤンスの力があるのよ。そんな事言ったら、全部聞こえちゃうんだから」

 だが、森石は怯まない。

「別に聞こえたっていいさ。俺はどっちかって言うと、道明寺とか、片橋留美子ちゃんみたいな子がタイプだからさ」

 森石の発言にかすみはドキッとしてしまった。

(タイプ? 私が?)

 かすみは恋愛関係には全く免疫がない。自分の異能故、恋をした事がないし、他人の恋愛にも無頓着だったので、森石の言葉に動揺してしまったのだ。

「留美子さんは大人しくて可愛いし、森石さんの好みかも知れないけど、私は違うでしょ? 気が強いし、太っているし」

 かすみは森石がからかっていると思った。

「おいおい、太ってるって、本気で言ってるんじゃないよな? お前が太ってるなんて言ったら、本当に太っている女の子に殺意を抱かれるぞ」

 森石が意外そうな顔でかすみを見た。かすみは大袈裟ではなく、驚いてしまった。

「本気で言ってるの、森石さん?」

 目を見張って森石を見たので、逆に森石が照れてしまい、顔を背けた。そして、それを隠したいのか、

「それより、何で天翔学園大学に寄りたいんだ? 手塚治子に何かあったのか?」

 かすみはその質問に答えたかったのだが、敵を含めた第三者に盗み聞きされるとまずいと思い、

「それは向こうに着いたらわかるわ」

 そう言って誤摩化した。

「何だよ、ケチだな」

 森石はかすみが事情があって話せない事を理解していないようだった。かすみは苦笑いした。


 その頃、天翔学園大学の学部棟にいた治子は、かすみ達が向かっている事も、森石が自分の悪口を言った事も全部知っていた。

(ロイドさんと戦った敵のサイキックの事を知りたいのかしら?)

 治子は、片橋留美子が英会話教室の講師との事で嫉妬しているのも気づいていたが、かすみがその講師絡みで来るとは思っていなかった。

(かすみさん、途中から意識をガードしたから、敢えて覗かなかったんだけど、何が知りたいのかしら?)

 治子は学部棟を繋ぐ歩行者回廊ペデストリアンデッキに出ると、ベンチを探して腰掛けた。

『治子、どうした? 警戒しているのか?』

 そんな治子に当の英会話講師であるジェームズ・オニールがテレパシーで語りかけて来た。

『いえ、そうではないです。以前お話した道明寺かすみさんがこちらに向かっているんです』

 治子はテレパシーで応じる。そんな彼女をジロジロ見ながら通り過ぎて行く男子学生達がいたが、治子は気に留めていない。

『ああ。道明寺かすみさんね。私も一度会って話がしたいね』

 ジェームズの言葉に治子は少しだけ嫉妬してしまった。かすみのあの超弩級の胸を見たら、ジェームズも虜になってしまうのではないかと。

『なるほど、かすみさんは胸が大きいのか、治子?』

 うっかりしていたので、ジェームズに自分の心の中をさらけ出した事に気づき、治子は赤面した。

『はい。大きいです。男は皆、胸の大きい女子が好きなのですよね?』

 半ば自棄やけになってそう言うと、ジェームズは笑ったようだ。

『治子は自分の胸にコンプレックスがあるのかな?』

 ズバリ見抜かれてしまった治子は消えてなくなりたいくらい恥ずかしくなった。

『少なくとも私は、女性の価値を胸だけに求めたりはしないよ』

 ジェームズの言葉を聞き、治子は少しだけホッとした。

『あ、そのかすみさんが到着したようです。胸の大きい女の子が好きな男性と一緒に』

 治子は森石の事をそう表現した。

『もう一人はアンチサイキックだろうか? 心の中がまるで見えないよ』

 ジェームズの反応に治子は、

『はい。彼は警視庁公安部の森石章太郎さんです』

『そうか。おっと。こちらは仕事の時間だ。またね、治子』

 ジェーズムのテレパシーが途絶えた。治子はフウッと溜息を吐き、ベンチから立ち上がると、ペデストリアンデッキから正門の方を見下ろした。かすみと森石がこちらに歩いて来るのが見えた。


 かすみは、大学に到着する前から、治子が誰かとテレパシーで話しているのに気づいていたが、治子の声は聞き取れるのに相手の声が聞き取れないので、また警戒していた。

(どういう事なのかしら?)

 すると、

「説明するわ、かすみさん」

 治子が不意に目の前に現れた。

「うわっと!」

 周囲を歩いている露出過多な女子学生に気を取られていた森石は飛び上がって驚いた。別に治子は瞬間移動をした訳ではない。意識のコントロールで、相手に存在を悟られずに接近する方法を会得したのだ。

「治子さん、今の、凄いですね!」

 かすみは驚きはしなかったが、感激していた。治子は微笑んで、

「今の力、貴女にもできるようになるわよ。ジェームズから教わったの」

「そう、ですか」

 かすみは治子がジェームズという人物に心酔に近いものを抱いているのを瞬時に感じ取った。

(留美子さんが心配するのも無理ないわね)

 治子はかすみがそんな事を感じた事すら気づいていないらしく、

「意識のコントロールによって、テレパシーの盗聴を防止する事もできるの。だから、さっき、私とジェームズが交わしていた会話も、ジェームズの声は聞き取れなかったでしょ?」

 嬉しそうに説明している。

(敵ではないと思いたいけど、治子さんが心配ね……)

 かすみは作り笑顔で応じながら、治子を観察した。


 どこかの場所で二人の人物が話していた。

「クロノス、私が道明寺かすみに仕掛けていいでしょうか?」

 一人がクロノスという人物に語りかけた。するとクロノスは、

「構わないよ、忠治。どうするつもりだ?」

 忠治と呼ばれた人物はニヤリとし、

「もちろん、愛でてやるんですよ」

 下卑た表情で言った。クロノスは忠治を鼻で笑い、

「好きにすればいい」

 そう告げると、フッと消えてしまった。忠治は更にニヤニヤとしながら、

「楽しみだなあ。どう愛ででやろうかな」

 顎を撫でながら呟いた。

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