第七章 留美子の不安

 森石章太郎にいきなり重い話をされ、理事長の慈照寺香苗はしばらく言葉を失い、じっと彼を見ていたが、

「なるほどね。私も因縁があるという事ね。メディアナの名前を聞いた以上、引き下がる事はできないわね」

 奇妙なことを言ったので、かすみは思わず香苗を見た。森石はかすみを見て、

「香苗さんは、ヨーロッパでテロに巻き込まれて、友人の方を三人亡くされているんだよ」

 かすみは目を見開いた。

(アルカナ・メディアナ……。やはり、放置しておけない存在ね)

 香苗は寂しそうに微笑み、

「仇討ちというつもりはないけど、あの男の欲望のために命を失う人がいなくなるために協力するわ」

 森石も顔色を曇らせ、

「おつらいでしょうが、お力をお貸しください。メディアナは、民族のためとか、世の中のためとかでテロを起こしているのではありません。全ては自分が所有する資産を増やすためです。奴にとって、宗教は手段でしかなく、同志は駒に過ぎません」

 かすみは森石の言葉に思わず両手をギュッと握りしめた。香苗は眼鏡のケースを内ポケットに入れてソファから立ち上がり、

「差し当たって、私はどうすればいい?」

 森石もそれに応じて立ち上がり、

「この学園にいる教職員の身辺調査をしてください。素性が知れない奴がいたら、俺に教えてもらえれば、そこから先は公安が引き受けます」

「わかったわ」

 森石はかすみを見た。

「お前、授業始まっているんじゃないのか?」

「あ、そうだ!」

 かすみはハッとして理事長の椅子から立ち上がった。そして香苗にお辞儀をして、

「失礼します!」

 そう言うと、瞬間移動で消えてしまった。森石はニヤリとしたが、香苗は唖然とした。

「道明寺さんが超能力者だと聞いていても、実際に目の前でそれを見せられると、想像以上の衝撃を受けるわね」

「そうですね」

 森石は笑みを封印して真顔で香苗を見た。すると香苗はフッと笑い、

「森石君は、道明寺さんの事を好きなのね?」

 突然切り込んで来たので、森石はアタフタしてしまった。

「何言ってるんですか、香苗さん。あいつはまだ小便臭い子供ですよ。俺の対象じゃありませんよ」

 顔を引きつらせて応じる森石を見て、香苗はくすくす笑い、

「まあ、そういう事にしておきましょうか」

 森石は頭を掻いて苦笑いした。


 かすみは三年一組の教室の前に瞬間移動した。すでに授業は始まっているので、廊下には誰もいない。

「申し訳ありません」

 かすみはそっと後ろのドアを開いて中に入った。

「理事長先生からお話は聞いていますから。早く席に着いて、道明寺さん」

 二年の時にクラス担任だった新堂みずほが言った。みずほは英語の教師であり、現代文の教師でもあるのだ。かすみは微笑んで、

「はい」

 会釈して自分の席に座った。何かと関わりがある風間勇太が心配そうな顔でかすみを見ていたので、小さく頷いてみせた。すると勇太はニヘラッとしたが、周囲の男子達の射るような視線が次々に勇太に突き刺さるのをかすみは感じた。

(まずかったかな……)

 勇太が授業終了後、男子達に吊るし上げられるのではないかと危惧してしまった。

 しばらくして授業は終了した。

「道明寺さん」

 みずほが廊下にかすみを呼び出した。勇太が何か訊きたそうなのを敢えて無視して、かすみはみずほのところに行った。

「章太郎さんが来ていたみたいだけど、また何か起こっているの?」

 みずほは泣き出しそうな顔で尋ねた。

(新堂先生、まだ森石さんと付き合ってるんだ)

 かすみは苦笑いした。

(森石さんにしては、長続きしてるわね)

 付き合いが長いので、森石の四人前の彼女も知っているかすみである。どの女性も、長くて三か月だったのを覚えているのだ。そこへ行くと、みずほとの交際は一年以上だから、健闘していると考えていいだろうと妙な事に感心してしまった。

「まだどうなのかわかりません」

「ホント?」

 みずほはすでに目に涙を溜めている。かすみは申し訳ない気がして来たが、それでもみずほを不安がらせてもいけないと思い、真相を話すのはやめる事にした。

(この様子だと、森石さんも何も話していないんだろうから)

 かすみはもう一度微笑んで、

「本当ですよ。少なくとも、森石さんには何も心配は必要ないです」

「そうなの?」

 みずほは涙を拭いながら、ホッとした顔になった。

「みずほさん」

 するとそこへ、香苗との話を終えた森石が現れた。みずほは途端に笑顔満開になり、

「章太郎さん!」

 スタスタと駆け寄り、話を始めた。かすみはクスッと笑ってから、それをずっと観察していた二組の片橋留美子を見た。留美子は心なしか怯えて見えた。そして、彼女に意識を向けた途端、それがまさに真実だとはっきりわかる程、怒濤のように留美子の思いがかすみに押し寄せて来た。

「留美子さん、治子さんがどうかしたの?」

 留美子の不安の原因は、天翔学園大学に進学した手塚治子だった。

「そうなの。治子さん、最近、ある男に熱を上げてしまって……」

 留美子はその男に嫉妬しているのだ。私の治子様を取らないでと。

(あら?)

 かすみは留美子を通じて「恋敵」の事を探ろうとしたが、何も見えなくなってしまった。

「留美子さん、もしかして、治子さんが熱を上げている人って……?」

 かすみが尋ねると、留美子は顔をしかめて、

「ええ、そうなの。サイキックなのよ」

「やっぱり……」

 かすみは溜息を吐いた。留美子は腕組みをして、

「その人、駅前の英会話教室の講師で、私達の味方だって言ってるらしいの」

 留美子はその講師の事を疑っているらしい。

「でも、どうも胡散臭いのよ。治子さんに近づきたくてそんな事を言っているだけのような気がして」

 留美子には透視能力はない。だから、あくまで彼女の発言は勘でしかない。

「治子さん自身は何て言ってるの? 千里眼クレヤボヤンスを使えば、嘘を吐いても見抜けるでしょ?」

 かすみは留美子に近づいて小声で尋ねた。すると留美子はフウッと溜息を吐いて、

「治子さんはその男をすっかり信用しているの。頼りになる存在だから、かすみさんにも紹介したいって」

「そうなんだ……」

 かすみはどんどん大きくなっていく留美子の嫉妬心に苦笑いしながら応じた。

(会ってみるしかないか。留美子さんの推理は行き過ぎかも知れないけど、このタイミングで現れたのは偶然とは思えないし)

 かすみも、心の中を見通させないその英会話教室の講師を全面的に信用する事はできないと思った。

「かすみさん、さっき理事長室に行ってたわよね? 理事長はどうだった?」

 留美子はかすみが治子の話で熱くなっている自分に引き始めているのに気づいたのか、話題を変えて来た。

「理事長は森石さんの知り合いだったわ。心の中が見通せなかったのは、アンチサイキックだったからなの」

「そうなんだ。でも、こんな事言ったら悪いけど、森石さんもちょっと胡散臭いよね」

 留美子は辺りを憚るように囁いた。かすみは噴き出してしまった。

「うん、それは私も同意するわ」

 二人はくすくす笑ってしまった。かすみは笑いを堪えて、

「理事長先生はお友達をアルカナ・メディアナの起こしたテロでうしなっているそうなの。だから、私達に協力してくれるそうよ」

「まあ、そうなの。疑ったりして、申し訳なかったわね」

「そうね」

 そんな二人の会話は、敵に筒抜けになっていた。


「慈照寺香苗は厄介な存在になりそうですね、ガイア」

 どこかで二人の人物が話している。ガイアと呼ばれた人物は、

「心配要らない。こちらにはもっと強いカードがあるからね、クロノス」

 クロノスと呼ばれた人物は肩を竦めた。

「そうでしたね。我らの計略に抜かりはありませんね」

「当然だ」

 ガイアはそう言うとフッと姿を消した。

「では、私も」

 クロノスもフッと姿を消した。

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